くらし☆解説「遺跡から探る日本人と温泉」 2014.06.12

生字幕放送でお伝えします岩渕⇒こんにちは。
きょうは遺跡から探る日本人と温泉というテーマです。
担当は柳澤伊佐男解説委員です。
古代人とお殿様がお湯の中につかっていますね、何か意味があるんですか。
柳澤⇒古代人は聖徳太子、お殿様は豊臣秀吉のイメージです。
聖徳太子は、松山市の道後温泉、豊臣秀吉は神戸市の有馬温泉を訪れたという古文書の記事などがありましてそれぞれ温泉の歴史と関係が深い人物といわれています。
こうした昔の人々と温泉がどのような関係にあったのか遺跡の調査から探ろうというのがきょうのテーマです。
まずは聖徳太子が訪れたという説もある道後温泉の遺跡をご紹介します。
遺跡が見つかったのは道後温泉の共同浴場、道後温泉本館のすぐ近くです。
9年前の調査で、平安時代から室町時代にかけての池の跡が発見されました。
画面で示しますとこちらの図になります。
上から見た図ですね。
地層の堆積状況から4つの時期の池があったと考えられています。
時代とともに小さくなっていますね。
最も古い池の底の土は7世紀の飛鳥時代に堆積したと考えられています。
分析した結果、通常の値の100倍を超える硫黄の成分が検出されました。
また土の中のケイソウと呼ばれる植物プランクトンを調べますと今の道後温泉のお湯と同じアルカリ性の水がたまっていた可能性があることも分かりました。
温泉水がたまっていた可能性があるんですね。
次をご覧ください。
古代の歴史書「日本書紀」の記述からも分かります。
赤で囲っている部分を注目してください。
伊予温湯宮と書いてありますね。
飛鳥時代の舒明天皇が道後温泉を訪れたという記事です。
同じ時代の別の天皇も静養のため道後温泉を訪れたという記述もあります。
飛鳥時代から温泉があったかもしれないということですね。
また中国の歴代の皇帝が温泉源の近くに宮殿を造っていたということも分かっていて研究者の中には、この池が天皇が訪れた温泉施設の一部だったかもしれないと考える人もいます。
昔からの温泉地を発掘すれば温泉の遺跡が出てくる可能性がありますね。
古文書などでは分からなかった温泉の遺跡が発掘調査で初めて見つかったケースもあります。
神戸市の有馬温泉です。
昔からの温泉地として知られ、太閤豊臣秀吉も湯治にたびたび訪れたといわれています。
この銅像は豊臣秀吉です。
秀吉のために造られたと見られる温泉施設の跡が発見され話題になりました。
この写真は、当時の発掘調査の様子です。
阪神・淡路大震災の2年後大きな被害を受けた寺の建物の下を発掘したところ石を積んださまざまな温泉の遺構が見つかったんです。
赤く見えるものも温泉の遺構なんですか。
赤い堆積物は酸化鉄、サビなんです。
有馬温泉のお湯に含まれる成分で底の石にべっとりとついています。
そのまま残っているんですね。
たまっていたお湯の深さは6cm前後と推定されています。
お湯が出ていた泉源と見られるということなんです。
また蒸し風呂と考えられるものも見つかっています。
左側の細い線。
溝のようなものですね。
地下に埋められた管の跡のようです。
この遺構の上に人が入る小屋のようなものが建てられていたと考えられています。
今でいうサウナのようなものなんですね。
さらに岩風呂と見られる遺構も見つかっています。
1辺の長さがおよそ2m、深さは60cm余りなんです。
また真ん中の岩には上からお湯が流れ下りたような跡があります。
湯船に腰を下ろして岩にもたれてつかったということはあったかもしれませんね。
蒸しぶろや岩風呂、さすがは秀吉の温泉施設という感じですね。
この遺跡の上には資料館がつくられています。
そのままの形で保存された岩風呂や蒸し風呂などの遺構を見学することができます。
豊臣秀吉は分かっているだけで9回、有馬温泉を訪れたといわれています。
温泉のある別荘を造ったという記録はありましたが具体的な場所や構造は発掘調査で初めて分かったということなんです。
温泉の歴史を研究するために遺跡の調査は非常に重要なんですね。
そうですね。
最新の研究成果として注目されているのが山梨県にあります。
こちらがその遺跡です。
山梨県庁の敷地から発見されました。
ここは江戸時代、甲府城の中にあり県議会の施設の建て替えに伴って、ことしの2月から発掘調査を行ったところ人工的に石が積まれた当時の遺構が見つかりました。
その中でも注目されたのが黄色い範囲です。
縦横およそ5mその中に、1つの大きさが20cmから30cmの石が敷き詰められていました。
注目していただきたいところを大きくしました。
何か見えませんか。
黒く線のようなものが。
これは水がたい積していたたまっていたあととみられているんです。
高さといいますかそれが20cmぐらいでこの黒い線のところまで水がきていたのではないかと考えられています。
こうした石に残っていたのが一部なんですがやはり同じような石の周りを囲んでいたと考えられていて水を蓄えていたのではないかと考えられています。
温泉というのどういうことでしょうか。
その手がかりはこの絵図にあります。
これは江戸時代前期、17世紀中頃の甲府城の様子を記したものです。
今回の発掘現場にあたるのがマルで囲まれている部分です。
お湯という文字と書かれていて復元模型で見ますとやはり丸で囲った部分になります。
文献には甲府城の中で温泉が湧いていたという記述があります。
こうしたことから今回見つかったのは温泉施設の可能性が高いと考えられています。
当時はどのように使われていたんでしょうか。
たまった水の深さを考えますと、肩までつかる施設ではなさそうです。
20cmでしたからね。
その一方で足湯のようにつかっていた考える手がかりもありません。
ただ底の部分に水を抜くための溝のようなものが残っていたと考えられていましてそうしたことから湧き出た温泉をためる施設の可能性があるということです。
当時の文献の中には、甲府城の温泉は、かっけや目の病気に効くと書かれたものがあります。
このため、温泉の水は病を治すために使われたのではないかと考えられています。
これからどういう温泉の遺跡が見つかってくるのか、非常に楽しみですね。
これまで見てきましたように温泉の遺跡からは文献の記述では分からない温泉施設の具体的な姿を明らかにすることができます。
またまだ見つかっていませんが記録のない、はるか昔の遺跡で人と温泉のかかわりを考えるうえで、多くの手がかりがありそうです。
日本人の温泉好きがいつから始まったかということを考えるためにも温泉考古学の今後の成果に期待したいと思います。
柳澤伊佐男解説委員でした。
次回のテーマです。
スイスに本部がある国際資源保護連合は、12日ニホンウナギを絶滅危惧種に指定しました。
担当は、合瀬宏毅解説委員です。
ぜひご覧ください。

(テーマ音楽)2014/06/12(木) 10:05〜10:15
NHK総合1・神戸
くらし☆解説「遺跡から探る日本人と温泉」[字]

NHK解説委員…柳澤伊佐男,【司会】岩渕梢

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【出演】NHK解説委員…柳澤伊佐男,【司会】岩渕梢

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