はりねずみチクタとはぐるまひめ
上遠野浩平 国道12号
「最前線」のスペシャル企画「最前線スペシャル」。期間限定公開のカレンダー小説第17弾。伝説の時計職人を探す旅を続ける、はりねずみのぬいぐるみ、チクタ。旅の途中で出会ったお姫さまに、無理難題を言いつけられて……!!上遠野浩平が「時の記念日」に贈る、『しずるさんシリーズ』から飛び出したチクタの冒険の物語。
……しろいへやで、ふたりの少女がおはなししています。
〝ねえ、そういえばあのはりねずみくんは、いまごろどこを旅しているのかしら?〟
〝ああ、そうね、まだまだ、でんせつの時計職人さんをみつけられていないみたいだしね〟
〝かれって、すこしトラブルたいしつだから、もうそろそろ、さいなんにでくわすころじゃないかしら〟
〝え、ええ? そうなの?〟
〝そうそう、しょうわるな、おひめさまかなにかにつかまって、きっとひどいめにあわされているのよ〟
〝おひめさま?〟
〝そうよ、それはそれは、とてもこんじょうまがりの、ひねくれたおんなのこで――〟
*
チクタは、おなかのところに時計がある、はりねずみのぬいぐるみです。
でもその時計は、ただのまるい板に、針がついているだけのニセモノなので、うごきません。
「うごかないものがついていても、しょうがないなあ」
そう思ったチクタは、どんな時計でもうごかせるようになるという、でんせつの時計職人をさがして旅にでました。
あちこちをまわりましたが、職人さんも旅をしているみたいで、どこにいってもあうことができません。
それでもチクタはあきらめずに、旅をつづけているのでした。
これは、そんな旅のとちゅうでおきた、すこし変わったできごとのおはなしです。
今日もチクタは道をてくてくとあるいています。
すると道のまえに、おおきな鉄のかたまりがあって、ゆくてをふさいでしまっています。
「なんだこれ?」
とチクタがふしぎがって鉄にさわろうとすると、それはぶるぶるとうごきだしました。
ひゃあ、としりもちをつくチクタに、その鉄は、
「やいやい」
「やいやい」
「この国境をまもるクレーン兄弟になれなれしくちかづくとは」
「おまえさてはスパイだな?」
と、ふたつのおおきな声でどなりました。そして地面からこれまたおおきなマジックハンドがとびだしてきて、チクタのくびねっこをつかんでしまいます。そして、ああ、なんということでしょう、ただの鉄のかたまりだとおもっていたものは、クレーン兄弟のうでが道をふさいでいたものだったのです。うではどんどんたかくたかく、もちあげられていきます。チクタのちいさなからだは、たちまち空たかくにつりあげられてしまいました。
「うわあ、たすけて」
チクタはひめいをあげますが、クレーン兄弟は、
「おとなしくはくじょうしろ。おまえどこのスパイだ」
「この、ファクトリイの国をねらおうとしてもむだだぞ」
とこわい声でおどしながら、チクタのからだでキャッチボールをはじめました。ちいさなはりねずみのぬいぐるみが、ぽーん、ぽーん、と空をいったりきたりします。
……そのようすを、とおくからみているおんなのこがひとりいました。
それはファクトリイの国のおひめさま、はぐるまひめでした。
「ねえ大臣、あれはなにかしら?」
「は? はあ、なんでしょうね。またクレーン兄弟がふらちものをつかまえたのでしょうか」
ひめのそばにつかえているボルト大臣がそうこたえると、ひめはそうがんきょうをのぞきこんで、もっと、よくかんさつしようとしました。
「あれ、なにかおなかにつけているわ」
チクタのうごかない時計に、ひめは気がつきました。
「時計みたいだけど……とまっているわ。ふうん、おもしろいわね」
「まあ、クレーン兄弟もすこしおどかしたら、はなしてやるでしょう」
大臣がそういうと、ひめはふりむいて、
「いいえ、あのこをこの城にしょうたいするわ」
と、きゅうにそういいました。
「えええ?」
ボルト大臣はびっくりして、からだのねじがゆるんでしまいました。
ぽんぽんなげられつづけて、チクタはすっかりへとへとになっていました。すると下のほうで、クレーン兄弟のあしもとにだれかがやってきて、ひそひそとなにかをしゃべっています。
「よしきた、りょうかい」
「おおせのままに、いま」
とクレーン兄弟は、チクタのキャッチボールをやめて、そのからだを、ぐいん、と道のむこうがわへともっていきました。
ぽとり、とおとされたその下では、ベルトコンベアがぶんぶんとうごいていて、どこかへと、はこばれていきます。
「な、なになに、こんどはなに?」
チクタはすっかりびくびくしています。すると、よこのほうから声がしました。
「そんなにびくびくしなさんな、あいぼう」
みょうにキイキイとかんだかい声です。チクタはよこを向きましたが、しかしそこにはだれもいません。
「あれ?」
「そっちじゃねえよ、こっちだよこっち」
声はなんだか下のほうからきこえたようでしたので、チクタはうつむきました。
するとそこには、ちいさなチクタよりもさらにチビすけの、せなかにクリップをつけたいっぴきのねずみがいました。
「よお、みかけないかおだな?」
クリップねずみはチクタに話しかけてきます。
「ぼくはチクタ。きみは?」
「おれはキョロっていうんだ。おまえはなにをしでかしたんだ、新入り?」
「べ、べつに、ぼくはなにもしていないよ。いきなりクレーンにつかまって」
