4年前。
涙に濡れた南アフリカ。
男が初めてロングインタビューに応じたのはそれから1年後の事だった。
自分はまだまだやれると。
もっともっとすごいスピードで成長していけるというふうに思ってるんで。
これから2年後はどこにいてもおかしくないと僕は思ってるので。
必ずやりますよ。
世界一のサッカー選手になるために。
言葉どおりビッグクラブへの移籍を実現し新たな階段を上った。
有言実行の男本田圭佑スペシャル。
第2弾は独占ロングインタビュー。
雪辱を期すワールドカップ。
エースの覚悟初公開。
…事が僕の一つのターゲットですから。
(主題歌)本田はこれまでも自らの言葉で自分を奮い立たせてきた。
ビッグクラブでの戦いは惨めなものとなった。
胸の内に秘めた本音を初めて明かした。
世界一になるという夢を諦められるのか。
もがき苦しむ中でかみしめた思いがあった。
ワールドカップに挑む本田圭佑の全て。
苦難に満ちた時間を過ごす事になった本田のイタリア移籍。
皮肉にも入団会見が最もスポットライトを浴びた瞬間となった。
当時クラブは「過去20年で最悪」とされる絶不調。
本田はその救世主となるはずだった。
だが思うようにコンディションが上がらず精彩を欠いた。
期待は失望へと変わりブーイングを浴びせられるまでになった。
(ブーイング)シーズン中の4月半ば。
本田が異例のロングインタビューに応じた。
そして胸の内を明かした。
そうですね…自分自身にとっては想定内の部分も多かったんで当然ながらこの移籍を決断した時もうまくいかないだろうなという部分も分かっていてこっちに来ましたし。
実際に来てみて数字という面では本当に結果が出せなくてミランの選手そして10番としては何も貢献はできていないと言われても何も言い返す事はできないんですけどでも大事なのはそれを残すためのプロセスが僕にとっての手応えとしてはすごい大事でその感覚は日に日によくなっていってたんですね。
なので悔しい思いをしつつも我慢はしつつも不安っていうのとはちょっと違ったかなというふうには。
「もう来い」みたいな感じででも来ないと。
いやもっともっとやり続けないとなっていうその継続性だけでしたね。
手応えを少しずつ強めながらも結果が伴わない日々。
本田にとって一つだけ想定外だったものがあるという。
それはメディアからの痛烈な批判。
試合翌日の紙面には辛辣な言葉が躍った。
(本田)想像以上とすればイタリアのメディアの書き方ですよね。
イタリア語も勉強してましてその時の材料で新聞というのも素材として先生が持ってきてくれたりとかしたりした時に先生は僕にこの3か月ぐらいいい事書かれてなかったんで気にはしてくれてたんですよ。
「えっ?これ持ってきていいかな?」っていう感じで。
「いやもう全然。
どうせ悪い事書いてんのやろ?」と。
「読み上げてくれ」と。
「どういう意味や?」と。
案の定なかなか書きよるなっていうようなところ。
いや気持ちよくはないですよ。
気持ちよくないですけど反面…反面というかちょびっとですねうれしい気持ちもやっぱりあるんですね。
だってそうじゃないですか。
1試合2試合ダメでたたかれるんですよ。
自分に求めているものって高いんだなってやっぱり思うじゃないですか。
だって僕に期待しなかったら僕の事を批判する必要もないんですよ。
無視しときゃいいんですから。
メディアからの批判。
特徴的だったのは本田がチームになじめていないというものだった。
ACミランは不振にあえぐとはいえ各国のスター選手がそろう。
本田はあくまで新参者。
パスが入らず孤立する場面が目に付いた。
当然ですよね。
来て1か月2か月でお互いの事が分かるわけはないので。
ただなんとか1日でも早く本田とはこういうプレーヤーなんだと。
当然僕もみんなのプレースタイルを理解する。
そのためにしっかりコミュニケーションをとるという事をまず意識して…というふうに思いましたね。
カメラが捉えた入団直後の本田。
コミュニケーションは主に英語だった。
それから3か月。
本田はイタリア語習得のギアを上げていた。
練習はイタリア語で通しレッスンも最大で週4日に増やした。
コンニチハコンニチハコンニチハ。
アケマシテオメデトウ!本田は徐々にチームメートに近づき関係を構築していった。
ただこういう交渉事が全てうまくいくタイミングというのはゴール決めたあとからなんですね。
やっぱりそうなんですよ。
シンプルなんですよ。
