ETV特集「学ぶことの意味を探して〜神田一橋 通信制中学の歳月〜」 2014.06.07

(「仰げば尊し」)今年3月都心の小さな中学校で生徒2人だけの卒業式が行われました。
2人の卒業生は共に72歳。
「卒業証書宮城正吉昭和16年6月27日生まれ。
中学校通信課程の全課程を修了した事を証する」。
「峯永昭子…」。
小学校しか出ていない2人にとって57年遅れて初めて手にする中学校の卒業証書です。
「足元に根っ子がなく浮ついていた私がやっとかなった学校生活です。
でもいざ机に座り授業になると60年という空白は大変重く感じました」。
この学校で学ぶ生徒の平均年齢は73歳。
その多くは戦後の混乱の中で義務教育を受けられなかった人たちです。
学校に行くと青春になっちゃうの。
青春になっちゃって何か本当に勉強一生懸命やその事に一生懸命なれるんですよ。
60年の時を経てようやく手に入れた学びやでの日々。
(一同)「That’saverygoodidea.」。
(拍手)人生の終盤を迎えてなぜ今学ぼうとするのでしょうか?気持ちが豊かになるでしょう。
私の目の前がさこう開けてくる。
勉強積み重ねていくとねいろんな事が分かってきて。
年老いてなお学ぶ事の意味を探して。
千代田区立神田一橋中学校通信教育課程の歳月を追いました。
皇居から程近い都心の一等地に建つ神田一橋中学校。
全国に2つしかない公立中学校の通信教育課程が置かれています。
子供たちが休みの日曜日月に2回東京都内に家や仕事場を持つ高齢者が集まってきます。
(先生)好きな音楽昔歌った歌とか尋常小学校の時の校歌とかどうですか?思い出してみて何かありますか?あんまり古すぎちゃうから。
(先生)いいですよ古すぎて。
生徒たちは先生から見ると親や祖父母ほどの年齢です。
(先生)柿本さんの人生豊かな…このお年で勉強なさっているというのは本当に誇れますから。
戦後の混乱の中で青春も学ぶ機会も奪われたまま年を重ねてきました。
(先生)「Spring」はい。
(一同)「Spring」。
(先生)次夏の事いきますよ。
「Summer」。
学校で勉強したくても父親が戦争で亡くなったりして母子家庭になって子供が5人もいたりして母親の苦労が大変でしょう。
だから…制服着てさ皆ダーッと行くじゃん。
私子守してるじゃん。
もう逃げてどっかに隠れましたよ。
そんな思いしましたからね。
学校行きたいなあっていつも思ってたんです。
戦後新たに発足した男女共学六三制の義務教育制度。
そこに通信制中学が誕生したのは昭和23年。
「全ての人に教育の機会を保障する」。
その理念のもと全国80を超える中学校に通信教育課程が併設されました。
その中で今も存続する2校の一つが神田一橋中学です。
設立当初入学を希望した人たちの名簿が残されていました。
米軍基地で給仕として働く16歳の少年小学校を出て女工として働いてきた24歳の女性など教育の機会に恵まれなかった多くの人たちが新しい時代学びの場を求めていました。
それから66年現在この学校に通う生徒たちは皆高齢となってようやく中学校にたどりついた人たちです。
ふだんは自宅で学習し課題をリポートで提出。
その他に年間20回の面接授業を受けるため学校に通ってきます。
私が撮影を始めた…68歳の中学1年生峯永昭子さんと出会いました。
(先生)それでいいですか今の反比例のグラフですが…。
この日の3時間目は峯永さんの苦手な数学。
(先生)「χ」が何の時「y」が何ですか?「χ」が「6」の時「y」が「1」です。
(先生)「χ」が「6」の時「y」は「1」。
他には?ここに「1」を入れて「a」を出すわけですね。
1でしょう?