「ははあ、おまえスパイか」
「ち、ちがうよお!」
「ちがっていても、いちどうたがわれてしまったらおしまいだぞ。この国はなにしろ、セッケンやシャンプーなんかをつくっていることでゆうめいなファクトリイの国だからな。ちょっとでも汚れているものはわるいものなのさ」
「セッケン……国?」
「なんだ、おまえそんなことも知らないのか。ほら、まわりをみてみろよ」
いわれてチクタは首をまわしてあちこちに目をむけます。
すごくたくさんの機械が、がっしゃんがっしゃんとうごいています。おおきなものからちいさなものまで、やすんでいるものはなにひとつありません。
「……あれ?」
でもチクタは、なんだかヘンなことに気がつきました。
機械たちはいっしょうけんめいはたらいているのですが、そのうごきがなんだかバラバラで、まとまっていないのです。おふろのようなおおきなタンクが上がったり下がったりしていて、どうもそれは、べつのところに、なにかをながしこむためのもののようですが、なかみがからっぽです。せっせせっせと厚紙をおりたたんで箱をつくる機械は、しかしかんじんの紙がちっともやってこないので、ただ体操しているだけみたいです。
「なにしてんの、あれ?」
チクタがそうたずねると、キョロは、
「うーん」
と、こまったかおになりました。
「この国は、ここんトコなかなか、うまくいかなくなってて」
「なにかあったの?」
「いや……うーん」
キョロははっきりしません。それからすこしかなしそうに、
「まあ、それでおれも、ほんとうならメモを工場のあちこちにはこぶしごとをしてたんだけど……なにもいわれなくなっちゃって、しょうがなくて、ひるねしてたら、さぼっているっていわれてなあ……」
と、ためいきをつきました。
「どっか、こわれちゃったの?」
チクタがそうたずねると、キョロはあわててあたまをぶるぶるとよこにふります。
「ば、ばかいえ。こわれてなんかいないよ。ただちょっと――ちょっとごきげんをそこねてるってだけで」
「ごきげん、って――それは」
とチクタがいいかけた、そのときでした。
コンベアのうえのほうから、またクレーンがおりてきて、チクタのくびねっこをつかんで、空たかくつりあげてしまいました。
「うわあ」
ひめいをあげるチクタに、下のキョロがふしぎそうに、
「あれ? おまえどこにいくんだ。そっちはお城だぞ?」
と、きいてきましたが、チクタにはもちろん、じぶんでいきたいところをえらべるはずもありませんから、なにもこたえられません。
じたばたともがいていると、さっきの兄弟より、としよりの、そのクレーンがいいました。
「こら、おとなしくしろ。おそれおおくも、ひめさまのおよびだしであらせられるぞ」
「ひ、ひめさま?」
チクタはきょとんとしました。そのちいさなからだは、別のコンベアのうえにぽとりとおとされます。
そのコンベアがむかっている先には、とてもおおきなお城がたっています。
ぶるるっ、チクタはおもわずふるえてしまいました。
「まだなの?」
はぐるまひめはふくれっつらをしながら、ボルト大臣にたずねます。
「は、はいっ、もうすぐです。今こちらにむかっているはずですから――ひめさま、それよりもおしょくじはいかがですか。けさもなにもめしあがっていらっしゃいませんし」
「おなかなんかすいていないわよ。いちいちうるさいわね」
ひめがひとにらみすると、大臣はちぢこまってしまいました。
「し、しつれいしました」
そうしていると、その場にペンチの兵隊たちにぶらさげられて、チクタがつれてこられました。
「ひめさま、ごめいれいどおり、スパイをれんこういたしました」
すると、ひめはおこって、
「ばかね、スパイなんかじゃないわ。すぐにその子をはなしなさい」
と、おおきな声でどなりました。兵隊はすなおに、ぱっ、とチクタのからだをはなします。
ぺたり、とゆかにすわりこんでしまったチクタのところに、ひめはあるいてきました。
「だいじょうぶ? ちっちゃな旅人さん」
「え、ええと」
チクタはわけがわからず、とまどっています。ひめはにっこりとわらって、
「あなた、どこからきたの? わたし、おはなしききたいなあ」
とやさしい声でいいました。
「…………」
みょうにりっぱなイスにすわらされて、ぴかぴかのテーブルをまえに、ひめとむかいあっているチクタは、とってもおちつかないきもちでいっぱいでした。
「旅はいいわよねえ」
ひめはそんなチクタにおかまいなしで、ぺらぺらとひとりでしゃべっています。
「せかいじゅうを、じゆうに、すきなところにどこでもいけるなんて、あなたのことがとってもうらやましいわ」
「え、えと」
チクタは、このひとがなにものなのかもわからなかったので、しかたなく、
「あの、あなたはこの国のおひめさまですよね?」
とたずねました。するとひめは、おもしろくなさそうなかおになり、
「ええ、そうよ。まったく、やになっちゃうわ」
といいました。
「どうして?」
「だって、まいにちまいにちお城にとじこもってばかりで、たのしいことなんてなんにもないわ」
「でも、こんなきれいなお城にいて、けらいのひとたちもたくさんいて、えと」
「そんなもの、三日もすればあきちゃうことよ。おんなじことのくりかえしだわ」
ひめはうんざりしたようにいって、そして首からさげているペンダントをちゃらちゃらといじりました。
(……あれ?)
