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広域回遊魚類(ウナギ・マグロ)の完全養殖技術開発

1.ウナギ人工種苗の実用化を目指して

(1)ウナギ養殖と研究開発

土用の丑の日に鰻を食べる習慣については、平賀源内の発案という説が最もよく知られています。とある鰻屋が、夏に売れない鰻を何とか売るため源内に相談したところ「本日丑の日」と書いて店先に貼ることを勧められました。その鰻屋は大変繁盛したことから、他の鰻屋もそれにならい、土用の丑の日に鰻を食べるようになったと言われています。

我が国におけるウナギ養殖は、1879年(明治12年)に東京深川で始められました。1971年頃、配合飼料の開発やハウス加温式養殖の導入などの技術開発により生産性が飛躍的に向上し、現在では、年間2万トン程度の我が国におけるウナギ生産のうち、天然の漁獲量は2%程度に過ぎず、ほとんどが養殖によるものとなっています。また、国内で流通するウナギの8割は中国、台湾からの輸入品であり、それらはすべて養殖生産によるものです(図2)。

図2 我が国において流通するウナギの内訳

ウナギ養殖は、冬から春にかけて河口域に来遊する天然のシラスウナギ(河川に遡上するウナギの稚魚で全長50~60mm)を養殖用の種苗として捕獲し、養殖池に収容して行われます。このため、養殖産業にとってシラスウナギを安定的に確保することが重要となっていますが、シラスウナギの漁獲量は年によって大きく変動します。世界的に見ても各種ウナギの資源水準が低下していると言われています(図3)。一方、中国のウナギ養殖ではヨーロッパウナギも種苗として利用されていますが、資源の枯渇を懸念して2007年のワシントン条約締約国会議において、ヨーロッパウナギの国際的な取引が規制されることになりました。このようなことから、天然の種苗に頼らずにウナギ養殖用種苗を供給するため、人工的に種苗を作る技術の開発が求められています。

図3_各種ウナギ類稚魚漁獲量

しかしながら、ウナギは極めて特殊な生活史を持つ魚類であることから、人為的に成熟させ、採卵、授精、ふ化、仔魚の飼育を経てシラスウナギ(養殖用種苗)とすることは容易ではありません。我が国では、2002年に(独)水産総合研究センター養殖研究所において世界に先駆けてシラスウナギの人工生産に成功し、現在ウナギ種苗の人工生産の実用化に向け、安定生産に不可欠な基盤研究がすすめられています。

(2)謎の多いウナギの生活史

ウナギは飼育下あるいは河川や湖沼、沿岸など人目に触れる所では、どんなに大きくなっても、どんなに年をとっても、決して自然に成熟・産卵することはありません。図4に示したように、シラスウナギと呼ばれる全長50~60mmの透明な稚魚が初冬から春先にかけて南西日本や朝鮮半島、中国、台湾の沿岸や河口に来遊し、河川や湖沼、沿岸などで魚類や底棲生物などを食べて育ちます。雄は全長50cm、体重200g、4~5歳程度、雌は全長75cm、体重600g、6歳以上で成熟を開始して産卵場をめざす旅に出るとされており、産卵場までの回遊の過程で成熟が進むと考えられています。これまで、産卵場に向かう親ウナギが黒潮より南側で発見された例はなかったので、産卵場までの経路は明らかではありませんが、小笠原海嶺に沿って緩やかに南下する小笠原海流を利用して産卵場に向かうという説が有力です。

図4 ニホンウナギの回遊経路

1991年には、東京大学海洋研究所の塚本勝巳教授らの産卵場調査で北緯12~19度、東経131~137度の海域で全長7.6mmというふ化後10日程度のものを含む約1000尾ものウナギの仔魚が採集され、それらのふ化後日数とその海域の海流の方向および速度から、産卵場は北緯15度、東経142~143度付近であると推定されました。グアム島の西側に当たるこの海域には深海底から海面近くまでそびえ立つパスファインダー、アラカネ、スルガと名付けられた3つの海山があり、これらの海山周辺で6、7月の新月の夜を中心にウナギの産卵が繰り広げられていると考えられています。さらに、2005年6月にはスルガ海山の西方約100kmの地点でふ化後2~5日の目も口もまだできていない仔魚(プレレプトケファルス)が約400尾採集され、産卵場はさらにピンポイントで絞り込まれました。また、採集されたプレレプトケファルスのふ化後の日数と発育・成長過程を人工ふ化して様々な水温で育てた標本と比較することによって、天然の仔魚は水温28℃、水深65m程度のところに生息していたと推定されています。

