その日彼女はリハーサルスタジオにいた
(ヘンリー)41年目です。
で基本コンセプトは今回6月にアルバムリリースするんでそのアルバムコンセプトコンサートプラスもう一度新しいことに挑戦していく橋真梨子を見せれたらと思います。
全国ツアーを控えた1カ月のリハーサル
公演チケットは発売とともにソールドアウト
(橋)・「五番街は古い町で」・「昔からの人が」
ソロデビュー以来コンサートで延べ650万人を動員
人は彼女を「バラードの女王」と呼ぶ
昨年の大晦日
『紅白歌合戦』で圧巻のステージを見せた
29年ぶり出場3回目で紅組のトリを務めるのは異例中の異例
橋真梨子の実力と人気をあらためて全国に印象づけた
彼女の歌の魅力はこんなことからも分かる
昨年6月めったにないテレビ出演を果たすとその翌日…
橋真梨子を知らなかった若者たちが彼女の歌に瞬く間に魅了されたのだ
デビューから40年を過ぎてなおその歌の影響力は衰えることを知らない
芸能界の中からも彼女への賛辞の声が
名曲『foryou...』をカバーしたことのあるつるの剛士は
(つるの)何か情熱的でアクティブでっていうイメージがあってやっぱり歌手としてだけじゃなくて人としてもすごく魅力のある方だと思いますんで。
(谷村)彼女の声ってやっぱり他の人にはないドライな光の部分とすごくウエットな陰の部分と両方ある。
乾ききった明るい作品っていうよりもどこかみんなが持ってる悲しみとか陰とかそんな部分を彼女の声はすごくよく表現してくれると。
(萬田)引き込まれますね。
真梨子ワールドに。
声の質なのか…もあるでしょうしハートもあるでしょうし。
・「ジョニィが来たなら伝えてよ」
その後ソロシンガーとして『桃色吐息』『はがゆい唇』『ごめんね…』など愛をテーマにした数々の名曲を送り出してきた
・「消えない過ちを後悔する前に」・「貴方を」
なぜ橋真梨子の歌声は世代を超えて人の心を揺さぶるのか
それを解く鍵は彼女の過去にあった
これまでほとんど…
幼少期から続いた…
こよい橋真梨子本人が明かす
(橋)私はすごくやっぱり飢えてたっていうのがあり歌につなげていったんでしょうねその愛をね。
聴く者の魂に響く歌声に秘められた思い
ゴクッゴクッ。
(のみ込む音)ゴクッゴクッ。
ゴクッゴクッ。
(香川)「ヘルシア」のにがさ。
それは日本で一番濃厚な茶カテキン。
他にはまねできないこの濃厚な茶カテキンが脂肪を燃やす特別な力になる。
おっ。
おーっ。
一番濃い。
燃やす力が濃い。
それが「ヘルシア」カラダは変えられる。
(メリーズうさちゃん)「メリーズパンツ」・「ゴー!ゴー!あんよ!」・「元気に元気にすすめ!」・「いけるとこまでいっちゃおうソレッ!」でも汗をかくとおむつの中は…。
(ムレムレくん)ムレ〜。
ムレムレくん!「メリーズパンツ」はおしりまるごと!エアスルー。
見て見て!おしっこのムレをスーッ!もういっちょ!汗のムレムレだってスッスーッ!おしりまるごと!さらさら!ばいばーい!
(パパ)肌さらさらだ!・「スマイルスマイルメリーズ」パンツ!
(3人)「キュキュット」
(ヒカル)みんな除菌できる洗剤使ってる?
(ママたち)は〜い!じゃあクリア除菌してる?
(ママたち)クリア除菌?そう!除菌じゃなくてクリア除菌!スポンジも99.9%除菌!・「子どものマグや食器もおまかせ」・「くすみも落としてクリア除菌」
(マグ・食器をこする音)キュキュッ!うん!何も残ってない感じ!・「クリア除菌の『キュキュット』」えい!スッキリ!「スプラッシュレモンの香り」今だけ!
