「NHK俳句」第2週の選者は小澤實さんでいらっしゃいます。
どうぞよろしくお願い致します。
よろしくお願いします。
今日の兼題は「枇杷」。
スタジオにも枝についている枇杷を持ってまいりましたけれども。
冒頭の句は?子どもの頃の経験から作ったんですけれど。
枇杷を食べたあとの種ってちょっと投げてみたくなって投げてみたんですね。
どうでした?そして子どもの心というのは枇杷が生えてきていつも枇杷が食べられたらいいなと思ったりするんですよね。
そのころの事を思い出してこんなふうにまとめてみました。
枇杷は本当に種も…。
種存在感がありますね。
さあゲストをご紹介致します。
今日のゲストは作家の藤野可織さんにお越し頂きました。
どうぞよろしくお願い致します。
よろしくお願いします。
藤野さんは昨年「爪と目」で芥川賞を受賞されました。
小澤さんお読みになったんですか「爪と目」?とても印象的でしたね。
細部のイメージがくっきりしていて例えば「本のしおり」というようなささいな物をくっきりと描かれているのがとても印象的でした。
ありがとうございます。
それから後半になってコンタクトレンズを失ってからの視界が歪んでくる…鮮やかな世界と歪んだ世界の対照というものがとても印象的で引き込まれました。
ありがとうございます。
ご自身もどうなんですかコンタクトレンズは?してます。
してらっしゃる。
さあ俳句ですけれども俳句をお詠みになるんですね。
そうなんです。
長嶋有さんが…。
作家の?はい。
始められた句会で参加して遊ばせて頂くようになりまして。
今では長嶋さんが立ち上げはった同人誌の「傍点」の創刊同人です。
創刊同人というのが大事になるんですよね。
ただの同人だけではなくて。
長嶋さんもおっしゃってました。
俳句の面白さどうでしょうね?どの辺に感じられますか?やっぱり小説よりも随分短い時間でパッと楽しめるというのがすごい魅力だなと思うのとそれから私が思いも寄らなかったイメージとか…人の句を見させてもらうと何か自分が思いも寄らなかった語彙とかで組み合わせでいろんな俳句があるのですごい勉強になるし自分のイメージの限界の狭さというんですかねそういうのを思い知らされてすごく楽しいです。
楽しんで頂いてうれしいですね。
はい。
ちなみに今日の兼題の「枇杷」はどんな思い出がありますか?小さい頃に頂き物とかでうちに枇杷があったら「枇杷あるよ」って言われたらすごい喜んで母にねだって切ってもらった事を思い出します。
母が切って皮も剥いてガラスの器に盛って出してくれたなというのをよう思い出します。
かぶりつくんじゃないですね。
そうですよね。
優しいお母様で。
今はいかがですか?今はもう自分でやらなければいけないので面倒くさいのであんまり…。
また後ほどご自身の俳句もご紹介下さい。
よろしくお願い致します。
よろしくお願いします。
それでは入選句ご紹介してまいります。
まず1番です。
遺影に枇杷が供えてあるんですがそれが枝のままだという事ですね。
この「枝ながら」で買ってきた枇杷ではなくて近くで採ってきた枇杷だという事が分かります。
枇杷の好きな故人だったのではないかという事も想像できます。
そうですね。
では2番です。
枇杷をもぐというと普通一つ一つの果実をもぐんですがこれは枝ごともいでしまった。
それも二階の窓から身を乗り出してもいでしまったというのが大変豪快で。
大きな木って事ですよね?ええ。
大きな枝のままという事ですよね。
その豪快さに引かれますね。
すごい私もこれ好きだなと思って。
こんな大きな枇杷の木って私見た事がないんですけどもそういうのを二階からもぐってすごいなと。
そのワイルドさに引かれます。
風景が変わっちゃいますよね。
もぐ前ともぐ後では。
では3番です。
これは不穏な句ですね。
未熟なうちにもう鳥が騒いで集まってきて啄んでしまってるんでしょう。
もう熟れた頃にはもう全く無くなっちゃうんじゃないかとそんな気もします。
では4番です。
これは楽しい句ですね。
作者は枇杷好きでお義母さんは枇杷嫌いで。
その枇杷嫌いのお義母さんの言葉をそのまま記録して楽しい句にしました。
いかがでしょう?面白いですよね。
お義母さんの愛すべき偏屈さみたいなものまで伝わってくるいい句だと思いました。
そうですね。
このお義母さんとの関係がなかなかいい感じですよね。
