川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」

世界中で乱用される「抗生物質」---菌と医学の果てしない競争が続く憂鬱な未来

2014年06月13日(金) 川口マーン惠美
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〔PHOTO〕gettyimages

日本の戦後の混乱期、私の知り合いは夫人を肺炎で亡くした。ようやく戦争から戻ってきて、「さあ、これから!」というときだったから、悲しみは大きかった。とにかく何もなく、亡くなった妻をリヤカーに乗せて、自分で焼き場に運んだ。「今だったら、死ぬような病気じゃないのに」と、その話になると、彼はいつまでたっても悔しさを隠せないのだった。

「抗生物質」は、20世紀における偉大な発見の一つだ。戦争中、アメリカでペニシリンの大量生産が可能になり、多くの負傷兵の命を感染症から救った。ただ、ペニシリンは結核には効かなかった。結核に効くストレプトマイシンが発見されたのは、1944年のことで、日本でも戦後しばらくして、ようやく使われるようになった。

ストレプトマイシンがもっと昔に発見されていれば、ショパンもあれほど早死にはしなかっただろうし、『椿姫』は書かれなかった。石川啄木も正岡子規も、余生を全うしていただろう。以来、抗生物質の研究は着々と進み、自然由来のもの、半合成のものと、現在は100種類以上が使われている。

日本とドイツにおける抗生物質の処方の違い

病院に行くと、ドイツと日本で明確に違うことがある。抗生物質の処方だ。ドイツでは、単なる風邪で医者に行って抗生物質を処方されることはほとんどない。薬が欲しいというと、せいぜい消炎剤か、咳止めなどをくれる。ウイルス性の感染には抗生物質は効かないというのがその理由だ。

昔、さっと治る薬をくれと頼んだら、「そんなものはない」と言われた。「おとなしくしていれば1週間で治るが、無理をすると7日かかりますよ」とうそぶいた医者もいた。まあ、普段から健康な人間なら、風邪ぐらい薬なしでも自然に治癒するということだろう。

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