サワコの朝【思わず涙が…松田聖子の告白】 2014.06.07

(阿川)おはようございます。
阿川佐和子です。
今日のゲストは30年以上にわたって永遠のアイドルをとにかくずっと続けていらっしゃるという松田聖子さんです。
おはようございます。
どうもはじめまして。
(松田)はじめまして。
今日はありがとうございます。
とんでもないもうこんな番組に出ていただいて。
いえいえもう楽しみにやってまいりました。
やっぱ本物見ると細いし…。
いやぁ…。
そんなにステージで見るとめちゃめちゃ大きいっていうイメージなのに。
いや〜そんなことないんですけど。
ちょっとお年を伺っちゃってもいいんですか?ええ〜っと52歳です。
ねえ〜!!はい。
なんか40代より50代に入っていい感じになったような気がします。
いい感じに?そうよね。
はいふふっ。
(ナレーション)今日のゲストは…。
1980年にデビューするや瞬く間に大人気に。
キュートな笑顔とその歌声が若者の心を捉えました。
・ああ私の恋は・南の風に乗って走るわ・フレッシュ!フレッシュ!フレッシュ!・夏は扉を開けて・裸の二人包んでくれる・心の岸辺に咲いた・赤いスイートピー80年代長きにわたりトップアイドルの座に君臨。
デビューから34年たった今コンサートには当時からのファンはもちろん若い世代までが駆けつけます。
まさに
(松田)・髪を切った私に
(観客たち)聖子!・違う女みたいとみたいな感じが最初ちょっとあったんですけど40代のときは。
今日は常にトップを走ってきた聖子さんがアイドルであり続ける生き方をたっぷりと語ってくれます。
じゃあまず記憶の中で今でもきらめいているという曲はなんでしょうか?はいあの…桜田淳子さんの「気まぐれヴィーナス」です。
えっ桜田淳子さんは聖子さんよりちょっと先輩?ええ〜っとはい。
あの〜ずっと先輩です。
ずっと先輩。
でこの曲と出会ったのは?私が17歳のときに…あっまあ正確に言うと16歳のときなんですけどミスセブンティーンコンテストというオーディションなんですけど…。
雑誌のオーディションみたいな?そうです。
それに応募をしてその九州大会で実は歌った歌なんです。
ああ〜。
えっその応募したのはご自分の意思でですか?そうです。
それはあの…優勝したらもちろん歌手にもなれるんだけどディズニーランドに行けるっていう…。
アメリカのディズニーランドに行くのがご褒美なんですか?はい。
私ミッキーマウスが大好きだったんですね。
ちっちゃい頃から?はい。
ですから「あっこれもしかしたら西海岸に…私も行きたい!」っていう。
なんか…優勝したら行けるんだって。
そんなの優勝できないはずなのにそういうふうに思っちゃったんです。
可愛い〜。
じゃあまず桜田淳子さんの歌を聴いてからお話の続きを聞こうと思いますが。
はい。
あははっ…。
なんかちょっと途中で歌ったりして。
「プピルピププピルア」?はいそうですね。
さて話を戻しますけれどもオーディションどうなさったんですか?両親にすごく反対されまして。
なんでですか?んん〜…。
九州までは許すと?いやそれも実は黙って行ってたので。
あっ親御さんには内緒で。
はい。
あの〜いろいろあったんですけど…。
あの〜私…。
いいですか?長くなっちゃうんですけど。
いいですいいです。
私福岡県の久留米市っていう所で生まれて育ったんですがその九州大会は福岡だったんです。
結構遠いんですね。
一人じゃ行けないので母に「ちょっとコンサートに行くからついてきて」って言って母についてきてもらってで私だけオーディション会場に入って母は「じゃあ買い物に行ってくるから2時間ぐらいしたら迎えに来るわね」って。
じゃあコンサートと思ってらっしゃるお母様は。
(松田)はい入らずに。
で母が迎えに来たら私がステージで歌ってたっていう。
あははっ!誰のコンサートかと思ったら。
はい。
もう母びっくりして「何してるの?」ってまあ九州の言葉ですけど。
なんておっしゃったの?「あんたなんばしよっとね?」って。
「なんばしよっとね」って。
(松田)「なんばしよっとね?」「でも最後までおってよかろう?最後まで終わったら帰るけん」って言ったんですよ。
で最後までいたら「優勝」って呼ばれちゃって。
もう母は父になんて言ったらいいんだって…。
おうちに帰ってまたお父様に怒られたんですか?
