日曜美術館「ひとり“命”の庭に遊ぶ〜画家・熊谷守一の世界〜」 2014.06.08

かつて東京・池袋にあった一軒家。
木々が生い茂る庭の木陰に目をやると…。
まるで仙人のような老人が一人。
その目が見つめていたのは?雨が降って大喜びするカエル。
生き生きと鳴き声を上げるクロツグミ。
忙しく働くアリ。
これ子供でも描けそうに思うでしょうけどとんでもない。
このポーズこの一つ一つが全部もうそのものです。
この写真も庭での一場面です。
明治に生まれ97歳で亡くなるまで描きたい絵を描き続けました。
守一の絵には不思議が満載。
多くがキャンバスではなく小さな板を使っています。
一見単純明快な線と色。
見ていると温かい気持ちに包まれ想像力が膨らみます。
ひとり庭で小さな命と心を通わせた熊谷守一の世界です。
熊谷守一の展覧会が開かれている松山市の美術館。
初期から最晩年までおよそ90点が展示されています。
あぁこの絵初めて見た。
これ…あぁ〜え〜?フフッ…何だろうこれ。
本物を見るのはこれが初めてです。
変な感じ。
意表をつかれたのはサイズ。
ほとんどが縦横30〜40cmほどしかありません。
もっと壮大なすごい大きい絵だと思ってました。
…っていうところがもう既にマジックにかかってるんじゃないかなと思いましたね。
ナガオカさんがデザインした広告。
グラフィックデザイナーとしてさまざまな商品の広告や店舗デザインを手がけてきました。
1960年代に作られた優れたデザインの商品を復刻するプロジェクトでグッドデザイン賞を受賞。
「ロングライフデザイン」をキーワードに流行に左右されない長く愛されるデザインを発掘する活動に取り組んでいます。
守一が度々描いたのが猫です。
威嚇している顔でしょうか。
家にはいつも猫がいました。
飼い猫だけでなく雨戸や障子に仕掛けを作って野良猫も自由に出はいりできるようにしていたといいます。
生まれた時から目が見えなかった三毛猫。
特にかわいがっていました。
縁側で居心地良さそうに眠っています。
多分相当猫が好きなんじゃないかなって。
猫が好きっていうか自由が好きなんでしょうねきっと。
でもねやっぱりねかわいらしさっていうよりは何でしょうね。
こんな…猫のかわいらしさを感じない絵って…ハハハハ。
何だろうな…これもちょっと変な言い方ですけど僕らのデザイン業界の色の使い方にすごく似てるんですよ。
現実っていうよりもどう見えやすくするかみたいな。
町の標識みたいな発想ですけど分かりやすくする時としない時とそこにあんまり感情とかなくくっきり見えるところはくっきり見せるとか自然のものを描いてる割にそういうこう…感情をそぎ落とす感じがあるのがすごい面白いですね。
フフッ…これがあじさいですよ。
あじさい。
う〜んどうしたらいいんだろう。
普通花があってちょっとちっちゃいのがあって葉っぱがガーッとあるのがあじさいですよねうん…。
自然の表現を進化させてかわいらしく定着させた感じですね。
今風な感じしますね。
守一は70歳を過ぎた頃病を患ったのを機にほとんど外出しなくなりました。
日がな一日庭にいて草花や虫を眺めて過ごします。
夏にはむしろを敷いて横になるのがお気に入りでした。
「地面に頬杖つきながらアリの歩き方を幾年も見ていて分かったんですがアリは左の2番目の足から歩き出すんです。
アリの歩き方はただ一通りしかないのです」。
そうした観察の末絵が生まれました。
何だか分かりますか?カタツムリです。
「ただ歩くならものの2分とかからない範囲ですが草や虫や土や色々な物を見ながら回ると毎日回ったって毎日様子は違いますからその度に面白くて随分時間がかかります」。
夜になると「学校へ行く」と言って日課のようにアトリエに籠もりました。
描いても描けなくても1〜2時間。
寒い季節は冬眠と称して絵を描きませんでした。
唯一の楽しみは囲碁。
相手は妻の秀子さん。
いつも負けてばかりで横で見ていた画商さんから「あれは豆まきだ」と言われたそうです。
守一の絵をこよなく愛する人がいます。
あそこすごい。
あんなにいっぱいいる。
アゲハチョウだ。
昆虫行動学の第一人者矢島稔さん。
虫の生態を捉えた守一の目に驚かされると言います。
(矢島)こっちがシロチョウです。
モンシロの仲間。
オスとメスでつがおうとしてるとこですね。
そういうディスプレーを見ててこっちがオスでこれがメスだろうと思いますが。
