日曜美術館「紀州へ 長沢芦雪×井浦新」 2014.06.08

蒸し暑い台湾に暮らす人たちにとってかき氷は涼をとるだけでなく生活と共にある大切な食べ物だったんですね。
和歌山にはもう何度も訪れてはいるんですけどもほんとに毎回新鮮な姿を見せてくれて。
わ〜いいですね!いい石がたくさんあります。
豪快!かつ繊細。
そして自由奔放。
江戸時代京都で活躍した長沢芦雪。
33歳の時紀州を旅し自らの表現に目覚めました。
歴史的にも豊かな自然としてもほんと興味深い文化や歴史の宝庫なのでほんとにどんどんどんどん掘り下げていくと結局美術につながるというか。
黒潮に恵まれた本州最南端の町和歌山県串本町。
海辺には雄大な自然の造形が広がっています。
天気とかによって全然見え方がほんと一つ一つ面白い形してますよね。
何であんなふうな岩の残り方してるんだろうなって不思議ですよね。
芦雪もこの串本にやっとの思いでたどりついて陸路とあと海の方からも来てますからね。
やっとの思いでたどりついてこの立神橋杭岩を見た時はまあ間違いなくスケッチしてますよね芦雪ならすぐに。
お酒を飲みながらとか。
あの…お気に入りの立神の前行ってもいいですか。
時間まだありますか。
(聞き手)大丈夫ですよ。
お気に入り。
自分のお気に入りはあの犬の横顔に見えるものとその隣のちょっと首をかしげた円空仏を彷彿とさせるようなあの形の。
左側の大拝み岩はこうですよね。
横向いて手を合わせてるように…。
小拝み岩はこうやってますよね。
何千年とかけて何億年とかけてつくられてきた自然が作った造形ってやっぱ人の手ではそれはもう表す事できないフォルムですから。
少し怖いというかその怖さとかがきっと畏怖に変わって人はそういうものに対して手を合わすものになるのはもう必然なんだろうなって思いますよね。
あっ。
おお〜…。
何度来ても毎回驚きますねやっぱり。
冷静ではいられなくなるというか圧倒されますし。
何でしょう…絵を見に来るというよりもほんとに体で感じに来るというかぶつかりに来る感じですよね。
「見る」という行為じゃなくなるんですよ。
この龍虎に対面すると何か。
ほんとによくよく見るとものすごい細かい事たくさんやってますからね。
う〜ん…いやいいですね〜。
だって龍の顔を見ても龍の顔のとげとげがものすごい勢いじゃないですか。
ものすごい早描きでこれ筆を入れていくって考えたらもうこの龍の顔というか造形がもう完全に入って手が勝手に動いてるというかひげの辺りとかすごいし早いな。
芦雪だって最初からそんな絵が描けたわけではありません。
京都を代表する巨匠のもとに弟子入りし修業に明け暮れる日々でした。
師匠は写実の達人円山応挙。
人柄は真面目で温厚。
一方の芦雪は水泳剣術馬術音楽と多趣味多芸。
相当ユニークな人物だったとか。
そんな芦雪も絵においては応挙を尊敬し写実の技を磨きました。
孔雀を描けば今にも動きだしそうな生命力。
羽根の一枚一枚まで。
まさに真に迫る筆遣い。
「孔雀」は師匠の応挙が得意とした画題です。
応挙の筆を忠実になぞる芦雪。
ひたすら師匠の背中を追いかけていました。
転機は33歳の時。
多忙を極める応挙の代理で紀州の寺に絵を描きに行ったのです。
師匠の元を離れ自然豊かなこの地で筆を走らせました。
芦雪であればほんとにものすごいリアリティーのある龍や虎だって描けるはずですしそれこそもっと誰が見ても「あっうまい」って思えるような龍と虎なんてもういくらでも描けると思うんですよね。
でもこの2体が出てきたというのはやっぱりこの和歌山のこの串本のこの空気やこの土地の風土が芦雪をそうさせたんでしょうね。
そういう何かこう芦雪の心がそのまま映し出されてるようなそういう何か自由さ。
何だろうこの自由さはと思ったんですけどそこだと思うんですけどね。
芦雪自身の心がもう表れてるという。
いや〜自由ですねほんとに。
あ〜すごいきれいだな。
芦雪も見たんじゃないですか間違いなくこの最南端の地で。
う〜ん…いい光道が出来てるな。
芦雪は紀州を旅しながらあちこちの寺などで絵を描きました。