チクタはおや、とおもいました。そのペンダントはくさりだけで、なにもぶらさがっていなかったのです。ひめのあたまにのっているプリンセスクラウンや、てくびにまいているブレスレットなんかには、ほうせきがちりばめられていてきらきらととてもりっぱなのに、ペンダントはただのくさりだけ、というのはなにかヘンなかんじがしました。
「そもそも、わたしのことなんかだれも、きにしていないのよ」
ひめはなげやりにそういいました。けらいたちはみんな、とてもこまったようなかおをしました。
「ひ、ひめ、われわれはけっしてそのような」
「だってそうでしょう? ちちうえだってそうおもっていたにちがいないわ。だから、わたしには――」
ひめはちょっとだけ、かなしそうなかおになりました。でもすぐに首をふって、
「それにくらべて、あなたはいいわよね、ちっちゃな旅人さん。なにもきにせずに、きままに旅をしていればいいんだから」
「いやあの、その」
このひめは、どうもチクタについてかんちがいしているようでした。べつにチクタだって、ただノンキに旅をしているわけではないのですが……。
「あ、あの……ちちうえ、というのは、おうさまですか?」
そう、たずねてみました。
「ええ、そうよ」
「おうさまは、いま――」
「いまはいないわ。死んじゃったから」
ひめは、そのことばをすごくかんたんにいいました。
「カミナリにうたれて、とつぜんに、だったわ。あっけないものよね、ひとが死ぬときって」
「…………」
チクタはすっかりおどろいてしまって、まわりをきょろきょろとみまわしました。けらいたちはぜんいん、かれとひめから目をそらしました。ひめはへいきなかおで、
「この国は、すこしまえまではセッケンをつくって、世界中におくりだしていたんだけど、ちちうえが死んじゃってからは、なんにもできないやくたたずの国になっちゃったのよ」
といって、やれやれ、と首をすくめました。
「ど、どうして?」
「ちちうえが、セッケン工場のいちばん、かんじんかなめの歯車だったからよ。それがなくなっちゃったら、もうまともなセッケンはできないわ。ぜったいにね」
ひめがそういうと、よこにいたボルト大臣がおずおずと、
「い、いや――ひめさまも、あたらしいおうさまになるおちからはじゅうぶんにおもちです。ファクトリイの国をたてなおして――」
といおうとしましたが、ひめはその声を、けらけらけら、というおおきなわらい声で消してしまいました。
「そんなはずはないわ。わたしはちちうえから、おうさまのしるしである〝ギアのペンダント〟をもらっていないのだもの。くれるっていったのに――死んだときに、ちちうえはそれをもっていなかった。どこかにかくしたんだわ。それはわたしに、おうさまになってほしくなかったからだわ」
「べつに、あのペンダントがなくても、ひめさまには――」
「うるさいわね! ちちうえがだめだっておもったんだから、わたしにはおうさまなんてムリなのよ。わたしはべつに、なんにもならなくていいのよ。やくたたずでかまわないんだわ」
ひめはけらいたちをにらみつけて、みんなをちぢこまらせると、チクタにむかって、にっこりとほほえみかけてきました。
「ねえ? あなたにはわかるわよね? あなただっておなかに、なんのやくにもたたない時計をつけてるんですもの」
「え?」
「その時計だって、うごかなくたってぜんぜんへいきなのよね? 歯車なんてかみあってなくたって、ちっともこまらないんだわ」
「え、ええ? いや、ぼくは――」
チクタは、旅のもくてきをせつめいしました。
「でんせつの時計職人? そういえばこの国のセッケン工場も、そのひとが設計図をかいたというはなしをきいたことがあるな」
ボルト大臣がそういったので、チクタはよろこびました。
「ほんとうですか? しゃしんとか、なにかありませんか。いま、いばしょはどこかわかりませんか」
「うーん、そのひととお友だちでいらっしゃったのは、先代のおうさまだけだったからなあ」
「そうですか――」
チクタが、ちょっとがっかりしていると、ひめがとつぜん、
「――だましたわね!」
とおおごえをあげました。みんながびっくりしました。ひめはたちあがって、チクタをゆびさして、
「このチビすけはスパイよ! いますぐつかまえなさい!」
とどなりましたので、けらいたちはびっくりしました。しかし、めいれいはめいれいですから、さからえません。しかたなくチクタのちいさなからだを、
「はりねずみのぼうや、わるくおもうなよ」
と、つまみあげて、そのまま外にほうりだしてしまいました。
「え、ええ、え?」
わけがわからず、ぼうぜんとしているチクタの耳に、ひめがわめきちらしている声がきこえました。
「――だれもわたしのことをわかってはくれないんだわ! きらいきらいだいきらい、みんな、みんなだいきらいよ!」
その声もどんどんちいさくなっていきます。チクタはまたしても、コンベアのうえにころげおちました。そのままおくのほうにはこばれていき、まっくらなばしょにつれていかれました。
「う、うわわ」
なにもみえないところで、うでをきゅうに、ぎゅっ、となにかにつかまれました。にげるヒマもなく、チクタのりょううでから、がちゃん、という、こわいおとがきこえました。
手錠です。
チクタはとてもごつくてきみのわるい手錠をかけられてしまいました。そのままコンベアは、とてもとてもおおきな、あなぼこのところまでチクタをはこんでいき、そしてそのあなのなかへかれを、ぽとり、と、おとしてしまいました。
かれが地面につくのとどうじに、がっちゃーん、と、てんじょうがオリでふさがれてしまいました。
「――な、なんなのこれ?」
チクタはもう、こわくてこわくてたまらず、そのちっちゃなからだをぶるぶるふるわせました。
*
〝……ち、ちょっとひどくない?〟
〝いやあ、よのなかって、だいたいこんなものよ〟
しろいへやでは、ふたりの少女がちっちゃなはりねずみのうんめいについて、みょうに、しんけんなちょうしではなしています。
〝じぶんでは、まったくおもいもよらないところから、とつぜんさいなんがふりかかってくるんだわ。それはチクタにとってもおなじことよね〟
〝べつに、チクタはなんにもわるくないのに……〟
〝べつに、いいこにしていれば、すべてのイヤなことがなくなってくれるわけじゃないのが、せかいのきびしいところなのよ〟
〝いや、でも――そんなにダメなことばかりじゃなくて、きっと……〟
*
「おいおい、新入り。だからそんなにビクビクしなさんなって」
