「アンパンマンこどもミュージアム」は全国に5ヵ所あり、神戸は去年4月にオープンしました。
毎日、アンパンマンが登場するステージなどが楽しめます。
大竹さん家族には年間パスやアンパンマンの大きなぬいぐるみなどが記念品として贈られました。
(黒柳)なんてお懐かしいとお思いの方いらっしゃるでしょう。
29年ぶりのご出演です。
かつては『水戸黄門』だとかに時代劇がお得意でいらっしゃいましたのでずっと時代劇とか出てらしたんですが今なんとクロアチアで一番有名な日本人におなりなんです。
山口いづみさん今日のお客様です。
色々なお話伺うのとても楽しみでございます。
29年前の『徹子の部屋』のビデオもございます。
よろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
今日も奇麗な和服でおいでくださいました。
これは紗が上になっていて下に絽を着て…絽紗?絽紗というものだそうです。
すごい今の季節にねぴったりの…。
6月限定だということで。
あっ6月限定。
すごいですね。
下にお召しのものが絽でお模様がついていて上に紗がついているという。
アジサイがこう…。
アジサイなんですねそれ。
透けて見えるというね。
ええ。
奇麗ですね。
どうも素敵な…。
ありがとうございます。
おみ帯もそういう夏ので奇麗。
29年ぶりにお出になるので前がどんなだったかってね前の29年ぶりをちょっと…。
あるんですか?29年前のがございますのでちょっとビデオ皆さんご覧ください。
このような方でした。
あっ!若い!「時代劇をすごく長くやってるっていう印象が強いらしくて」「それでよく道なんか歩いてたり車を運転してたりするとあっほら時代劇のお姫様よ!って言うんです見てる方が」「お姫様が運転してるって?」「そうなんです。
で必ず…地方なんか行くことがあってもおばあちゃまたちがほら『水戸黄門』のお姫様よ!って言うんですね」「だけど私お姫様の役ってやったことないんです」「皆さんよく東映の昔の時代劇の方もねお姫様女優ってみんな呼んだんだけど私も1回ぐらいしかやったことないのよって仰る方よくあるんですけどどういうんでしょうねあれは」「だからどういうのかなって私も思って…」「いつも忍者とかね。
でたった一度お姫様らしきものをやったことがあるんですがそれがでもじゃじゃ馬姫であんまりこういう絢爛豪華な格好はさせていただかなかったんです」「いつも袴はいてポニーテールしてね馬に乗ってるんですよね」「それ面白い役ね随分」お姫様おやりになったことないのにお姫様女優ってずーっと言われてらしたんですってね。
あんみつ姫みたいな格好がしたかったんですけどお姫様の役がやっと来たと思うと馬に乗って刀差して走り回っちゃうような…。
忍者とかだったんですってね。
そうですね。
もう忍者の役もやって屋根の上走り回ったり。
でもあれでしょ助さん格さん助さんの奥さんを10年ぐらいおやりになった…。
そうですね。
『水戸黄門』で志乃さんという役でお家騒動を解決していただきに頼みに行ってそこで助さんと出会って恋に落ちて。
その時助さんどなたの時でした?里見浩太朗さんです。
助さんが里見浩太朗さん。
黄門様になる前の。
後にね黄門様です。
里見浩太朗さんの奥さん。
はい。
そういうことでいつの間にかお姫様女優っていうふうに言われてらした。
でどうしてかと思ったら…。
それで運動神経もあんまりよくなかったんですって?もう本当に立ち回りとかが…。
そういう潔い勇ましい役が多かったので結構立ち回りとかも多くって本当練習させられたんですけどなかなか上手にならなくて。
そうなんですって。
それで忍者の役とかも多かったんですって。
どうしてかといったら里見浩太朗さんが「ベスト3の中に入ってるよ」って仰ったんですって?なんか。
なんか…隠密同心の役をやっていつもこう屋根の上を走り回ったり悪党を退治したりする役をやってるうちになんか…「いづみちゃん…制作会社に行くとね立ち回りできる女優のベスト3に入ってるよ」って。