(山岸)さあ『ワンダフルライフ』今夜は歌手の橋真梨子さんにお越しいただきました。
(リリー)橋さんが歌番組じゃない番組でご自分のことをお話しいただけるっていうのはなかなかないことなので。
(橋)自分が40周年を迎えてこの年齢になりすごくまとまってきた自分の生き方みたいなもの。
そして周りスタッフが全部支えてくれたお礼として気持ちとして40周年だから出てみようかなっていう気持ちになりました。
こういう自分をさらけ出すっていうのはとてもとても恥ずかしくてやっぱり私には向いてないのかなって思ったんですけどもまあけじめっていうんですかね。
地元の大先輩ですから。
そうですよね。
同郷でいらっしゃるんですよね?私は福岡の方なんですけども博多なんですけども。
僕は小倉っていう所。
意外とね東京の人とかはね九州の人を誤解してんのはみんな浴衣着てさげた履いて犬連れてきたと思ってるけど意外とねシャイな人が多いんですよ。
豪快な人は少ないんですよ。
シャイの中で一歩下がるような感じなんですが「消して消して」みたいな。
「こん中は燃えてるよ」みたいな感じはすごくあります。
真梨子のそばにはいつも彼の姿がある
ラブラブな二人
夫の…
結婚して20年余り
夫としてだけでなくバックバンドのリーダー兼プロデューサーとして彼女を公私共に支えてきた
真梨子は彼と少しでも離れ離れになると…
何かねもうねすっごいうるうるして寂しくなっちゃうんですよ。
今でも。
それでもう一生懸命仕事してるのに…。
35年いるのよ?それでいまだにそんな会話してるのっておかしくない?
(橋)嫌だね。
おかしいよね。
年はいい年なのに全然大人になれないんですね。
よくヘンリーさんも我慢してるなと思います。
私のこのねっ。
(ヘンリー)我慢じゃないよ。
(橋)我慢じゃないの?
(ヘンリー)我慢じゃない。
二人が素直に愛を伝え合える理由
そこには真梨子の人生が大きく関係している
ジャズサックス奏者だった父月夫と母千鶴子の間の一人っ子
子煩悩だった父には夢があった
一家は…
しかし
真梨子が幼稚園に上がるころ父は体の末端が腐敗していく病に侵され両脚を切断
激痛を伴う病。
だが…
絶対弱音を吐かない人だったので。
だってそれ見るのつらくてもう駆け出して病院のお庭のとこでず〜っとしょんぼりしてましたね。
かわいそうって思って。
一家を支えるため父に代わり母がキャバレーで深夜まで働いたものの高価な痛み止めの薬が家計を圧迫
これ以上家族に迷惑は掛けられないとついに父は実家の広島に一人戻ることを決意
5歳の真梨子は母の元に残った
真梨子はどんな子供だったのだろうか
当時隣に住んでいた友人は
(中川)私が覚えてるのは人見知りして…。
(中川)両親がいつもいなかったのでさみしかったんですよ。
毎日夜のお留守番でしたから。
そのうち母は妻子ある男性と不倫関係
相手の男は真梨子の家に出入りし始めた
父以外の男性と同じ空間にいる息苦しさ
それだけではなかった
泣くしかないわけですよ。
やっぱDVが始まるとね。
その…耳も鼓膜どっちも破れ鼻も折れそして耳鼻咽喉科に通ったりね。
色々何回もあったんです。
そういうことがね。
繰り返される暴力
それでも母は別れようとはしなかった
家に入り浸り母を独占する男
母の愛を得られず真梨子は孤独を感じていた
やがて両親は正式に離婚
真梨子は大好きだった父とほとんど会えなくなってしまう
当時真梨子の心を慰めていたのは歌だった
歌のうまさは抜群だった
時はザ・ピーナッツ全盛期
そう夢見るようになった
(橋)音楽に携わってると父が喜んでくれる。
ホントは楽器やってほしかったと思うんですよね。
私はそういうお金も無かったし習い事ができる状態じゃなかったんですね。
で歌なら鼻歌でも歌えるわけなんで。