うしろから、声がしました。チクタはおそるおそるふりむきましたが、そこにはだれもいません。
「だから、上をみすぎなんだよ。こっちだっていってるだろう」
下をむくと、そこにいたのはさっきのクリップねずみでした。
「ああ、キョロ――くん?」
「はっはっは。チクタよ、やっぱりおまえも、ろうやいきになったな」
「どうしよう。ぼくらはここからでられないの?」
「うーん、ひめさまの、ごきげんがなおるのをまつしかないかなあ」
「で、でも……」
さっきのようすからして、ひめはそうとうにへそまがりのようです。なんできゅうにおこりだしたのか、チクタにはさっぱりわかりませんでした。
「おうさまがおなくなりになって、ひめさまもさびしいんだよ。すこしはがまんしなきゃ」
キョロがチクタのあしを、ぽんぽん、と、たたきました。
「うーん」
「まあ、こっちにこいよ。ほかのみんなをしょうかいするから」
「え? で、でも、ろうやにはいっているひとたちなんでしょ……」
ちょっとこわいきもします。でもこれに、チクタよりもちっちゃなキョロはわらいました。
「おまえだって、ろうやにはいってるんだぞ」
「そ、それはそうだけど……」
チクタはキョロにつれられて、おくのほうにあんないされました。おおきなひとつのオリのなかに、みんなをいっしょにいれてしまっているのが、この国のろうやのようでした。
ほかのものたちは、すみっこのほうでかたまっていました。みんな、もともとは工場ではたらいていたものばかりのようです。
「おや、きみはみないかおだな」
そのなかのひとりが、チクタをみてそういいました。そのひとをみて、チクタは、
「あれ?」
と声をあげてしまいました。そのひととそっくりなひとと、さっきまであっていたからでした。
「あ、あなたはたしか大臣の……?」
チクタのことばに、そのひとはうなずいて、
「そうだ、わたしはナット。ボルト大臣のふたごのおとうとなんだ」
と、こたえました。
「ひめさまに、いけんをもうしあげたら、おいかりをこうむってしまったので、いまはこんなありさまだ。きみは外からきたのか?」
「そ、そうです」
チクタはことのあらましをせつめいしました。
するとナットはかなしげに首をふって、
「ああ、おいたわしや。ひめはやはり、れいせいなこころをうしなっていらっしゃるようだ」
と、ため息をつきました。
「しかし、われわれあいてならまだしも、きみのような外のひとにまでめいわくはかけられないな。キョロ!」
「はい、なんですかナットさん」
「このはりねずみさんを、ろうやから外にでられる、ぬけあなにあんないしてさしあげろ」
「え?」
そんなものがあるのでしょうか? チクタはおどろきましたが、キョロのほうはしぶいかおで、
「でもナットさん、こいつのうでには手錠もかけられているから、でてもこまりますよ」
と、もっともなことをいいました。チクタもうでをみて、ああ、と、かなしくなりました。それはとっても、ずっしりとおもくて、なきたくなってきます――。
*
〝たいへんなことになっちゃったわね。チクタはぜったいぜつめいだわ〟
〝う、ううん、なんとかならないのかしら?〟
〝わたしには、いかんともしがたいわね〟
〝もう、そんなイジワルいわないで〟
〝でも、あなただったら、こういうときはどうする? だれかにたすけをもとめるとして、そういうひとにこころあたりはないの〟
〝え?〟
〝だから、じょうしきではかんがえられないような、しんじられないようなピンチにおちいったときでも、たすけにきてくれるんじゃないかって、あなたがおもえるようなひとよ。しりあいに、そういうひとはいないかしら?〟
〝う、ううん……そういわれると、ちょっとおもいあたるひとがいるような、でも、いっていいのか、まようような……〟
*
「ううむ、はりねずみさん――すこしばかり、きけんかもしれないが、きみの手錠をとってくれるひとがいる。そのひとのところまでいければ、あるいは――」
ナットがそういうと、ほかのものたちはみな、えええ、と、おどろきの声をあげました。
「ナットさん、そ、そいつはまさか〝ほのおのまじょ〟のことですか?」
「ムリムリ、ムリですよ。あんなおっかないまじょが、こっちのいうことなんかきいてくれるもんですか」
「ま、まじょ?」
チクタがおびえていると、そのよこでキョロがうなずきました。
「ああ、なるほど――そのテがありましたね。でも、あねさんもきまぐれだからなあ」
「しってるの?」
「おれは、なんどかおうさまのめいれいで、てがみをとどけたことがあるんだよ」
「キョロ、おまえなら〝ほのおのまじょ〟にたのめるだろう。かのじょならその手錠も、あるいは――」
「ようがす、ナットさん。そこまでいわれちゃあ、ことわれねえ。しかしチクタよ、おまえに、かくごはあるかい?」
「…………」
チクタはまよいましたが、でも、
「う、うん――いくよ」
こくん、と、ちからをこめてうなずきました。
ぎぎぎい、と、ろうやのすみにあった、われめのところを、スパナねこのシッポがこじあけてくれました。
「ほら、これくらいあったらおまえたちならくぐりぬけられるだろ」
「あ、ありがと」
チクタはいわれるままに、あなをぬけて外にでました。手錠がちょっとひっかかりましたが、むこうからおしてくれたので、すぐにとおれました。
「じゃあな」
「あ、あの、どうしてあなたたちは、にげないんですか?」
「そりゃあ、ひめさまをしんじているからだよ」
「いまはちょっとだけ、わがままになっちゃってるけど――」
「きっとたちなおって、もとのやさしいひめさまにもどって、あたらしいおうさまになってくれるってね」
スパナねこやスコップぺりかんたちは、にこにこわらいながらそういいました。
「ほら、なにしてる。いくぞ」
キョロがせかします。チクタはみんなの、きをつけろよ、という声におくられながら、トテトテ、と、はしっていきました。
「この国の工場は、ロッカッカ火山から〝じねつ〟をひいてきて、それでうごいているんだ。あねさんは、その火山のちかくにすんでいるんだよ」
チクタたちはパイプの森をぬけて、そのもんだいの火山にむかっていきます。だんだんあつくなってきて、あたまがぼんやりしてきました。
くらくなってきた空には、ゼンマイこうもりのむれが、きいきい、なきながらとんでいて、とてもきみがわるいかんじです。
「ううん、もうすこし、すずしい道はないの?」
「あきらめろ、このへんはみんな、こんなかんじだ」