(松田)その日は言えなくて。
すごく大きなトロフィーとか花束とかたくさん頂いたんですけど家に持って入れなくて。
ふふふっ。
ちょっと裏の所に置いといて。
あははっ!で次の日にいよいよもう言うしかないので告白したらすごく怒られて。
お父様に?はい父に。
それでもう駄目だって。
決勝大会行っちゃいけないって。
厳しいおうちだったんですか?
(松田)そうですね…。
まあディズニーランド行けないなぁっていう。
それは悲しかったんですけど。
ミッキーに会えないって。
はいそうです。
それでその全国大会には出られずやむなく諦めて…。
それからそうですね…2か月ぐらいしてでしょうかある日電話がかかってきたんですね。
ディレクターの方からだったんです。
「ぜひデビューしませんか?」って。
それで父に話したらやっぱりもう全然駄目で。
駄目?
(松田)でもそこから2年かかって父を説得して。
で東京に出ることになりました。
しかたがないっていうことで?そうですね。
もう3年間だけ…。
3年間っていう期限付き?はい。
ほう〜…。
でも駄目じゃなかったんだもんね。
負けない事・投げ出さない事・『それが大事』逃げ出さない事・信じ抜く事…
(ナレーター)20歳になったわが家をリフォームする。
パナソニックならキッチンから床までお部屋全体を豊かにコーディネート。
負けない事・投げ出さない事逃げ出さない事・信じ抜く事…人生を変える…あなたもショウルームでお部屋のあしたを描いてみませんか?
(部下)部長これを。
(西島)どうした?何だこれは…。
この話すっきりしませんよね?すっきり?《いやうちの洗濯機なら手前がすっきり空いている》《だから引っ掛からずに出し入れしやすいんだ》ほらっ。
(ナレーター)エコナビにオドロキのすっきりフロント。
すっきりしませんよね?いや手前がすっきりしている。
…えっ?聖子さんの曲でいちばん大ヒットしたのが「青い珊瑚礁」。
これが爆発的に売れたわけでしょ?そうですねはい。
どんな感じでした?そのころ。
だってそこからはもう次々次々でしょ?いやもう最初は無我夢中です。
あのころすごく歌番組も多かったですし。
そうね。
「ベストテン」「トップテン」「ヒットスタジオ」。
「ヒットスタジオ」もあったのか。
(松田)はい。
もうほんとに目まぐるしい毎日で…。
不安になったり自信なくしたりっていうことはあったんですか?そういうことも考える余裕がないくらいもうとにかく夢中でやってました毎日。
周りの反応とかファンの様子とかいうのは分かってらしたんですか?当時は親衛隊という方たちがこう鉢巻きを巻いてどこに行っても皆さん待っててくださって「聖子〜!」って応援してくださる。
それがすごくなんか心強かったです。
怖くはないの?怖くないです全然。
皆さん優しくて。
当時は女の子がもうみんな「聖子ちゃんカット」になっていったっていうのは。
あははっ!あっそういうこともありました。