海外の人っていうのは日本以上にその辺シンプルでプロセスよりも結果を見るんですね。
僕はそれが分かってたからなんとか得点が欲しかったし。
自らの存在を認めてもらうためにはゴールという結果がどうしても必要だった。
だが3か月リーグ戦ノーゴール。
これほどまで苦しんだのには明確な理由があった。
それは監督交代によるポジションの変更。
これまで本田は攻撃を中央でつかさどるトップ下に強いこだわりを抱いてきた。
味方を生かしながら自らもゴールを狙うポジションだ。
(歓声)だがチームでトップ下に選ばれたのはブラジルのスター選手カカだった。
本田は右サイドにコンバートされた。
サイドは個人で状況を打開する事が求められる。
だが本田には一人で突破するだけのスピードはなかった。
チームも勝ちから見放されサポーターからの批判は日増しに高まっていった。
背番号10を背負いながら結果を出せない本田は戦犯の一人としてやり玉に挙げられた。
「トップ下をやらせてほしい」。
監督に何度も訴えたが聞き入れられなかった。
状況が好転しないまま時だけが過ぎていく。
本田にらしくない感情が芽生えた。
やはり状況が状況だったっていう事もありますし自分の事を理解をしてもらえないのであれば出るというのも一つかなというのは考えた事があります。
ただそこで自問自答が始まるのが本田圭佑なので。
もう一人の本田圭佑が「それは違う」という事を言い始めるわけです。
大人だからこそ発生する責任だと思います。
無責任な事はやっぱりしたくないし。
自らに課せられた責任を果たすために本田がとった行動はシンプルだった。
それは監督と徹底的に話し合う事。
「トップ下をやりたい」と伝えつつなぜ自分を右サイドで起用するのかその意図を確認していった。
監督の部屋に今の段階でもう5〜6回行ってるんですけど。
もちろん監督に呼ばれたケースもありますし僕から行ったケースもあるんですけどその度に良くなってます。
だから僕のモチベーションの問題なんでしょうね。
僕が疑いながらプレーしてる時っていうのはうまくいってないんでしょうね物事が。
だから監督の部屋をノックするわけですよ。
その疑いを晴らしたいから。
それは多分どの社会もサラリーマンだろうがどこの組織だろうが一緒だと思うんですよね。
それをクリアにするためにはコミュニケーションを図って自分が納得する以外ないわけですよ。
だってクリアになってないわけですからね。
そのまま働いてても自分のためにもならないし会社のためにもならないしチームのためにもならないわけです。
3月下旬。
本田にとって転機となった試合があった。
右サイドでのプレーに理解を深めた本田に随所でパスが入るようになった。
前半だけでシュート3本。
チームで最も多くチャンスに絡んだ。
本田はようやくチームに適応し始めた。
(歓声)負け続きだったチームも5連勝を飾る。
そして待ちわびた瞬間が訪れた。
イタリア代表バロテッリのお膳立てを外した。
別に逃げたいわけじゃないんで。
批判されたくなければ移籍をしない方がいいわけです。
批判されに行ってるんです。
あえて言うなら。
だから力みに行ってるんです。
イコールそれだけ欲しいんだっていう事を自分で再確認できてるって事です。
だからいいんです。
「お前ゴール嫌いか?」って俺に言ってきたんで「いやいやお前パスゴロで出せちゃんと」って。
跳ねてて…どちらにしても僕が外したんですけど。
すごい時が止まってる感じだった。
ボールもブーンってスローモションで上に行ってたから。
「えらい時間長いなあ」っていう感覚でしたよね。
結果を出せない中でも本田は自らにプレッシャーをかけ続けていく。
4月上旬初めてイタリアメディアの取材に応じ「まもなくゴールを決める」と予告した。
(花火の打ち上げ音)その2日後に行われたジェノア戦。
チームは前半さい先良く先制。
だがその後は防戦を強いられる苦しい展開となった。
劣勢のさなか本田にチャンスが訪れる。
(歓声)縦パスに抜け出し相手をかわして勝利を決定づける値千金のゴール。
新聞での宣言どおり有言実行してみせた。
あのシーンは…そこまでちょっと考える余裕はなかったんですけど。
パッとボールが来てパッと走ってた感覚だったので。
ただ最後のシーンだけははっきり覚えてて。
何とかゴールになってよかったなと。
僕のね強い意志がそうなったんであればそれはそれで本当にうれしいなと思ってますけど。
批判続きだったメディアを本田は自らの「結果」で変えてみせた。