キョロはなれているのか、まったくバテたようすもなく、とびはねるようにはしっていきます。チクタはついていくのがせいいっぱいです。
そして、なれない道をはしっていたため、とうとう、あしがなにかにひっかかって、チクタはころんでしまいました。
「――わっ!」
手錠をかけられているチクタは手をつくこともできずに、ころころ、と、ころがってしまいました。
「ううん――」
なんとか、からだをおこしたかれのまえに、なんだかヘンなものがありました。
空にむかって、いっぽんのアンテナがのびているのです。でもそのアンテナには、ほかのところにつながっているコードなんかはありません。それにアンテナはあちこちにかざりがついていて、なんだかリッパです。
「なんだろ、これ?」
チクタがふしぎがっていると、そのアンテナのよこに、だれかがたっているのがみえました。
わっ、とおどろきましたが、そのひとはやさしいかおで、だいじょうぶ、と、うなずきました。べつにチクタをつかまえるつもりはないみたいです。
「あ、あのすみません」
チクタがあやまると、そのひとは首をよこにふって、あやまるのはわたしのほうだ、といいました。
「どうしてです?」
チクタはたずねかえしましたが、そのひとはそれにはこたえずに、ひめのことをゆるしてやってくれ、と、ふしぎなことをいいました。
「へ? ひめさまを、ゆるす?」
なんのことだろう、とチクタがおもっていると、むこうからキョロがもどってきました。
「おい、なにしてるんだ?」
「ああ、いま、ここにいるひとと――」
と、チクタはキョロのほうにむけた目を、ふたたびアンテナのほうにもどしました。
でも、そこにはだれもいません。
「――あれ?」
チクタがとまどっていると、キョロが、
「あんまり、ここでふざけないほうがいいぜ。そのアンテナは、まよけだからな」
「まよけ?」
「ああ、ここなんだよ。おうさまがカミナリにうたれて、おなくなりになったのは。それで、ここにこうして〝ひらいしん〟をたてたんだ。にどとおなじことがおきないように、ってな」
「……え?」
それじゃあ、いまのひとは、もしかして……。
チクタがぼうぜんとしていると、キョロが、
「ぼさっとするな。さっさといこうぜ」
と、すこしらんぼうにチクタの手をひっぱって、そのばからつれだしました。
やがて、ふたりは火山のよこに、ぽっかりと口をひらいている、どうくつのまえにつきました。
キョロはためらいなく、くらいあなのなかにはいっていきます。チクタもびくびくしながら、そのあとにつづきます。
ぺたん、ぺたん、と、ねずみとはりねずみのちいさなあしおとが、やけにおおきくひびいてきこえます。
「だ、だいじょうぶ? なんか、ゆきさきがまっくらだけど――」
「へいきへいき、わかれ道なんかないから、すすんでいけば、いずれつく」
キョロはのんきなものです。とうとうまわりがぜんぜんみえなくなってしまいました。
「あ、あれ? キョロくん?」
きがついたら、ねずみのあしおとがしません。しーん、と、しずまりかえっています。
「ねえ、キョロくんてば――」
チクタのふあんそうな声が、どうくつのなかにひびきました。
すると、
「――ふふっ」
という、わらい声がどうくつのおくからきこえてきました。クリップねずみの声ではありません。
チクタは、その声のほうをむきました。
すると、そのしゅんかん、どうくつにあかりが、ぼっ、と、ともりました。ろうそくに火がついています。
そのひかりのそばには、ひとりのおんなのひとがいました。どうくつのかべをくりぬいてつくったベッドのうえに、こしをおろしています。そのよこにはキョロもいました。
「……え?」
そのおんなのひとをみて、チクタはびっくりしてしまいました。まじょというからには、としをとったおばあさんじゃないかとおもっていましたが、まだわかくて、おんなのこ、といってもいいくらいのひとです。でもそのひとには、ほかのひととはまったくちがうことが、ひとつありました。
「あんたがチクタくんか。城でおきたことは、ここでもきこえたよ」
そのひとはふつうに、そういって、はなしかけてきました。でもチクタはそれにもおどろきました。だってそのひとは、そんなふうにふつうでいられるようにはみえなかったのです。
なぜって――そのひとは、むねのまんなかに、いっぽんの杭がささっていたからです。それはまるで、きゅうけつきがトドメをさされたあとのすがたのようではありませんか……。
「あ、あの……?」
チクタがおびえながら、その杭から目をはなせないでいると、まじょはうなずいて、
「ああ、みっともないだろ。こいつはほかのまじょとケンカになって、そんときにさされちまったんだ。まったくマヌケなはなしだ」
まじょは、きらくなちょうしでそういって、わらいました。
「あねさんはふじみだから、このていどじゃなんてことないんだよ。ねえ」
よこのキョロもへいきなかおをしています。だいぶまえから、このひとは杭をさしたままでいるみたいでした。
「そうでもない。けっこうこたえてるよ――ぬくほうほうも、みつけられないままだしな」
「い、いたくないんですか?」
チクタがそうきくと、まじょはすこし目をまるくして、そしてくすくすとわらいました。
「オレのしんぱいをしてくれるのか? やさしいね、チクタくん。あんただって手錠がおもいんじゃないのか?」
まじょは、さっきからおとこのひとみたいなしゃべりかたをしています。じぶんのことも〝オレ〟といいましたし、なんだかふうがわりなひとのようです。
「い、いや――ええと」
チクタはどぎまぎしてしまいました。しょうじき、じぶんの手錠なんかよりも、目のまえのまじょのほうが、よっぽどくるしそうにみえたのです。こんなひとに〝たすけてくれ〟なんてたのむのは、とてもしつれいなことなんじゃないだろうか、と――。
そんなかれを、まじょはじろじろとみつめてきました。そして、
「――あんたは、オレを、きみがわるいとは、おもわないのか?」
と、たずねてきました。
「そ、そりゃ、たしかにその、こわいですけど、でも――」
チクタは、じぶんのおなかにある時計に目をおとしました。
うごかない時計。なんのためについているのかわからない――かれにとって、せかいじゅうのできごとのほとんどは、なんでそうなのかわからないことばかりなのです。キモチわるいとか、みっともないとか、そういうことのモノサシになる〝ふつう〟ということがどういうことなのか、それもよくわからないのです。時計がうごくようになったら、そういうこともわかるようになるのでしょうか?