メスは堂々たる…としているんです。
オスの方がこう…ちょっと小さくて。
チョウチョの場合は大体メスの方がそういう主導権を持ってますね。
それがこうパッとひと目であっこれはきっとオスとメスが出会った時の出会いの場面だなっていうのが分かりますねこれ。
矢島さんが特に気に入っているのがアゲハチョウを描いたこの一枚。
下の羽は黒。
上の羽はグレー。
ここに意外な秘密があるといいます。
(矢島)面白いと思うのは本当の羽は同じ色なんです。
なぜかこの前羽だけグレーにしてあるでしょ。
これは動きを表してるんじゃないかと僕は想像してるんです。
これは羽ばたいてるんです。
揺れてるんですね。
それをこう感じてらっしゃるんだなあと思ってます。
アゲハチョウです。
上の羽だけが激しく振動しています。
守一は一見シンプルな絵の中に命の躍動を描き込んでいたのです。
今日のゲストはデザイン活動家としてさまざまな取り組みをされているナガオカケンメイさんです。
どうぞよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ナガオカさん実際展覧会場で「えっ」と驚いたりもう…。
コメントになってませんでしたね。
いやいや。
戸惑ったりさえされてましたね。
はい。
守一に引かれるというか魅せられるところは一体どのようなところがありますか?なんかこう…僕も生活用品を売ってるお店もやってましてそれはやっぱりデザイナーだから日常生活は置いといてかっこよければいいっていう話ではなくて日常のすごく細かいところにすごく目がいっていて先ほどのVTRにもありましたけどもアリの動き方だとか動物がどうやって生活しているかとか大人だからどんどん想像力を働かせたりとかして情報にもたどりつきやすい世の中なんですけどそんな中でも原点みたいな本当に大切なものにいつも執着してるようなところがすごく好きですね。
あとは美術館とか額の中に入るという大人のスタイルなんですけど中にあるものはほんとに絵なのか絵本なのかイラストなのか絵画なのか分からないようなそういう分かりやすい図形で大人なんだけども子供心をくすぐるような。
まさにこの「あじさい」は…。
これも笑っちゃいましたね。
また笑ってますねナガオカさん。
これで何を熊谷さんは伝えたかったのかなっていう。
まるでなんかこう何ていうかう〜ん…謎かけをやってるようなそんな気持ちになりました。
それでこれで「あじさい」ってタイトルが付いてなければよかったんですよ。
まだ「あじさいかな?何かな」って想像したと思うんですけどこれで「あじさい」って言われたもんだからもうどうしたらいいんだろうっていう。
そういう何か伝えたいメッセージが多分すごく優しくて原点的なメッセージだと思うんですけどそれをポーンと分かりやすい形で投げられたような気持ちになりましたね。
あと猫を描いても普通あぁかわいらしいって思うような猫では正直ないですよね。
守一はこうした猫を描く事で何を伝えたかったのかなと。
だから僕は熊谷さんの絵はやっぱり謎解きじゃないですけども本当に伝えたいメッセージは一体何かなっていうのを探っていく感じがまるで絵本なんだけど言葉がひと言も書いてないそういうものを見てる。
しかも今いろんな震災ですごい大変な目に遭われた方とかいろんな世の中の中で今この時代に熊谷さんの絵に向き合うって事自体がもう既にすごい深い事のような気がしますね。
それは例えば具体的に言うとどのような?今の若い方ってやっぱ物を買わないんですよ。
物がいっぱいある事が幸せな時代がもう確実に過ぎていてじゃあ物と向き合う時にどうしたらいいだろうって事を皆考えて悩んでるんですよね。
そんな中ですごいシンプルで大切なメッセージに気付きなさいよって言われてるような気もしますね。
あぁ分かります。
本当にまさに守一独特の表現を見てきましたが実はそこに至るまでには守一自身の重い経験そして長い模索がありました。
夕暮れ時でしょうかとぼとぼと道を歩く親子。
タイトルは…右端は守一自身。
真ん中は長男。
持っているのは遺骨を納めた箱です。
まだ焼け跡の残る戦後守一は21歳の長女を結核で亡くしました。
家路に就く家族の姿を8年もの歳月をかけて描いたといいます。
守一のふるさとにあり多くの作品を所蔵する岐阜県美術館。
館長の古川秀昭さんです。
