THE世界遺産【藤原竜也が語る「250キロ!パリに謎の地下空間」】 2014.06.08

フランスパリ
この街には地底の別世界へと続く
不思議な入り口が隠されています
例えば19世紀にパリっ子の人気を呼び
数多くつくられた…
ガラスの屋根を巡らせたこの路地の先に
小さなホテルがあります
地底世界への入り口は
ホテルの廊下の何の変哲もない扉
階段は地下に向かっていました
見えてきたのは石畳の細い道です
この通路はパッサージュをつくる前からここにあったものですつまり昔の通りの上にパッサージュがつくられたんです
人々が行き交うパッサージュ…
共同水道も残っていました
パリの地下にはもうひとつのパリがあるのです
さらに別の地下深くは壁一面が
何かに埋め尽くされていました
無数の…
今日の世界遺産は
パリの街は穴ぼこだらけ
でも贅を尽くした宮殿も街の美しさも
謎の地底世界に支えられていたのです
パリ市内を流れる
川沿いに古いものと新しいものが
混然と溶け合っています
世界遺産に登録されたのは
この岸辺およそ5キロにわたる範囲です
街の始まりはセーヌの中州…
そこにノートルダム大聖堂がそびえています
第一の発見は
大聖堂の白く輝く石
こちらと関わっていました
天井までの高さ実に33メートル
200年の歳月をかけて
白い石を積み上げました
そのためにフランス中の石工が集められました
そんな膨大な石材は
どこから集められたのでしょう?
大聖堂の建設は1160年頃から始まりました石材はパリ市内で調達されたものです
岩山ひとつないこのパリで
採掘したという白い石
意外な話を裏付ける場所を
市内の病院に見つけました
またしても地下へ通じる扉
ひんやりとした空気に包まれた階段は
深く深く続いています
ようやくたどり着いた場所は
地下およそ20メートル
この先が石切り場の跡ですよ
何と石材は地下から切り出されたのです
パリの地層は石灰岩しかも
白く輝く良質なものでした
採掘は19世紀まで行われていました
石切り場は思いの外奥行きがありました
壁面には鋭いツルハシの跡
ここは天井にヒビが入っていますねちょっと危ないなあ見てください隙間から地下水が染み出して鍾乳石ができています
延々700年にわたって
パリの地下に空洞が増え続けたのです
崩れないように石の柱で天井を支えています
地下鉄より深い場所にある…
セーヌの南にはこの地底空間が
250キロも広がっているのです
石を切り出すための坑道は
網の目のように地下を巡っています
地上には石をつり上げる巨大な滑車が林立していました
美しい石灰岩は価値が高く
公共建築や教会などにふんだんに使われました
現在ナポレオンの墓があるこちらにも
パリの石
パリ最古の橋こちらもまた
地下から切り出した石を積み上げました
これがパリの石ですよく見ると化石があるのが分かりますざっと…
(ジェリー)つまりこの街は昔海だったんです
セーヌに映える白い街は
地下の白い石が築き上げました
パリの美を支えたのは
地下に広がる巨大空間なのです
パリを楽しむちょっと変わった船旅があります
この運河は
パリに飲み水を供給するため
皇帝ナポレオンがつくった水路
何と街の地下に潜っていくのです
水門に入ると船ごとエレベーターのように下がります
高低差25メートルの昔のままの運河
やがて地下水路へ
天井の上には花の都パリ!
ところどころに光を取り込む穴がありました
何とも幻想的な光景です
およそ2時間の船旅
終点はバスティーユ広場です
運河はこの先セーヌ川へと注ぎます
世界最大級の美術館ルーヴル
第二の発見は…
ルーヴルの地下にパリの歴史が秘められていました
そもそもこの建物は
王が暮らす宮殿でした
天井には太陽神…
王は我が身を
太陽神になぞらえたのでしょうか
まばゆいばかりの金
フランス王家がルーヴルを住みかにしたのは
16世紀
中庭にはそれよりもはるか以前の建物が
埋もれていたのです
実は30年前にここの地下で大発見がありましたルーヴルのルーツが明らかになったんです
大規模な改修工事で中庭が掘り起こされたとき
地中からおよそ800年前の遺跡が現れたのです
パリの素顔は地下にあり…
姿を見せた石積みの壁は
一体何を物語るのでしょう
セーヌ川の中州シテ島は
パリ発祥の地といわれています
街はシテ島から両岸へと広がっていきました
セーヌのほど近くに痕跡が残されています
かつての貴族の館
その地下2階
