(小林)ごくごく小さな金の粒が舞い落ちる。
その繊細な仕事が漆黒の下地を染め上げていく。
まるで点描を描くように。
蒔絵は日本独自の装飾技法です。
粒の大きさは小さいものだと1,000分の5ミリ。
我々のカメラではこれ以上は近づけないミクロの世界です。
そんな小さな粒でもし絵を描くとしたらどんなものになるのか?それが今日の作品。
漆と金が織り成す精緻な美しさ。
その超絶技巧に託した思いとは?本日ご紹介する作品は現在こちらの美術館に展示中です。
蒔絵技法の集大成ともいえる1対の額です。
驚嘆しますよね。
朱漆で塗られた朝日を浴びて3羽の鷺が水辺で佇んでいます。
その艶やかな白の色合いは銀粉によるものだといわれています。
羽の毛先や足の爪まで神経の行き届いた緻密な描写。
一方月夜に照らされ超然と空を見つめる1羽のカラス。
その毛並みの質感は1本1本丁寧に漆で描かれた線描によるものです。
かすかな陰影に浮かび上がる生い茂った槙の木。
これらがすべて小さな粒で描かれているのです。
漆黒の空と金色の雲が奏でるグラデーション。
これこそ蒔絵の真骨頂です。
まるで絵筆で描いた日本画のような美しい世界がそこにあります。
作者の白山松哉は東京美術学校の教授を務め帝室技芸員にも選ばれた明治を代表する蒔絵作家です。
さて明治の工芸といえば当番組ではこの方たちの出番です。
何だか似ていますね。
壇警部事件です。
今回の捜査は何でしょうか?白山松哉の蒔絵です。
蒔絵ですか。
(泊)はい。
しかも額縁に入った絵です。
これは厄介なことになりそうですよ。
すべての作品が作者のダイイングメッセージならばその謎を解くのが絵画警察美術工芸三課。
捜査官よ壇警部早速白山松哉の情報を集めましょう。
その前に我々は蒔絵についてもっと詳しく知る必要がありますね。
蒔絵っていうとお椀とか硯箱に施したきれいな装飾のことですよね。
だとしたらおかしいと思いませんか?何がですか?我々が知ってる蒔絵とはふだん使いのものに施されたものです。
それをなぜ額に入った絵に仕立てたんでしょうか?そう言われれば…見たことがありませんね。
現在の持ち主に聞いてみましょう。
警部海外捜査ですか!でも我々にはそんな予算は…。
いえアメリカに行く必要はありませんよ。
なぜですか?私の直感ですがこれには明治時代の日本政府が大きく関わっていますね。
どういう意味ですか?これはとんでもないことになってきましたよ。
白山松哉が活躍した明治という時代。
彼の蒔絵は確かに国家の重要な一端を担っていたのです。
その最高傑作にはどんな技法が隠されているのか。
今作れって言われたらたぶんすばらしい技術者です。
最大の謎はなぜ松哉は蒔絵を額に仕立てたのか。
これは蒔いていませんね。
えっ!いったいどういうことなんでしょうか。
これは根朱筆という最も細い線を引く際に使う蒔絵用の筆です。
白山松哉はこの筆を片ときも離さず持ち歩き細やかな作品を数多く残しました。
例えばこの牡丹の蒔絵手板なんかはとにかく仕上げの毛打ちの線という細い花びらの筋を描くという…。
白山松哉の筆でないと描けないといわれてるくらい精緻な蒔絵。
白山松哉晩年の言葉です。
今日の作品にもとてつもない根気が詰め込まれています。
制作にどれほどの時間が掛かったのか誰もわからないのです。
蒔絵とはいったいどのようなものなのか人間国宝である漆芸家の室瀬さんに見せていただきました。
蒔絵は時間と根気を必要とします。
下地を作るだけでも数多くの作業工程を経なければなりません。
そのようやく出来た下地に漆で模様を描きます。
チリやホコリが入らないよう細心の注意が必要です。
そして粉筒に入れた金粉を少しずつ蒔いていきます。
粒を蒔いて漆に接着するこれが蒔絵の基本です。
蒔き終えたら風呂にひと晩入れて漆を固めます。
捜査の基本は現場から。
蒔絵の難しさを知るために捜査官が体験中です。
あっ壇警部筆がうまく進みません。
うん漆は接着剤としても使うので粘り気が強くて力の加減が難しいのです。
