あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「宮城県東松島市 宮崎敏明さん」 2014.06.04

宮城県東松島市宮戸島の宮戸小学校の教諭…震災発生からおよそ1か月にわたって記録をとり続けました。
あの日宮崎さんは職員室にいる時大きな揺れに襲われます。
近くにあったコピー機から紙を抜き出した宮崎さん。
この時から一日も休む事なく記録をとり続けました。
津波によって大きな被害を受けた宮戸島。
島につながる唯一の橋が崩れました。
島民のほとんどは無事でしたが孤立状態が続きました。
当時島の中で市が指定していた避難所は高台にある宮戸小学校だけでした。
記録には多くの島民が訪れる様子が記されていました。
その日は外部と連絡を取るための防災電話がうまく作動せず支援物資を求める事ができませんでした。
避難を始めて5日目の記録です。
島民の中に風邪や皮膚炎の症状を訴える人が増えていました。
水や消毒薬が十分ではなく体を拭く事もままならない状況でした。
島民の間には徐々に疲労の色が濃くなっていきます。
一方で記録には困難を乗り越えようと学校と島民が連携した事も記されていました。
避難所の入り口には島民の発案で仕事の分担表が張り出されました。
支援物資が届き始めると大量の食事の用意や避難所の掃除を島の4つの地区の島民が順番に担当するようになっていきました。
宮崎さんが残した記録は宮戸小学校だけではなく東松島市教育委員会の新しい防災マニュアル作りにも生かされました。
2014/06/04(水) 10:50〜10:55
NHK総合1・神戸
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「宮城県東松島市 宮崎敏明さん」[字]

宮戸島は津波で大きな被害を受け、島につながる唯一の橋が崩れて孤立した。住民のほぼ全員が宮戸小学校に避難した。宮崎先生は避難生活の様子を1か月にわたり記録し続けた

詳細情報
番組内容
東日本大震災に遭遇した方々の「あの日」の証言。宮城県東松島市の宮戸島は津波で大きな被害を受け、島につながる唯一の橋が崩れて孤立した。高台にある宮戸小学校にはおよそ900人、島の住民のほぼ全員が避難した。宮戸小学校の宮崎先生は避難生活の様子を1か月にわたって記録し続けた。

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント

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サンプリングレート : 48kHz

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