(先生)いやいいんですよ。
他にもありますよね?あっああああ…。
お昼は弁当持参。
これ大根の皮のきんぴら。
いつも誰か手作りのおかずをお裾分けする人がいて和やかでした。
おいしいかどうか分からない…。
何してんの?楽しいですよ。
でもね楽しいけど英語と数学だけは「あああと何分か…」とかって時間になっちゃうの。
さっきなんか英語の時間時計ばっかし。
峯永さんが生まれたのは昭和16年。
医師だった父親が戦死し4人の娘を抱えて途方に暮れる母親とともに各地を転々とする子供時代でした。
昭和29年12歳になった峯永さんはそば屋に奉公に出ます。
仕事は赤ちゃんの子守と御飯炊き。
終戦から9年戦後の混乱も収まり高度経済成長が始まろうという時代でした。
奉公先で学校も行かせてくれたんですけれど何かおうちの仕事の方が多くて行かない日の方が多いもんですからやんなっちゃったんですよね学校がね。
いきなり方程式が出てそこから0点でした。
だから夢がいつも算数0点の試験の時間頭抱えて何もしないでいる記憶ばっかりです。
昭和39年東京オリンピックの年に23歳で結婚。
4人の子供を育てながら食品卸売りの夫の仕事を支えます。
しかし心の中にはずっと消えない思いがありました。
やっぱり学校出た人と随分違うっていう…ものの考えが違うというのは感じてました。
例えば家庭つくる事にしても考え方が何かものすごく大人に見えるんですよ私以外の人が。
もうなんか自分はやってやり過ごしているじゃないと言われるんですけどその辺は全くただやり過ごしてる。
無我夢中でやり過ごしてるだけで中身は何もないっていう感じでいました。
(チャイム)おはようございます。
(一同)おはようございます。
戦後の中学で必修科目になった英語。
ほとんどの生徒は学んだ事も使った事もありません。
(先生)内容も読み込んでみましょう。
70歳を過ぎて学ぶ外国語。
先生は学ぶ意味を伝えようと授業に工夫を凝らします。
(先生)言葉というのは一人だけで学習するだけではなくて皆さんいろんな意味で関わり合いながらお互いに相手の言ってる事を理解しながらじゃあ自分はこう言えるかなとか。
言葉というのは相手を思う自分の言いたい事を伝えるという。
そういうところも少し経験する事ができると思いますので。
この日先生は英語の劇を生徒たちに演じてもらおうと考えていました。
一人一人に英語のセリフつきの役が割り当てられます。
はい峯永さんは?ワイフ!峯永さんは農民の妻の役。
「Ohno!Ohno!」。
(笑い声)「Becareful.」。
(一同)「That’saverygoodidea.」。
(拍手)峯永さんは都心から1時間ほどの郊外に夫と2人暮らし。
近所に住む娘の淳子さんが時折両親の様子を見に来ます。
いくつになっても学んでるってよくない?いい。
先生の方が年下だけど自分が下にいて教わってるっていう。
年下と思わないからね私。
淳子さんが子供心に覚えている母親の姿はいつも忙しく働きづめでした。
子供の頃の母親って怒ってる姿しかあんまり覚えてない。
いつもピリピリして。
ほんとにいっぱいいっぱいで。
子供の事はどっちかって言うと二の次。
二の次って言っちゃ言い方変…。
思ってた部分もあったんでしょうけど仕事の方にやっぱり一日中かかりっきりになって…。
子供が独立して一息ついたのもつかの間。
26年前夫が脳出血で倒れてからは絶え間のない介護生活で自分の時間は持てませんでした。
(淳子)もう家にいると一日中私も一緒にいるとおいおいおいおい呼ばれて。
「ティッシュを取れ」だの「何をしろ」細かい事ですよ。
「顔を拭いてくれ」だの「風呂入るから支度しろ」だのってそういう事を本当に10分置きぐらいに呼ばれてその度にやってるので…。
堂々と出かけられるのは楽しいみたいですね。
「学校に行っている間は家の事を忘れて自分になれるの」。
峯永さんは言いました。
よしパーン!ああっ!はい。
そこには介護の愚痴も気軽にこぼせる同年代の仲間たちがいます。
別れても面倒みてんの。
あらま面倒みてんの?このぐらいの事もう言うの。
すごいな別れても面倒みてんの。
私別れたくても別れられないの。
(笑い声)別れたくても別れられないの。
愛してるから?いやいや向こうが私を愛してるから。