「でも――」
チクタはうまくこたえられずに、もじもじしてしまいました。
するとまじょは、くいくい、と、手まねきして、
「こっちへ、きな」
とかれをよびました。チクタはいわれるままに、まじょのそばによります。
「これにさわってみろ」
といって、まじょはむねにささった杭をチクタのほうに、つきだしてきました。
チクタはおっかなびっくり、その杭に手をのばします――すると、まじょはからだを、ひょい、と、うごかして杭をチクタの両手をしばっている手錠にふれさせました。
そのとたん、手錠はまっかになって、もえて、とけてなくなってしまいました。
「――わっ」
チクタはあわてて、うしろにさがりました。手錠のあったところがカッカしましたので、ごしごし、と両手でこすりました。
「あはは、ごめんごめん。おどかしちゃったかな。でもヤケドはしていないだろ」
まじょはイタズラっぽくそういって、ウインクしてきました。
「な、なんなんですか?」
チクタはまだ、ドキドキがとまりません。
「この杭が、ちょっとでもオレのむねのあなからズレると、ねつがふきだすのさ――だから、あんまりうごきまわれないんだ。さしたヤツが、めちゃくちゃイジワルだったんで、こういう目にあわされてる。ヘタにぬいたら、やけしんじまうしな」
まじょは、やっぱりきらくなちょうしで、かなりおっかないことをいいました。
「でも、それがこういうふうに、やくにたつときもあるんで、すてたもんじゃないがね」
「あ、ありがと……」
チクタはもじもじしながら、やっとそれだけをいいました。
(この、まじょさんは……たいへんなくろうをしているんだな……)
それだけはわかりますが、それがどんなものなのか、それはチクタにはそうぞうもできないのでした。なにかとたたかっているみたいですが、それがなにをあいてにしているのか、まったくけんとうもつきません。
「どういたしまして、チクタくん。……それで、あんたにひとつ、ききたいことがあるんだが」
「なんですか?」
「あんた、この国のおひめさまにあって、どうおもった?」
まじょは、へんなことをきいてきました。
「へ?」
「オレは、とおくのおとでも、きくことができるから、このどうくつのなかにいたままでも、あんたとひめがはなしていたことは、しっかりきいていた……あのとき、あんたは、かのじょのことをどうおもったのかな。それをおしえてくれないか」
まじょは、みょうに、しんけんなかおでそうたずねてきました。
チクタは、ちょっとだけかんがえましたが、すぐにこたえました。
「えと、それは――」
……そして、お城のほうでは、チクタたちがにげたことがバレてしまって、おおさわぎになっていました。
「どういうことなの? あなたがにがしたの、ナット?」
ひめはすっかりおこってしまって、ぷりぷりしながら、じぶんがろうやにいれたあいてにむかってそうたずねました。
「はい」
ナットは、まったくひるむようすもなく、きっぱりとした声でそうこたえました。
「どうして? わたしは、あのはりねずみはスパイだといったのに、あなたはそれをしんじなかったの?」
「おそれながら、ひめさま――あなたごじしんも、かれがスパイだなどとはしんじておられますまい」
いいかえされて、ひめは「うっ」とことばにつまりました。
「な、ナット――口がすぎるぞ」
あわてて、ボルト大臣がおとうとをたしなめました。しかしナットは首をよこにふって、
「いや、にいさん――これはだれかがはっきりいわなくてはならないことだ。ひめさま、どうか目をさましてください。あなたは、この国の、あたらしいおうさまなのですよ。ひとをうたがってばかりでは、だれもあなたのいうことをきかなくなってしまいます」
と、まっすぐにひめの目をみつめていいました。
「…………」
ひめは、むっつりとだまりこんでしまいました。
「あ、あの、ひめさま……」
こまったボルト大臣がはなしかけようとしました。すると、ひめはぼそりと、
「……死刑ね」
といいました。
「ええ? ひめさま?」
「おまえは死刑よ、ナット。おまえだけじゃなくて、ろうやにいて、はりねずみをにがすてつだいをしたれんちゅうは、みんな死刑だわ」
ひめは、ぼそぼそとちいさな声で、おそろしいことをへいきでいっています。
「ひ、ひめさま、それはあまりにも――」
さすがにボルト大臣も、このむちゃくちゃなめいれいにもんくをいおうとしました。するとひめはとつぜん、けたけたとおおきな声でわらいだしました。
「――あーもう、みんな死刑よ。死んじゃえばいいんだわ。それがいやなら……おまえたち、わたしのほうを死刑にしなさいよ。みんな、どうせわたしのことなんかあきれているんでしょう?」
なげやりなちょうしでそういって、ひめはてんじょうをみあげました。
「そうよ、わたしをつかまえなさいよ。おうさまの資格なんかないんだから、みんなで、国をまもっていかなきゃならないはずよ。ほら、なにしてるのよ。さっさとわたしを、ナットのかわりに、ろうやにブチこみなさいよ――」
そういいながら、ひめはだれとも目をあわせようとはしないのでした。
「ひ、ひめさま――」
ボルトとナットは、とまどいをかくせません。するとそのとき、ひとりの兵士が「あ」という、まのぬけた声をあげました。
「あれは――まさか」
「なによ? おばけでもでたっていうの」
ひめがその兵士に、とげとげしいちょうしでたずねると、
「い、いや――あのはりねずみです」
と、その兵士はこたえました。
「……なんですって?」
「あのはりねずみが、城のすぐそとにまで、きています――こっちに手をふっています」
チクタはクレーンでひっぱりあげられて、お城のまどからちょくせつ、ひめのへやのなかへ、はこびこまれてきました。
「…………」
ひめはぶすっとしたかおをしています。
「ど、どうも」
チクタはおずおずと、かのじょにあいさつしました。
「どうしてもどってきたの? せっかくにがしてもらえたのに」
