歴史秘話ヒストリア「女王・卑弥呼はどこから来た?〜二つの都の物語〜」 2014.06.04

九州の一角にあるさして大きくもないこの墓。
ここには一人の高貴な女性が眠っているという。
彼女は私たちのいるこの国が生まれた壮大なドラマに重要な役割を果たしていた。
(巫女たちの声)彼女の名は…。
古代の日本に君臨した卑弥呼。
「鬼道」と呼ばれる呪術で人々をまとめたと伝えられる謎の女王です。
彼女はどこにいたのか?有力な説として九州説と近畿説が長らく対立してきました。
いわゆる…あった〜!あった?間違いない。
しかし近年各地で調査が進み新たな説が浮上してきました。
それは卑弥呼が九州に生まれ近畿に移動してきたとする説です。
カギになるのはかつて九州北部を治めた女王の墓。
一体誰なのか。
ですから卑弥呼は…更に新しい女王を誕生させた古代の秘儀が今宵明らかに。
大きいですねえ。
最新の研究から女王・卑弥呼のミステリーに迫ります。
女優の鶴田真由さん。
古代の女王・卑弥呼に関心を抱いてきました。
今回卑弥呼の足跡をたどります。
卑弥呼は日本列島を初めて治めた王だ。
どこにいたのかどこで生まれたのか依然謎に包まれている。
しかし最近卑弥呼が住んでいた場所の候補地として注目を集める遺跡があるという。
奈良盆地の東南。
ここに全国屈指の巨大な集落跡が埋まっています。
纒向遺跡です。
1971年から180回に及ぶ発掘調査が行われてきました。
現れたのはおびただしい住居跡。
そして物資を輸送した運河の跡。
その規模は…2009年遺跡の中心部で大きな発見がありました。
次々と見つかった300を超える大きな柱穴。
大型建物群の跡です。
中でも最大のものは…現代の3階建てに相当する高さでこれほど巨大な建物は3世紀の日本列島では他に例がありません。
大型建物群が出土した場所に案内して頂いた。
ここですか?そうですね。
ここが大型の建物が何棟も出てきた場所ですね。
今見るとただの空き地…。
調査終了後現場は土でうずめられ農家の畑に戻っていた。
年代的にはどのぐらいの?この時代にそういう規格がある建物というのは知られていませんでしたからこれはちょっと大変な建物なんだなという気はしたんですね。
まさに政治の中心の建物じゃないかというそういうまあイメージはあったんですよ。
これまで蓄積された調査成果から3世紀の纒向遺跡の様子を復元したCGです。
物資を積んだ舟が行き交います。
ほとんどの人たちが質素な小屋に住んでいたこの時代纒向では高床式の建物が目につきます。
一般の集落と比べ人口密度が高かったと考えられます。
発掘された大型建物群はその中心にありました。
際だった規模や構造から遺跡に君臨した権力者の住まいと考えられます。
という事はもしかしたらここに卑弥呼が住んでたかもしれない?ここに住んでいた王は本当に卑弥呼その人だったのだろうか。
2010年この大型建物群の主の姿をうかがわせる遺物が続々と発見されました。
きれいやなあ。
武器の剣をかたどった木の彫り物。
何らかの儀式に用いられたと推測されます。
そして植物の種が大量に出土しました。
も〜!発見された桃の種の総数は2,769個。
国内の一つの遺跡から出土した数としては最多です。
桃には果肉がついた状態のものもありました。
食べずにそのまま埋められた可能性があります。
桃は古代中国では不老長寿の象徴。
この大型建物では不老長寿を願う儀式が行われていたのかもしれません。
更に別の植物の種も大量に出土しました。
麻の種の総数は535個。
これも異例な数でした。
やはり何らかの儀式に用いられたと考えられます。
大型建物の中で何が行われていたのでしょうか。
そこは麻の力で幻覚作用を起こし大量の桃を供えて神に祈りを捧げた祭祀空間だったのかもしれません。
中国の史書「魏志倭人伝」には卑弥呼は「鬼道」を使って人々を惑わしたと記されています。
「鬼道」とは呪術と考えられます。
この大型建物の主が行う祭祀の様子は卑弥呼の鬼道を彷彿させます。
結構花が大きいのね。
纒向遺跡を見下ろす高台は桃の花が満開だった。
卑弥呼の時代ここは桃が咲き乱れる桃源郷だったのかもしれない。
卑弥呼のいた場所を「邪馬台国」と「魏志倭人伝」は記している。
ここに卑弥呼が住んでいたとすれば九州か近畿か長年続いていた邪馬台国論争も決着がつきそうだ。