更に粒を蒔くときも。
あっ金粉が…。
蒔絵では付描が分厚くなってしまうと金粉が沈み込んでしまうんですね。
これであんなに細かい描写をしている…。
白山松哉なんて恐ろしい男なんだ。
これは聞き込みですね。
絵画警察です。
白山松哉についてお聞きしたい。
白山松哉の活躍している経歴を見ていくとパリ万博ですとかセントルイスの万博もそうですけどそういう博覧会会場で受賞をしているんですね。
評価として非常に高いのは研出蒔絵…。
研出蒔絵とはどんな技法なのか?まずは金粉や銀粉など多彩な装飾素材を漆で固めます。
すると…。
次に上から漆を全面に施します。
このときできるだけはけムラを残さないようにまんべんなく塗ることが重要です。
そして再びひと晩かけて風呂で漆を固めます。
ずいぶん風合いも変わりました。
ここからは朴の木の炭を使い表面を研いでいきます。
模様を少しずつ研ぎ出していくのです。
金粉はとても小さいので研ぎすぎると下地が見えてしまいます。
炭を徐々にやわらかいものに変えてひたすら研いでいく。
2週間ほど研ぎ続けると完成です。
どうでしょう輝きが出ましたね。
研出蒔絵の最大の特徴は極限まで表面をツルツルに仕上げることにあります。
金粉の美しさを存分に活かす技法なのです。
目に見えない下ごしらえがいるわけですね。
室瀬さんに『日月烏鷺図蒔絵額』を見ていただきました。
(室瀬さん)あれくらいすごいとどうでしょうさて美術工芸三課の捜査はどんな具合でしょうか?壇警部銀座に何が?その辺りに金座という金粉を扱う店があるはずです。
あっありました。
ではいってらっしゃい。
(泊)絵画警察です。
金粉について教えてください。
丸粉という粉ですね。
要は1粒が真ん丸い粒の粉。
粉の段階ではとても金には見えない粉なんですけどもそれを研ぎ出すことによって断面が光を反射して金色になるわけですね。
この1号から15号まで15段階あります。
その色の違いで絵を描き分けるのが蒔絵なんですね。
ありがとうございました。
今日の作品には研出蒔絵以外にもさまざまな技法が用いられています。
手前の葦は漆やサビで表面を盛り上げそこに金粉を蒔く高蒔絵という技法です。
そのわずかな厚みにより遠近感が強調されています。
更に高蒔絵の盛り上がりと平面を同時に研ぎ出していく肉合研出蒔絵という最高難度の技を駆使して見事に槙の木を仕上げているといいます。
モチーフの一つひとつに白山松哉の多彩な蒔絵技術が隠されていたのです。
ではなぜこの傑作が海外に流出していたのか?蒔絵は絵画でもあり彫刻でもあるそんな感じですね。
それが徒となってしまったのです。
どういうことですか?絵画でもあり彫刻でもあるということは逆にいえば絵画でも彫刻でもない。
なるほど。
西洋では主に美術といえば絵画彫刻そして建築でした。
じゃあ蒔絵はどうなるんですか?工芸と呼ばれます。
明治の初め工芸品は万国博覧会に出品され海外で注目を集めました。
超絶技巧の手仕事に西洋の人々は皆驚き称賛しました。
外貨獲得を目指す日本政府にとって工芸品こそ重要な産業だったのです。
ところが…。
よく言われるのが粗製濫造というか質の悪くなっていったものが大量にできてしまったと。
更に明治40年に文部省が主催した第一回文展では審査対象は日本画西洋画彫刻の3つで蒔絵をはじめとする工芸品は出品できませんでした。
非常に雑ぱくな言葉でその他大勢みたいにしてくくっちゃったわけですよね。
それでなんか今日の作品は蒔絵で描かれた一対の額です。
蒔絵本来の硯箱や印籠といったふだん使いのものではありません。
白山松哉は蒔絵に触れる喜びを切り捨ててただ眺めるだけの絵画を作り上げたのです。
誰も見たことのない圧倒的な蒔絵の技で。
おそらく白山松哉は蒔絵の地位が低く見られていることに納得していなかった。
そうか作品そのもので蒔絵のすごさを知らしめたかったのか。
日本画に対抗して一対の絵を描いた。
壇警部これで解決ですね。
本当にそれだけでしょうか?どういう意味ですか?ひょっとすると我々はとんでもない間違いをしていたのかもしれませんね。