例えば「χ」の方の数字を同じにするとしたらこっちに「2」を掛けている。
全部に「2」を掛けてしまえば…。
2010年峯永さんは2年生になりました。
どっちにしましょう。
どっちでもいいんです実は。
二とおりできるんですけど。
両方やって下さい。
(先生)はいじゃあ両方いきましょうか。
子供の頃つまずいた方程式も少しずつ理解できるようになりました。
(先生)大丈夫ですか?ごちゃごちゃになりませんか?「どうぞあなたにしかできない豊かな人生を歩んで頂きたいのです」。
10月峯永さんからいつもの快活さが消えていました。
介護の疲れが重なりうつ病を発症してしまったのです。
1年ほど前にも具合が悪くなり小康状態を保っていましたが再発。
このあと峯永さんはしばらく学校に来られなくなりました。
2011年春神田一橋中学校通信教育課程に2人の新入生が入学してきました。
1人は久しぶりの男性です。
そう太平洋戦争真っ最中のころですよね。
幼い頃の空襲の記憶を語り始めたのは…峯永さんと同じ昭和16年生まれです。
この数字が…。
当たる当たらないじゃないの?違います。
当たる当たらない…。
まずこれがこの結果が…当たるか当たんないかを最後は答え合わせをします。
同級生がやめ一人になった宮城さんは分銅を使い物質の密度を計算する理科の授業を受けていました。
ちょっと読んでみて下さい。
60年前小学校を出たっきりの宮城さん。
今度はグラム84.1を10で割ると密度が出るんです答えとしてね。
「84.1÷10」…。
「80÷10」だといくつですか?「80÷10」。
80万円を10人で分けたら1人…。
「8」だよね。
「8」ですよね。
という事は84.1ですよね。
「80÷10」が「8」。
「84.1÷10」と言ったら約8ぐらいという事ですよね。
という事はいくつですかね?「7.」いくつですか…?まあまあ「7.」いくつというか…。
じゃあ宮城さんちょっと…。
宮城さんは小学校で習う少数の割り算が理解できていませんでした。
70年近い実生活の中で小数点の計算など必要なかったのです。
例えば「84÷10」だったら…。
「8」の…。
そう「8.」。
「8.」う〜ん…。
そのままでいいです。
この点が動いちゃうんで。
「8.」そのまま。
「4」ですか。
そう「4」。
時間をかけた丁寧な指導で何とか答えを出しました。
(先生)どちらかと言うとこれは理科というよりも数学なのでそこは大丈夫です。
とりあえず「8.41」とここに書いておいて下さい。
こういう応用問題駄目なんだよ全然駄目。
「8.41」か。
はい。
千葉の農家に8人兄弟の五男として生まれた宮城さん。
上の兄たちが小学校卒業後口減らしのため次々と家を出されていくのを不安な気持ちで見送る少年時代でした。
昭和29年ついに宮城さんの番がやって来ます。
12歳の時東京の水道工事店に奉公に出され時に暴力をふるう厳しい親方のもと朝から晩まで小さな体で働かされます。
1日にもらえるのがまんじゅう1個分のお金でした。
月1回ぐらいしかないの休みが。
だからここへ息抜きに来んのよ。
1日10円ずつくれるんですよ。
10円ずつもらってみつきに1,000円になるんですよ。
3か月。
それで仕事ズボンを買ったりさ御飯食べて映画を見たり…。
それで3か月はパー。
だから休みの日たって何にもないでしょう。
お金もないし。
だからここへ来てさぶらっと来て1日過ごすの。
相談する人もいないしね…。
ちょっとめそめそしているとたたかれたからね俺ね。
だから外に言葉も何も出せないよね。
だからとにかく独りもう独りだった。
友達も何もいない。
誰もいない。
だからある程度まで40代というか何というかもう50代まで自分の考えしかできなかった。
人との…あれができない。
だから駄目なんだよね。
4年後に奉公先を飛び出した宮城さんは土木工事や建設現場など30以上の仕事を転々としたそうです。
冗談を言い合う友達も支え合う仲間もできませんでした。
宮城さんが通信制中学の存在を知ったのは70を前にした頃でした。
57歳の時一度夜間中学で学び始めましたが仕事が忙しく続けられませんでした。
60年ぶりの学校生活で仲間とどう関係を築くのか。
遠足は親睦を深めるチャンスです。
鐘鳴らす。
ほらほら来た来た。
ほらほら行って行って…。