これは串本の寺でひっそりと保管されていたもの。
最近専門家の調査で芦雪の作と判明しました。
思うままに筆を走らせる芦雪の姿が目に浮かびます。
中国の武将関羽。
おめでたい画題としてよく描かれたといいます。
1778年から1805年までシュンキンミツテイ和尚というのがここで住職しておりました。
その時に大きな改装をしてるのでその時にたまたま串本に芦雪が来てたのでその時の祝いとして頂いたのかなという事が推察されるという事なんですはい。
住まいのようにしていた寺にはあるエピソードが残っています。
小僧さんが芦雪の絵の手伝いをしていたところうっかり紙の上に墨をこぼしてしまいました。
芦雪はというと昼寝の真っ最中。
目を覚ましやおら筆をとったかと思うと一気にある絵を描き上げたといいます。
そんな伝説の残る「群猿図屏風」。
激しく飛び散る墨の跡はもはや抽象絵画。
真っ黒な岩と真っ白な猿。
その対比が際立ちます。
もう一方の屏風には水辺で戯れる猿。
こまやかな毛並み。
表情豊かにくつろいでいます。
芦雪自身もこんな気分だったのでしょうか。
こんにちは。
ああこんにちは。
立派なそてつだ。
おはようございます。
(山本)いらっしゃいませ。
おはようございます。
よろしくお願いします。
失礼します。
おはようございます井浦と申します。
よろしくお願いします。
こちらの円光寺さんの方で芦雪の絵が残っているとお聞きしたのですけれども。
こちらに出しておりますので。
あっほんとですか!どうぞ上がっていかれますか?ありがとうございます。
これが芦雪の絵でございます。
は〜!失礼します。
うわ〜!そてつなんですね。
は〜すごい。
芦雪のそてつ。
は〜すごい…。
いいな。
ほんと生き生きしてるなそてつ。
うんやっぱここいいな。
ここすごい好き。
のってますよね。
ほんとにこう気持ちが表れてる。
墨とお水をたっぷり含んだ筆でぼかしていきながら染み込ませて染み込ませて丁寧に描いていって最後ここ。
右左右左にトルネードのように竜巻のように渦を巻きながら描いていってますよね。
でもそてつに見えるからなすごいな。
うんほんとに確かにそてつだという。
こうやって見ると芦雪の底知れない…。
もちろんその絵師としての奥行きっていうか。
何かこう…芦雪はほんとこの地を旅してよかったねって芦雪よかったねってほんとに。
そういう何か技法が変化したとかそういう小さい事じゃないと思うんですよね。
そういう事じゃないような。
そんなのは日々どんどん進化できるところなので。
もっと違う心の開放感というか感覚とかそういうのって人って表情にも出るように絵師は絵に表れますよね。
僕旅をするとその日の夜は気絶するんですよね。
それってイコール朝からほんとにフル回転させてきっと無意識なんですけどそれは何かやっぱり体も頭も心も全部使うので僕もそこは正直芦雪には負けず開放度100%超えはしています。
ほんとだったらばきっと毎回毎回の仕事がそれができたら最高な事だと思うんですけど自分はきっとそこを感じ始めたという事だと思うんですよね。
まだまだ修業が足りないですからまだまだだからこういう旅を続けながらやっぱり自分は何かをつかみ取ろうつかみ取ろうとしてるんだろうなとも思いますしだから旅は終わらない。
芦雪の心を解き放った紀州の風土。
その奥にあるものとは。
太古から人々はこの地に宿る神秘的な力に畏れを抱き祈りを捧げてきました。
2,000年近い歴史のある神倉神社。
「ゴトビキ岩」と呼ばれる大きな岩が御神体として祀られています。
毎年2月この地で行われるのが「御燈祭」という火祭り。
すごい結び方だ最後。
どうなってるんだ?あれは。
はい大丈夫です。
大丈夫ですか。
OKです。
きついですか?大丈夫です。
しっくりきてます。
まずはこの階段を上るところから行ってきます!よしつきました。
もう焦げて穴が開いてます。
子供たちの泣く声も聞こえるし男たちの興奮した…。
ほんと野性に返るような感じですよね。
内側からお〜っていう。
(一同)わっしょい!わっしょい!