チュユン…ん?どうなってたの?前髪がありまして横がこういうふうにはねてる。
あっそうだ。
こういうふうに。
あの髪形はなんかこう事務所とかいろんな所で作らされたんですか?いえ違います。
あれはもともと私がしてたヘアスタイルだったんです。
九州のときはパーマとかかけちゃいけなかったんですね高校で。
で東京に来てちょっとパーマかけたりしてそれでこう自分でくるくるドライヤーとかでブローして。
それでああいう髪形をしてたんです。
自分でブローして作ってたんですか?それがだんだんだんだん街の子みんなおんなじカットになっていったっていうのを見てどう思いました?んん〜最初ちょっとびっくりしましたけどなんかでもうれしかったですね。
名前も付けていただいて。
「聖子ちゃんカット」とか言ってくださって。
途中でやめらんなくなっちゃいますよね。
そろそろ髪形変えたいと思っても…。
そうでしたね。
ふふふっ。
はい。
あとあのころほんとにアイドル全盛期というかもちろん華やかではあるけれども大変そうよね?っていう様子は…。
でも学校みたいにもう歌番組に行くと同期の歌手のお友達がみんなそこで会えてなんかみんなで楽しくっていう…。
そっちの方が…キラキラしてた感じがします今考えると。
みんなで楽しかったなぁっていう。
へえ〜。
仲よかったのはどなただったんですか?河合奈保子ちゃんとかあと岩崎良美ちゃんはもう堀越の学校…クラスメートで。
あっ学校も一緒で。
はい学校も一緒でした。
でもだんだんだんだんフィーバーが大きくなってって正直に申し上げてあのころ可愛い聖子ちゃんが出てきたときに男の子みんな夢中になるわけ。
そうすると「ふん!」とか思ったりするときもあったけれどもやっぱ圧倒的に男の子のファンの方がそのころは多かった?はい。
男の子しかいなかったです。
しかいなかった?はい。
コンサートをやらせていただいてももう全員男の子で。
で「赤いスイートピー」を歌いはじめてから女の子が来てくれるように…。
ああ〜そうか。
「赤いスイートピー」はね衝撃的でしたよ。
「赤いスイートピー」を歌いはじめた頃に女の子も来てくれて。
でなんかあの…「赤いスイートピー」は私と女の子の懸け橋になった歌です。
へえ〜。
あれ松本隆さんの歌ですもんね。
はい。
もう次々に来る曲がほんとにすばらしくて。
なんで松本先生は女の子じゃないのにこんな女の子の気持ち分かるんだろうっていつも思ってました。
だから詞の世界が大好きでした。
なんかストーリーがありますよね。
そうなんですよ。
もう胸がキュンとしますよね。
あれは松田聖子という歌手にはこういうパターンの曲を歌わせようみたいなのはあったんですか?あったんだと思います。
私はそのときデビューのときとかは全然自分では選んでもいないですし「これが次の曲だよ」って言われて「はい」って言って練習して歌うっていう。
へえ〜。
(アラーム音)ジリリリ…。

(サッカー中継の音声)・
(夫)うぅ〜ん…。
走れ走れ走れ…。
ん〜…うんっ!よ〜しっ!
(妻)パパ〜。
・あたしも見たかったんだから起こしてよ〜。
だって寝てたんだもん。
(ナレーター)パナソニックの「4KVIERA」なら独自の色再現力でその場にいるかのような迫力ある映像が楽しめます。
(リモコンの音)ポポン。
音量アップ。
しかも「VIERA」なら声でいろいろな操作ができます。
よ〜しっ!ふふふ!負けない事・投げ出さない事・『それが大事』逃げ出さない事・信じ抜く事…
(ナレーター)今年リフォームするわが家。
パナソニックのあかりならこんなにも豊かに空間を演出し暮らしを生まれ変わらせます。
負けない事・投げ出さない事逃げ出さない事・信じ抜く事…人生を変える…あなたもショウルームで空間の変化を実感してみませんか?今回改めて聴き直したんですけど「あなたに逢いたくて」。
あれはまた一つエポックかなと思いますがあの歌はだってご自身でお作りになったって…。
はいそうですね。
・あなたに逢いたくて
(松田)・逢いたくて眠れぬ夜は・あなたのいつごろから自分で歌を作りたいというふうに思われはじめたんですか?90年代に入ってから私もなんかじゃあ自分の中から出てくるメロディーだったりとかあと歌詞だったりとか自分でかたちにしてみたいって思いだしたのが最初なんです。
ほう〜。
じゃあもう見てまねて独学で作ってみたみたいな感じ?そうです。
最初はほんとにそうです。
メロディーもお作りになるわけでしょ?はい。
自分の頭の中で作ってそれをこう自分で歌うんですね。
なんかメロディーを組み立てていって「・ララララ〜ラ〜ララ〜」みたいに自分で作ってハミングしてそれをピアノでなぞってみたりしてそれで出来るっていう。
当然のことなんですけれどもあそこらへんから可愛い聖子ちゃんじゃなくて大人の女…。
ふふっ。
なんちゅうのかな?あの歌はこうグッと…。
うん…私も大好きな歌なんですけど気合いが入ります歌うときに。
気合いが入ります?今でも?今でも「・タンタンタタン」ってイントロが流れてくると背筋が伸びる思いがします。
ほう〜。
なんであれは…ああいう歌が生まれたんですか?あのときはなんかラブソングを書きたいと思いまして。
でも切ない悲しい思いの届かないラブソングにしようって。
へえ〜。
それで作ったんですね。
だって逢えなくなってから3年たっただっけ?「・あれから半年」…半年です。
半年でした?すみません。
あははっ!どうもすみません。
半年たって物語としては半年たって今こうやってやっと…。
やっと笑えるようになりました。
あっ笑えるようになりました。
私も歌ってみないと分かんなくて。
あははっ!で「毎日忙しくしているわ新しい人生を私なりに歩いてる…」っていう。
なんか重なるものもあったような気がするの聖子さんに。
んん〜…。
それはそのときにそうだったかっていうとそうではないかもしれないんですけども。
でもなんかその…こうなんていうのかな誰にでも分かる気持ちっていうかたぶん出会いがあって別れがあって。
別れがあったときのあとの切ない気持ちっていうのはきっと誰にでも経験があるのかなっていう。
その感じで書いた曲ですね。
それまではもちろんいろんな歌を歌ってらっしゃったわけだけどもどっちかっていうとまだ片思いだったりおつきあいしてる最中の小さな寂しさみたいなものとかなんかそういうシチュエーションのなんかキュートな恋物語が多かったんだけども今回はっきりと。
今回…。
今回ってあれよ…。
そのときね。
そのときはい。
この度はっきりと「別れました」みたいなそのあと回復して今はちゃんと仕事もしていますっていうそのなんか寂しさとたくましさみたいなものが…。
(松田)そうですね。
それはすごくそのときに別れてつらいだけじゃなくってでも私前向きに生きてますっていう感じにしたかったんです。
そこがねあっこの人は可愛いっていうだけじゃなくて実はすごくたくましい人なんじゃないかと。
どうですか?ご自分の性格を考えてみて。
男らしいですね。
あははっ!男らしい?はい。
どっちかっていうと性格的にもなんか竹を割ったような感じっていうか。
そうするとウジウジしないの?そうですね〜なんか。
でもほとんどずっと仕事続けてらっしゃる感じでしょ?そうですね。
飽きたとか疲れたとかいうのはないんですか?ああ〜。
でもやっぱり音楽が大好きだからあの…飽きたっていうことはないです。
ないです?やめちまうぞなんていうふうに思ったことは?
(松田)それはなかったですね。
24歳でうちの娘を産んだんですけども…。
ほう〜。
1年ぐらい仕事を休んでいたんですね。
そのときに最初はすごく…ほんとに忙しかったのでその前が。
前がね。
だからこうなんか最初はとてもリラックスできてはあ〜って感じだったんですけどそのうちだんだん何か月か過ぎていったら突然なんかぽろぽろっと涙が出てきて私どうして歌ってないんだろう?と思ったんです。
ほう〜。
(松田)それはなんかそのときは少しお仕事を休んで別の人生っていうのも考えてみようっていう…思っていたと思うんですね。
で実際そこに自分が入っていったときに新しく気づいたことがあったっていう。
実際にやってみたら歌からこんなに離れてる日々というのが。
はい。
なんか突然「あれ?」って思いましたね。
それで涙を流してどうなさったんですか?なんか恋しくて歌が。
歌うことが恋しくてそれで歌っていいかなって歌ってみようかなってまた思いましたね。
その話をどういうふうに仕事に持って…。
ええ〜っと事務所はやめていなかったので休業…だからいつどのぐらい休業か分からないっていう状態だったのでまあ1年ぐらいたってその間ももちろんお話をずっと事務所の方とはしてましたので「やっぱり歌を歌いたいんですけど」って言ったら「ああよかった」っていう。
ああ〜。
あっそうなんだ。
「聖子がそういう気持ちになってくれたんだったらよかった」って。
実際でも物理的にはいろいろ大変でしょ?大変ですね。
お母ちゃんになって。
はい。
そうですね〜。
でもほんとに両親が支えてくれたのでできたと思います。
そうなんですか。
最初反対したお母様もお父様も。
ほんとにそうですね。
「頑張っとっとっと?」って。
そうですね。
へえ〜。
今お嬢様も大活躍というか今人気…。
ありがとうございます。
なんだっけ?「アナと雪の女王」でブレイクしてらっしゃいますけど。
お嬢さんがこうやっぱり自分も歌手になりたいとか芸能界で仕事したいっておっしゃったときはどう思ったんですか?あの…大反対でした。
大反対したんですか?えっなんで?私はまあこの世界にまあこうやって仕事をあの〜んん…してすごくそれはもうほんとによかったしいい経験だったんですけどそれと同時に苦労もいろいろやっぱり自分で体験して分かってるのでその苦労を娘にさせたくないっていうふうに思いました。
つらいとこ見ちゃってるから。
はい。
でも「やる」っておっしゃって。
そうなんですね。
今の状態をご覧になって…。
はい。
まあそのときにうちの両親が「あなたも初めて私たちの気持ちが分かったわね」って…。
あははっ!言われたときに「おっしゃるとおりでございます」って。
だけどもまあ娘はどうしてもやりたいって言ったので…。
娘の性格までおんなじなのね。
じゃあもう娘の立場になったり親の立場になったり。
(松田)ほんとにそうですね。
でまあ彼女は始めたわけですけど。
はい。
で今度発売されたばかりの新曲が「ILoveYou!!」という…。
はい。
「ILoveYou!!〜あなたの微笑みに〜」っていうシングルです。
これも作詞作曲とも?はいそうですね。
ほう〜。
これがなんとウエディングドレスを着てらっしゃるという。
はい。
あの〜そうですねミュージックビデオで。
拝見しましたが。
(松田)これはですねそもそも私がウエディングドレスを着てやろうとかいうことじゃなかったんです。
聴いてくださった方が幸せな気持ちになってもらえたらうれしいなっていう思いで作ってそれでミュージックビデオを作るときに何がいちばんの最高の幸せの瞬間だろう?って思ったんですよ。
そしたらもしかしたらウエディングかもって思ってでも私がウエディングお嫁さんじゃなくて私はブライドメイド。
その大事なお友達大好きな親友のためにこうお手伝いするそっちの方になろうと思ったんですよ。
そのときにこうパ〜ンってブーケトスをしてでその花嫁さんのブーケをパッと受け取ったら次にその人がお嫁さんになれるっていうのあるじゃないですか。
それで私がパッと…ブライドメイドの私がパッと受け取ってじゃあ最後のサビだけウエディングドレス着させてもらおうかなみたいな。