(鐘の音)いらっしゃいませ。
鐘の音はお客が来た事を店の人に知らせる合図。
(太田ディレクター)よかったですね。
ああいいね気持ちいいね。
子供のようにはしゃいでみせる宮城さん。
残念。
残念賞!周囲と懸命にコミュニケーションをとろうとしているようにも見えました。
やだ!いらないって言ってるじゃないの。
鐘を鳴らしたいの。
このいい鐘の音よほんと。
2012年3月峯永さんと同じ年に入学した5人の同級生が卒業の時を迎えました。
うつ病で休学しなれば一緒に卒業したはずでした。
おめでとう!この日峯永さんが10か月ぶりに学校にやって来ました。
あんた元気?もう…今度来るんだって?来る。
よろしく。
4月症状が治まった峯永さんが2年生に復帰。
1年生の途中から一人になった宮城さんと席を並べる事になりました。
さあ食べ物を食べました。
口から入りました。
次に通るところは何て言うところですか?肝臓を通る…。
あ食道?食道。
そうです。
いきなり肝臓なんていけません。
口の中ではどんな仕事をしてるかというとこう…歯でかんで砕くわけですよね。
まさか丸のみってわけにはいかないですよね。
よくかんで飲み込みます。
2人ともへび年だからねくくっと食べる。
そうなんですか。
しかしですね…。
偶然にも同い年の2人は和気あいあいと2年生初めての理科の授業を終えました。
なんかほんとに前より気持ちがずっと落ち着いて…。
前はいろんな事になんかまだ気遣ってたけど今度はね旦那ももう諦めたみたいで。
なんかね卒業式の時に来たじゃないですか。
そしたら本当に温かく皆さんが迎えて下さってねなんかふるさとっていう感じ。
なんかそれから少し気持ちが随分…。
宮城さんもマンツーマンの授業からようやく解放されました。
楽なんだよ。
一対一だとさ先生の事にすぐ答えなきゃなんないけどどっちかが答えて…。
もう全部やんなきゃならない。
帰りには全部拭き掃除したり…。
「Jennywasaguidedog.」。
2人は競い合うように学んでいきました。
「Jennywasaguidedog.」。
盲導犬を英語で「Guidedog」。
ガイドさんの「Guide」。
「Dog」は犬。
盲導犬の事は「Guidedog」ですね。
「Help」どういう意味ですか?「助ける」。
「ジェニーはたくさん人助けをしました」。
「Heruser」。
「Proud」。
(2人)「Proud」。
「Jenny」。
(2人)「Jenny」。
「Alot」。
(2人)「Alot」。
「BeProudof」。
(2人)「BeProudof」。
「なるほど」って事ばっかりよ。
知らない事ばっかり。
授業のあとは翌日から教室を使う中学生のために2人で掃除をします。
作業はいつもどちらからともなく自然に始まりました。
一緒に学び始めて半年。
宮城さんには峯永さんにどうしても追いつけないものがありました。
それは作文。
国語の授業で互いの作文を交換して直し合います。
だから言ったじゃん。
一字で丸がついて段落がここでね…。
ここが「た」だとするでしょう。
「た」丸ってなってもこのあと全部空けていいの段落の時は。
さっきから同じ事言ってる。
それがよく分からない…。
達筆で文章の書き方も上手な峯永さん。
それに対して宮城さんは自分の気持ちを文章で表す事がなかなかできませんでした。
30以上の仕事を転々としてきた宮城さん。
塗装に左官タイル貼り。
しかし中学を出ていないため仕事に必要な資格試験を受ける事ができませんでした。
ところが…人並みのスタートラインにすらつけない自分。
世の中を恨んで酒に溺れ暴力をふるう。
それでまた仕事を辞め自分を責める。
その繰り返しだったといいます。
まあどうなってたか分からんけどね学校出てても。
その人その人のあれはあるから。
でも…少なからずね頑張る事はできたと思う。
こんな卑屈になる事はなかったと思う。
世の中をさ…偏見に満ちた見方をしなくて済んできただろうというようなねあるよね。
せめてね…40代…30代40代。
やっぱりあれだね…どうにもならなかった。
そういう事です。
「もっと早くこの学校に出会っていれば…」。
悔しい思いを心の底に抱えながら宮城さんは一つ一つ勉強を積み重ねていきました。