父は両脚を失ってもなお広島の小さなライブハウスでサックスを吹き夢を追い続けていた
ある日父を訪ね「歌手になりたい」そう伝えた真梨子に父は思わぬ言葉を掛けた
(月夫)真梨子いいか。
(橋)「バカにしてるわけじゃない」って。
「真梨子のことを思って言ってあげてるんだから…。
とにかく発声練習からやりなさいっていうふうに言われてそっから始めました。
福岡にいた父のバンド仲間に本格的に歌を習い始めた真梨子
夏休みのたびに母とその不倫相手から逃げるように広島の父を訪ねては手ほどきを受けた
それは日々の暮らしの中で唯一愛を感じられる瞬間だった
いつしか一つの夢が宿る
しかし真梨子が15歳の夏
広島から1通の電報が届く
父は37歳という若さでこの世を去った
真梨子を抱き締めた母
だが…
(橋)抱き締めんなよって感じでした。
私がどんどんどんどん歌をやっていたときなんでもう歌がなかったらあんたの娘どうなってると思う?ってちょっと聞きたい。
母との間に埋め難い溝が生まれていた
無言ですか?何て言ったらいいか…。
お母さんが不倫をされててでそのDVの風景を子供ながらにご覧になってて…。
家に帰るのもしんどいですよね。
だからうん…。
ちょっと不良になりかけてましたね。
もう母と話すことはまずなかったですね。
もうお互いに無言のまま。
お母さまが暴力振るわれてあざとかをつくって学校に来たりとか…。
そうなんです。
私も呼び出しをすごく何回も何回も掛けられていて素行が悪いだの髪形が悪いだのそのたんびにあざをつくって来るわけですよ。
もうそれ嫌で嫌で。
学校の先生から何と思われてるんだろうみたいな。
そういう気持ちの方が嫌で。
ある日母と一緒にどっか行かなくちゃなんなくてそのときに目がどっちかが殴られて見えなくなっちゃって眼帯いつもしてたんですね。
そのときに向こうから車が来るじゃないですか渡るときに。
そのときに母が私の腕を取ったんですよ。
見えないから。
渡るのに。
眼帯してるんで。
そういうときに私がバッて振り払ったんですよね手を。
「触るな」みたいな。
だけどお母さんが「目が見えんちゃ」って言ったときにそんときは「ああごめんなさい」って思いましたね。
だけど「自分が悪いんじゃんか」みたいな。
そういう何かすごい反抗的な感じでしたね。
お母さまと一緒に暮らしてたときすごくつらい状況だったと思うんですけれどもそのころに歌と出会ったわけなんですよね?だから歌があったからこそ私は生きていけたんだなって思いますね。
それはやっぱり父のおかげだと思うし。
私をこういうふうに導いてくれたんだって。
父が。
…って思いました。
もし歌がなかったらどういうふうになってたんですかね。
野垂れ死にですね。
VTRの中でも歌がなかったらもう…もっとグレてたんでしょうね。
そうですよ。
はい。
リリーさんより。
ホントですか?それは相当なことになってましたよ。
若くして旅立った最愛の父
不倫相手から離れない母
残されたのは歌だけだった
やがて16歳の少女の圧倒的な歌唱力は地元博多で評判を呼ぶ
そんなとき音楽プロダクションから声を掛けられた
東京には行きたくなかったんですよ。
そのときうちの母が「行け行け」って。
渋々上京した真梨子はアイドル養成のためのグループスクールメイツの一員として売り出される
園まり伊東ゆかりら人気アイドルと同じステージに立つこともあった
真梨子の所属プロダクションの社員だった園田正強は当時の印象をこう語る
(園田)芸能界というか業界というか。
一番…。
(園田)つまり地味で自己顕示欲がなくて…。
という印象がありますよね。
強要される…
歌とは関係ないことばかり
ついに…
意見が合わないので「分かりました」ってさっさと帰っちゃったんですよね。
