NHK短歌 題「切る」 2014.06.08

ご機嫌いかがでしょうか?「NHK短歌」司会の濱中博久です。
第二週の選者斉藤斎藤さんです。
今日もよろしくお願い致します。
今日の冒頭の歌は?たまたま信号を待っていたらちょうどその信号の男の人の先の位置に月が見えて歩きだしそうな気がしたっていうそんな感じの歌ですかね。
斉藤さんらしい歌ですね。
さあそれでは今日お迎えしたゲストをご紹介致します。
詩人で社会学者の水無田気流さんでございます。
ようこそお越し下さいました。
こんにちはよろしくお願いします。
水無田さんをご紹介致します。
詩人のお仕事としてはこちら2006年に中原中也賞を受賞された「音速平和」というこの作品。
その後もたくさんの詩作品を刊行されていますが社会学者としては今年「無頼化した女たち」という作品を刊行されまして女性が置かれている厳しい状況に切り込んでいらっしゃるという事なんですよね。
短歌との関わりはいかがですか?東工大の言語文化特論講義なんかでは近代化以降の日本の詩歌に見られる詩情ポエジーの変遷なんかについて扱っておりますのでもちろん私の専門である現代詩更にその前身であるところの口語自由詩だけではなく定型詩俳句当然短歌にも踏み込んでおりますので今日は投稿詩をたくさん読めるという事で楽しみにしてまいりました。
よろしくお願い致します。
斉藤さん水無田さんをお迎えしたという事は…。
現代詩人でいらっしゃってかつ研究者として近代以降の詩歌という広い視点から今日の投稿歌どう見て頂けるのかとても楽しみですね。
詩人でいらっしゃるわけですが短歌実作品お作りになった事は?ここ2年ぐらい音読する事を前提としたような音数律を整える現代詩も書いておりましてその中で現代詩なんだけれどもその中のフレーズに「五七五七七」の音数律を整えたようなそういう作品も書いております。
リズムに乗るようなものですね。
この番組のゲストには短歌のイメージを短い言葉にして頂いていますが水無田さんの場合短歌とは?という事でどんな?こんな感じです。
これは興味深いテーマですね斉藤さん。
どんなお話伺えるんでしょうね。
後ほど詳しく聞かせて頂きます。
どうぞよろしくお願い致します。
それでは今週の入選歌です。
題が「切る」または自由でした。
斉藤斎藤選入選九首です。
一首目。
農業をしていらして分厚いゴツゴツとしたご主人の手とその手が切っていくこの方の髪ですよね。
非常に長い年月昔は美容室とか行かれてたのかもしれないけど今は夫に切ってもらっても問題ないんだという夫婦の長い歴史と時間が見えるようで長い時間が「ざくりざくり」という結句に収斂していてとてもいい歌だと思いますね。
では二首目です。
水無田さんどう鑑賞されますか?いさかいという不穏な空気が流れた時にトマトを握り潰すんではなくてむしろ冷静にスッと切るというところが何とも怖いというか冷静さの中にスッという軽快な音に何がはらまれているのか。
これが例えばミステリードラマだったらこのあと何が起こってしまうのかとも思えるし平穏な日常に返っていったのかもしれないしそういう意味ではすごく臆測を呼ぶ面白い短歌ですよね。
結句の余韻がね斉藤さん。
ドラマの始まりのような歌で私なんか男性の立場から見るとこういう女性が一番怖いというかとても冷静にぐうの音も出ない事をこのあと言われてしまいそうですよね。
握り潰してたたきつけるような女性だったらまだそんなに怖くはないんですけれどもお料理が終わって食事が終わっていさかいがあった事なんか夫の方は忘れている時に静かに「あなたちょっと…」とか言う感じなんでしょうね。
うわ〜どうしよう?…って感じですね。
それでは三首目にまいりましょう。
炎上っていうのはインターネットとかで不用意な発言をした人がとてもいろんな人から批判されたりして悪い意味で盛り上がってしまう事。
反応が盛り上がるんですね。
この歌では「スイッチを切るのは男で点けるのは女」だというこのざっくりとしたというかあまり的を射てないような表現この緩い表現が炎上しそうな気配がとてもするんですよね。
この方炎上っていう事をとてもよく捉えてらっしゃるなと思いました。
それでは次が四首目です。
何も書かれてないんですけれどもゆで卵のツルンとした質感のようなものが伝わってくるようですよね。
下の句「まだまだいける一人の昼餉」というのが一人の寂しさもちょっとありながらでも一人を楽しんでらっしゃるという事が伝わってとてもすてきな一人の歌だと思いますね。