纒向遺跡で調査が進むにつれ新たな疑問が浮かび上がってきました。
それは卑弥呼の出身地です。
続々と出土したのは奈良・大和では見られない土器。
「弧帯文」と呼ばれる組紐のような模様は吉備地方岡山が発祥と考えられています。
九州北部から関東地方に至る土器が纒向遺跡に集まっています。
遺跡の住民は列島のさまざまな地域から来た可能性が高い事が分かりました。
「魏志倭人伝」は卑弥呼が女王になる直前の2世紀末倭国古代日本は30か国に分かれていたと記しています。
「30か国は70〜80年続く戦争状態に陥った」。
「そして争いを収めるため国々は『共立』共に王を立てた」。
その王こそ呪術にたけた巫女卑弥呼だったというのです。
卑弥呼という人は「共立」ですよね「共に一女子を立てて王となす」と。
そして「卑弥呼という」という記事が出てまいりますから…まあこれは私の考えなんですけども…卑弥呼の生まれ故郷はどこなのか?僅かな手がかりをたどって更に旅を続ける事にした。
ようこそ「歴史秘話ヒストリア」へ。
今日は卑弥呼にまつわる古代史ミステリーをお届けしております。
奈良県の纒向遺跡で発掘された大型建物は卑弥呼の館なのでしょうか?仮にそうだとしても卑弥呼の出身地はどこか別の場所の可能性もあるというのですから興味深いですね。
卑弥呼はどこから来たのか?今その候補地として一つの国が急浮上しています。
纒向遺跡を遠く離れる事西へ530km。
その国があったのはなんと九州の北の端でした。
福岡市の西糸島半島の付け根に広がる糸島平野にその国はありました。
その名は「伊都国」。
「魏志倭人伝」には「代々王がいる国だ」と記されています。
卑弥呼を王として立てた30の国々の中で女王がいた邪馬台国を除けば王がいる国は伊都国しかありません。
しかも「他の国々から畏れられていた」とあり伊都国が30か国の中でも突出した力を持っていた事が分かります。
想定される王都の規模は60ヘクタール。
東京ドーム10個以上にも及びます。
2世紀にこれほどの規模を誇る集落は他にはありません。
実はこの2世紀に栄えた九州北部の国は3世紀近畿にあった纒向遺跡と驚くほど似通っているのです。
まずは住居。
一般の農耕集落では権力者さえも簡素な竪穴式住居に住んでいましたが伊都国では高床式の住居跡が多く発見されます。
纒向遺跡と同じです。
次に都市基盤。
こちらの板は護岸工事に使われたもの。
纒向遺跡で運河と見られる水路と同じ工法です。
二つの遺跡は住んでいた人々も似ていた。
それを物語るものが博物館にあった。
これまた随分全部ピースがあってきれいな状態で残ってるんですね。
そうですね。
これはまた変な形してますけど…。
恐らく東海地域の方の技術といいますか系統の土器だろうというふうに考えております。
こちらになりますと瀬戸内の系統の土器。
その関係でいろいろな地域から人々がやって来たというのをこういう出土してる土器なんかから知る事ができるんですね。
そしてこの遺跡の2004年の調査では…。
あった〜!あった?続々と出土した装飾品の材料となる宝石。
権力者の装飾品を作るために伊都国に山陰から宝石が運ばれていたのです。
2世紀の伊都国には中部地方から西の人々が集まり人口が増えていた事になります。
これは3世紀の纒向遺跡で起きていた事と同じです。
この伊都国で卑弥呼を彷彿させるものが見つかっている。
それはほかならぬ伊都国王のものとされる墓だ。
柳田さんは今から50年近く前発掘に携わった一人。
当時を知る今や貴重な証言者だ。
畑に開墾するために耕耘機を走らせていったら…びっくりしたでしょうね。
王墓が発掘された時の写真です。
遺体があったと考えられる所には棺はなく土がかまぼこ形にえぐれているだけでした。
棺は腐って風化したようです。
ここには丸太をくりぬいて作られた木の棺が置かれていたと考えられています。
この墓から出てきたものの中にそこに眠る王の性別が分かる証拠もあったという。
一番特徴的なのは首飾りなどの中にたった2個なんですが今で言うピアスが含まれてるんです。
(柳田)これは中国の後漢時代には女性だけが許されてるというか…つまり伊都国の王は女性だった事になる。
伊都国の墓に人知れず眠る古代の女王。
仮にその名を「X」と名付けよう。
彼女の正体は何だろうか?埋葬された人物を推測する材料が出土した膨大な量の鏡。
