政治・行政
集団的自衛権を考える(9) 国民安保法制懇メンバーは語る(上)
憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認に反対する憲法学者や元政府関係者ら12人が「国民安保法制懇」を立ち上げた。安倍晋三首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)に対抗し、今夏にも報告書をまとめる。28日の結成会見に出席したメンバー6人の発言を2回にわたり紹介する。
■9条の規範は一つ 阪田雅裕・元内閣法制局長官
私たちは反戦・護憲運動をやってきたわけではない。集団的自衛権に関しても全員の考えが一致しているわけではない。だが、集団的自衛権の行使は国の形に関わる大きな問題。国民的な議論を尽くした上で憲法改正という手続きによって国民の意見を集約し、同時に国民の覚悟を求めるべきだ。この点では一致している。憲法解釈の変更という極めて安易な手段による日本の針路の大きな変更に異を唱えている。
9条の解釈は60年にわたって政府自らが言い続け、国会でも議論を積み重ねてきた。国民にもそれなりに定着し、理解してもらっている。それを一政権の手で変更するのは立憲主義の否定で、法治国家の根幹を揺るがすものだ。
政府が示してきた9条の規範は一つしかない。自衛隊は戦力ではないのだから、外国の軍隊のように海外に行って武力行使はできない、ということだ。
武力行使とは二つしかなくて、集団的自衛権の行使と多国籍軍による制裁戦争への参加だ。この2点について自衛隊は戦力ではないから、参加できない。その意味での平和主義は多くの国民の共感を得ていると思う。
それが突然、自衛隊は米国や英仏の軍隊と変わらないもので、外国に行って戦争できるようになる。それは日本が平和主義をやめるということ。そうなれば皆、びっくりするのではないか。メリットとデメリットを測り、十分に国民的議論を重ねるべきだ。
毎年多くの法律が改正されている。時代に合わなくなったら変えている。9条も時代遅れかもしれない。私自身、9条から自衛隊の在り方を読むのは非常にしんどいと思っているし、必要なら改正すればいいと思う。ただし、憲法改正という正しい手続きを踏むのが当然ということ。それが法治国家だ。
■欠ける世界的視野 伊勢崎賢治・東京外国語大教授
9条が足かせになり、PKO活動中の自衛隊が現地の日本のNGOや国連職員を助けられないというが、非常に不謹慎。国連は国籍で区別せずに警護する。
いま国連の安全保障で議論になっているのが、住民保護のため人道的な立場から武装勢力を先制攻撃することが中立性の観点から是か非か、ということ。日本人を助けられるか否かという国益を問題にすること自体が不謹慎だ。
集団的自衛権では対テロ戦争が最も大きなテーマ。日本近海で米艦が狙われたときに自衛隊がどうするかというさまつな議論ではない。
アフガニスタンとイラクでの戦争から米国も戦略を変えている。民衆をこちら側につけ、テロリストを干上がらせないと勝てない。人心掌握は火力によっては達成されないと認識されている。
同盟関係とは補完関係だ。米国も全ての国に同じことを求めていない。アフガンにはドイツとノルウェーも参戦したが、英仏と同じことをしろとは言わない。ドイツもノルウェーも平和外交にたけている。タリバンとの平和交渉はドイツが中心だ。それぞれの特質を生かし総合力で戦うのが集団的自衛権の戦い方。自衛隊を即出さなければいけないなんて戦略的に間違いだ。
拡張主義を掲げる中国は警戒しなければならないだろうが、もはや日本が一国で対抗できる相手ではない。
中国はアフリカの資源を収奪しているが、大半の国は中国の支援なしではやっていけない。中国がおかしくなれば政権が傾き、内戦になる。ただでさえかわいそうなアフリカがもっとかわいそうになる。日本がやるべきは、世界的な視野で、そんなアフリカを超大国中国と一緒に援助すること。日本の援助は心温まるいいものだから一緒にやりましょう、と。「中国憎し」だけで語ってはいけない。
■憲法の枠組み無視 伊藤真・弁護士
いまほど憲法と国民がないがしろにされている時代はない。安全保障の政策論が憲法論に勝ってしまっている。
安倍首相の理屈は「国民の安全が害されることになるから、今までの解釈の枠組みなんか守ってられないよ」というものだが、国が国民の生命と財産を守らなければいけないのは当然のことだ。
どのような方法で守るのかという枠組みを憲法は示している。不都合があった場合、国民が憲法を変えて新たな枠組みを提示する。その中で国民を守るのが国の仕事であり、首相の仕事だ。なのに、自分たちが考える安全保障政策が常に正しいという前提に立ち、憲法の枠組みを無視した政策を押しつけようとしている。
影響を受けるのは国民だ。テロの標的になるかもしれない。海外で活躍している企業人がどんな思いをするか。自衛官の一人一人がどういう生き方をしなければならなくなるのか。主権者である国民が自分たちのこととして考えなければならない問題を、民主的正当性のない私的な懇談会の報告書を基に政府が勝手に決めようとしている。
法によって縛られる側の人が「ちょっと縛りきついから緩やかにしてよ」と解釈を変えるなんて、あり得ない話だ。刑法という法律で縛られている泥棒が「軽い空き巣ぐらいならいいんじゃないの」と言って、泥棒の解釈が通ってしまうのと同じだ。
国民一人一人が個人として尊重されるため、憲法が国家権力を拘束するという立憲主義がこの国の根本のありようだ。その土台だけでなく、平和主義、国民主権、基本的人権の尊重というこの国の基本原理も破壊されようとしている。国民の意思がないがしろにされた形で平和主義が変えられ、最大の人権侵害である戦争をどうするかという部分も大きく変わってしまう。
◆安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会 集団的自衛権の行使容認に向け、安倍晋三首相が第1次政権時に設置した私的諮問機関。公海上の米艦船防護などを憲法解釈変更により実現すべきだとの報告書を安倍氏退陣後の2008年6月にまとめたが、実現しなかった。第2次安倍政権発足に伴い、13年2月に活動を再開。検討対象を日本の安全保障に必要な法整備の在り方に広げた。官僚OBや学者ら有識者14人で構成し、座長は柳井俊二元駐米大使。14年5月15日に報告書を安倍首相に提出し、憲法解釈を見直し9条が認める「必要最小限度の自衛措置」として集団的自衛権の行使を認めるよう提言した。
◆国民安保法制懇のメンバー ※敬称略、五十音順
愛敬浩二(名古屋大教授、憲法)/青井未帆(学習院大教授、憲法)/伊勢崎賢治(東京外国語大教授、平和構築・紛争予防)/伊藤真(弁護士)/大森政輔(元内閣法制局長官)/小林節(慶応大名誉教授、憲法)/阪田雅裕(元内閣法制局長官)/長谷部恭男(早稲田大教授、憲法)/樋口陽一(東大名誉教授、憲法)/孫崎享(元外務省国際情報局長)/最上敏樹(早稲田大教授、国際法)/柳沢協二(元内閣官房副長官補)
【神奈川新聞】