本音のつきあいができている感じですね。
愛すべき偏屈さ…。
(笑い声)では今度は5番です。
これは枇杷好きの方の句ですね。
デザートとしての枇杷ではなくてもう枇杷だけを食べて満腹になるまで味わったという感じが。
五個も。
五個食べないと駄目なんですよ。
そこが面白いんですよね。
五個の枇杷をいっぺんに食べるという。
いっぺんにですからね。
ええ。
そうすると初めて…枇杷を食べたという気持ちになれるんでしょうね。
枇杷好きの醍醐味ですね。
なるほど。
季節の味をもう…。
満喫されてます。
そうですね。
今度は6番です。
これは学生時代の思い出を今として詠まれているのではないかと思います。
学生同士が協力して枇杷をもいでちょっと悪さをしてる感じですよね。
学生服を着た2人の青年を僕は想像しましたけれどもあの枇杷の色によく映えるんじゃないかなと思います。
小澤さんどうですか?こういう校舎の陰ではもいだりとか?なかなかそこまではしませんけどね。
枇杷なかったですね。
校舎の陰には。
失礼しました。
では今度は7番です。
海に夕日が落ちてその夕日を浴びた枇杷が次第に甘くなるのを感じているという訳ですね。
この夕日の波動みたいなものをこの句全体から感じました。
それを受けている感じですね。
その夕日の暖かさが枇杷を甘くしている訳でしょう。
甘くなるというリフレインもうまく生きていて口の中に甘みがたまってくるようなそんな味わいがありました。
では8番です。
「枇杷の皮」というものが詩の主題になるというのは俳句くらいしかないんじゃないかなと思うんですけどね。
世界にはいろんな詩があるんですけれども。
そのささやかな皮なんだけれどもどうしようもなくこれは枇杷の皮でなければならないというところが描かれていて感心したんですけれどもいかがでしょう?私は今回の入選句の中ではこの句が一番好きで「素直に」というのがすごくいいですよね。
ただ「素直に」と書いてあってもやっぱりちょっと剥く時のちょっとした抵抗感とか広くパッと剥けた時の何かスッとする気持ちなんかが思い出されるような句だと思いました。
枇杷を食べる時の心地よさの一つが見事に書き留められてますよね。
そうですね。
本当に気持ちがいいですもんねスルッと剥けるとね。
はい。
そうなんですよね。
それを思い出せますよね。
それがうれしいところですよね。
よく伝わってきますね。
では今度は9番です。
枇杷の句ずっと一物仕立ての句が多かったです。
その中でこの句だけ取り合わせの句でそれ自体が珍しかったんですけどうまい取り合わせでしたね。
野外には枇杷が熟れていて室内ではデッサンしている訳ですね。
そのモデルのふくよかさと枇杷が熟れてきているところとがうまくにおい合っているうまい句だと思いますがいかがでしょう?これはもちろん枇杷の句ですけれども私はこのモデルさんがどこにも書いてないんですけど何かヌードのモデルさんかなというふうに感じまして枇杷と重ね合わせて。
でも枇杷と重ね合わせてるという事はなんぼふくよかといってもやっぱり日本人の体だなというふうに思いますね。
着衣モデルじゃなくてやっぱりヌードですねこれはね。
そうですね。
そんな気がしますね。
そうすると肌の色というのを枇杷の色が引き立ててるような気がしますね。
そうですね。
以上が入選句でした。
それでは特選三句をご紹介する前に「俳人のことば」をご覧下さい。
(清崎)甲州…多分塩山辺りだったと思いますけどあの辺で作った句です。
山々が連なってると。
それに対して中天には冬日が輝いてる。
その日ざしが山膚に届かない。
それがいかにも「大寒」という季節を感じさせたという事でしょうね。
清崎敏郎は2人の俳人に師事しました。
一人は高浜虚子もう一人は富安風生です。
風生は新聞の投稿作品の中から清崎敏郎を見いだし俳句の道を勧めました。
風生は敏郎の作風についてこう述べています。
「まず直感するのは『静謐』静けさの詩だという事である。
その上に作者が『明るい境地』にいる事を読んでいるうちに感じてくる」と。
(清崎)これは能登の海の風景を詠んだという記憶があります。
春田が昃るというと逆に海の方が照ってくる。
いかにも能登らしい風土だとそういう事を詠んでる訳ですね。
それでは特選句です。
まず第三席はどちらでしょう?笹川幸雄さんの句です。