追い込まれたら人間生きるために死に物狂いで頑張るもんですよ。
例えば動物が泳ぎ方なんか知らなくても水の中にポンと投げたらみんな多分泳げるんですよ。
そんな感覚です。
だって死ぬもん。
ええ。
生きる力っていうのはそういう潜在能力を秘めてるんですよね。
やった事ない事もできてしまうぐらい。
だから自分ができないと思っている事ができる可能性がありますよって事を僕は伝えたいです。
間もなくワールドカップに挑む日本代表のエース本田圭佑さん。
その本田さんがプロとしてまだ駆け出しだった頃口癖のように語っていた言葉があるという。
(取材者)毎日が修行?それはどういうふうな事なんですか?その信念は倒れても倒れてもまた立ち上がる壮絶な半生の中で育まれた。
本田さんがサッカーを始めたのは保育園の頃。
憧れは…世界最高の選手になるのが夢だった。
回想「全然でけへんやん。
お兄ちゃんの方がなんぼでもうまいぞ。
負けてるぞ兄貴に」。
ずばぬけた才能はなかった。
しかし小学生ながらその行動は周りの大人を驚かせるものがあった。
リフティングをやりますよね。
相手に何回か負けますよね。
負けてもその場では帰るんですよね。
悔しい思いはしてると思いますけど。
次の週見るとね抜いてるんですよ。
「えっ?」っていうね。
「先週より今週何で?」っていう。
最大のライバルは3つ年上の兄。
負けても負けても勝つまで食らいついた。
兄が中学生になると本田さんは型破りな行動に出る。
小学4年生ながら中学校に潜り込み部活に参加したのだ。
よく泣いてたよ。
よく泣かされてましたね。
「チビチビ」言うてね。
それぐらい食らいついてたんです。
圭佑本気やったんですよね。
「先生…」。
本田さんにひかれた田中さんはあるチームを紹介した。
名選手を数多く輩出してきた名門だ。
だが才能ひしめく中で本田さんは注目される存在にはなれなかった。
当時はいい選手にはならないだろうなとは思ってました。
全然。
サッカーもそこまでうまくもないし言い方悪いですけど。
足も遅いし体力もない。
じゃあ何がうまいのかなっていう感じでしたね。
ボール蹴っては取りに行ってボール蹴っては取りに行って。
その繰り返しです。
それでも現実は非情だった。
中学3年の時上のユースチームには昇格できないと告げられた。
かつて小学校の卒業アルバムに書いた「世界一のサッカー選手になる」という夢。
それが遠くかすんだものになろうとしていた。
本田さんは悔しさを胸に一人ふるさとを離れた。
崖っぷちで飛び込んだのは北陸の強豪星稜高校。
「ここで芽が出なかったらサッカーをやめる」。
その決意で入学早々自らの目標をこうぶち上げた。
本田さんは自らにかけたプレッシャーを糧に変え新たな道を切り開いていく。
高校2年の時参加した名古屋グランパスの練習。
本田さんはそこである事件を起こす。
自分にパスを出さなかったプロ選手にキレたのだ。
高校卒業後本田さんはプロになった。
倒れてもはい上がるその歩みはそれからも続く。
21歳でオランダへ。
当初はメンタルの弱さを露呈し「役立たず」と罵られた。
だが折れずにシュートを打ち続けゴールハンターへと生まれ変わった。
(歓声)24歳で移籍したロシアではケガで選手生命の危機に直面する。
は〜…。
それでも「ケガこそチャンス」と捉えリハビリを肉体改造の場に変えた。
「夢を諦めるタイミングはいくらでもあった」と本田さんは言う。
その傷だらけの人生を支えてきた揺るぎない思いがある。
基本的にはですよ。
ゼロとは僕は言わないですけど天才なんかこの世の中にほぼいないと思ってます。
で才能の差は若干なりともあるというのも認めます。
ただ若干でしょって事を僕は言いたいんです。
ライオンとね格闘するわけじゃない。
馬とね競走するわけじゃない。
「あいつが別の生き物だ」とか「あいつだから」っていう考えは馬やライオンにすればいいんですよ。
そんな天と地がひっくり返るほどの差はないでしょ?って。
だから僕よりも才能のある選手に僕は今までも勝ってきたしなぜならそんな差はなかった。
でもその差を大きいと見るか越えられるものと見るかは自分次第なんです。
それをみんな自分の限界を決めてしまって挑戦する事をやめてしまうんです。
だから夢がかなわないなんて事になるんです。
「夢がかなう」とは僕は子供たちに言った事はないですよ。
「大きな夢を持って下さい」と僕はいつも言うんです。
なぜそれを言うか。
「絶対にかなう」っていうふうには僕は言った事一度もないしただ頑張ればかなう可能性があるわけです。
