コラム:デフレ脱却で始まる「アベノミクス現実相場」=武者陵司氏
だが今、この景色が一変しつつある。前述したように、円安基調は根付き、需給ギャップは改善し、労働市場も急速にタイト化している。インフレに転じていく環境下で、企業が着実に値上げを実現するためには、優良な労働力を確保することによってクオリティの高いサービスや商品を提供する必要がある。そのためには、ふさわしい対価を労働者に支払わなければならない。
デフレ下での勝負は「どれだけ売価・コストそして労働者報酬を下げるか」だった。したがって、ブラック企業がはびこったが、インフレ下での勝負は「いかに賢く売価を上げていくか」であり、労働者報酬引き上げによる優良労働の確保はより付加価値の高い商品提供のために必須となる。このようにデフレからインフレにシフトすれば、労働市場に対する経営者のビヘイビアが180度変わることは目に見えている。
ちなみに、長年に及ぶデフレ経済において日本の労働者は決して「無意味な被害者」ではなかったと言いたい。20年前と比較した、日本企業のビジネスモデルの転換ぶりは驚嘆に値する。特に製造業は、国内の低コスト生産・輸出モデルから、グローバルサプライチェーン確立による現地生産・販売マーケティングモデルにシフトした。言うなれば、日本の労働者は実質賃金低下を受け入れることで、企業の将来価値創造に向けたビジネスモデル転換コストの一部を負担したのである。
いまや日本企業の収益性は過去最高水準にある。再び労働分配率を引き上げて、労働者に対する所得配分を高めることが可能な状況に来ている。
<成長戦略の正しい姿>
もう一つ、デフレ後の経済で期待を持てるのがサービス産業の再生だ。前述したように、サービス産業は労働者と並ぶデフレの大きな被害者だった。
そもそも、日本の国内総生産(GDP)の7割は内需であり、その大半はサービス産業である。労働者報酬引き下げに伴う購買力低下は、サービス産業にこそ大きな打撃を与えた。
よくデフレの震源地として「ユニクロ」などの製造小売業が躍進した衣料品や、国際競争が激しい家電・自動車などが指摘されるが、そうした分野は実は他国でも価格下落に見舞われている。日本の特殊性は、教育、娯楽、交通、住宅、医療といった内需系サービス分野においてデフレが深刻化したことである。 続く...