博多にね。
もうみんなでこびを売る世界でしょ?われわれみんな「いい度胸してるねあの子は」っていう話があったことを覚えてますね。
せっかくのチャンスをなぜ棒に振ったのか
(橋)下積みが必要なんだなっていうのはすごい分かりますよ。
だけどもお父さんとの約束を守れないような気がするみたいな感じだったんですね。
もう二度と東京には来ないっていうつもりで帰りました。
博多に。
本物の歌手になりたい
上京から3年で博多に戻り地元で歌い始めた
だがそんな真梨子の元にまたも東京からオファーが来る
声を掛けてきたのは当時新たなボーカルを探していた人気グループ…
リーダーのペドロ梅村は真梨子が14歳のときに博多のクラブで共演
以来彼女の歌声にほれ込んでいたという
(ペドロ)スタンダードなジャズじゃなくてポップスっぽいジャズ歌ってたんですよ。
しかしそんときはねこの子うまいなぁと思ったんですよね。
英語の発音もしっかりしてるしものすごく音楽のセンス高いなぁと思ったんですよ。
ペドロの推しに負け1年だけという約束でボーカルを引き受けた真梨子
このとき運命の人と出会う
後に夫となるヘンリー広瀬
最初の印象ははっきり言って良くなかったですね。
たぶんそれはお互いだと思うんだけれども。
女性としてあんまり見てない。
音楽的な趣味は合ったが最初はただの仕事仲間でしかなかった
真梨子が加わり再始動したペドロ&カプリシャス
当時の貴重な映像が残っていた
(女性)なんだかニオう…。
(沢村)そいつはニオイ菌だな。
しかもニオイ菌だけじゃない。
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真梨子が加入した当時のペドロ&カプリシャス
貴重な映像
(男性)「紅一点でハスキーボイスの前野曜子さんに代わり橋真梨子さんなる女性ボーカルを加え再出発しようとたくらむのはペドロ&カプリシャス」
真梨子そしてヘンリー広瀬の姿も
(男性)「連日お稽古に次ぐお稽古を重ね『皆さんの前に顔を出せるのも間近ですからね』とペドロ&カプリシャス」
その1年後
(男性)「このグループの音楽的センスは抜群です」「1曲ごとに向上していくその音楽性には目を見張らせるものがあります」
『ジョニィへの伝言』が大ヒット
『紅白歌合戦』初出場を果たす
・「ジョニィが来たなら伝えてよ」・「二時間待ってたと」・「割と元気よく出て行ったよとお酒のついでに話してよ」・「友だちなら」
1年のつもりで出てきた東京
しかし図らずも歌手橋真梨子の名前と歌声は日本中に響き渡ることになった
そうやってアイドルとして最初はデビューされてたっていうことなんですね。
会社の方が「お前はアイドル歌手になるんだ」っていうんでそれが嫌で博多に戻り…。
「もうじゃあいいや」ってすぐ見切りはつけれたんですね。
はい。
九州で一番うまくなりたい。
それを目指そうと思ったんですよね。
でもそうやってそのペドロ&カプリシャスのオファーを最初受けたときはやらないって…。
もう行く気全然ないですよ。
自由を束縛されるのが一番嫌でしたね。
もう自由で好きな歌を歌ってくみたいな。
そしてカプリシャスに入ったのは1年だけという感じですね。
でもアイドルではなくって一応グループの一人としてボーカルとして。
しかもちょっと変わったグループ。
そうですよね。
ちょっと…汚いというか。
汚い?何か…うん。
僕ペドロ&カプリシャスを子供ながらに見ててこの歌ってる橋真梨子さんは年齢にしちゃ落ち着いてるなって子供ながらに思ってたんですよ。
声も雰囲気も。
そうですね。
それも何かいろんな…ねぇ。
その子供のときからいろんな経験をしていろんな大人を見てらっしゃったからすごく雰囲気の落ち着いた方だったんで。