なるほど。
いかがですか?久しぶりに着たっていうのもなんですが。
ふふふっ。
でもやっぱりうれしかったです。
へえ〜。
一度も着たことないんですけど私。
ぜひ一度…。
ないんですよ別に。
仕事でもないしねもうね。
そんなことないです。
いやいや…。
今はどうですか?でも。
さっきおっしゃったみたいに50過ぎてからの方が自由になりましたって。
うん。
なんかすっきりしましたっていう感じで。
何がすっきりしたんですか?なんとなく私50になるんだみたいな感じが最初ちょっとあったんですけど40代のときは。
なってみたらあっなんかいいなっていう。
何がいいですか?なんか分かんないんですけどとてもいいですねっていう。
なんか50越えてすっきりしましたみたいなじゃないけど…。
なんか「50だけど何か?」。
(一同)あははっ!そうですね。
なんかまたひと区切り新しいスタートラインに立てたような気がします。
ふ〜ん。
じゃあ最後に今聖子さんを元気にさせる曲はなんですか?アース・ウインド&ファイアーさんの「Let’sGroove」っていう曲です。
私自身がコンサートのステージに上がる前にこの「Let’sGroove」を聴いてちょっとこう気合いを入れて。
えっそうなんですか?はい。
いつも燃やして?そうなんです。
こうノリノリになって行くっていう。
行くぜベイビー!みたいな?そういう感じです。
いいね〜なんか懐かしい。
いいですよね。
体が動きますよね。
動きますね。
もう自然に動きますよね。
聖子さんが落ち込んだり悲しかったりしたときにどうしますか?私は例えば…私はまず寝ます。
私もです。
あっほんと?あははっ。
私も寝ます。
まず寝て体力を付けようと。
私もそうです。
それで床ずれが出来るほど寝飽きたら誰でもいいから人にしゃべる。
私もです。
ええ〜ほんと?ええ〜すご〜い!誰でもいいんです。
そうすると自分の心が整理ができる。
そうなんです。
あっほんと?おんなじ?おんなじです。
いやびっくりしました。
ああそう?はいそうです。
なんか話してすっきりするっていうかそこ自分の中でちゃんと結末を付けられるっていうのありますよね。
あらまあ大の松田聖子さんと一緒とは存じませんでしたけど。
そうですか。
はい。
これからもよく寝てください。
ほんとにありがとうございます。
なんの話で終わってんだ…。
2014/06/07(土) 07:30〜08:00
MBS毎日放送
サワコの朝[字]【思わず涙が…松田聖子の告白】

ゲスト・松田聖子/歌手▽30年以上輝き続ける“永遠のアイドル”。トップを走り続けるその素顔…思い入れある音楽とともに阿川佐和子が迫ります。

詳細情報
番組内容
ゲストは歌手の松田聖子。デビュー後一躍トップアイドルとなり、仕事の悩みを抱える時間がないほど忙しい日々を送っていた。「辞めたいと思ったことはないの?」という阿川の質問に「歌が好きなんです」と即答した松田。とは言っても転機は訪れた。「青い珊瑚礁」のヒット、「赤いスイートピー」での新たなファン層の獲得…そして、いくつかの転機。今も多くのファンを魅了し、30年以上輝き続ける“アイドル人生”が語られる。
出演者
【司会】
阿川佐和子
【ゲスト】
松田聖子
1962年生まれ。16歳でスカウトされ、18歳「裸足の季節」で歌手デビュー。3作目の「風は秋色」以降、オリコンシングルチャートで24作連続1位を獲得。27歳で独立、1990年全米進出を果たす。34歳の時リリースした「あなたに逢いたくて〜Missing You〜」が110万枚突破。2011年『NHK紅白歌合戦』に娘の神田沙也加と10年ぶりに出場した。
制作
【製作】MBS TBS
【制作協力】TBSビジョン

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
音楽 – 歌謡曲・演歌
福祉 – 文字(字幕)

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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