昼餉ですからお一人暮らしでないかもしれませんね。
お出かけになってるという事かもしれないですね。
ゆで卵を切るのこれ楽しいんですかね?やってみようかな。
いろんな形にね。
それでは五首目です。
夫婦ご結婚されて20年30年たってくるとお互い空気のような存在になるとよく言いますけれどそれも更に超えていらっしゃるんだと思うんですね。
空気が薄れるどころか賞味期限が切れているという。
ただ「お互いに」っていうのがとてもよくて私の意識が薄れるんじゃなくてお互いの意識が薄れてっていうところにとてもすてきな長い時間関係性がうかがえますよね。
この辺水無田さんどうですか?病身に弱った自分とか老いていく自分を悲哀を持って語っている主観的な歌って結構あると思うんですけれども上の句冒頭で「お互いに」っていうところがすごくいいですよね。
まさにお互い夫婦でずっと歩み寄ってきた時間を大切にされていないとここで出てこないですよね。
いいご夫婦なんだなっていうのがしみじみと伝わってきますよね。
あ〜そうなんですね。
それでは次が六首目です。
この歌もちょっとびっくりしましたね。
よく漫画とかで勢いよく走っている人の後ろに線を引くような表現がありますがその線が見えるようですね。
「後方にいるひと気をつけて」という表現もどけどけどけっていうかすごい勢いを感じてとてもかっこいい歌でしたね。
では次七首目です。
昔の記憶というか自分のルーツですよね。
自分が物心つく前に何があったんだろうと。
この場合はその戦場で父に何があったのか?あるいは何かがなかったのかという事を考えてでも直接は聞けないなという感じでこれは一つ歴史として受け止めたい歌ですよね。
それでは次が八首目です。
この上の句と下の句の関係がちょっと面白くて上の句の「どの指の爪を切られているのやら」というつぶやきが義母を見守っている作者の方のつぶやきのようでもありあるいは義母の心の声のようでもあるんですよね。
どちらとも取れるようなこのつぶやきが最後「まどろみており」で一つにまとまっていくような形でこの作りというか上の句と下の句の関係とても面白いと思いました。
それでは次がおしまい九首目です。
これは水無田さんどう読まれました?下の句の全力の切なさがなんといってもダイナミックでポイントですよね。
日本語の特性として藤井貞和さんが以前時間の時制を表す助動詞が6種類ないしは8種類もあって時間の経過にものすごく思い入れが強いそれが日本人古代の人たち中古の人たちだったと伺った事があるんですけれども「切ない」という気持ちを太陽に向かって込めるしかも相手が太陽なので全力で日が沈んでいく。
でもまた明日全力で太陽が昇ってくるようなそんな爽快感もある非常にダイナミックな作品だと思いますね。
昨日今日明日と繰り返していく時間と今一瞬しかないこの一回性の時間というのが太陽でクロスしているような感じでとてもダイナミックでかっこいい歌だと思いますね。
「また明日も会えるだろうに」で始まるところがかっこいい歌ですね。
以上入選九首でした。
それではこの中から斉藤斎藤さんの選んだ特選三首の発表です。
まず三席からです。
牛谷亜実さんの歌です。
続いて二席です。
大坪三紗子さんの歌です。
ではいよいよ一席の発表です。
橋田蕗さんの歌です。
非常にドラマチックな歌でかつあまりにも腹が立ってむしろすっと冷静になっていく感じその冷えていく感じも伝わってくるようなとてもすばらしい歌だと思いますね。
ドラマが始まるようなねそういう歌ですね。
以上今週の特選でした。
今回ご紹介しました入選歌とその他の佳作の作品はこちら「NHK短歌」のテキストにも掲載されますので是非ご覧下さい。
それでは続いて投稿のご案内を致しましょう。
それでは続いて「うた人のことば」ご覧頂きます。
蝶々であっても隅っこの方にいてこっそりしてればそれでいいじゃないですか。
威張らなくてもね。
威張ってる蝶々と威張らない蝶々と2つあるという事なんです。
だからこの場合は威張らない蝶々もいるからそれもいいじゃないかと。
それぐらい覚悟しろと。
中国の長い旅の途中で静かな日に出会ったという事がうれしくていい時間を得たなという喜びですよね。
さて今日は続いて「選者のお話」を頂戴致します。
いつも「入選への道」でご紹介している投稿作品の改作ですけれども選者のお話の中に含んでお話をして頂く事に致します。