二席の句です。
鈴木桃子さんの句です。
一席はどちらでしょう?丸山重司さんの句です。
「もぎにけり」最後の「けり」という切れ字が大変よく響いていますね。
「けり」の詠嘆がよく生きた一句だというふうに言えます。
以上が今週の特選でした。
ご紹介しました入選句とそのほかの佳作の作品はこちらNHKの俳句テキストに掲載されます。
俳句作りのためになる情報も参考になさって下さい。
では続きまして「入選の秘訣」です。
ここを変えれば入選していたというあと一歩をクリアーするポイントを教えて頂きます。
今日は「切る」という事の大切さをお話ししたいと思います。
こちらの句でお願いします。
具体的で面白いところを詠みましたね。
こうしてみたくなるようなところがありますよね。
柄で引き寄せて採るとうまく枇杷が採れますけれども。
内容は大変いいんですけれども表現としてこの句は切れがありません。
句の中にも句の最後も切れない。
それがちょっとだらだらとした印象がありますね。
それでこの下五「枇杷を採り」という所を「枇杷採りぬ」と「ぬ」という切れ字を使ってそして上五に持っていきましょう。
そうしますとこの「枇杷採りぬ」という事で動作の核心をまず書く訳ですね。
そしてそのあとより詳しく描写していくという形になります。
この「枇杷採りぬ」という上五をしっかり切った事によって読者の心にしかと印象づけるという変化があると思います。
「切れ」というのは非常に大切という事になりますか?俳句において最も大切な事の一つですね。
切れているかどうかという事を判断して仕上げて頂きたいです。
どうぞ参考になさって下さい。
それでは皆さんからの投稿のご案内です。
それでは今度小澤さんの年間のテーマは「季語について考えておきたいこと」です。
今日は物の季語という事でお話ししたいと思います。
季語の世界には2つ種類がありまして一つは物の季語。
もう一つは物以外の季語と物でない季語というその2つがあるんですけれども。
物の季語というのは代表的なのは今日題の「枇杷」ですね。
触る事も手のひらに載せる事もできるそういう物の季語。
物でないものというのは例えば「父の日」というような行事の季語というのは皆物ではない季語になります。
この物の季語というのは僕はとっても俳句を強くする大事なものだというふうに考えてるんですけれども。
この句をご紹介してみたいと思いますが。
この枇杷の木の上に乙女が登って枇杷をもいでそのまますすっています。
その姿が燦々と輝いているという青春賛歌のような句なんですが。
この句を私たちが理解できるのはやはり枇杷を触ってそして食べていてこの枇杷というものをよく知っているからこの樹上の乙女に自分を重ねる事ができると思うんですよね。
この枇杷というものの具体性がこの「乙女」と「自分」を一つにする事ができると。
そういう力を物の季語は持っていると思うんです。
ですからあまり意識されてないと思うんですけれども俳句を作るという時にはまず物の季語というものを大事にお作りになる事が第一歩ではないかとそんなふうに考えております。
ちなみに例えば物ではない「父の日」などの時にはどうしたらいいんですか?「父の日」などのような物以外の季語の場合には季語以外の部分で物を出すという事が句を強くする…大事な点ではないかと思っております。
「父の日」だと「父の帽子」であるとか「ネクタイ」であるとか「蔵書」であるとか「本」であるとかそういう「物」を加えるとよりしっかりとした句になりますね。
句の中に入る「物」というものを大事にする事で短い詩…俳句が生き生きとするという事。
それを今日は申し上げました。
ありがとうございました。
今日はゲストに作家の藤野可織さんをお招きしているんですけども。
最初に申し上げましたご自身で俳句を作られるという事でここで一句ご紹介頂けますか?はい。
これは阿弥陀の後ろにいる菩薩たちの天衣がいつも妙になびいてるような印象があるんですけれども。
すごいスピードを出して来てはんねんなという印象があって。
でもあれだけ空をビュービュー飛んだら寒いやろなと。
迎えに来てくれはった時にコートは配れへんけどマフラーくらいなら配れるかなと思って作った句です。
来迎図どんなものかというとこれですね。
これはちょっとだいぶゆっくり来てはるんですけど中には結構急いではる感じのやつも…。