頑張るという事は自分で決められるんです。
頑張るか頑張らないかは。
だからかなう可能性をその夢をかなえる可能性があるかどうかはあなた次第ですよっていう常にチャンスはその本人本人にあった方がいいと思うんです。
ただ頑張るつもりがないなら夢はかなうわけないんです。
僕はどんな人にもどんな位置に今いる人でもチャンスはあると思う。
それを目指すかどうかは明日からじゃなくて今日決めるんです。
やれる事は今日からあるんです。
リーグ戦初ゴールの余韻さめやらぬ4月半ば。
本田は再びの試練に見舞われていた。
練習中に左足首をねんざ。
腫れがひどくしばらく試合を欠場する事になった。
ビッグクラブの一員として一歩を踏み出した直後のまさかの落とし穴だった。
あのゴールをきっかけに本田を巡る風向きは変わり始めていた。
リハビリを始めて2週間。
本田の実戦復帰はいつになるのか監督会見に注目が集まった。
足首の痛みは完全に消えたわけではない。
それでも監督は先発での出場をじきじきに打診してきた。
チームでの存在感は明らかに変わりつつあった。
練習中戯れるチームメートに物申す姿まで見受けられた。
(歓声)4月末。
本田はケガを押して先発に復帰した。
コンディションは万全ではない。
理想の自分ははるか遠い。
それでも一歩ずつにじり寄る。
後半フリーキックを巡ってカカに一歩も譲ろうとしない本田の姿があった。
(歓声)
(どよめきと歓声)
(歓声)翌週の大一番ミラノダービー。
日本人対決に注目が集まった。
だが本田に出場機会は与えられなかった。
試合終了後。
静まり返ったスタジアムで本田が一人走り始めた。
試合に出なければ体はたちどころになまる。
ワールドカップが迫る中ベストコンディションを1日も早く取り戻さなければならない。
「世界一になる」という夢がある。
(主題歌)幼いころ思い描いた夢をかなえる事はできるのか。
そのチャンスは本田自身に委ねられている。
この時間がない中で言うとですねやれる事っていうのは限られてくるんですね。
一番大事なのは今までやってきたメンバーがどれだけそろうか。
そのメンバーがどれだけのコンディションで大会に挑めるか。
で本当に自分たちが定めた目標を信じれるか。
僕はこの3つだと思うんです。
それは全世界をね「まさか」と言わせる事が僕の一つのターゲットですから。
それをずっと思い描いてきたわけですから。
あとはそれを外すんではなくネットの中にゴールの枠にですねボールを飛ばすだけだと。
それが僕が蹴ろうが人が蹴ろうがいいんですけどチームとしてどの試合も思い描いた事を実現具現化するだけだと思ってます。
インタビューの最後本田に1つの事を問うた。
全然準備してないですよ。
「プロフェッショナルとは」ですか?俺全然準備してないですよ。
ちょっと考えさせて下さいね。
うん。
いいです。
いきます。
プロフェッショナル…自分にとってのプロフェッショナルとは自分がしている仕事に対して真摯である事。
すなわち一生懸命である事。
真面目である事。
それが僕にとってのプロフェッショナルです。
真面目ってだけで十分プロフェッショナルだと思います。
2014/06/09(月) 22:00〜22:50
NHK総合1・神戸
プロフェッショナル 仕事の流儀 本田圭佑SP2014(2)独占インタビュー[解][字]
サッカー日本代表・本田圭佑スペシャル第2弾。ACミランでの苦闘、そしてワールドカップへの思い。これまで明かすことのなかった本音が明らかになる。
詳細情報
番組内容
2週連続で放送するサッカー日本代表・本田圭佑スペシャル第2弾。ACミランでの苦闘・W杯への思いに迫る。「全世界をまさかと言わせることがターゲット」「追い込まれたら、人間生きるために死に物狂いで頑張るものですよ」「ゴールを取りたいがゆえの力みは自然現象。あえて力みにいっているんです」など、本田節がさく裂。大舞台を前に答えた「プロフェッショナルとは?」も必見。
出演者
【出演】本田圭佑,【語り】橋本さとし,貫地谷しほり
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – スポーツ
スポーツ – サッカー
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
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