キャスティングが楽なように立ち回りできる女優みたいのでランク付けがされてるみたいで。
もう本当にそれを頼りに色んな仕事が来たものですから本当に困りました。
そうなんです。
本当はそうじゃないのに。
そうなんですよ。
立ち回りのうまい女優さん忍者みたいなのとか立ち回りがいいっていうことをナンバー3に入ってるっていうことを里見浩太朗さんが仰ってそういうふうにされていたのでそういう役をねたくさんおやりになることになって。
元々原宿生まれで原宿育ち。
すごいですよ皆さん。
原宿って今一番すごいにぎやかなとこですけど。
昔はそうでもなかったですけどね。
そうですね。
最初は住宅街でしたね。
でも小ちゃい時…生まれ育ったんですけどもキデイランドって今表参道に…。
ええ。
おもちゃ屋さん。
あそこで幼稚園の頃遊んでましたので。
そうですか。
あの辺に川なんかありましたよね。
ありました。
渋谷までつながってる川ですね。
これはあなたがどちらですか?えーと大きいほうですね。
あっそうなの。
妹さんがいらしたの?はいそうですね。
そうですか。
でまあそういうふうなそこでお育ちになったんですけども。
でもやっぱり『皇女和宮』はおやりになったんで。
そうですね。
これはお姫様でしたね。
私小さい時からお姫様がやりたくってやりたくってテレビに出たいテレビに出たいって言ってましたら母があんまり面倒くさくなったみたいで近所にあった児童劇団に入れてくれたんですよ。
それでほんのわずかその児童劇団にいてコマーシャルとかあと少女雑誌のモデルさんとかをやらせてもらってたんですけども。
まあ1年か2年そのぐらいしかやってなくて。
で普通に学生をしてたんですけどもやっぱり諦められなくって。
どうしてもお姫様になりたいと思って。
で遠縁の…まあ血はつながってないんですけど親戚にそういう番組の制作会社をしてた人がいたのでそこに頼んでもらって何でもいいからちょっと出してもらえないかしらって言ったら今度やるドラマで皇女和宮の役があるからっていうことでそこに練習がてら出てみたら?ということで出していただきました。
もうすごくうれしくて皇女和宮おやりになって。
あれは本当お姫様ですからすっかりお衣装も奇麗で素敵だったんですけどなんかセリフが…。
すごいこれおかしい。
めったにないことだと思いますよねこういうのね。
すごいショックだったんですよ。
当時は…今もう本当に同時録音ですけども結構画像だけを撮って後からセリフを入れるっていうアフレコの…まだ時代で。
そのドラマもそうだったんですね。
それで私はもう完全に自分がセリフをちゃんと言わせてもらえるもんだと思ってたらアフレコになったら代えられてしまって。
お顔はこの方なんですけどセリフがちょっとどうも…っていうんで。
本当だったらあなたのセリフでね。
あまりにもひどかったんですね。
そうらしくて…。
本当に経験もなかったですし初めての時代劇でたぶんだいぶヤバいという…。
だからお顔はとっても皇女和宮によかったんだけどきっとセリフ回しがどうも…っていうんでそこで外国の映画でもないのに吹き替えだったんですってね。
完璧な声優さんがセリフを…。
びっくりなすったでしょ?びっくりしました。
放送の時ね。
だから本当にあの…知らない方は皆さん私はああいう声だと思ってすごく可愛くて奇麗な声だったんですよ。
でもまあよかったですねきっとねでき上がりはね。
結果オーライだったんですねきっと。
でもまあ渡辺プロなんで当時はもう全盛を誇る時代でしょ?もうクレージーキャッツは全部いって。
もう…全部ほとんどの人が渡辺プロっていう時代で。
『若い季節』って私やってましたけどね。
あの頃だって全部…ほとんどが渡辺プロっていう時代にあなたも渡辺プロでいらして。
はいそうなんです。
三人娘で売り出したいというふうに渡辺プロでは思ってらしたんですって?ちょうど小柳ルミ子さんと天地真理さんがもう本当にヒットしてて大人気だったんですね。