希代の蒔絵作家が一対の絵画を仕立てた理由とは何か?ヒントはこの水辺に生える葦に。
あっ枯れている。
漆は耐久性に優れた塗料として古来より日本で愛用されてきました。
これは千年以上前に研出蒔絵で作られた箱です。
その美しさ鮮やかさは歳月を経ても変わりません。
漆の力です。
ではこの蒔絵で白山松哉が目指したものとは。
漆の力とは。
蒔絵の長い歴史の中で白山松哉だけがたどり着いた奇跡の技があります。
羽根蒔絵です。
あまりの細かさに肉眼でその産毛を見ることができないのです。
なぜそこまでするのか。
ある意味ね…。
お願いしたものは手に入りましたか?はい。
買ってきました。
でも何ですか?これ。
これは平目という金粉を潰して平らにしたものです。
白山松哉はこの平目を蒔かなかったのです。
どういうことですか?あの雲をよく見てください。
あっ!キラキラと輝く雲は平目粉を蒔かずに一枚ずつ手作業で置いて並べていく置平目という技法を使っています。
これにより月明かりに輝く雲の質感を表現しているのです。
水辺に生える葦が枯れています。
その熟練の描写力。
まるで絵筆で描いた日本画に挑むように。
これほど誰も作ってないし作れない…。
なぜ蒔絵を額におさめたのか。
それは単に日本画を超えようとしただけでなく千年経っても変わらぬ美しさを閉じ込めたかったのかもしれません。
明治が終わってまだ100年ちょっとですよ。
白山松哉の評価はこれから後世の人々が決めていくんでしょうね。
美術とか工芸とか小さい枠組みなのかもしれませんね。
千年後に残っていたらすごいですよ。
この作品も我々美術工芸三課も。
白山松哉のように根気強く頑張り続けるしかないですよ。
はい!白山松哉の硯箱です。
22年の歳月をかけて作り続けついに蓋の表側が完成することはありませんでした。
美術と工芸の狭間で揺れた不遇の時代に誰にもたどり着けない境地を目指した人です。
圧倒的な技術を駆使してはるか先を見つめるように。
白山松哉作『日月烏鷺図蒔絵額』。
千年の美。
千葉県松戸市。
街を行く坊主頭のこの男。
2014/06/07(土) 22:00〜22:30
テレビ大阪1
美の巨人たち 白山松哉『日月烏鷺図蒔絵額』[字]
毎回一つの作品にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎を探る美術エンターテインメント番組。今日の作品は、超絶技巧の一対の額、白山松哉『日月烏鷺図蒔絵額』。
詳細情報
番組内容
今日の作品は、蒔絵技法の集大成ともいえる一対の額、白山松哉(しらやま・しょうさい)『日月烏鷺図蒔絵額』。蒔絵は日本独自の装飾技法で、下地を作るだけでも数多くの工程を経なければならないなど、作品を仕上げるまでに、相当の時間と根気を必要とします。繊細な技術によって描かれた、漆黒の空と金色の雲が奏でるグラデーションは、日本画のような美しさを感じさせます。
番組内容のつづき
通常はお椀や硯箱に施す蒔絵を、松哉はなぜ額に収めたのでしょうか?しかも作品には、彼だからこそ辿りついた、奇跡の技が隠されていたのです。明治を代表する蒔絵作家が、超絶技巧に託した思いとは?
ナレーター
小林薫
音楽
【オープニング・テーマ曲】
「The Beauty of The Earth」
作曲:陳光榮(チャン・クォン・ウィン)
唄:ジョエル・タン
【エンディング・テーマ曲】
「終わらない旅」
西村由紀江
ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/
ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
OriginalNetworkID:32118(0x7D76)
TransportStreamID:32118(0x7D76)
ServiceID:41008(0xA030)
EventID:22214(0x56C6)