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昭和天皇の孤独

7月からのアゴラ読書塾では、昭和史をテーマにする。そのもっとも重要な登場人物は、いうまでもなく昭和天皇だが、いまだに「よもの海」が大きな話題になるぐらい神秘のベールに包まれている。

本書は最近の天皇研究をまとめたもので、先行研究への率直な批判がおもしろい。特に海外で有名なハーバート・ビックスの伝記は、吉田裕氏などの左翼的な研究の孫引きで天皇を「軍事的指導者」と断定するもので、学問的な価値がないという本書の評価には同感だ。
しかし実証的に論じるのも限界がある。肝心の昭和天皇の証言が『独白録』ぐらいしかなく、御前会議は議事録どころか議決を取ったことさえないからだ。ただ天皇自身も含めて多くの研究者が大きな岐路だったというのが、1928年の張作霖爆殺事件である。このとき首相を叱責して田中義一内閣が総辞職したことで、天皇は「伝家の宝刀」をむやみに抜いてはいけないと自重するようになる。

古川隆久氏の『昭和天皇』は、天皇が軍の独走を阻止したと評価しているが、本書の評価は逆だ。このとき若い天皇が過激な判断をしたことが、宮中や内閣の天皇への信頼感をそこない、のちの重大局面で「空気」をコントロールできなくなったという。

法的には天皇は開戦を拒否できたので、天皇はもう少し積極的に判断してもよかったのではないかという見方もあるが、それは現実的に可能だったのだろうか。1941年の段階では外堀も内堀も埋まっており、ハル・ノートの出たあとで天皇が別の判断をすることは不可能だった、と本書は判定する。

印象的なのは、戦前のイケイケの空気の中で、天皇ひとりが冷静だったことだ。軍の首脳も近衛文麿などの文官も空気への抵抗をあきらめたが、天皇だけが最後まで悩んだことが側近の日記に残っている。最後は彼が拒否権を行使してクーデタが起こったら、誰も軍部をコントロールできなくなると判断した、というのが本書の見立てである。

軍部ばかりでなく大政翼賛会も新聞もこぞって「鬼畜米英」を呼号する中で、天皇は孤独だった。彼はその結果も予想していた。最大の危機にこのように聡明な君主をもった日本は幸運だったが、その彼にも戦争は止められなかった。それは彼の責任というより「日本的意思決定」の欠陥だった。

読書塾では左右のイデオロギーにとらわれないで、こうした事実を掘り起こしながら、日本と日本人の来し方行く末を考えたい。

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