そのあと私が入れていただいたものですから私は女優志望だったんですけれどもあなたもそれに乗っていきなさいっていうことでデビューすることになったんですけれども。
天地真理小柳ルミ子山口いづみ…今日の方ですね。
今日の方…。
これで三人娘で売り出そうと思ったんですけど。
あと中尾ミエさん園まりさん伊東ゆかりさんの三人娘もあったんですけど同じ渡辺プロで。
そうじゃないのが出したいと思ったんですけどどうもこの…っていうのでそのレコードがありますのでちょっと聴いて…『緑の季節』。
ご本人もあんまり歌うの好きじゃなかったそうですけど。
でき上がりは私も聴いたことないんで楽しみ。
『緑の季節』というのを…。
「あなたがすべてと言う前に」「歩いてみたいの少しだけ」「風に吹かれて考えが」「変わるわけじゃないけれど」でも全然変じゃないじゃないですか。
変じゃないですか?変じゃないですよそんな。
本当にこういう春時になるとこの曲よく今でもラジオから流れてくる…『緑の季節』っていうタイトルなので。
だからタイトルがいいのでね。
いやいや…お恥ずかしい。
でもこういうのをお出しになったりしたんですけどあなたは女優がやりたいんだっていうふうにいつも仰ってらして。
歌は練習も全然しなくって事務所に入って流れで歌うことになってしまいましたのでやっぱりどうしても居心地が悪くって。
やっぱり女優さんになりたいなと思ったので…。
でもNHKの…今のじゃなくて内幸町のですかNHKホールにてんぷくトリオやなんかと一緒に歌としてあなたがお出になる時なんか短いスカートはいてバッとお出になったらそこでなんか滑ったんですって?そうなんですよ。
この時アイドルだったので本当にミニスカートでいつもレースのヒラヒラのお洋服だったんですね。
それで床にアクリル板っていうんですか?敷いてあって。
たぶん前のコントかなんかでお水を使ったんじゃないかと思うんですね。
それでジャーン!と鳴って前奏が始まって出てった途端にサーッと足が滑って…。
全盛誇る渡辺プロはハナ肇さんたちのクレージーキャッツもそうですがもうドリフターズも出てきて。
そうですね。
志村けんさんがまだ入られる前…。
前ですよね。
あと沢田研二さん森進一さんとか布施明さん。
歌手の方もいっぱい。
女性もいっぱい。
小柳ルミ子さん天地真理さんとかね三人娘。
ピーナッツさんもいらっしゃったし。
そんな最中に森進一さんの『襟裳岬』が大ヒットして。
あの頃大ヒットするとそれに関係あるような映画を作ってたんですって?歌謡映画っていうんですかね。
よくありましたね。
あなたお出になって…『襟裳岬』。
この時は主演で?はい。
限りなくバーターですね森さんの…。
でも1975年っていうから随分古いんですけどその映像がありますのでちょっと見ていただくんですけど。
原宿をあなたが歩いていらっしゃるところを遠いところから撮ってるので周りの人わからなくてその間にあなたのことを勧誘…何ていうの?スカウト?スカウトしようとした人がいたりしたんですってね。
そうなんですよ。
カメラは遠くから撮ってるので。
助監督さんは近くにいるんですが用意スタートでみんな隠れるじゃないですか。
私田舎から出てきた女の子の役でお針子さんで大きな紙袋と風呂敷包みか何かを持ってたったたった歩いているところに寄ってきて「タレントになんない?タレントになんない?」ってよっぽど田舎から出てきた…。
撮影してるのに?その遠くから歩いていらっしゃるところが映っている『襟裳岬』。
ちょっとご覧いただきます。
あるので。
ここですね。
これですね。
あなた今そこに首に水色のもの巻いてらっしゃるのあなたですね大きな荷物持って。
マフラー巻いてる…。
マフラー巻いてる女の子…。
これでスカウトされるんでしょうか…。
「襟裳岬って素敵なところでしょうね」「うん…」「一度行ってみたいわ」顔むくんでますね。
