【語る 罪と更生】(3)九州大学法学研究院教授 土井政和さん
福岡市東区の九州大箱崎キャンパス。古ぼけた研究室は専門書や資料の山であふれ返っている。刑事政策、特に罪を犯した人の処遇について長く考察してきた。刑事司法と福祉が互いに無関心だった日本の現状に疑問を持ち始めたのは36年前、大学院生のころという。
「ドイツ留学から帰国した指導教授が、刑事施設法に関する独語の資料をたくさん持ち帰ってきましてね。読み進めると、向こうの国では、刑務所にいる受刑者の社会復帰に向けて福祉が関わろうという模索を始めていた。日本にはそんな発想はまったくない。立ち遅れていると思い研究テーマにしました。学界でも、ようやく光が当たり始めたころかな」
現実が追いついてきたということだろうか。近年、刑務所を出所した高齢者や知的障害者を支援する福祉団体の取り組みが活発化している。刑事裁判の段階で、福祉団体が弁護士に協力する事例まで出てきた。司法と福祉の連携が進む。
「想定以上です。犯罪者といっても社会に居場所がなく、福祉のネットワークからこぼれ落ちたために刑務所に入らざるを得なかった人が多い。自分たち福祉にも責任があり、引き受けようという発想に変わってきた。ただし、福祉が刑事司法の枠組みに取り込まれないようにしないと」
「例えば刑事裁判で、福祉団体が被告の受け皿になると約束して執行猶予判決を求めることがあります。その際、福祉団体は保護観察を付けるよう求めるんです。施設に迎え入れてトラブルになったら困る。ルールを破れば執行猶予が取り消されるという後ろ盾、威嚇のようなものを持ちたいということですが、福祉が刑事司法の下請け的な役割になってしまわないか。国との距離のとり方が課題です」
罪を犯した人の処遇も変わりつつある。国会で審議中の刑法改正案は実刑の一部期間を猶予する「刑の一部執行猶予」が柱。例えば「懲役3年。うち1年を3年間の保護観察付き執行猶予」といった判決が可能になる。
「確かに、早く出所できる人は増えます。同時に、実刑かどうか迷った末に執行猶予としていたケースが一部執行猶予と判断されれば、受刑者はさらに増えますよね。『刑務所帰り』という社会的なレッテルを貼られる人が増えるわけです」
「服役を終えた人たちの多くは誰も雇ってくれないし、住居を探すのも大変。社会に居場所が見つかりにくい。こうした人が自立的な生活を送れないと、再犯につながり、新たな被害者を生むことにもなりかねない。刑の一部執行猶予は刑事政策的に逆行しています」
「刑務所に受刑者1人収容するのに、人件費や施設費を含めて年間340万円かかるといわれています。そこに予算をかけるよりも、福祉団体にお金を出して、そうした人たちを引き受けられるようにした方が再犯防止にもつながるはずです」
1990年代から続く厳罰化の流れは、社会に根強いと感じている。
「学生と話すと、刑罰を重くすれば犯罪は防止できる、という単純な考え方が多い。そういう理論は実証されていないんだけど、犯した罪に相応する罰を受けるのは当然だと言う。確かに、行為と結果だけを見たらそうかもしれない」
「でも貧困や家庭環境など犯罪の背景に目を向けないと、ただ社会から排除して刑務所に入れておけばいいということでは再犯はなくならず問題は解決しない。もっと五感を働かせて考えたいですね」 (一瀬圭司)
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▼どい・まさかず 1952年、愛媛県生まれ。九州大学法学研究科博士課程単位取得退学。専門は刑事政策。研究テーマは更生保護、少年法、行刑など多岐にわたる。著書は「非拘禁的措置と社会内処遇の課題と展望」(共著、2012年)、「更生保護制度改革のゆくえ」(同、07年)など多数。日本犯罪社会学会理事。
=2012/06/23付 西日本新聞朝刊=