ひめがしつもんすると、チクタはすこしかんがえて、
「ええと、やっぱり、ちゃんとしとかなきゃ、って、そうおもって」
といいました。
「なにをよ?」
「いや、ぼくはどうして、ろうやにいれられたのかな、とか」
「そんなもの、わたしがあなたのことが、きにくわなかったからに、きまっているでしょう」
「いや、だから……どうして、きにくわなかったのか、とか、そういうことを」
「きにくわないったら、きにくわないのよ。りゆうなんてないわ」
「そうですか? ぼくには、そうはおもえなくて」
チクタはもじもじしながらも、ひめにくちごたえしました。
まわりのけらいたちは、いっせいに、かおをあおざめさせました。
ああ、かわいそうに、このはりねずみは死刑だ、とかくごしたのです。
しかし――。
「…………」
さっきまで、あんなにふきげんそうだったひめは、そのチクタのことばにもおこったようすをみせません。
「じゃあ、なんでだとおもうの?」
しずかな声で、そうききかえしました。
チクタは「はい」とうなずいて、それからじぶんのおなかの、うごかない時計をさすりました。
「ええと、ぼくはずっと、この時計がうごかないのが、とってもさびしいきがしていて、それで旅にでたんですけど、まだうごかせるひとにはであえていません……それでも、いつかはみつけられると、しんじています。ぼくはそうです。だけど、ひめさまは――」
「わたしが、なんだっていうの?」
そうきかれて、チクタはいきなり、
「ひめさまは、うそつきです」
と、ヘンなことをくちばしりました。
*
〝ひとって、どんなときに、うそをつくものなのかしらね?〟
〝え? そうねえ……どうしようもないとき、かな。なにか、うまくいかなくなっちゃって、こまっちゃって、それでしかたなく、じゃないのかな〟
〝だとすると、ひとってずいぶん、ねんがらねんじゅう、どうしようもなくなってばかりいるのねえ〟
〝へ?〟
〝だって、みんな、うそばかりついているじゃない。うそをひとつもつかないで、いきているひとなんて、いるのかしら?〟
〝……まあ、それをいったら、おしまいだけど……〟
〝どうしようもないけど、うそでごまかさずに、うまくいかないことをどうにかするほうほうって、このよにあるのかしらね?〟
〝……でも、それをなんとかみつけないと、いけないんでしょうね……〟
*
ひめは、すこしキョトンとしたかおになりましたが、すぐに「あははは!」とわらいだしました。
「わたしが? うそつき? なんのことよ」
「ほんとうです。しょうこもあります」
「へえ、おもしろいわね。いいわよ。そんなもの、あるならみせてもらおうかしら」
「はい」
チクタは、せなかのはりのほうに、手をのばして、もぞもぞといじりました。そのへんにいれておいたものがあったのです。
そしてチクタは、そこからちいさな歯車をひとつ、とりだしました。
それをみて、まわりのみんなは「あっ」と声をあげました。
そう、それは、まえのおうさまが、いつも首からペンダントとしてぶらさげていた、あの歯車だったのです。
「そ、そそ、それを……どこで?」
ボルト大臣がおおごえでたずねると、チクタはうなずいて、
「はい、ほのおのまじょさんが、おうさまからあずかっていたんです」
と、こたえました。
「おうさまがころんだときに、歯車がまがってしまって――ムリヤリもどそうとしたら、おれてしまいそうだったので、まじょさんにしゅうりをおねがいしていたんです。でもまじょさんにもなかなかむずかしくて、てまがかかっていたので、そのあいだに――」
「ほ、ほのおのまじょだと?」
みんながおどろいていると、そこに、うしろのほうからおずおずと、
「そ、そうなんです――おれたち、そのしゅうりをてつだったんです」
と、クリップねずみのキョロがあらわれていいました。
「キョロ? おまえもにげだしていたはず……」
「へへへ。チクタはまっすぐにいくっていったんですけど、おれはちょっとこわかったので、ようすをみながら、こっそりとここにきました」
てれわらいをうかべながら、キョロはあたまをポリポリとかきました。
みんなが、なんだかぼんやりしてしまって、しずまりかえったなかで、ひめがぼそりとつぶやきました。
「……どうして?」
その声は、ちいさなつぶやきだったのに、みょうにおおきく、みんなのみみにとどきました。はっ、と、だれもがひめのほうに目をむけます。
「どうして……どうしてそれが……なんで……」
ひめは、しんじられない、というかおで、チクタのてのひらのうえの、歯車をみつめています。
「まがったままでは、ひめさまにあげられないな、って、そうおもったからです」
チクタはうなずきました。
「……わたしに?」
ひめは歯車から目をそらすことができません。
そして、そのかおがきゅうにくしゃくしゃになったかとおもうと、つぎのしゅんかん、ひめの目からは、とてもとてもたくさんのなみだが、どっ、と、あふれだしてきました。
「……うわあああああん、うわあああああん!」
それはまるで、あかちゃんがないているかのような、あけっぴろげで、なんのえんりょもない、そんななきかたでした。
みんなはぼうぜんとして、ひめのようすをみていることしかできません。そんななかで、チクタはひとり、ぺたぺたとあしおとをたてながら、ひめのすわっている玉座にちかよっていき、
「はい」
と、歯車をひめにさしだしました。
「…………」
ひめはなみだでほっぺたをべちゃべちゃにしています。どうしよう、というかおをしているので、チクタは、
「これは、ひめさまのものですよ」
といいました。
「……いいの?」
ひめはまだ、目をうるうるさせています。チクタは、
「もちろんです」
と、うなずきました。
おずおずと、ひめはその歯車に手をのばして、ぎゅっ、と、にぎりしめました。
みんなから、わあっ、と、おおきなよろこびの声があがりました。
その歯車は、おうさまのあかしです。それをひめがうけとったということは……。
