リニア中央新幹線計画を推進させたもの

ーー大深度法の存在ーー

リニア計画を推進させたのは様々な要因がある。発案者の存在、地方の期待、ゼネコンの期待。だが、「大深度法」という法律の存在を知る人は数少ない。だが、それを議員立法で成立させた本人は、現在のリニア推進のあり方に強い不満を持っている…。

週刊金曜日2012年8月3日号に加筆

 二年後の二〇一四年に着工予定のリニア中央新幹線。

 一九六二年の研究開始から数えると、二〇二七年の東京(品川駅)・名古屋の開通までにじつに六五年もかかることになる。

 浮上式鉄道の発案者は旧国鉄技師の故・川端俊夫氏だと言われている。川端氏が六一年に書いた論文が契機に、六二年から研究が始まった。だが、川端氏は退職後、リニア計画に一貫して異を唱えていた。

 一九八九年八月七日、それまでの平坦な路線上で実験を重ねてきた宮崎県から、リニアは山梨県に実験の場を移すことが、山梨県出身の故・金丸信代議士(自民党)の政治力で決まった。当時の三塚博外務大臣の北海道への誘致活動も盛んだったが、金丸氏の熱意と根回しに三塚氏が折れたと言われている。

 川端氏が朝日新聞に「リニアの消費電力は新幹線の四〇倍」と題した投稿を載せたのは、その直後、二四日のことだった。JR側はすぐさま、同新聞に「四〇倍ではない。三倍である」との反論を寄せた。


九九年、私は川端氏に電話でなぜあの投稿をと尋ねた。川端氏はこう答えた。

「勉強するうち、こんなエネルギー浪費の乗り物は認められないと思ったんです。リニアに多大な税金やエネルギーが使われたら、孫子の代まで恨まれます。国が着工を決めたら真っ向から反対するので、それまでは生かしておいてくれと医者に頼んでいます」

 川端氏は二〇〇六年に他界。そして翌〇七年、JR東海は、リニアの総工費九兆円を自費で負担すると発表する。

 この超巨大プロジェクトがなぜ、国の「整備新幹線」として位置づけられていないのか。整備新幹線とは、その建設に国からの予算が三分の二、地方自治体から三分の一が充てられる新幹線のことだ。

 昨年五月、国土交通省の交通政策審議会に設置された「鉄道部会・中央新幹線小委員会」(以下、小委員会)では、JR東海の職員、国交省の担当者、審議委員が二〇回の審議を重ね、リニア計画は妥当との答申を出した。

つまり、国がリニア計画にゴーサインを出した。だが、整備新幹線とはしていない。つまり、金は出さない。これを尋ねると、国土交通省鉄道局幹線鉄道課はこう説明した。

「七〇年制定の全国新幹線鉄道整備法に基づき、一〇以上の路線が新幹線の基本計画としてあがっています。中央新幹線もその一つ。でも予算の都合もあり、国はすべてを同時に建設できません。国はまず五路線(北海道新幹線、東北新幹線、北陸新幹線、九州新幹線・鹿児島ルート、同・長崎ルート)を整備新幹線としてやるとの方針があり、それを飛び越え、中央新幹線に予算投入はできない」

 とはいえ、リニア実験線に国はこれまでに一〇〇〇億円以上の財政支援をしている。JR東海や山梨県、そして実験線のために土地を売った住民にすれば「国家プロジェクト」と映ったのは無理もない話だった。

 この計画への政界からの眼差しは当初から熱かった。たとえば、宮崎県で実験の始まった七七年の翌年には、自民党議連による「リニア中央新幹線建設促進議員連盟」が発足。七九年には、東京都・神奈川県・山梨県・長野県・岐阜県・愛知県・三重県・奈良県・大阪府の九都府県が「リニア中央新幹線建設促進期成同盟会」を発足。つまり七〇年代から、九都府県はリニア推進の立場で早期着工を訴えてきた経緯があり、たとえ革新派知事が誕生してもおいそれと脱退できない状況にある。
 期成同盟会の主張は一貫しているーー「東京・名古屋・大阪を一時間でつなげば六〇〇〇万人の首都圏が現れ、経済が活性する」


●大深度法の存在


 また、リニア計画を可能にしたものはもう一つある。二〇〇〇年施工の「大深度法」(大深度地下の公共的使用に関する特別措置法)だ。これなくしてリニアの実現はなかった。

 リニアの特徴は、全ルートの八割もが地下トンネルか山岳トンネルということだ。特に、東京(品川駅)、名古屋、大阪といった都市部では、もう地下空間に開発する余地が少ないため、これまで以上に深く掘り下げてのトンネル工事が必要となる。大深度法とは、これまで利用されてこなかった、概ね地下四〇メートル以深の地下空間の利用については、地上の地主との交渉も補償も不要とした法律だ。

 発議者である野沢太三・元参議院議員は、山梨県出身。元国鉄の施設局長も務めた人。
 議員になってからは、九〇年代、自民党の「リニア中央エクスプレス建設促進議員連盟」で事務局長を務めた。その著書『新幹線の軌跡と展望』(創英社)の第九章「大深度地下利用」でこう述べている。

「時速五〇〇キロ以上で走るリニアは、民地、公有地の区別なくひたすらまっすぐ進むから、これも大深度でないと不可能」

 大深度法がリニアの実現を意識していたことをうかがわせる一文である。

 ところで、東海道新幹線というドル箱路線がありながら、なぜ中央新幹線なのか? なぜリニア方式なのか? JR東海がリニアを推進する理由は三つある。
 その一つ一つについては、月刊「世界」2012年9月号に書いた拙稿を参考にしていただきたいが(全文はこちら)、ここで一つだけ挙げれば「「移動の時間短縮」だ。

 だが、そもそも時速500キロでの移動を望む人がどれだけいるのだろう?
 また、高速化が必要だとしても、どうしてもリニア方式でなければならないのだろうか?