「ヤキバノカエリ」は守一が独自のスタイルを確立する上で大きな転機となった作品だと考えています。
私たちの社会通念からすると「焼き場」なんだよ。
家族の死なんだよ。
私たちはそんなの絶対飾らないんだよ。
いつもは富士山と日の出とそこに鶴が飛んでるみたいな中できてる一般社会からすればとんでもない絵なの。
こう形に出来ないまたは自分の手で捕まえれない生きる事と死ぬ事のとてつもない巨大なテーマを目に見える形にしようとした。
守一は二十歳の時東京美術学校の西洋画科に入学しました。
青木繁など日本の洋画界を切り開いた画家たちと共に学びます。
成績は優秀。
首席で卒業しました。
29歳の意欲作。
蝋燭の明かりに浮かぶ自画像です。
実際に蝋燭で自分の顔をともして描きました。
この作品は大きな公募展で見事入選。
画家として将来を嘱望されていました。
しかしその翌年母の死をきっかけにふるさとの岐阜に戻ります。
長い模索の時代が始まりました。
山奥で木材を運ぶ仕事をしたり鍛冶屋で道具作りを覚えたりしながら35歳で再び上京するまでほとんど絵を描かない生活を送ります。
42歳で結婚。
東京に家を持ち子宝にも恵まれました。
しかしなかなか絵が描けない時期が続きます。
貧しさの中妻から「生活のために絵を描いてほしい」と頼まれても筆を握ろうとはしませんでした。
守一の言葉です。
「まわりの人からもいろいろ責め立てられましたがあのころはとても売る絵はかけなかったのです」。
本当に描きたいと思えなければ絵は描けない。
お金の頼りは友人の援助や妻の質屋通い。
子供が熱を出しても医者にも行けない日々でした。
そんな中悲しい出来事が起こります。
次男の陽が亡くなったのです。
突然の肺炎。
まだ2歳でした。
守一は変わり果てたなきがらを前に思わず涙ながらに筆を走らせました。
しかし途中でやめてしまいます。
「描いているうちに絵を描いている自分に気付き嫌になってやめました」。
そう語っています。
今作品の修理や資料を通して独自の画風の研究が進められています。
なかなか絵が描けない中一つのきっかけになったと考えられているのが日本画です。
これは守一には珍しいふすま絵。
まあ本当に独特の熊谷守一の世界だと思いますよ。
山の形とちょっと普通に見りゃあ分からないですよね。
これが木なのかこれが葉っぱなのかそういう事よく分からないですけどもそういう心象心で感じたものを描いてるんじゃないですか。
守一は50歳の頃から親しい友人に勧められて日本画を始めました。
即興のように筆を走らせシンプルな線で草花や生き物を捉えようとしています。
このころから油絵にも太い輪郭線が現れるようになりました。
今まで洋画というこの…何ていうんだろうな歯ブラシみたいな先のそろわない筆で描いてたものから日本画の筆を持った時のあの繊細な線というものとの間の中にどこにものを表現しまたものがある。
自分がある。
生きてる命というようなものが表現できるのかみたいなのを探す。
そこに輪郭線らしきものも現れたり消えたり。
決してすっといったわけじゃないんだけども。
日本画をやった事によって必ずしも全部絵の具で塗り潰さなくてもいい。
それで未完成でもない。
そして日本画によるこの線で描くものがそれ自体がもうものの存在を表してるっていうような事も味わったかもしれない。
そして自らの画風を完成させたとも言われるのが「ヤキバノカエリ」。
妻と子供たちの写真です。
守一はまた一人大切な子供を失います。
結核を患い看病のかいもなく21歳の若さでこの世を去りました。
守一はこの作品に8年近くを費やしたと言われています。
そのスケッチです。
左の女の子は次女。
よく見ると顔には目や鼻のような線があり洋服には襟がついています。
真ん中の長男。
着ているのは学生服でしょうか。
ボタンも描かれています。
模索の末に完成したのがこの絵です。
次女の顔には目も鼻もなく襟も赤い線だけ。
長男の服も襟やボタンが単純な線に変わっています。
子供たちの半歩前を歩く守一。
顎の小さな白が年齢を重ねた父親である事を感じさせます。
長女の死を守一はなぜこのように描こうとしたのでしょうか。
男と女と…ね。
父親であり子供であり娘であり一切を含めて家族として描く時にそして世界中の人がこの絵を見て同じ自分見る人が。
だからあらゆる人が見れると思う。
ああこれはお父さんだろうな。