さて今日のお話のテーマ「ゴムがぱちーん」というお話です。
前回前々回と私の体と私の視線という2種類の私のお話をしてきました。
視線というのはテレビやインターネットを通してしまえば地球の裏側にでも行けますし過去を思い出したりしたら随分昔にも視線は飛ばす事ができる。
でも私の体っていうのは今現在ここにいる事しかできないんです。
この2つの私と体と視線との関係というのをご説明します。
この「雨が降らなかった」という短い文章がありますが実はこの文章には3つの視点が含まれてるんです。
まず第一に雨が降らなかったと思ってるって事は雨が明日降るんじゃないかなとか予想していたという事があります。
例えば一昨日だとすると明日は雨だと予想していた一昨日がまずあってその次の日に予想が裏切られて雨が昨日降らなかったという昨日があるわけですね。
更に一昨日と昨日を振り返っている今あ〜雨が降らなかったなと全部を思い出している現在。
このABCの3つの時間が含まれている。
このように視線は一昨日とか昨日とかをさまよいながら最終的には今現在ここの私の体に伸びきったゴムがぱちーんと縮むように戻ってくると。
これが日本語の基本的な仕組みであると。
そして短歌の基本的な仕組みでもあるんですね。
それが伸ばしたゴムがぱちーんと戻ってくるという事ですね。
それで吉川さんの歌なんですがこの歌ですね。
つまり2人がつきあう前の事を思い出しているんですがいろいろ昔花水木の道をつきあう前の2人が歩いていた時を思い出しながら最終的には今に戻ってきて長くても短くても愛を告げられなかったけれども実際には告げられたので今2人の暮らしがあるっていうゴムがぱちーんと現在に戻ってきているとこういう仕組みになっているんですね。
このお話に即して改作を試みて頂きますと…?この歌ですね今回は。
ポケットに干し芋を詰めてはしゃいでいたという昔を懐かしんでいる歌なんですね。
ただ「オテンバの頃」っていうくくりが額縁に入った写真みたいで今の私との関係がちょっと分かりにくいかなというのが一点あります。
ですのでこう改作してみました。
このように日が暮れるまでオテンバだったなというふうにここでゴムがぱちーんと今の私に戻ってきてるんですね。
この事によってオテンバだった当時とそれを懐かしんでる今の私というのが一つになって今の私の懐かしい気持ちを読者に手渡す事ができると。
ぱちーんと現在に戻ってくるという事を意識して頂けるとと思います。
どうぞ皆さんも歌作りの参考になさって下さい。
それではゲストにお迎えしている詩人で社会学者の水無田気流さんにもまたお話をして頂きます。
どうぞよろしくお願い致します。
まずは先ほどお作り頂いた短歌についての短いキーワードです。
こちら。
「短歌は間」という事なんですがこれを非常によく表した短歌がありますのでそれをちょっと見て頂きたいと思うんですが…。
「空庭」という歌集の一番最後に来る歌なんですがまさに短歌っていうのは音数律が限られていますので五七五七七の中に風景を切り取るという強みがすごくある表現方法なんですけれどもそれが例えば事件や事故9.11のテロ以降そういった悲惨な風景が切り取られて報道されていく事に私たち慣れてしまったんですけれどもあるいはこの間の3.11も悲惨な状況なんだけれどもそれを例えばニュース報道の人たちは映して切り取る。
あるいはそれを居合わせた人たちがスマートフォンなんかで撮って動画サイトにアップするなんて事が日常化していてどんどん切り取られていってる風景これが短歌の強みとオーバーラップしてるところが非常に面白いですよね。
この歌の中には「あれだ」というのがありますね。
「あれ」がポイントですよね。
短歌って日本間のようだって私いつも思っていてあえて開けてある空間を間仕切りしていくような構造を持ってると思うんですがそこに「あれだよあれ」っていう普通は言葉にならないものを単に埋めておくだけの言葉置き言葉ですよね。
「あれだよ」を入れる事によって構造性が逆に面白くユーモラスにあぶり出されちゃってるんですね。
あともう一つ短歌というのは現代詩との違いで考えるともともと枕ことばとか縁語とか掛けことばそういったような感じでお約束が決まっていて多くの人たちが共感共有するという契機がすごく多い言語表現様式なんですけれどもそこにそういった美的な表現様式ではなくて「あれだよなあれ」っていう時には日常的に共感を強制してしまうようなそういう言葉が立ち現れてくる事によって短歌の共感を軸とするような構造性が逆に俗な「あれだよあれ」であぶり出されてしまってくるというユーモアがありますよね。