その後、プレレプトケファルスは北赤道海流にゆっくりと西に運ばれながら成長し、次第に体の幅が広くなって透明なヤナギの葉のような形態のレプトケファルス幼生へと成長します。レプトケファルスは成長とともに浮力が強くなり、夜間表層近くまで浮上して北に流され、黒潮の源流にたどり着くと考えられています。全長50~60mmに達したレプトケファルスは急激に体の幅が狭くなり、筒状のウナギらしい形に変わるとともに、比重が大きくなり遊泳力も強くなります。このレプトケファルスからシラスウナギへの劇的な形態変化を変態と呼び、天然ではふ化後80~170日目ぐらいに始まり20~40日間ぐらいで完了すると推定されています。黒潮内で変態を完了したシラスウナギは、その後黒潮を離脱して、台湾、中国南部、日本、朝鮮半島の生息域へと接岸回遊を始めると考えられています。

ウナギの生活史の概要は以上のように考えられていますが、実際には天然魚の海洋生活史は断片的にしか分かっておらず、親魚の成熟状態、卵やふ化仔魚のサイズや栄養状態、仔魚期の餌や棲息環境にはまだ多くの謎が残されています。


コラム2  ウナギ天然親魚の捕獲に成功

天然のウナギ親魚について、2008年の夏、大きな新発見がなされました。水産庁の漁業調査船「開洋丸」によって、ニホンウナギの産卵場と想定されるマリアナ諸島西方海域で大型の中層トロールによるウナギ親魚捕獲を目的とした調査を実施したところ、産卵に関与したと考えられる天然の雌雄の親ウナギが世界で初めて捕獲されたのです。これらの標本の解析は現在進行中ですが、今後さらに多くの成魚が産卵場付近で採集され、天然の成熟個体の生理・生態が詳しく解明されれば、ウナギの資源研究や種苗生産技術開発にも大きな進歩がもたらされるものと期待されています。

 


 

 

(3)ウナギの成熟制御と親魚養成

1)飼育環境下でウナギに産卵させる

ウナギから卵をとるには、まず性成熟させて卵を産める状態にする必要があります。魚類の性成熟や産卵リズムは、性成熟機構、すなわち視床下部-脳下垂体-生殖腺系で合成されるホルモンによって厳密に制御されています。通常、天然環境下では光や水温等が性成熟機構の最初の部分を刺激することで魚自身の性成熟機構が自然に動きます。しかし、人工飼育下ではホルモンによる情報伝達系が正常に働かなくなるため、結果として性成熟の進行や産卵が起こりません。このため多くの養殖対象魚では、飼育環境下で成熟・産卵リズムが停止した魚にホルモンを投与することで、成熟に関する情報伝達系を修復し、それをスムーズに動かすことで性成熟の進行や産卵の誘導を行っています。

養殖研究所で開発された成熟誘導技術は、卵の発達段階に応じて投与するホルモンの種類を変えるものであり、効率的なウナギの成熟・採卵方法として多くの機関で使用されています(図5)。これまでの研究で、魚類の卵は栄養を卵内に蓄える期間(成長期)と受精のための準備を整える期間(最終成熟)といった2つのプロセスを経て形成されることが明らかになっています。このうち卵の成長は、脳下垂体で合成される生殖腺刺激ホルモン(GTH)によって支配されており、その期間はサケでは数年に及ぶなど魚種によって様々です。他方、卵の最終成熟は、生殖腺で合成される卵成熟誘起ステロイド(DHP)によって誘導され、極めて短期間(数時間~数日)で起こります。残念ながら現時点では、ウナギの卵形成や最終成熟が自然状態でどれぐらいの期間かかるかは定かではないのですが、飼育環境下では、性成熟がごく初期で停止したウナギにGTHを含むサケ脳下垂体抽出物を2~3か月間、毎週注射することで卵を成長させることが可能です。他方、十分に成長した卵をもった雌ウナギにDHPを投与することで、短期間(およそ18時間)で受精のための準備が完了した卵を得ること、すなわち排卵が誘発できることがわかっています。

図5 ホルモン投与によってウナギから卵や精子をとる方法

雄の精子形成は、その最終段階で精子変態という形態が劇的に変化する過程を経るものの、雌の卵形成と比較するとその形成過程は極めて単純で、ヒトGTHの一種(ヒト絨毛性ゴナドトロピン:HCG)を複数回投与することで、ウナギから精子を得ることが可能となっています。また、養殖研究所で開発された精子の保存技術によって、得られた精子をストックすることで常時使えるようにもなってきました。

2)雌ウナギは簡単に手に入らない?:ホルモンによる雌化技術の開発

これまで述べてきたように、ホルモンを投与することで飼育環境下のウナギから比較的容易に卵や精子をとることができるようになりました。しかし、卵や精子を生産していくうえで大きな問題が残されていました。それは雌ウナギの確保が非常に難しいということです。従来、卵や精子をとるために、天然の下りウナギ(秋に川を下り産卵に向かうと推定されるウナギ)を使ってきましたが、下りウナギは入手できる時期が限られており、年によって採捕できる量が大きく変動するので、親魚の安定的な供給を考えると不向きです。他方、養殖ウナギはほとんどが雄であり、外見から雄雌を見分けて選別するのが非常に難しいという問題があります(コラム3)。

このため、産卵用の親魚としての雌ウナギを効率良く育成する技術の開発が強く望まれていました。魚類ではホルモンによって性転換が起こることが古くから知られていますが、愛知県水産試験場はこの生理現象に着目して、雄が雌になるホルモン(エストラジオール17β:E2)を餌に混ぜてシラスウナギに食べさせることで雌化を試みました。その結果、シラスウナギを効率良く雌化できること、雌化したウナギにホルモンを投与すると卵がとれること、さらに得られた卵から孵化仔魚が得られることが明らかとなりました。この雌化技術は、ウナギの安定的供給に必要不可欠であり、成熟誘導技術同様、ウナギの種苗生産を進めていくうえでの大きなブレイクスルーと考えられています。


コラム3  養殖ウナギは雄ばかり?