そうかしら?「私が行くって言ったら連れてってくれる?五郎さん」「うん」「東京で何かあったのか?」ハナちゃん!はい。
渡辺プロがいっぱい出てますね。
「お前のうちなんだから遠慮なんかすることないんだぞ」懐かしいです。
ねえ。
あら?これは恋人が死んでしまい…。
恋人が…。
それで結局襟裳岬…。
襟裳岬に行って寒い…。
本当に襟裳岬なんですか?ここ。
そうなんです。
えー!こういうとこなんですか。
もう何もなくって。
本当だ。
“えりもの春は何もない春です”って。
本当にそのとおりですね。
「五郎さん…」「五郎さん!」寒そう!寒そう。
あそこ襟裳岬ですって皆さん。
襟裳岬って初めてちゃんと見ましたよね私。
いつも森進一さんの歌ってらっしゃるので「何もない春です」って…あそこ本当何もないですね。
あそこまでいらして…。
じゃあロケはちゃんとやったのねそれじゃ。
はいそうですね。
1週間ぐらいいたでしょうかね。
そういう女優さんやってらして色んな…懐かしい思い出があると思うんですが。
なぜ今クロアチアでこの方がそんなに有名なのかっていうとこれからが面白いんですけど。
クロアチアって私も前に行ったことあるんですけど…。
いらっしゃったことあります?奇麗なところですよね。
特にあなたがいらしたドブロブニクっていうとこはあそこは世界の…いわゆる奇麗なところの1つで…。
ものすごく皆さんこれ面白いので…。
ちょっと複雑なんでちょっとコマーシャル挟みますね。
クロアチアの話です。
さて山口いづみさんは結婚なさいましてお子様お二人男の子を育ててその子たちも随分大きくなった5年ぐらい前にですね暗い過去は葬ってちょっと歌を歌おうかって36年ぶり?もう全然そんなこと考えてなかったんですけどたまたまお友達に誘われてお医者様…本業がお医者様の方がシャンソンを歌ってるっていうディナーショーに行ったんですよ。
そしたらなんか…本当に歌手の方じゃないのにすごい楽しそうにそのディナーショーをやってらっしゃって。
あっこういう形の歌っていうのもあるんだなと思ってちょっとやってみようかなと思ったのがきっかけで。
そうです。
それでやろうと思ってお歌いになろうと思った歌がクロアチア語で歌ってる人のシャンソンみたいな…。
そうですね。
色んな国の言葉をその国の言語で割と歌ってるんですけども。
知人がクロアチアとかにお仕事に行くっていうことがあったのでクロアチア語の歌ってどんなのだろうと思って。
CDを買ってきていただいたんですけどもそれを聴いたらとっても素敵な曲が1曲あって。
これって歌ってみられるかなと思ってクロアチアの方に片仮名で全部歌詞を書き出してもらって。
でもそれ元々30年ぐらい前に歌われたものだったんですって?たぶん…基の歌を歌ってらっしゃる方っていうのは私と同じぐらいの年齢の方で。
スプリットというクロアチアの町にあるミュージックフェスティバルでグランプリを取った曲で。
日本でいうと『上を向いて歩こう』みたいに国民誰もが知ってる有名な曲らしいんですね。
スプリットってちなみにドブロブニクってすごい世界的な…。
それこそあれユネスコの世界遺産になってますよね。
あそこから自動車でずーっと行って奇麗なところ行って飛行機に乗るところがスプリットなんですよね。
海岸べりを行ったところのね。
とても奇麗な町ですけれども。
でその…メリさんっていう方が歌って30年ぐらい前にお出しになったCDを手に入れてそれを歌ってらっしゃるところがありますのでそれが…あなたがね。
ライブで歌った…。
ライブでね片仮名でお書きに…。
…なって必死に覚えたという。
それがね…。
まあそれちょっととにかく聴いていただいていいですか?それがありますので。
「Srukomzarukusucetiristaduna」「mojisedanikrozvrimevuku」「Staduni,stadunimoji」「staduni」っていうのが「季節」っていう意味みたいなんですね。
『四季』っていう歌なんですね。
「cetiri」っていうのが「4つ」っていう意味だと思うんですけど。
「staduni,stadunimoji」「ilipolito,vedroisritno」「Dokjesenstareliscenastazi」「rukemistiscuodzimemrazi」でもどういう内容なのか随分同じ『四季』っていうのもなんか悲しげな感じに…。
そうですね。
人間の人生を四季に例えてて春は楽しくって明るい毎日だけれどもだんだん夏を経て秋が来て冬人間が枯れていくっていう…最後枯れていくっていう人生に例えたような歌詞…。
とってもなんかしみじみとした…。
であなたがちょうどいいお声で。
昔は『緑』のあれがどうであれ…。
どうであれ…。
お歌いになりたいっていう時にお歌いになったのがこれだったんですが。
なんと驚くまいことかこれがYouTubeでものすごくクロアチアの人たちが見たんですって?そうなんですね。
検索先みたいなのがYouTubeだとわかるので。
そしたらもうクロアチア国内とか本当にあの…東欧のほうの国から皆さん見てくださってたみたいで。
そうしたらこの基の歌を歌ってるメリさんが「日本人の女優が私たちの国の歌をクロアチア語で歌ってる」っていうことを国営放送でお話しになったみたいなんですね。
それがきっかけでみんながどんなんだどんなんだっていって検索をしてくださったみたいで。
とても珍しがられて。
そこまでで普通話は終わるんですけどあなたちょっと面白いからクロアチアっていうとこ行ってみようかとお思いになったんですってね。
あんまりなんか話題にしていただくのでクロアチアからこんなにYouTubeを見ていただいてるんだったら一度ぐらい行ってみないとやっぱりそれは失礼なんじゃないかと思いまして。
しかも平和が来ててね全部どこも通れるようになってたんで。
で行ってみましたらあの…。
3年ぐらい前?そうですね。
3年ぐらい前ですね。
まずドブロブニクに行ったんですけど…。
あそこはリゾート地でね奇麗なとこ…。
夜着いたのでちょっと景色も何もわからなかったんです。
朝起きたら「ちょっと取材が来るのでロビーに下りてきてください8時に」って言われて。
早い。
取材か…と思ってお化粧して。
私観光気分だったもんですからそんなにお衣装とか何も持ってなかったんですけど一応お化粧して皆さんにお会いしてもいいようにと思って着替えて行ったらもうテレビカメラとかが並んでて。
すごいですよね。
これだって随分ですよね。
はい。
このあとまだ色んな方が集まってきて…。
で「えっ?違う」。
私クロアチア語もできないですし…。
私観光客ですっていう。
困ったなと思ったら…。
それこそ国営放送のニュースが来たりとか。
「困ったな。
それほどじゃないんですけど」っていう感じだったんですけど。
でもすごく皆さんに…。
歌ってくださいって言われなかった?その日の晩ライブがある…向こうの民族楽器みたいなものを使ったライブがあるのでそこで1曲歌ってくださいって言われて結局…。
あっこの写真。
これそう?あの方たちはもうクロアチアではすごく有名なバンドらしくって。
それをバックに従えて歌うのはとんでもないことだって日本帰ってきて言われました。
そうこうしてるうちに本当に初めにお歌いになった歌手の方がなんかいらしてくださったんですって?そうですね。
スプリットでお待ちしてますということでドブロブニクの後に。
あっこれ。
メリ・ツェティニッチさん。
はい。
メリさんが来てくださって。
すごい。
ちょっと雑誌の取材なんかも入ってたので一緒に取材させて…。
あっこれ…。
雑誌をお持ちになって。
どんな…。
これはあちらの情報誌みたいなものらしいんですがこれはクロアチアでちょっと撮らせて…。
あっでもあなたすごく可愛い。
いいですか。
ここのところに「IzumiYamaguchi」って書いてあってここがあなたで。
えー可愛い服。
でも全然わかんないねこれ。
新聞にも出たんですか?これドブロブニクですかね。