(一同)わっしょい!わっしょい!この御燈祭や日本にさまざまある祭りや祭祀遺跡やそれこそ古墳とかそういう場所に行ってフィールドワークして何かを知って感じて感じて知ってそれを出してというとこにまで行ってやっとそれが流れていくというか。
ほんとそもそもはきっと縄文という文化なんですよね根っこにあるのは。
衣類とかもそうですし縄を使って作る土器や…。
子供の頃は何となくそういうものを漠然と面白いなと。
こんな三角形のおうちのなかで下土?とかいいな〜とか秘密基地にしたいとか。
図鑑やら本やらを読みあさって同じように子供の頃からそういう場所に行ってその場所で遊ぶっていう。
今みたいにメモとったり写真撮ったりとかしなかったですけど小学校の頃はでもその場所でとにかく遊びまくる。
そういうふうに過ごして何か今も結局変わってないんです。
やってる事変わってないですね。
熊野三山の一つ熊野速玉大社。
はるか昔神々に捧げられた宝物の数々が保管されています。
そのほとんどが国宝。
これは神様が使う化粧道具を納める箱。
神様が身につける飾り。
最高の職人が全身全霊を込めた捧げ物です。
「海賦裳」。
あっ海辺の景色を描いてるんだ。
デザインというか一つの図案になっていたとしても描かれてるものは浜や松や鳥自然なんですよね。
豊かな自然ってこういう文化や文明につながってくるんですよね。
これはすごいな。
いや〜これすごいですね。
全部手によって作られたものですね。
一瞬押し花かなと思ってまさか残ってるはずが…とか思ったんですけど。
よく見るとこれ…作ったんだ。
こういう手仕事を見せられるとやっぱり人間ってすごいなってほんとに思わされますよね。
芦雪も芦雪から何かを感じて芦雪だからあのような絵になってあのような生き方になるんだろうけども。
どの時代でもやはり人がしっかりと美を残してきてその美の生まれる源流には豊かな自然があって。
それは時代が縄文でも南北朝でも江戸時代でも現代でも変わらないですよね。
失礼します。
はいどうぞ。
あそこへ掛けてみますから。
ありがとうございます。
は〜…。
後ろは川ですか?いやあれはね月なんですね。
ここも月なんです。
ほんとだ!だから「梅月図」という梅と月の。
枝の線がさまざまな方向へ描かれているので躍動感あるんですけど。
いいですね何かこう緊張感を与えないほんとに何か力が抜けた静かな…。
どうなんでしょうねそれも芦雪の人柄なんでしょうか。
芦雪月夜に月見酒。
月見酒したなきっと。
面白い。
ちょっとふざけてるんじゃないのかなと思わすぐらいなこの花の「花」っていう…。
ところどころクルクルクルッて円になってそこがいいですね。
でもしっかり確かに梅の木と梅の花ですからね形が。
やっぱりそのほんとモチーフの捉え方が尋常じゃないですよね。
それか捉え方なのかなぁ…素直なのか。
見たものを心にとどめているものをほんとにそのまま手へと伝えて磨き上げた技術がもうあとは勝手にやってくれるというか。
芦雪って何かいろんなもの目をつぶってても描き上げていきそうなそういう感じにも見えてしまうんですけどね。
そんなような域に達するために日々精進しなければいけないでしょうね。
休んでる暇はないですねこれはほんとに。
梅のトンネル。
絵師でもそうだし役者でもそうだと思うんですけど経験を重ねたりよりいろんな事を知ったり学んだりすればするほどやっぱり何かをやらなくてはいけない。
いわゆるプロになればなるほど何かするものなんですよ絶対に。
でもやっぱり今回の芦雪のああいう絵のようにそれを踏まえた上でどれだけ心のままに描くかっていう絵を見てきた時にやっぱりここだよなって思うんですよね。
ほんとに何かすがすがしさっていうか作為を全く感じさせないあんな表現が自分もいつかできたらってほんと思いますから。
表現だけじゃなくて何かきっと生き方の問題だったりもするのかもしれないんですけど僕はやっぱり素直であった方が何事も何かうまくいくんじゃないのかなって思うんですよ。
学び続けながら学んだ分ちゃんと出していくという事ができる場が役者の仕事でありものづくりの仕事でありという。
だからちゃんとそこを謙虚な気持ちで素直に。
うん…ほんとに芦雪が「間違ってないよ」って言ってくれてるような。
「こっち来いよ」みたいな何かこう…。
来た。
お〜かっこいい。
ありがとうございます!2014/06/08(日) 09:00〜09:45
NHKEテレ1大阪
日曜美術館「紀州へ 長沢芦雪×井浦新」[字]

知られざる日本の美を発掘するため、井浦新が紀州を旅する。出会うのは、江戸時代、京都で活躍しながら、紀州で画風を開花させた長沢芦雪。奇想の絵師を生んだ風土とは。

詳細情報
番組内容
その土地に行くからこそ出会うことができる美がある。今回は、知られざる日本の美を求めて、井浦新が紀州・和歌山への旅に出る。江戸時代、京都で巨匠・円山応挙の弟子として活躍した長沢芦雪。応挙の代理で紀州に絵を描きに行ったことをきっかけに、自らの画風に目覚めた。芦雪を変えたのは、自然豊かな紀州の風土。大胆で自由奔放、奇想の絵師と呼ばれる芦雪の画風はどのようにして生まれたのか。芦雪の足跡をたどる。
出演者
【司会】井浦新,【語り】伊東敏恵

ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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