何か…突っ張ってたんじゃないですかね。
う〜ん。
私が。
大人っぽくしようみたいな。
こちらは新生ペドロ&カプリシャス2曲目発表のニュース
(男性)「女性ボーカルの橋真梨子さんが入って新メンバーが結成されちょうど1年になるペドロ&カプリシャス」「グループのひょうきんさをモットーにしながら曲の方は地味にじっくりと歌いこみそしてヒットにつないだ『ジョニィへの伝言』」
(橋)・「五番街へ行ったならば」
(男性)「今日は2曲目発表の日です」「いつもニコニコ顔の真梨ちゃんをはじめひょうきんな男性メンバーも夕方の発表を前に朝から落ち着きません」
(橋)・「見て来てほしい」
(男性)「朝から晩まで緊張の1日でした」
(橋)・「きっと住んでいると思う」・「たずねてほしい」でもやっぱ演奏してるその当時の映像とか相当カッコイイね。
カッコイイですね。
そうでしたか?だってあの感じやってる人にハトに餌やるシーンいる?あそこ。
確かに。
お父さんが望んでた歌手像みたいなものっていうのがやはり心の中にあったと思うんですけどそれに関してはどういうふうに思ってましたか?当時。
父が求めていたものはたぶんいけたんじゃないかなって。
ジャズシンガーにはなれなかったけど今の私だったら「いい」と言ってくれるんじゃないかなっていう確信は持ってたような気がします。
今真梨子はコンサートのリハーサルの真っ最中
歌中のさ…。
そばにいるのは夫のヘンリー広瀬
プロデューサーとしてバンドのリーダーとして真梨子をサポートしてきた
メンバーと密にディスカッションしながらリハーサルを進めていく2人
(橋)上手ですごいすてきカッコイイっていうのもいいんですがうちの場合はそれもありなんですけどもそんなに優れてなくても…。
そういう気持ちがあるんですね。
真梨子は音楽にも愛を求める
約束の1年を大きく過ぎ加入から5年
音楽性の違いが表面化し真梨子とヘンリーはグループを脱退
・「あなたの空を翔びたい」
ソロデビューした橋真梨子は自らの歌の世界を模索していく
ヘンリーはプロデューサーとして彼女をサポートする立場に
6年後
・「金色銀色桃色吐息」・「きれいといわれる時は短かすぎて」
『桃色吐息』が大ヒット
・「歯痒いのよその口づけ」・「夜の闇を乱すくらい」
その後も大人の愛を歌った名曲を次々と世に送り出していった真梨子
その歌声は女性を中心に絶大な支持を受けトップシンガーへの階段を一気に駆け上っていく
・「やさしくなれるはず」
そしてビジネスパートナーはいつしか私生活でも掛け替えのない人に
21年前2人は結婚を発表
心から愛し合える相手のいる幸せ
だが…
母との関係は変わらなかった
あるとき上京してきた母と口論になり真梨子は幼い日のことを強くなじった
すると…
今までなら言い返してきた母が静かに涙を流した
胸を突かれた
生涯の伴侶を得た今だからこそ分かる母の気持ち
愛する夫と離れどれだけつらかったか
胸に抱き続けた憎しみが少しずつ解けていく
ようやく母を許す気持ちが芽生えたそんなとき突然真梨子の体を異変が襲う
(萬田)トイレも行けなくなりましたからね一人で。
(TAKU)髪のおしゃれを楽しむ方法ってパーマとかカラーとかほとんどの人たちがやってると思うしカラーやパーマくり返すとすすいだときにからんだりきしんだり摩擦でキューティクルがはがれて傷むよね。
髪ぬれたときって無防備の状態ですよね。
「エッセンシャル」はシャンプーからのダメージケア
キシキシしないとぅるんとぅるんの指どおり
「エッセンシャルダメージケア」
シャンプーってとっても大切かなって思いますけどね。
(あけみ)今日から始めませんか?もっとやさしいカラダの洗い方!「ビオレu泡で出てくる!ボディウォッシュ」ついに出ました!
