マンガを描き、表現することはとても楽しいことだが、プロに至る道は厳しい。
本作が興味深いのは、ダメダメな「描かないマンガ家」である主人公を引き立てる為、脇を固めるキャラ達が、プロになっていく過程が克明に描かれている所にある。
破天荒な天才作家がプロになっていく作品は良くあるが、普通のマンガ家志望者が、地道にプロになっていく過程と言うのは、地味が故にここまで丁寧に描かれている作品は少ない。
マンガ家は究極のフリーランサー
マンガ家稼業は、プロとしての仕事を続けることも大変だが、そもそもプロになる過程からして、競争と努力と運の集大成である。個人的には、マンガ家とは究極のフリーランサーだと考えている。
マンガの描き方は、学校でも教えてくれるようになり、教本・書籍も充実している。しかし、プロ作家には、出版社とのやり取りをする社会人能力、アシスタントを従業員のように雇って、チーム制作を管理したり、資金の心配をするなど、中小企業の社長のような仕事も求められる。
編集者やアシスタントとの関係が上手くいかず、作品が描けなくなる作家や、お金の管理が出来ず、マンガ家を続けられなくなるなど、作品作りとは関係ない所でつまづく人間も意外に多い。こう言う状況をクリアしていく姿も、本作にはさりげなく描かれている。
最近の標準型マンガ家志望者:長妻志穂の場合
長妻志穂は高校からマンガ専門学校に入学、プロのアシスタントを経て、在学中に新人賞を受賞かつデビューする。間もなく短期連載を開始するも3話で打ち切りとなり落ち込む。すぐに担当編集者の異動があって、新任者と相性が悪い為に、悩んだ末に出版社を変え、違う雑誌編集部で連載を開始した。若くして連載に至ったため、年上のアシスタントを上手く扱えないなど苦労をする。ここまで作中では約2-3年。
学生時代から就職を経ずにまっすぐマンガ家を目指す形は、現在のマンガ家志望者の中では標準的なケースではある。ただ、志穂のように短期間で、ここまで成果を出していける人はあまりいない。彼女の場合は、その原動力の中に、編集者との人間関係が大きいように思える。
私の感覚としては、ここまで行くには通常5年以上はかかると思うし、そもそもデビューするまでの間だけで90%が脱落する。また、難易度で言うと、デビューや受賞よりも連載に繋げて作品を作る事の方が難しい。
説明のしようがない天才、個性と言う難敵、正しい努力の選択と継続
志穂の他にも、初投稿でいきなりデビューする天才型「小沢啓介」や、社会人経験で得たコミュニケーション能力を武器に、作品を作り続ける、地道で悩み多き「岡田満希」。我が道を行くがゆえにメジャーに受けなかったが、後にエンタメと自分の個性を融合することに成功する「山井真琴」。大きな挫折を経験することにより基本に立ち返り実力を勝ち取る「中塚」などがいる。
トキワ荘プロジェクトで実際に調査や実績で把握している所(*1)では、最初の1-2作品でデビューする天才型は、マンガ家志望者から見れば1/100ほど、しかしプロを続けている側から見ると半分ほどというところが現実だ。
また、作中で挫折から復活した男が積み上げたという努力が正に王道である。
人体の骨格や筋肉の研究とか・・・
名著や名画をネームに起こして分析したり
秀逸なマンガをいくつも下書きから仕上げまで模写
素性かくして、あちこちでアシスタントをさせてもらったり
色々なマンガ家の経験談などに良く書かれている内容ではあるが、若いマンガ家志望者が、経験の足りない中でプロになりたいと思ってもがいていく過程で、着実にこの努力を積み重ねていく事はなかなか難しい。
適時指導してくれるパートナーたる編集者や、師匠たるプロ作家等に上手くあたらないと、なかなかこうはいかない。彼が自力でここまで出来たのは、作中の大きな挫折がきっかけになっており、これは納得がいくところだ。
本作には他にも「描けるマンガ家」がプロアマ沢山出てくる。それらを向こうに回して『描かないマンガ家』を成立させている、主人公も凄いかもしれない。(そこが、マンガとしての面白さなのだが。)マンガ家を目指す人には、本作の色々なマンガ家の行動を是非理解してほしいし、マンガに関わる人、マンガが好きな人には、本作を読んで、プロ作家の大変さを知りつつ作者や作品と接して欲しいと切に願う。
繰り返して言いたい。『描かないマンガ家』は『描くマンガ家』を見事に描いている作品であるということを。
*1: トキワ荘PJで過去に支援した入居者は300人超、デビューしたものは40名程で、そのうちほぼ初原稿でデビューした人間は3人。マンガ家支援調査研究書『漫画家白書』の調査によると、連載作家の約半分は、1~3作品目でデビューしている。
350人のプロからアマチュア作家にアンケートをして、プロになれる人の傾向を分析した研究書籍。
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