お骨箱持ってるのは長男だろうなといろんな思いで見るその広がりを与えてるんだろうな。
どうでもいい事はとにかくどこまで省けるかって。
現実の誰々さんの葬儀に焼き場の帰りではないものにする。
そして人間としてのテーマ。
これは守一が言わないよ。
でも絵にする絵描きとしてテーマはそこに帰結してるだろう。
見る人を感動させるもしくは見る者が楽しくなる。
そういう絵にたどりつくにはやはりこのようなすさまじい人生があったんですね。
そうですね。
絵っていうのは何回も何回も見てるうちに細かく描けば描くほど細かく何かを思い出す。
写真だったら写真のすごく描写力みたいな情報量みたいなものもありますけどもこの場合は本当に何回も思い出さないといけないけど細かい悲しみは思い出したくないぞって言ってるような。
悲しみの部分は描かないでおこうっていうような絵に見えました。
同じ「死」をテーマにしているとはいえ「陽の死んだ日」っていうのはある意味また真逆で感情をそのままぶつけてるような感じにも見えますね。
そうですね。
あれ見た時本当に鳥肌が立ちましたね。
あぁそうですか。
もう要するに普通はああいう事ですよね。
普通は自分の感情悲しい感情をとにかくその感情すら筆を通じて絵の具を使って表現するんですけどこれは本当にその対極というか。
悲しみのどん底にありながら画家としてのテクニックを駆使して一切それを感じさせないというか。
まあそれでも感じちゃったのでやはり強いメッセージがある絵だろうと思います。
本当に見れば見るほどこの輪郭線が表情豊かで長男の歩む足の一歩の動きだったり線がすごく物語ってる作品ですよね。
やっぱり輪郭線線を引くっていう事はこっちとこっちをものすごくはっきりさせるという事なのでそういう意味では背景と自分をその背景の中に実際はいるんだけど絵の中で切り離してしまうはっきり分けてしまうっていうなんかそういう微妙な時間の混沌としたところからバサッと切り離したいみたいな気持ちがあったのかもしれないですね。
境界線のような輪郭線。
そうですね。
だからこそすごくはっきりと体の輪郭家の輪郭みたいな事がはっきり出てくると思うんですけど。
強く思ってる事と細かく描く事は違うっていうようななんかそういう…。
どこで線を引くかっていうところに死で向き合って今日と明日死と生生と死は切り離す事はできないんですけどもそこを何か表現したかったんじゃないかなと思いましたね。
なるほど。
岐阜県歴史資料館に守一が大切にしていたものが残されています。
石です。
いや特に本当に日常的にどこにでもあるような石ですのでなぜこれがいいのかちょっと我々には分からないですね。
そんな好奇心から生まれた絵があります。
何でしょう?雨どいから落ちる水が瓦を伝って土へとしみていきます。
雨の日庭先に見つけた光景です。
雨。
守一は縁側に腰かけじっと庭を見つめていたといいます。
父と同じ画家になった次女の榧さん。
そんな守一の様子をよく覚えています。
(榧)モリは…あ私うちの父の事どうしても「お父さん」っていえないで「モリ」っていってんだけど。
縁側にあぐらかいていつもねじっと外見てるんですよね。
考え事をしたりして。
それで不思議なのは私なんかねお天気がいいの好きなのにねお天気嫌いなんですって。
雨の方が好きでって。
それでお天気だとなんかね天空から空青空が頭の上にこう…覆われたような感じがするんで嫌で雨の日が好きだなんて言ってましたけどね。
大好きだった雨の庭。
一枚のスケッチが残されています。
草の隣に…何やら丸い形。
枯れ木の下にも…同じような丸。
このスケッチから不思議な絵が生まれました。
水たまりに雨粒が落ちた一瞬です。
(古川)本当に見逃してしまうような壊れた雨どいから落ちる雨しずく一滴で広がる波紋だとかそういう物事とのありようの豊かさ。
その中で自分がなんとね小さなものであるか。
全部大事なものはそのままでそこらにいっぱいある。
花一つアリ一つ水一滴。
そういうようなものをやっぱり描き記したかったんだろうと思いますね。
何でもないものに果てしない好奇心を抱いた守一。
こんな言葉を残しています。
「あさ目がさめてフトンの中でじっとしていたら雨戸の節穴から朝の光が射し込んでくる。
その最初の光がどんなかなと毎日注意していたらあんな具合に見えたのだ」。
光のこんな表情を見つけた画家が他にいるでしょうか。