(母)はいどうぞ。
ちょうだいちょうだい。
するする〜。
(子どもの笑い声)気持ちいいね。
ほらっ。
このふんわり泡を手のひらにのせて家族みんなの素肌に。
手のひら洗いをもっとやさしく。
「泡で出てくる!ボディウォッシュ」・「弱酸性ビオレ」
47歳のとき真梨子は突然激しい疲労や手足のしびれ耳鳴りに襲われた
ホントに彼女は見る見る痩せ細ってって。
食事も食べないし完全な鬱状態になっちゃって。
それでもステージに立ち続けた真梨子だったがついに声も思うように出なくなってしまう
毎年欠かさず続けてきたコンサートツアーも数カ月延期せざるを得なかった
20年来の友人女優萬田久子は当時の状況をこう語る
(萬田)トイレも行けなくなりましたからね。
一人で。
やっぱり真梨子さん見てると付き添わないとって思うぐらいちょっと人が変わった感じでしたよね。
心身共にぼろぼろ
一人では何もできなくなった真梨子を支えたのが夫のヘンリーだった
食事の世話をはじめ不慣れな家事も懸命にこなした
(橋)よく頑張ってくれましたねいろんな病院を探したり。
でもう安心させるために非常に気を使ってくれるんですけども変に気使うと私が余計気を使って余計悪化すると思って「大丈夫大丈夫」みたいな感じ。
ヘンリーに支えられ真梨子の体調は少しずつ回復していった
ようやくステージにも立てるようになり創作への意欲も湧いてきた矢先
母の千鶴子にがんが見つかった
大腸がん余命1カ月の宣告
そのときの思いを真梨子はこう語っている
失いかけて初めて気付いた
母は母なりに自分を精いっぱい愛してくれていたことを
そして愛を伝え愛を受け止めることの難しさを
まあ人間誰でもね簡単に空気みたいなものと考えてるじゃないですか。
愛っていうのはね。
そんなに強調できないでしょ。
みんなそれでもって成り立ってるわけですから。
真梨子は母に最後までがんであることを告知しなかった
仕事が終わるとすぐに母の病室に駆け付け付きっきりで看病する日々
これまでの空白を埋めるかのように
(ヘンリー)そのときはねもう僕がそばにいて見てても嫉妬するぐらいのね親子愛というかね。
親子でありきょうだいのようなっていう。
がんが発覚したその年の大晦日母はこの世を去った
2カ月後ステージの上に真梨子の姿があった
このコンサートで真梨子は母が最も愛した曲を歌った
彼女が作詞を手掛けた『フレンズ』
(橋)何か特別なものに愛っていうのをつくり上げるとすごく大げさになってしまうし「変じゃない?」って言われるんですけど実はものすごく…。
ホント強くなりましたよね。
あっそれはだからひょっとしてお母さんとのホントの別れができたのかもしれませんよね。
何かいろんな自分のそれこそヒストリーじゃないけど生い立ちとかをカミングアウトしたっていうのがすごい楽になったのかもしれませんね。
ホントにストレートに愛を表現する人なんですよあの人はね。
そうやってお互いに愛してる愛してないじゃないけれどもそういう愛ということをいつも確認し合っているっていうのがね。
音楽を作っていく意味ではそういうことはものすごいある意味強みになる武器になりますね。
そのお母さんの子供のころからずっとわだかまってたこととかっていうのは結構時間がかかりながら打ち解けていったっていうのは…。
そうですね。
許せないところは許せないってずっと思ってはいるんですけどももう許してるんですよね完璧にね。
でもきつかったらしいんですよ私がね。
いつまでも母親にきついこと言ってたらしいんですよ。
そういうことをねもっと優しくしてあげればよかったってがんになったときに思ったんですけどもう遅いんですけど自分としてはきつさもじゅうぶん愛だったんじゃないかなと思うんですよ母に対してのね。
リリーさんもお母さまのご病気…。
死んでからいろんなことを思い出してあっああ言わなきゃよかったなとかああすればよかったなってことは増える一方ですね。
そうですよね。
例えば食費を買い物行くから食費くれって言ってお金渡すときにもうちょっと気持ち良く…。
あのとき俺嫌な渡し方したかなとかそういう細かいこといっぱい思い出しちゃう。
はい。
うんありますね。
結構鬱というか更年期とかで重かったんですね。
私の場合は結構重症でかなり重症でコンサートから帰るともともと作ろうと思っていた下ごしらえを朝していって帰ってきて化粧も落とさずヘンリーさんにおいしいものを食べさせてあげるっていうのは私のストレス解消みたいな。
へえ〜。
もうそれがね急にできなくなったときはもうホントに私ホント悩みましたね。