まず短歌ってどうしても五七五七七っていう音を中身で詰めていくというか五七五七七だよっていうふうに考えてしまう方多いんですけれどもどっちかというと中身よりも器空間5つの部屋をどう埋めていくかという空間の方を捉えられているのがとても鋭いなと思いましたね。
5つの空間をつまりそのあれだってすり抜けていくような感じというか「つまりその、あれだ、」って三句目について歌人の永井祐さんという方がインチキプロデューサーみたいだねってテレビの何かこうカーディガンを羽織ってるみたいなインチキなプロデューサーみたいだねっていうような事をおっしゃってるんですけどまさにそんな感じで…。
あれなんだよなって演出してる感じなんだけど共感を強制しようとしてできないもどかしさというか9.11以降の状況を言葉が届かない感じみたいな事もそこで言ってる感じがするんですよね。
それもありますね。
面白いですよね。
「あれだ」を入れる事によって間が抜けてしまってるんですよね。
短歌の間性とか人と人との関係性そういったものによって例えば歌会批評会といったような座がありますよね。
そういった中で詠み合いそして評論し合うという座を前提にしている間がある文芸なんですけれどもそこが逆に日常的な共感の強制によって間が抜けちゃってるんですね。
だから幾重にも幾重にも短歌の構造と現代的なメディアメディアによって変わっていく言語表現とかあるいは私たちの風景に対する切り取り方や感覚というのがどんどん何重にもパロディー構造に積み重なっていくそういう面白い短歌なんですよね。
短歌の今までおっしゃってた枕ことばであったり共通のものを大切にしてきた歴史を踏まえながらそれがちょっと難しくなってきたなというちょっとメタ的な一歩引いたような感じのところを捉えてるんでしょうね。
現代詩だったら余白論とかっていろいろあって詠み手が書いたものを全て伝わりづらいような余情や余白を詠み込むようなそういう美意識とか表現技法ってあるんですけれどもそうではなく短歌というのは間。
間によって共感共有というのが言葉の共有財産やその関係性という積み重ねてきた財産が醸成されていくようなところがあるんですけれどもそれをあえて極めて現代的な状況からパロディー構造にしてしまっているといういくつにも重なった面白い表現技法になっていますね。
考えてみれば斉藤さんの作品も器という事で考えれば「あれだ」に近いものがだいぶ入ってる感じがしますが。
まぬけという事で。
いやいや。
やっぱりそういう事を意識しての作品なんでしょうかね。
そうかもしれないです。
水無田さんは例えば詩で今までの思想みたいなものを踏まえてそれを一歩外すような表現をされてるところもあるかもしれないしそういうところで立ち位置が近いかもしれないなと思いました。
鬼っ子同士お互いが。
お二人の議論は興味深くまだまだ聞きたい感じですがお時間となりました。
今日は詩人で社会学者の水無田気流さんをお迎え致しました。
大変ありがとうございました。
どうもありがとうございました。
では斉藤斎藤さん来月もどうぞよろしくお願い致します。
「NHK短歌」時間となりました。
ではごきげんよう。
2014/06/08(日) 06:00〜06:25
NHKEテレ1大阪
NHK短歌 題「切る」[字]

選者は斉藤斎藤さん。ゲストは詩人で社会学者の水無田気流さん。水無田さんは詩集「音速平和」で中原中也賞を受賞。社会学者としては「無頼化した女たち」を今年刊行した。

詳細情報
番組内容
選者は斉藤斎藤さん。ゲストは詩人で社会学者の水無田気流さん。水無田さんは詩集「音速平和」で中原中也賞を受賞。社会学者としては「無頼化した女たち」を今年、刊行した。題「切る」【司会】濱中博久アナウンサー
出演者
【出演】水無田気流,斉藤斎藤,【司会】濱中博久

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
趣味/教育 – 生涯教育・資格

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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