私たちが食べる養殖ウナギはほとんどが雄であることはあまり知られていません(図6)。このように書くと、ウナギの性比は極端に雄に偏っていると思われるかもしれませんが、実際天然で取れるウナギの雄雌比はほぼ1対1です。このように養殖ウナギが雄に偏っている主な原因は、魚類では遺伝的な性が完全に固定されていないことがあげられます。すなわち、私たちヒトと違って、魚は雄から雌あるいは雌から雄になりうる性転換が可能な生物なのです。これまでに、ヒラメやキンギョでは仔魚期に高水温で飼育することで遺伝的な雌が雄になることがわかっています。また水温以外に、年齢や社会的環境によって性転換がおこることがいくつかの魚種で報告されています。残念ながら養殖ウナギではどのような要因で雄に偏るかは未だにわかっていません。現在この問題を明らかにするために、ウナギ養殖特有の高密度飼育との関係を解析しています。養殖ウナギの性の統御は、卵を産む雌親魚の安定的供給に必要不可欠であり、今後の研究成果に大きな期待が寄せられています。

図6 天然ならびに養殖ウナギの性比


3)仔魚の正常な発育のために重要な親魚の資質向上

養殖研究所では2002年に世界で初めて受精卵からシラスウナギまでの人工飼育に成功しました(コラム4)。しかし、これまでのところ受精卵からシラスウナギまでの生残率は非常に低く、種苗生産技術を開発するうえで大きな問題となっています。この主な原因のひとつとして、様々な形態異常が高頻度で起こることがあげられます。これまでの研究で、形態異常の出現には、飼育環境に加えて、得られた卵の質の影響が大きいことがわかりました。現在、卵の中の遺伝子や栄養成分などを指標に卵質と仔魚の形態異常との関係を解明するとともに、これらを指標にした生残率向上のための新しい卵質診断技術の開発に取り組んでいます。

良質な卵や精子を得るためには、親魚を適切に成熟させることが、非常に重要と考えられます。現状では人工飼育下で性成熟を進行させるために、哺乳類のGTH(生殖腺刺激ホルモン)やサケの脳下垂体抽出物(GTHが多く含まれる)を投与していますが、異種生物のホルモンは成熟促進効果が低かったり、予期しない副作用が出たりすることがあるため、本来はウナギ自身のGTHを投与すべきと考えられます。しかし、GTHは非常に複雑な構造をもつ物質であるため化学的に合成することができません。そこで養殖研究所を中心に、遺伝子工学的手法を用いたウナギホルモンの生産システムの開発を進めています。また、ホルモンの投与法も、現在行っている2~3か月の間毎週注射をする方法では親ウナギに多大なストレスを与え、親魚としての資質を低下させている可能性があると考えられるため、1回だけのホルモン投与で成熟可能にするなど、よりストレスの少ないホルモン投与技術の開発も進められています。


コラム4  ウナギ種苗生産研究の歴史

ウナギを飼育環境下で成熟させる研究は、生物学的興味からヨーロッパで1930年代に始められました。我が国では養殖用種苗の安定供給に対する強いニーズから1960年代に人工ふ化技術の開発研究が始められ、40年以上にわたって精力的に研究が続けられています。

ウナギの人工ふ化は、北海道大学の山本喜一郎教授らによって1973年に世界で初めて成功し、仔魚はふ化後5日間生存しました。さらに、北海道大学の山内晧平教授らは1976年にふ化後14日間の生存を報告しました。しかしながら、ふ化仔魚の飼育が可能な餌が見つからなかったため、その後20年にわたり給餌飼育には成功しませんでした。その壁が破られたのは1996年のことです。養殖研究所の田中秀樹グル―プ長らがウナギ人工ふ化仔魚はサメ卵をよく食べることを発見したことにより給餌飼育が可能となり、その後飼料組成の改良によって1999年には全長30mmのレプトケファルス幼生まで、そして2002年にはついに養殖用種苗として利用可能なシラスウナギまで育てることに成功しました。

現在では、養殖研究所の技術を取り入れることによって国内の複数の研究機関でシラスウナギを作り出すことに成功していますが、海外では未だ人工ふ化仔魚の長期飼育に成功した例はなく、この分野の研究では我が国が世界を大きくリードしています。

 

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