足が前に出ていかない。
手が前にいかないみたいな。
もうヘンリーさんが1人で食べてるのを見ていっつも泣いてましたからそれ見て。
でもやっぱりそういった日々の中でもヘンリーさんの支えっていうのは大きかったんじゃないですか?すごく。
今でも助かってますけども。
あっ映った。
でもヘンリーさんとずっと一緒に音楽をやってどこからそこが愛情になっていくんですか?彼が結婚してるときに私は他の人と付き合っていて仕事は一緒にやってたわけですよねヘンリーさんと。
そしたら私もその奥さんよく知っていて私とは全然違うモデルさんなんですよね。
ものすごいスタイルも良く顔も奇麗で。
ヘンリーさんそういう人が好きなんですね。
もう昔っからいろんな彼女知ってますけどもそうみんなね…。
まあミュージシャンはデルモが好きですからね。
そうそうそうですよ。
私は全然ヘンリーさんタイプじゃなかったのでまあ離婚するようになったって。
もう今別居してるとかから始まって「何で?何で?」みたいな相談も受けたし。
それで離婚したときもすごく彼落ち込んで慰めていたんですよ私が彼を。
そうして1年ぐらいしているときに神戸にコンサート行ったときにねたまたま飲みに行って私がべろべろに酔ったときに帰りに同じホテルじゃないですか部屋は違うけど。
そこで送ってきてもらって。
これちょっとお湯侮れないねこれ。
神戸にコンサート行ったときにねたまたま飲みに行って私がべろべろに酔ったときに帰りに同じホテルじゃないですか部屋は違うけど。
そこで送ってきてもらって「お風呂入れといてあげたからね」ってヘンリーさんが言ってそれで「分かった」って「おやすみ」とかって言って。
帰った後にとにかく酔っぱらってるんだけどお風呂は入りたい。
ザボンって入ったんですよ。
そしたらそのお風呂の温度が抜群な温度なんですよ。
もうねうわ〜こんなによくいつ入るかも分からないのにそんなことをきちんと分かってくれる人なんかいる?みたいな感じで。
で次の日何か「昨日ごめんね」みたいな。
「酔っぱらって私分かんなかったんだけどお風呂の温度抜群だったんだけど」って言った。
それが何かねヘンリーさんがすごく感激したみたい逆に。
私のことを。
そっから何か仲良くなっちゃってっていう。
ですよね?あそこでうなずいてらっしゃいますね。
ずっと同じメンバーでいてそれまで恋愛感情がなくてお湯の温度でこんなラブラブ夫婦になっていくなんてね。
不思議でしょ。
不思議。
これちょっとお湯侮れないねこれ。
ホントですよ。
いいご夫婦ですよね。
俺あんまり人のご夫婦見ていい夫婦だなと思ったことほぼないに等しいですけどね。
ホントですか?いやホントにちょっとでも離れたらさみしがったりする真梨子さんが愛情をバクバク食べてるような感じっていうんですか。
たくさんもらってバクバク食べてる感じがすごくカワイイ夫婦だなっていうふうに見えます。
そうぱっくんですね。
はい。
でも愛情を欲しい人だからたくさん愛を持てるんだなって思いました。
何か。
甘えん坊なんですね。
だから歌にも声にも考えてらっしゃることが歌にも声にもなってますもんね何か。
大げさには言いたくないんですけれどもやっぱり私はすごく飢えてたっていうのがあり歌につなげていったんでしょうねその愛をねたぶん。
だから愛を歌うバラードシンガーっていうふうに言われるようになったみたいなんですよね。
いつの間にか。
うん。
愛を歌うっていうことは私いいことじゃないかなと思うんですね。
だから私が作る詩には必ず希望がどこかにあるんですよね。
最初つらくてもがっくりきても何かどっかに希望がどっかにあるみたいな。
(橋)えっ?苦手だもんな。
いかがでしたか?橋真梨子さんのお話を伺って。
いや〜もう夫婦愛がホントにうらやましいです。
そこはかなりしびれてましたね。
いやもうどうやったらああいう夫婦になれるのかっていうのをもっと聞きたかったですね。
とても愛情深いじゃないですか。
何に対しても。
それは人に対しても音楽に対しても愛情深いしすごい謙虚だしすごいチャーミングだし。
だからずっといつも橋さんの歌を聴いててこの人のこの歌のふくよかさというかいろんな表現の多様さっていうの何なんだろうなというのを何か今日ホントにあっこういうふうにちゃんと愛情に対して誠実に生きてらっしゃる方だからなんだなって。
うん。
すごくいい気持ちにこっちもさせてもらいましたね。
2014/06/01(日) 21:00〜21:54
関西テレビ1
ワンダフルライフ[字]【ゲスト: