政治・行政

集団的自衛権を考える(12)「限定容認に潜む欺瞞」 憲法学者・永山茂樹さん

 憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認を急ぐ安倍晋三首相。そこで持ち出されたのが「限定容認論」だ。武力行使の範囲が際限なく拡大するという懸念を和らげ、世論や連立を組む公明党の理解を得たい考え。憲法学者の永山茂樹さんはそこに欺瞞(ぎまん)を見る。「憲法による歯止めがなくなることに変わりはない。『限定』は決して限定でない」。

 安倍首相が繰り返す「限定」の2文字。集団的自衛権の行使容認について二つの世論調査結果の差異が“効果”を物語る。

 共同通信社による5月17、18日の調査では、賛成が39・0%、反対は48・1%だった。

 同日の産経新聞・FNNは「全面的に使えるようにすべきだ」が10・5%、「必要最小限度で使えるようにすべきだ」が59・4%、「使えるようにすべきではない」が28・1%で、約7割が容認に賛成という結果となった。

 「『必要最小限度-』の設問があるか否かの違い。限定的なら構わない、という導引効果が表れている」とみる永山さんは問い掛ける。「では、本当に限定的なのだろうか」

 首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)がまとめた報告書。行使の条件として、密接な関係にある国への武力行使▽日本の安全に重大な影響を及ぼす-といった条件が並ぶ。

 永山さんは「だが」と言う。「密接な関係の国に米国を思い浮かべるかもしれないが、海上自衛隊は昨年、インド海軍と共同演習を行っている。オーストラリアとは武器供与、東南アジア向けには武装巡視船の輸出の話が進んでいる。西太平洋からインド洋にかけ、大半が該当国になる可能性がある」

 「安全に重大な影響」も同じことが言えそうだ。「日本は世界中からモノを輸入して成り立っている。エネルギーから食糧まで、どこの国で問題が起きても重大な影響があるといえる。それは日本の企業が駐在しているところのほとんどすべてだ」

■政策判断にすぎず

 始まった自公による与党協議はどうか。政府が集団的自衛権の行使に当たるとして示したのは八つの事例。武力攻撃を受けている米艦や邦人輸送中の米艦の防御、日本上空を飛び米国に向かう弾道ミサイルの迎撃などが、それだ。

 「8事例に限るという意味では、確かに限定的ではあるが」と永山さんが続ける。「憲法解釈を変え、集団的自衛権を部分的に容認したと捉えられがちだが、どこまでが認められるかという線引きの議論がなされているわけではない」

 安倍首相の言う「限定的」とは何を指しているのか。「行使容認によって解禁になる無数の行使の在り方のうち、八つを選んだということにすぎない。政策の選択の意味でしかない」

 その選択は政府が必要性を感じているものであるのと同時に、公明との距離を測り、落としどころを探りながらの選択でもある。「つまり、八つに絞られているのは憲法の縛りがあるからではない。9番目の事例がないのは、たまたま政府与党の判断がそうであるだけ。ひとたび解釈が変更されれば、9番目、10番目が出てきても、もはや憲法違反だという主張は成り立たなくなる」

 では、公明が連立から離脱したら。自民が、行使容認に積極姿勢の別の野党と手を組んだなら。「来年、再来年はどうなっているか分からないということだ」

■憲法の歯止めなく

 問題提起は続く。

 報告書は地理的限定は「不適切」と結論付け、安倍首相からは言及がない。「やはり地球の裏側まで自衛隊が行くことになるのだろうか」

 ミサイルを撃ち落とすのなら、その発射基地自体を攻撃することはないのか。現状では攻撃型空母は専守防衛の範囲を逸脱するとして持てないが、集団的自衛権が解禁になれば可能になるのか。報告書、事例のいずれにも書かれていない。

 「グレーゾーン」をめぐる議論にも危うさを感じる。政府は離島における不法行為への対処などを例示するが、「警察や海上保安庁に代わって軍事力で対処するということ。こちらが自衛隊を出せば、相手国も軍隊を出さざるを得なくなる。一歩間違えば、武力衝突だ」。グレーは黒ではない。だが白でもない。「黒ではない、つまり危なくないから自衛隊を出しても大丈夫と思うかもしれないが、その認識は誤りだ」

 永山さんが繰り返す。

 「いまこそ憲法の歯止めがなくなることに目を向けなければならない。なぜ歯止めが大事なのか。そのときどきの内閣の判断で事例が増えていくのを防ぐのは、政策的判断を超えた憲法の縛りでしかない。それがなければ融通むげに増えていく」

 限定の名に隠された、平和主義と立憲主義とを同時に引き裂くやいば-。

 安保法制懇が報告書を提出した5月15日、安倍首相は幼子を抱いた母が描かれたパネルを背に、集団的自衛権行使の限定容認論を唱えた。思えばこの日は1932年、大日本帝国海軍の青年将校たちが首相官邸に押し入り、犬養毅首相を殺害した日でもあった。「2014年5月15日は、安倍首相が憲法を殺そうとクーデターを企てた日として記憶されるべきだ」

【集団的自衛権の限定容認論】

 安倍晋三首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)は集団的自衛権行使を容認すべきだとする報告書で、憲法9条で認められる「必要最小限度の自衛措置」の範囲に集団的自衛権の行使も含めるよう求めた。

 その中で、行使の条件として(1)密接な関係にある国への武力攻撃(2)その国の要請か同意(3)日本の安全に重大な影響(4)政府が総合的に判断し閣議決定(5)事前か事後の国会承認-などを挙げた。地理的限定は「不適切」として盛り込んでいない。

 報告書を受け、安倍首相は「限定的に集団的自衛権を行使することは許されるとの考え方で研究を進める」と表明。9条の解釈変更を検討するよう政府、与党に指示した。

 集団的自衛権は自国が攻撃されていなくても、他国から武力攻撃を受けた密接な関係にある国の反撃に加わり、ともに戦う権利。

 政府は9条の下で認められる自衛権の行使は(1)わが国に対する急迫不正の侵害があったこと(2)これを排除するために他の適当な手段がないこと(3)必要最小限度の実力行使にとどめること-の3要件を満たす場合に限られるとの見解を示してきた。集団的自衛権は自国が直接攻撃されているわけではないため、3要件の一つである「わが国への急迫不正の侵害」に当たらず、行使はできないとしてきた。

 ■政府が与党に示した安全保障法制に関する事例■

 【集団的自衛権(武力行使に当たる活動)】

(1)武力攻撃を受けている米艦の防護

(2)邦人輸送中の米艦防護

(3)強制的な船舶検査

(4)日本上空を横切り米国に向かう弾道ミサイルの迎撃

(5)米軍が弾道ミサイル対応中の米艦防護

(6)海上交通路における国際的な機雷掃海活動への参加

(7)国際民間商船隊の防護

(8)米本土が武力攻撃を受け日本近隣で作戦を行うときの米艦防護

 【グレーゾーン(武力攻撃に至らない侵害への対処)】

(1)離島における不法行為への対処

(2)公海上で訓練や警戒監視中の自衛隊が遭遇した不法行為への対処

(3)平時の弾道ミサイル警戒時の米艦防護

 【国連平和維持活動(PKO)・集団安全保障など(武力行使に当たらない国際協力など)】

(1)国連決議に基づく多国籍軍への後方支援

(2)駆け付け警護

(3)任務遂行のための武器使用

(4)武装集団などに在外邦人の生命が脅かされた際の領域国の同意に基づく邦人救出

 ながやま・しげき 1960年、横須賀市生まれ。東海大法科大学院教授。憲法学。共著に「平和と憲法の現在-軍事によらない平和の探求」(徳馬双書)。

【神奈川新聞】