これはパリを取り囲んでいた中世の城壁の一部ですかつてはこの壁がずっと続いていましたルーヴルへもつながっていたんです
シテ島は外敵の侵入を阻む城壁によって
守られていたのです
高さ10メートル厚み3メートル
それは頑丈な石の壁でした
半径1キロ足らずの城壁に囲まれた街
中央を流れるセーヌの下流側で
防衛の要となっていたのがルーヴルでした
ルーヴルの中庭から現れた遺跡は
ここが要塞であったことを教えてくれます
要塞には物見の塔がそびえ
堀までも備えていました
結果的に一度も攻撃にさらされなかったルーヴル要塞は
やがて取り壊され宮殿へと変貌を遂げたのです
これは舞踏会が催された…
まるでギリシャ神殿を思わせます
楽団が音楽を奏でたボックス席
柱になって支えるのは女神カリアティードです
こちらは国王…
宮殿はフランス王家の力を示す
きらびやかな舞台になりました
天井には王家の紋章のひとつ
ユリの花が刻まれています
ルーヴルが美術館となったのは
フランス革命の後
皇帝ナポレオンが戴冠式に使った王冠が
展示されていました
ナポレオンは諸国から美術品を奪い取り
ルーヴルに収めたのです
高級宝石店が軒を連ねる
その1軒こちらは
創業230年を越える老舗です
ナポレオンの王冠を手がけたのもこの店でした
皇妃ジョゼフィーヌは
この店をとても気に入り
数々のジュエリーを注文しました
ここで
女性達が身につけたティアラは
ショーメがつくったもの
古代エジプトやギリシャで使われたティアラは
長く忘れられていました
ティアラをつけるというのはジョゼフィーヌのアイデアでした復活したティアラは大変な流行になりました
ジョゼフィーヌが愛したジュエリー
時代とともにデザインを変えながら
今も女性達を魅了し続けています
地下に隠されているパリの秘密
中には不気味な空間もありました
闇に浮かび上がるのは骸骨
数え切れない人骨の壁です
パリの街並みが今見るような姿に整ったのは
150年ほど前のこと
これは中世のパリを再現した…
ひしめくように家が並び
衛生状態も悪く
悪臭が立ちこめていたといいます
家はセーヌ川にかかる橋の上にも…
第三の発見は…
街の美しさの秘密は
やはり地下に眠っていました
セーヌの南パリ14区
地下への入り口は街なかにあります
らせん階段を下りた先に延びていたのは
石切り場の坑道
ここでも石の切り出しが行われていました
ところが待ち受けていた門には
こんな言葉が記されています
門を抜けると
異様な光景にゾッとします
両脇は無数の人骨を積み上げた壁
およそ600万体の人骨
ここは石切り場の空洞を利用した
納骨堂だったのです
作家のパスカルやモンテスキューフランス革命当時の政治家ダントンやロベスピエールの骨もあるはずですが一体どれが誰のものだか…
パリの区画整理で
地上の墓地が潰されたとき
その多くが運び込まれました
19世紀
パリ改造と呼ばれる都市計画を行ったのは
ナポレオン3世でした
こちらには当時の資料が残されています
図面には
密集する民家を取り払い
整然とした街並みをつくるプランが
描かれていました
これは今のオペラ大通りです広い道を通すために黄色く塗られた部分の家々は全て取り壊されました
計画のとおりオペラ座に向かって延びる
通りに面した建物は高さを制限
バルコニーも一直線に並ぶように
規則で定められました
こうして近代都市に生まれ変わった街
世界の都市計画のモデルとなった
パリのセーヌ河岸は…
300年に及んだルーヴルの建設
完成させたのもナポレオン3世です
美術館の一角には彼の居室が
そのまま残されていました
レセプションや音楽会などを開いた
ナポレオン3世様式と呼ばれる室内は
見る者を圧倒します
あまりの豪華さに
「高級砂糖菓子店」と
揶揄されたとか
けれどナポレオン3世の構想がなければ
今のパリの美しさは
なかったかもしれません
優美な街並みの地下に潜む
もうひとつのパリ
謎めいた地底世界は今なお
解明し尽くされてはいません
2014/06/08(日) 18:00〜18:30
MBS毎日放送
THE世界遺産[字]【藤原竜也が語る「250キロ!パリに謎の地下空間」】

フランスのパリの地下に潜入!ルーヴル美術館 ポンヌフの橋 ノートルダム寺院 美しい「パリのセーヌ河岸」誕生の秘密に迫ります。

詳細情報
お知らせ
【遺産情報】
<遺産名>パリのセーヌ河岸 <国名>フランス <登録年>1991年 <登録基準>(