そして自分の言葉で自らの過去と向き合います。
丁稚奉公に出され朝5時過ぎから働かされた事。
夕食後も子守をさせられた事。
作文を書こうとする度頭に浮かぶつらい記憶。
全てを文字にする事でようやく一歩前へ進めると宮城さんは言いました。
「人生七十年難しいですね。
疲れたら負けだから頑張ります」。
2人で受けてきた2年生の授業も終わりに近づきました。
さて今日はラストの授業ですね。
1年間あっという間でした。
英語を学ぶ目的はどうですか?宮城さんどうですか?電車の中で…。
(先生)いいですよ。
(先生)英語のアナウンスね。
(先生)すごい。
「ネクスト」なんてよく使いますよね。
いいじゃないですか。
2年生最後の英語の授業はニュースをにぎわすある少女の言葉を教材に始まりました。
パキスタンで女性の学ぶ権利を訴えイスラム武装勢力の銃撃を受けた15歳マララさんの言葉です。
その子がどういう最終的な決意をしているかという事が紹介されていました。
じゃあ彼女の決意を今日辞書で引きながら一緒に考えてみたいと思います。
「Idon’tmindifIhavetositontheflooratschool.」。
「Sitonthefloor」という事でまあ本来だったら皆さん今どこに座ってます?椅子ですよね。
だから床に座らなければならないそういうふうにしなければならないとしても私は気にしないよ。
勉強できれば…学校に行って勉強できれば全然そんな事は気にしないよって言ってるんですよ。
先生はマララさんがフェイスブックで世界に発信した言葉を2人に投げかけます。
はい辞書で引いて下さい。
「Education」ですよ。
マララさんが欲しいものですよ。
(先生)マララさんが欲しいものは何だ?教育。
(先生)あっ出てきましたね〜。
教育ですよ。
Education!あっありましたありました!教育!はいいいですね。
私が欲しい全ての事は教育。
ね?すごい言葉でしょう?教育こそ私が欲しい全ての事。
それは2人がこの学校と出会う前無意識に抱いていた願いそのものでした。
こういう事ができるよ。
「Changetheworld」。
世界を変える。
変える事のできる一番強い武器だって言ってる。
なるほど!
(先生)こんな事が分かるようになる。
アルファベットのAから習って何とか辞書を引いていけば世の中でこういう事が起こってるんだというのがね英語を通して分かる事ができたと思います。
(先生)少しずつ授業でやっていきますから大丈夫ですよ〜。
それが目標。
目標?すごい!
(先生)いいじゃないですか宮城さん。
ペアワーク一生懸命やりましょうね。
今度ペアワーク用意しますから。
(3人)ありがとうございました。
でもほんとに教育って大事だよね。
この人は「人に尽くしたい」って言ってるんだからね。
峯永さんは宿題のリポートにびっしりマララさんの事を取り上げた新聞記事の切り抜きを貼って提出しました。
「15才にしてこんなしっかりした考えを持っているすばらしさ!やはり教育を受けて来ているからでしょう。
将来こういう方達がしっかりと世の中で意見を云える世界が来ると信じたいです」。
宮城さん峯永さん中学校生活最後の1年が始まりました。
この日の3時間目は理科の授業。
やわらかいところの葉っぱをちょっと剥がして…。
こういう隙間見えますよね?こういうのだと透けて見えますので。
植物の細胞を顕微鏡で観察します。
なるほどな。
何か…花これ…じかに見ると花でしょ?これを見ると何か…怖いみたいな感じだね。
(先生)まさにね。
昔仕事でやったんだけど玄関や何かに石を敷き詰めるのね。
これに似てる。
まさに!同じ理論ですね。
石を並べて。
コンクリを薄く敷いてね。
いやほんとにそのとおりで。
黒石とかね。
座りながらしゃべりませんか?いろんな石を並べていくんですよ模様をつけていく。
恐らくそういう技術もある意味では生き物の形から…昔の職人さんたちが。
結局ねよりリーズナブルというかそれが一番いいんですよ。
六角とか八角とか。
そう。
だからレオナルド・ダ・ヴィンチとかああいう人たちにしてもみんな自然界のものから見つけるんですよ。
これも見てみようかな。
どうぞ。
ただねちょっとやわらかいところを見た方がいいですね。
学びとは気付きの連続。
大丈夫ですね10倍ですね。
へえ。
何…。
何だろうこう…。
(太田ディレクター)ウロコみたいな。
ウロコみたい。
これ何?これがツツジの花をつくっている細胞です。
100倍?100倍です。
職人として培ってきた宮城さんの経験が学校での学びと結び付きました。
同級生になって2年。
机を並べるうちに2人は互いの悩みを打ち明ける間柄になっていました。
この日は先生も交えて家族の話になりました。
一つ一つそうやってこなして長生きしてもらって。
悔しくて早く死ねばいいのにと思う時あるけどさ。
(先生)でも一緒にいられるのって幸せですよね。
駄目よそういう事思っちゃ。
思っちゃ駄目だけどさ。
2人のあれになってるのよ世の中は。
うちはねだからね鉄のね…赤い鉄の…何だっけあれ。
(先生)鎖?赤い鉄のひも。
鎖じゃなくて。
(太田ディレクター)ロープ?ロープじゃなくて?鉄の何だっけ?鎖?ワイヤー?ワイヤーでつながってるのうちは!アッハッハッハッハ!赤い糸なら振り切ってきちゃうんだけどもうワイヤーだから切れやしない!夫の介護に押し潰されそうになった事もある峯永さん。
今は宮城さんと一緒に明るく笑い飛ばします。
すてきなご主人が…。
先生本題に早く触れて下さい。
奥様幸せだろうなと思った。
すてきな奥様と旦那様。
いえうちは駄目です。
さんざん迷惑かけてきたんでやっとつかんだような立場だね。
もうほんとにあらゆる事をやってきた。
もう死ぬ一歩手前までいってきたんだから。
じゃあ今一番幸せだ?そうですね。
宮城さんには40を過ぎてから連れ添った伴侶がいます。
何だったらざるに入れてお湯かけるだけ。
もまないでね。
ぶつぶつ切れちゃうから。
元看護師で7歳年上の妻信子さん。
5年前からその介護と家事の一切を宮城さんは引き受けています。
しかしかつての宮城さんは別人だったといいます。
すぐ手が出ちゃうのね。
最初のころはもう…。
奥様に対して優しくなりました?うん。
優しくなった?うん。
(泣き声)そんなのしょうがないでしょ。
バカかお前…。
ねえ…。
峯永さんもまた宮城さんと共に学ぶ中で変わったといいます。
随分前向きになったよね?変わったよ。
変わったよね。
うん。
ここ2年ぐらい特に変わったよ。
その前はね学校行き始めてもただ行ってるだけっていう感じだったけどここ2年ぐらいはほんとに楽しく行ってるじゃん。
そうそう。
前はね学校の話しないしなかったもんね。
しない。
「勉強教えて」って言うだけで学校でどういう事があったとかどういう人がいるなんていう話は全然しなかったけど最近よくするもんね。
うん。
そう考えるとこんな笑いながらしゃべれるようになったというのがすごい不思議です。
何か思わぬ展開になってしまって。
峯永さんの体調に再び大きな変化が出ていました。
頑張って下さいね。
留年はしないようにします。
(先生)これだけ長々勉強してきたんだから。
え〜?まだ病理がとれてないからあれなんだけど…。
病理のとれない奥の方なんですって。
それなんで結果的には手術と同じ事をやるようになっちゃって…。
さみしいんですけど。
宮城さんがいますので何かとご指導受けて下さい。
よろしくお願いします。
宮城さんは何も声をかける事ができませんでした。
絶対元気に出てきます。
はい!あんまり考え込んじゃうとね…。
じゃあ頑張って。
はいありがとうね〜。
うつ病に続いて肺がん。
しかし峯永さんは絶対卒業すると心に決めていました。
改修工事のため区内の別の学校へ移転した神田一橋中学校。
理科の教室に肺がんの手術を無事に終えた峯永さんの姿がありました。
峯永さんはある決意を胸に授業に臨んでいました。
皆さん電車とか乗っていく時に…じゃあ例えばここが電車だとしましょう。
これが電車で皆さんこういう形で乗っていて向こう側に電車が進んでいました。
電車が急ブレーキをかけました。
皆さんの体どうなりますか?こうなる。
こっち行っちゃいますよね?何でかっていうと電車に乗ってる僕たちは電車と一緒に動き続けようとするんですね。
でも電車が急に止まっちゃっても僕たちはそれでも動き続けようとするからガッタンってこっち側に倒れちゃいそうになる。
そういうのを「慣性」なんて言ったりします。
「慣性」っていう言葉になるんですか。
はあ〜…。