「夕暮れ」とか「朝のはぢまり」ってこう同心円の重なったような絵があるでしょ。
ああいうのって一見抽象風だけどやっぱりモリは具象画家だからやっぱり抽象画じゃなくて具象を突き詰めていったのがああいうふうな形になったと思いますね。
太陽が沈むんだけど自分もこれから死んでいくというような事を言ってました。
守一90歳の頃。
最晩年の自画像です。
熊谷守一の想像力と観察力。
きっと我々も…我々って一緒にしちゃあれですけど子供の頃にこういうふうに見えたものっていっぱいあると思うんですよね。
素直なものの見方という。
そうですね。
「あの人がこう言ったからこうだ」とかじゃなくて自分にはこういうふうに見えた。
それを純粋に感動して。
なんかこの絵を見てたらそれを忘れ去ってたんだなという事を思い出す事ができましたね。
この太陽の光もそうですしあとそれこそ今の時期の雨の「雨滴」のあの踊るような。
すばらしい…。
大好きです。
もうだんだん熊谷病に。
アハハハッ。
もう本当に雨粒が踊ってるようにしか見えなくなってきてるのがちょっとなんか…まずいぞっていうよりはちょっと子供に…子供の気持ちに戻れて心が浄化されたようなそんな気持ちになってきましたね。
動きを感じるというのはやはりしっかりと観察それだけしっかりと観察という事をした上でここまで研ぎ澄まされた形へと落とされてるという事なんでしょうね。
熊谷守一さんの場合は歩くよりはもう地面に寝っ転がってっていう写真もありましたがそれぐらい日常のどこにでもあるようなものに対して感動して果てしない好奇心で絵に定着されていったという事で我々それを本当にああそういう立ち止まって地面をじっと見るみたいな事をしてなかったなって。
今度田舎に帰ってやってみようかなと思ったんですけど。
そういう生活の中にある根本的な子供の時に感動したような感動をもう一回ちゃんと生きる原点に置きなさいよっていうメッセージのようにも見えますね。
まさにそれを象徴したような言葉が守一の言葉で「私は好きで絵を描いてるのではないのです」と。
「絵を描くより遊んでいる方が一番楽しいんです」とも言い切ってる。
「石ころ一つ見ていても飽きる事がありません」この言葉。
大切にしないといけない事は自然な事であって自然というのは雨は降るんだよぽちゃっと落ちるんだよとかカエルは葉っぱにいるんだよ跳びはねるんだよみたいな花は咲くんだよみたいななんかそういう逆らえないものみたいなものがあるんだよそこをやっぱり人間の生活のベースにしなさいねそこに気付きなさいねっていうようなそういう事に気付かされるきっかけにも僕は今回なりましたね。
と同時に熊谷守一という人物の生き方そのものもいやぁ羨ましいですよね。
羨ましい。
絵で例えると額縁に入らない生活。
まあ誰がどう見てもいいんだよ僕はこれが自然なんだよっていう生活をそのままやられているからこそ出てきた自然な表現。
そこに僕ら気付きたいですね。
もう今日は堪能しましたね熊谷守一の世界。
どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
2014/06/08(日) 20:00〜20:45
NHKEテレ1大阪
日曜美術館「ひとり“命”の庭に遊ぶ〜画家・熊谷守一の世界〜」[字][再]

自宅の庭で、虫や草花など小さな命を見つめ続けた画家がいる。熊谷守一。絵が描けない歳月、度重なる子供の死。長い模索の末にたどり着いたユニークな画風。その秘密に迫る

詳細情報
番組内容
忙しく歩くアリ。優雅に宙を舞うチョウ。躍動する命を、素朴な線と色遣いで描いた画家・熊谷守一。キャンバスを使わず小さな板に絵の具を塗り重ねた作品は、まるで子供が描いたような不思議な魅力にあふれている。97歳の生涯を生きた守一。絵が描けない歳月や、度重なる我が子の死など、長い模索を経て独自の画風にたどりつく。晩年は、自宅の庭で多くの時間を過ごし、虫や草花など小さな命を見つめ続けた。その世界の秘密とは。
出演者
【出演】デザイン活動家・京都造形芸術大学教授…ナガオカケンメイ,【司会】井浦新,伊東敏恵

ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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