あっ本当だ。
でもねあいにく何て書いていただいてるかがわかんないので…。
うーんそうですね。
残念なんですけれども。
どなたかねわかれば。
えー。
でも素晴らしいことになりましたね。
思いがけない。
そうですね。
人生ってね。
山口いづみさんは28歳の時にご結婚。
証券マンの方とねご結婚になって。
お子さんが大きい…26歳と二十…。
26歳の息子さんは山口賢人…。
はい。
役者をやらせていただいていて。
そうなんですね俳優さん。
こういうハンサムな俳優さんで。
今度一緒になんか映画にお出になるって?そうなんです。
たまたまなんですけれども来年封切りになります松竹の配給の映画で『種まく旅人』という映画なんですけども。
それで25のほうの息子さん…。
ミュージシャンをやっててギターを弾いてるんですが今頑張ってます…。
またお母様のところでも弾いてくださると…。
いやいやいやもう…。
それ駄目?駄目だと思う…。
両方で駄目だと思います。
そうですか。
あっ今度ライブ。
ライブ。
そうそうそうそう。
クロアチアの曲もできればCDにしたいねっていう話も今出てるんですけども。
今度7月の5日に原宿のラ・ドンナというお店で…。
ラ・ドンナってこの頃みんなラ・ドンナって言うんですけど今原宿のラ・ドンナはそういうライブをやるところなの?そうですね。
とても大人のライブにはすごく素敵なお店で。
でも面白いですね。
昔はそんなに好きじゃなかった歌が今ね。
そうですね。
自分の好きな曲を好きな衣装を着て歌ったりできるっていうのがすごく楽しくって。
お母様は昔から原宿で…だから暮らしていらっしゃるわけなんで今も原宿で。
そうなんです。
実家が…原宿に。
88歳でいらっしゃるけどすたすた歩いて…。
そうですね。
気がつくと帰っちゃったよって…。
息子たちに一応おばあちゃん係をしてもらうんですね。
一応帰り送ってねって。
歩いて5分ぐらいなので送ってねって頼んだら気づいたらいなかったからっていう…。
もう帰っちゃったって。
帰っちゃった。
そのラ・ドンナにまたすたすた歩いてお母様もきっといらっしゃる?そうですね。
来てくれるといいなと思ってます。
そうですねはい。
でも本当にそういうことで…。
ああいう心の歌がね『四季』という歌なんかお歌いになれるのいいですよね。
ありがとうございます。
本当にありがとうございました。
本日はありがとうございました。
ご成功を祈ってます。
『おしゃべりクッキング』。
上沼さん!今日は何です?今週はお酢でございます2014/06/12(木) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋[解][字]
〜(秘)お宝映像&なぜか“クロアチア”で大ブレーク!?〜山口いづみさんが今日のゲストです。
詳細情報
◇ゲスト
29年ぶりの出演!女優・山口いづみさんがゲスト。
◇番組内容
70年代はアイドル歌手だった山口さん。当時人気だった天地真理さんや小柳ルミ子さんと一緒に“3人娘”で売り出されるはずが、嫌々やっていたのでまったくブレークしなかったという過去を明かす。だが、最近になって運命が一転。久しぶりにシャンソンなどで再活動し、たまたまクロアチアの『四季』という曲を歌ったら、動画サイトを通じてクロアチアで大評判になったという。ほか、70年代に唯一主演した映画の貴重映像も紹介。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/
◇解説放送
小松靖(テレビ朝日アナウンサー)
ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
映像
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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