その数40枚。
後にも先にも例のない枚数です。
鏡は古代には神の魂を宿す呪術の品だと考えられていました。
大量の鏡は墓に葬られた人物が強大な呪術の力を持っていた事を示しています。
しかも墓の年代は卑弥呼が生きた時代に限りなく近いのです。
ありうるんですけれど…3世紀の初めごろまで生存していたわけですね。
ですからその直前のお墓なんですよこれ。
女王Xは卑弥呼ではなく卑弥呼の母親かもしれない。
だとすれば卑弥呼はここ伊都国で生まれた可能性が高い。
柳田さんは更に大きなスケールの仮説を考えていた。
それを裏付けるものが伊都国から遠く離れた奈良県の纒向遺跡周辺で見つかっています。
卑弥呼の時代以降の数多くの古墳から発見される丸い木の棺の痕跡。
あの伊都国の女王Xを葬ったのと同じスタイルです。
そして棺を囲むように置かれた大量の鏡。
こうした風習は卑弥呼以前の奈良・ヤマトには全くありませんでした。
こちらのそういう…という事はこちらからヤマトに流れていったというふうにも考えられるっていう事ですよね。
はい。
九州から近畿へ女王と共に都が遷ったのであれば伊都国の遺跡と纒向遺跡の姿が似ている事も不思議ではなくなる。
古代日本にはそんな壮大な遷都のドラマがあったのかもしれない。
平原王墓に眠っている女王Xの正体は卑弥呼のお母さん?あるいはお姉さんなのでしょうか?実は異論もあります。
女王Xは卑弥呼本人だとする説もあるのです。
佐賀県の吉野ヶ里遺跡を長年発掘し邪馬台国九州説を採る高島忠平さんです。
日本列島の中で最もふさわしい卑弥呼の墓というものを現時点で捉えると平原一号墳ではないでしょうかね。
決め手は墓に埋められた鏡。
2世紀末に作られました。
卑弥呼が亡くなったのは3世紀の半ばなので50年近い差があります。
そのため女王Xは卑弥呼の母親か姉と考えられたのですが…。
鏡は50年使われた後墓に埋められた可能性もあります。
すると墓は3世紀の半ばに作られた事になり女王Xは卑弥呼であってもおかしくありません。
そうするとそういう…私は邪馬台国九州説ですがこれは何も近畿に邪馬台国があると考えても…さまざまな可能性に思いをはせ想像を巡らせる事ができるのはまさに古代史の醍醐味。
そして「歴史秘話ヒストリア」。
1,800年の時を超え平原王墓で行われていた秘密の儀式が明らかになります。
福岡県糸島市にある…あ〜これがお墓だ。
平原王墓の50年前の発掘当時の様子が精密な模型で再現されています。
ここに棺があったって事ですよね。
ちょうど胸のところに剣があったんだね。
黄泉の国に行って何かあった時に魔物を祓えみたいな事なんですかね。
鶴田さん疑問が湧いてきたようです。
このサイドの穴は何でしょうね。
割と規則的に…。
柱の穴のように見える。
棺を覆って何か建物が建っていたのかもしれない。
古代墓は単に死者を埋葬するだけの場ではありませんでした。
平原王墓の直後の時代…そこでは何らかの儀式が行われていたと考えられます。
古代の王は呪術の力を持った霊的な存在と考えられました。
新しく王になる者は亡くなった王からその霊的な能力を受け継いだと言われます。
墓はその儀式を行う場だったのです。
新旧の王が霊的な能力を受け継ぐ。
一体それはどんな儀式だったのだろうか。
女王Xが横たわる棺の横にはかなり大きなスペースがある。
ここで新しい女王は霊を引き継いだという事だろうか。
割れてるんだ。
これわざと割って入れたという事なのかな。
棺の周りには直径20cmほどの無数の鏡。
故意に割ったとしか考えられない。
そこにどんな意味があるのだろうか。
儀式の場で鏡はどのように用いられたのか。
それをうかがわせるものがあります。
後漢時代の銅鏡。
そこに描かれているのは巫女が座りながら舞を舞う姿です。
手に持っているのは鏡と考えられています。
鏡を手に持つ巫女。
そして棺の横のスペース。
ひょっとしたら女王Xの横に次の女王が身を横たえそれを鏡を手にした巫女たちが取り囲んでいたのかもしれない。
そして秘儀の場全体を建物が覆い隠している。
出土状況からそんな事が想像できそうだ。
平原王墓で発掘された鏡の中にはずばぬけて大きなものがあった。
大きいですねえ。
(岡部)そうですね。
直径が46.5cmあるんですよ。
相当重さもあるんじゃないですか?