「ばんざあい、ばんざあい!」
「これで、あたらしいおうさまがうまれたぞ!」
「あたらしいおうさま、ばんざあい!」
ひめはなみだをふきながら、目のまえのちいさなはりねずみにむかって、
「あ、ありがとう――ありがとう……」
と、なんどもなんども、おれいをいいました。チクタは、いえいえ、と、首をよこにふりました。
「ぼくはただ、まじょさんにかわって、とどけただけですから」
チクタは、まじょにたずねられました――あんたは、ひめのことをどうおもったのか、と。
それにチクタは、
「ひめは、なんだか――むかしのぼくみたいでした」
と、こたえたのでした。
「ほう、そりゃどういうことだい」
「ええと――」
チクタは、すこしかんがえて、それからいいました。
「ぼくは、ずっとおしいれにこもっていました。あきられたぬいぐるみには、いばしょなんてないですから――でも、おなかの時計をうごかしたいとおもったら、旅にでようってきになりました」
「なるほど――それで?」
「ひめは、なんだか――おなかの時計がうごかないのは、さびしいことかもな、ってことにきづくまえの、あのころのぼくみたいなかんじがしたんです。だから、うらめしいってかんじはしません」
チクタがそういうと、よこのキョロが、
「おまえなあ、おまえとひめさまをいっしょにするなよ」
とあきれたようにいいました。
「い、いや――べつにいっしょにするつもりは」
チクタはかおをあかくして、いいかえしました。そんなふたりに、まじょは「あはは」とおおわらいして、
「いや、なるほど、なかなかおもしろい。よしそれじゃ、あんたたちにてつだってもらって、おうさまからたのまれたしごとをおわらせよう」
と、いいました。まがってしまった歯車をもとにもどすには、いちど、ねつでやわらかくしてから、まっすぐにのばす、そのさぎょうがひつようなのですが、まじょがじぶんで杭をいじってねつをふきださせると、かりょくがつよすぎて、歯車はとけてなくなってしまうのでした。
「だからチクタくん、あんたが杭を、ほんのすこしだけまわしてくれ――そしたらキョロ、おまえがそのクリップに歯車をはさんで、ねつがふきだしたところに、いっしゅんだけ、とびこめ。そしたらオレが歯車をもとにもどすから」
「さんにんの息があっていないと、うまくいかないな――チクタ、よういはいいか?」
「う、うん――いくよ……いち、に、の、さん――!」
チクタが杭にしがみついて、ものすごく、がっちり、と、まじょのむねにつきささっているそれを、ちからをこめてまわしました。でもチクタのちからでは、ほんのちょっとしかうごきませんでした。しかし、それでいいのです。
キョロが、ばっ、と、はしりこんできて、そのねずみのからだを、まじょが、ひょい、と、つまみあげました。歯車はとけるすんぜんで、まっかになっていました。
まじょは、そのさわっただけでヤケドしてしまいそうな歯車をテーブルのうえにおくと、ばん、と、うえからたたきました。
その、手のひらのしたからあらわれたのは、まっすぐにもどった、きれいな歯車のすがたでした。
「やったあ!」
キョロとチクタは、手をとりあってとびはねました。まじょは、手のひらに、ふう、と、息をふきかけて、あつくなったぶぶんをさましました。
「あ、だ、だいじょうぶですか?」
「ああ、へいきだよ、このくらいは」
まじょはうなずきました。そして、歯車をつまみあげて、チクタにてわたします。
「こいつを、ひめにかえしてあげな。あんたからわたすといいだろう」
「どうして、あなたはそとにでないんです?」
「いまのオレが、そとをうろつきまわると、どんなひょうしでねつがふきだすかわからないだろう? だから、火山のそばにいるんだよ。ここならねつがでても、もともと、もえているところだからな」
まじょはさらりとしたちょうしで、そういいました。チクタはまた、このひとになんていっていいのか、わからなくなりました。
「た、たいへんですね――」
「まあね、しかしそれは、おたがいさまだろう。あんたも、旅をつづけるのはくろうのれんぞくだろ?」
まじょはそういって、ウインクしました。とってもつよいひとだ、とチクタはあらためてそうおもいました。
……こうして、スパイのうたがいも、ぶじにはれて、チクタはふたたび旅にもどれることになりました。
「ほんとうに、おせわになりました」
ナットがチクタのちいさな手をにぎってきて、ふたりはあくしゅしました。
「いえ、こっちこそ」
「時計職人の手がかりがなくて、わるかったな」
キョロがそういうと、チクタはわらって、
「まあ、きながにさがすことにするよ」
と、こたえました。
「また、いつでもきてください。こんどは国をあげてかんげいしますよ」
「もう、つかまえたりはしないでくださいよ」
チクタがイタズラっぽくそういうと、みんなおおわらいしました。
そのとき――それまでうまくうごいていなかった工場が、いっせいにさぎょうを、ふたたびはじめました。
がっしゃん、がっしゃん、と、機械がいっしょうけんめいはたらきはじめました。
そして、工場のまんなかにある大えんとつから、ぷぷぷーっ、と、フエをならすようなおとがひびいたかとおもうと、そこからたくさんのシャボン玉が、空にむかってとびだしていきました。
「ああ、またセッケンがつくれるようになったんだね」
「ひめさまが、きちんとしごとをしてくださるようになったからだ。そしてそれは、きみのおかげだよ、チクタくん」
みんなの「ありがとう、さようなら」の声にみおくられながら、チクタはまた、あたらしい旅にむかって、てくてくとあるきだしました。
シャボン玉がまう空に、クレーン兄弟がそのながいながいうでをふっているようすは、ずいぶんととおくからでもみることができました。
おしまい
〝…………〟
〝…………〟
(ふたりの少女は、しろいへやのなかで、うとうと、いねむりをしています……)