この頃は、別れが多い。
また変な言葉を使うとお叱りを受ける。
別れ、止めていく方がどうもこの頃、私にショックを与える。
なんか変なのである。
何も言葉で挨拶ができず、手にした菓子折りを立ったまま渡して去る。
どうも参る。
あんなに頑張って皆伝まで取った。
合点がいかないと私は追う。
十年追ってある生徒さんたちは本音を語ってくれた。
伝授のノートを回したという、いい悪いで無くこれはやる気がなくなるのだ。
本人は案の定茶道に疑問を感じたという。
今から20年前のことである。
大学の試験の延長だったらしい。
私は怒らない、それでよいという。
みんなで頑張ったんだから。
教室も40年レベルが上がったのか、難しいこともやるようになる。
ようは茶道はそのルーツを旅して、本来の利休さんの理念を学び、平和を追求するもの。
我々はそのためにすべてを賭けるのである。
平和こそが、茶道の究極である。
惑わされてはいけない。
自分の心の平安が、間づ第一。
武士道は戦を止めるのが本来であぅた。
その延長に茶道があったのである。
素手ほど強いものはない。
その空間が茶室である。
私も数百の別れを経験したが、
この頃の別れには、なんとも言葉もない?