ますます募る学びたいという思い。
ほんとにこれが勉強だっていう事がつくづく分かりましたよね。
当たり前の事やってるからふだんはね。
はい。
はい。
回答しました先生に。
「受験じゃなくて行かさせて」って。
2人そろって通信制の高校を受験する事にしたのです。
頑張って下さい。
はいじゃあごくろうさまでした。
ありがとうございました。
太田さんに言ってなかった。
(太田ディレクター)初めて聞きました!あのね3年でしょ?3年って事は75。
75までは頑張っていいんじゃない?ね!…と思う。
ね?自分にご褒美。
挑戦しないと…何か挑戦しないとつまんないじゃない。
卒業を翌日に控えたこの日。
世話になった教室に別れを告げます。
私ねこれだけが取り柄なの。
何が取り柄っていったらね「お母さん動いてる時が一番元気がいい」って言われるの。
「お母さんそれが取り柄だね」って言われる。
じゃあ動いてない時はボーッとしてんの?おかしくなるんじゃない?この学校の修了・卒業生は688人。
それだけの数の人たちが新たな生きる喜びを知りました。
俺が遊んでるから言うわけじゃないけど本当に美しいよ働いてると。
学校に行くと青春になっちゃうの。
学ぶ事は楽しいですよね。
知らない事だらけですもん。
本当に知らない事だらけです。
知らない事だらけっていう事に自分は気が付かないで今まできたんですよ70過ぎまで。
だからその学ぶ事の基本…基礎ですか?基礎を教えて頂いたっていう感じですね。
卒業式の日。
(拍手)2人の門出を先生や卒業生そして家族が祝います。
6年かけて卒業証書を手にした峯永さん。
「卒業証書峯永昭子。
昭和16年11月26日生まれ。
中学校の通信教育課程全課程を修了した事を証する。
平成26年3月9日。
千代田区立神田一橋中学校校長太田耕司第690号」。
宮城さんは苦手だった作文を克服し自らしたためた答辞を述べる大役を務めます。
「私は以前から義務教育だけは済ませたいなあという気持ちはありましたがひとつふんぎりがつかず躊躇していました。
というのも子供の頃から世の中からひどい仕打ちを受けてきたので人を信じる事ができないでいたのです。
奉公を始めてからです。
夜間中学に入学させてやろうという話があったのですがうその出任せでした。
私はショックのあまり自暴自棄となって全国を転々と流れ歩いていました。
足元に根っ子がなく浮ついていた私がやっとかなった学校生活です。
でもいざ机に座り授業になると60年という空白は大変重く感じました。
そして一緒に学ぶ学友の存在のありがたさを今しみじみと感じております。
こうして学んでいける境涯を大切に保ちつつこれからも前向きに精進してまいります。
本日は私たち2人の卒業式のためにこんなにたくさんの方々がご列席下さった事を一生忘れないでしょう」。

(「仰げば尊し」)式のあと宮城さんは言いました。
「やっぱり一人じゃ駄目なんだ」。
神田一橋中学校通信教育課程。
青春を取り戻し学ぶ意味を探す人たちが集う小さな学校です。
ありました。
(太田ディレクター)ありました?見つかった?あった!あったでしょ?あったでしょ?よかったね!
(レイツェル)失礼ねぇ。
これはパズルよ。
2014/06/07(土) 00:00〜01:00
NHKEテレ1大阪
ETV特集「学ぶことの意味を探して〜神田一橋 通信制中学の歳月〜」[字][再]

戦後の混乱で義務教育を受けられなかった高齢者が通う通信制中学。60年ぶりの学校生活に四苦八苦しながら、青春と学ぶ喜びを取り戻していく姿を、5年の長期取材で描く。

詳細情報
番組内容
東京都心にある中学校に、月2回の日曜日、高齢者たちが集まってくる。戦後の混乱の中で義務教育を受けられず、年老いてから通信制課程で学ぶ人たちだ。60年の時を経てようやく手に入れた学び舎での日々。初めて習う英語や、小学校以来という作文に四苦八苦しながら、学ぶことの喜びを再発見していく。この学校を5年間にわたって長期取材。“学ぶことの意味”を追い求める高齢者たちの日々を描く。

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸

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