楽しい句ですね。
ありがとうございます。
来迎図というのは何か自分にとってはるかなもののような気がしてたんですけれども藤野さんにとってはとっても近いものとしてあってそれも…25人の阿弥陀…菩薩の方々に非常に親しげに「マフラーを配りたい」というその発想が本当にすばらしいと思うんですけれども。
ありがとうございます。
びっくりしてしまいました楽しくて。
何て言うか…ちょっと死の気配みたいなものも感じられるんですけれども。
お住まいになってる京都との関わりみたいな事はありますか?自分ではよく分からないんですけれども来迎図みたいなものは確かに臨終の場面なので死そのものでもあるんですけども割とその辺にあるというか美術館なんかにはちゃんとあるんですけども身近なものだなという印象はありますね。
それ自体がすごいと思います。
小説の中でも死のイメージというのが割と出てくるような気がしましたけれども。
私の行ってた小学校が築120年のすごく古くて暗い小学校で。
昔は生徒がようけいたんですけども私の時はもうほとんどいなくなってしまって校舎の半分以上使ってなかったんですね。
だからいつも薄暗くて何か怖い雰囲気で。
いつもその時の肌触りとかちょっとした感覚を覚えていて小説を書く時にいつもそばにあるような気はしてます。
その小学校の死の気配みたいなものもずっと響いてるかもしれませんね。
そうですね。
藤野さん小説と俳句書く時にはどんな違いがありますか?小説も俳句もパッと思い浮かんだイメージとか直感とかから作る事が多いんですけれども小説が一枚の写真だとしたらその写真を小説の場合は時間をかけて細部からじっくりと見ていくという私はイメージを持っていまして。
俳句の場合は同じ写真でも暗闇の中にあってそれが一瞬ライトでパッと照らされてまた暗闇の中に消えてしまうというようなそういうイメージがありますね。
そんな俳句が出来たらいいですし先ほどの「来迎図」の句はまさにそういう一句になってますよね。
うれしいです。
自分の死の瞬間でありながらパッと広がっていくというような世界がありますよね。
ところで俳人の方の一日にすごく興味があるんですけれども。
私はいつも結構家に引きこもってずっと小説を書いたり本を読んだりしていましてあんまりその…季節を忘れてきているというか季語とかをパッと見た時にちょっとピンと来ないという事も結構あるんですけれども俳人の方はやっぱり季節をすごく大切にしてらっしゃるのかなと。
そうですね。
やはり季節のものというのは大事にしていて枇杷1つ大事に食べるみたいなところありますね味わって食べる。
即は俳句にはしないんですがいつか俳句になるんじゃないかなというために季節季語は意識して生活するという事はしてるつもりです。
やっぱりそうですよね。
ええ。
今日は京都からお越し頂きまして京都も自然豊かですからこれからも親しんで小説もそうですが俳句もまたお作りになって下さい。
今日は本当にどうもありがとうございました。
今日は藤野可織さんにお越し頂きました。
ありがとうございました。
小澤さんまた次回もどうぞよろしくお願い致します。
よろしくお願いします。
2014/06/11(水) 15:00〜15:25
NHKEテレ1大阪
NHK俳句 題「枇杷(びわ)」[字]
選者は小澤實さん。ゲストは作家の藤野可織さん。「爪と目」で芥川賞を受賞した藤野さん。俳句は暗闇の中で一瞬ライトをあてられてすぐまた闇に消える写真のようだという。
詳細情報
番組内容
選者は小澤實さん。ゲストは作家の藤野可織さん。「爪と目」で芥川賞を受賞した藤野さん。俳句は暗闇の中で一瞬ライトをあてられてすぐまた闇に消える写真のようだという。【題】「枇杷(びわ)」【司会】桜井洋子アナウンサー
出演者
【出演】藤野可織,小澤實,【司会】桜井洋子
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
趣味/教育 – 生涯教育・資格
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音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
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