 たとえばJR東日本では、来年度から東北新幹線で時速三二〇キロ運転が実現するし、ファステックという時速三六〇キロ運転を目指す新幹線も開発中だ。従来の新幹線でも高速化が進み、リニアより安く建設ができる。
 JR東海は、あえて莫大なリニア建設費を借金することで、着工から最初の三年間は事業収益の四五%もが債務の返済に充てられると指摘する関係者もいる。資金繰りをどうするのか? なぜリニアなのか? この質問に対するJR東海からの回答は得られなかった。


●大深度法の発議者からの異論

 もちろん、リニアにはメリットもある。たとえば、リニア駅の設置が予定されている山梨県甲府市では、現在は「特急あずさ」で一時間半かかっていた都心への移動が、リニアでなら三〇分しかかからない。
 地元のある観光業者はこう語った。

「東京から気軽に訪れる日帰り客が増えます。また、地元の若者も卒業後に都会に移住することなく、ここから都心への通勤が可能になる。地域が活性化するかもしれません」

 この実現は未知数だ。ともあれ、第二期工事となる名古屋・大阪間では今、「乗り遅れたくない」との声が商工会など利益団体から聞こえてくる。

 というのは、二七年に品川・名古屋が開通したあと、「JR東海は、八年間は大阪までの工事はやらない」(国交省鉄道局)からだ。
 八年間で返すべき債務をある程度返し、会社の経営基盤が再構築されてから、大阪までの第二期工事に入り四五年の開業を目指すのがJR東海の戦略だ。この戦略に今、名古屋以西の商工会などが噛み付いているーー「四五年の開業では名古屋開業から一八年も待つ。関西経済に大きな影響が出る」

 これに同調するかのように、自民党でも、「大阪―東京間の同時開通を目指す自民党国会議員連盟」が昨年六月に設立。
 事務局長の田野瀬良太郎衆院議員にその主旨を尋ねたが「まだ答えられない」と取材は固辞された。ただ、インターネットでは、田野瀬議員の「東京一極集中による国土の不均衡の是正、新しい国土交通軸の形成、東海道新幹線の代替機能としてリニアの早期同時開通は必要」との訴えを見ることができる。

 これに同調するのが、前出の野沢太三氏だ。
 本人に電話をしてみた。

――リニアを意識しての議員立法だったのか?

「いえ、都市計画全般を考えました。これまで神戸の送水管敷設に、今後は東京の外環自動車道にも活用します。とはいえ、法案作成時は、リニアにも不可欠との思いはありましたよ」

 これは想定内の回答だった。ところが話を進めるうちに、リニア推進派である野沢から意外な言葉が飛び出してきたーー「私は今のリニア計画の推進の仕方に不満があります」

 理由は二つある。

 一つ目。野沢は当初から、リニアは東京から大阪まで一気に作るべきだと主張していた。ところが、国家予算があてがわれず、JR東海の自費建設となったことで、JR東海は二〇二七年に品川・名古屋開通するものの、大阪までの工事は八年後の二〇三五年に着工し四十五年に竣工する。これは、その八年間で返すべき債務をある程度返し、会社の経営基盤を再構築するためだ。ところが、リニア開通を十八年間も待たねばならない名古屋以西の経済界が「関西経済に影響が出る」と不満を露にしているのだ。

 この点については、JR東海は譲れない。今ですら怪しい建設資金が、名古屋と大阪の同時開通となるとその捻出はほぼ不可能になるからだ。だが野沢は「金の捻出は、国、地方、そして住民が知恵を絞って議論することです。そもそも国を動かすのは、地方の人の努力以外にありませんから」と力説する。

 二つ目。野沢氏はこう言い切ったのだ。

「今のような、推進派だけでワイワイとリニア建設に走るやり方はだめです。こんな国家的大事業なら、反対派の人も交えて徹底的に議論をして結論を導き出すべきです。それをやってこなかったのが原発政策。そして、あの福島第一原発の事故が起こったのです。同じ過ちを繰り返してはなりません」

 野沢は隠すことなくリニア推進派だ。だが、この見識は、国、自治体、JR東海が見習うべきだ。野沢の一つ目の理由は推進派のそれとまったく同じだが、二つ目の理由は賛成も反対もなく、それを超えて、「住民の意見に耳を傾けよう」との姿勢である。

 実際、JR東海が主催するのは説明会だけで、賛成派と反対派、中間派とが意見をぶつけ合う「検証」はただの一度も行なわれていない。
 これがないまま、リニア計画が推進されていいものなのだろうか。野沢氏の発言はそれを諌めている。

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