(岡部)重さも8kg近くありまして持ちますとずっしりきます。
ふ〜んなるほど。
手にして舞うには大きすぎる。
置いて使ったと考えるほかなさそうだ。
そしてそのデザインは興味深いものだった。
この中心部分については太陽の輝きを表しているんじゃないだろうかという説がございますね。
太陽への信仰心を表した鏡。
その大きさは古代の鏡としては世界最大だという。
しかもこの墓だけで5枚も発見されている。
王が霊能力を受け継ぐ秘儀でこの巨大な鏡はどのような役割を担ったのか。
柳田さんは太陽の光の方向と墓に眠る女王Xとの位置関係に謎を解くヒントがあるという。
(柳田)埋葬の位置ですね。
頭と足は頭が西側で足の方が東側に埋葬されているんですね。
そしてその主軸上にちょうど日の出の方向を指してるようなんです。
巨大な鏡は女王Xの頭近くに置かれていたという。
山から昇る瞬間の太陽の光を受けて輝いた鏡が秘儀の空間を明るく照らし出したのかもしれない。
だとすれば…。
秘儀が開始されたのはまだ夜明け前。
(巫女たちの声)漆黒の闇に包まれた女王Xの亡骸の横には若い女性が身を横たえている。
新しい女王だ。
新旧の女王を取り囲んで鏡を手にした巫女たちが緩やかに舞を舞っている。
(巫女たちの声)やがて…。
朝。
日の出を迎えここに一筋の太陽の光がさし込む。
あの巨大な鏡が光を受けていたにちがいない。
(巫女たちの声)この儀式にはたくさんの鏡が用いられていた。
(巫女たちの声)キャー!この瞬間女王Xの霊と呪術の能力は新しい女王に受け継がれる。
そして…。
ハッ!
(鏡が割れる音)ハッ!ハッ!
(鏡が割れる音)鏡が壊されたのはなぜだか分からない。
もしかすると女王Xの亡骸がよみがえる事を畏れたのかもしれない。
女性は太陽でもありやっぱり太陽の光を受けて輝くというかそこからエネルギーをもらって生きている何か月のような存在でもあるのかなというふうに思ったり。
でも太陽に向かってるってすごくいいなと思います。
明るい方向を見てるような気がして。
「卑弥呼」という女王の名には「太陽の巫女」という意味があると聞いた。
ここはやはり卑弥呼誕生の場にふさわしい。
今宵の「歴史秘話ヒストリア」。
最後は伊都国の太陽信仰はその後意外な形で今日まで受け継がれている。
そんなお話でお別れです。
今年1月纒向遺跡で更なる建物跡の発見がありました。
かつて発見された建物群を含め全て東西方向に一直線に並んでいました。
その延長線上には日の出の太陽。
伊都国からヤマトへ太陽への信仰が受け継がれたのかもしれません。
伊都国の王墓から出土した太陽を表すという鏡。
その太陽には八つの花びらと八つの葉っぱが描かれています。
実はこれと同じデザインの鏡が意外なところに納められているという説があります。
御神宝の鏡に関してこんな平安時代の記録があります。
「そこには太陽の神天照が宿っている」。
昨年遷宮が行われた伊勢神宮。
古代の人々の信仰が今も息づいています。
太陽を女神と見なす日本古来の信仰のかたち。
その光は現代を生きる私たちにも降り注いでいます。
2014/06/04(水) 22:00〜22:45
NHK総合1・神戸
歴史秘話ヒストリア「女王・卑弥呼はどこから来た?〜二つの都の物語〜」[解][字]

卑弥呼の王宮の有力候補と言われる奈良県・纒向遺跡。鏡で太陽をまつった女王がいた九州・伊都国遺跡。二つの古代王都には驚くべきつながりが!卑弥呼の謎に迫るミステリー

詳細情報
番組内容
3世紀、古代の日本列島に君臨した女王・卑弥呼。彼女はどこにいたのか?邪馬台国論争に近年、新たな説が浮上。それは、卑弥呼は九州北部の伊都国に生まれ、近畿に移動してきたとする説だ。カギになるのは、九州に残る、鏡で太陽を祭った謎の女王の墓。ここに葬られた人物の正体とは?王都は九州から近畿へと遷都したのか?近畿と九州、二つの都を舞台に繰り広げられた女王・卑弥呼のミステリーに最新研究から迫る。
出演者
【出演】鶴田真由,【キャスター】渡邊あゆみ

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

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