ノーラン・ブッシュネルは伝説のゲーム会社アタリの創業者だ。1972年に立ち上げ、またたくまにアーケードゲーム「ポン」を当てた。アル・アルコーンの設計だった。そんなもの、世の中になかった。
続いて「ブレイクアウト」(ブロックくずし)などのヒットを次々に飛ばし、そのうち“ビデオゲームの父”と呼ばれた。
その後、家庭用ゲームマシンAtari2600を開発しようとして資金難になり、ワーナー・コミュニケーションズにこれを売ったところ、億万長者になった。それからはコンピュータ周辺機器メーカー「アクスロン」、ピザとゲームを一緒くたにした「ピザタイムシアター」、技術インキュベーター「キャタリスト・テクノロジーズ」、人気レストランチェーン「チャッキーチーズ」などを立てつづけに創業し、その数20社を超えた。最近も、脳科学にもとづく教育ベンチャー「ブレインラッシュ」を立ち上げたばかりだ。
Atariのキーボード搭載のホームコンピュータ「Atari 400」は,「Computer Demonstration Center」という店頭用の専用ディスプレイケースに展示されていた。
スティーブ・ジョブズは、そのブッシュネルのアタリ社40人目の社員だった。ブッシュネルは面接で、ジョブズが熱情と才能はもっていることをすぐに見抜いたのだが、ジョブズは「泊まりこみができなければこの会社に入らない」と言いはった。
すでにアタリには警備員と機械警備による仕組みができている。夜中の3時に机の下で寝たり、朝まで社内をうろうろ動きまわったりする社員がいると、警報器が鳴りっぱなしになる。だから泊まり勤務はできない。だが、ジョブズは「仮眠ができないような会社には来たくない」と譲らない。むろん警備員は時間外の警備なんてごめんだ。やむなくブッシュネルは社内規則を変えて、ジョブズを採用した。
そのジョブズがアップルを起業してしばらくたった1980年、パリの豪邸にいたブッシュネルのところにお伺いをたててきた。「何が次の山となるのか、どうすればわかるのか」「他人の一歩先を行くにはどうしたらいいのか」といった質問だった。ブッシュネルは一晩中、さまざまなヒントを授けた。
まずは「未来の自分を想像しなさい」と言ったようだ。「いつかコンピュータにさせたいことがあっても、いまは何ができていないかを考えろ」とも教えた。
それからジョブズは驚くほど、ブッシュネルに相談をもちかけてきた。本書は、そうしたブッシュネルがジョブズに授けた数々のヒントをもとに、創造的な会社をつくりあげるための秘訣をまとめたものだ。
51条におよんでいる。ぼくが少々アレンジしておいた。ブッシュネルがどんなふうに言っているか、どんな例を引いているかは、本書にあたられるといい。
(01)職場を「広告」にしてしまいなさい。自分たちの仕事に自信があって、それを外にうまく伝えられていないなら、職場そのものを広告すればいい。
(02)規則は少ないほうがいい。多くなったら、できるだけ柔軟なものにしておきなさい。
(03)求人広告こそが勝負だ。それがクリエイティブでなかったら、誰がクリエイティブになってくれるのか。
(04)採用基準は「情熱」である。
(05)資格も経歴もカンケーない。資格社会を真価社会に変えるべきだ。
(06)多趣味の持ち主や手続きが面倒な趣味の持ち主が、やがてクリエイティブになる。
(07)できる社員にはそれなりの人脈がある。その人脈を使うといい。それが人材登用のビジネスというものだ。
(08)とんがった会社じゃなければおもしろくない。とんがった社員を入れなさい。ただしリスクをとる気がなければダメだ。
(09)横柄な奴や鼻持ちならない者たちからは、能力だけを引き出せばいい。その能力は管理者が発揮すべきなのだ。
(10)創造性と狂気は紙一重である。
(11)いじめられっ子は才能を隠している。本当の自分を喋らせることだ。喋っても大丈夫だと思ってもらうことだ。
(12)ジョブズは講演がうまかった。うまい講演者の近くに行こうとする者たちに注目するといい。かれらはたいてい雇い甲斐がある連中なのだ。
(13)面接ではまず愛読書を尋ねなさい。どんな本を読んだかではなく、どれくらい読んできたかだ。
(14)採用候補者は社外に連れ出してみなければ、その可能性がわからない。
(15)逸材はどこにでもいる。レジや洋品店やウェイトレスに目を配りなさい。
(16)ツイッターは見出しが並んでいる才能一覧表だ。これを使ってどんどんリクルートすることだ。
(17)ときどきはおもしろい会やコミュニティに顔を出すべきだ。ブッシュネルはネバダの砂漠で開かれるバーニングマン、マインドシェアの会、カンザスの農業関係者が集まるプレーリーフェスティバル、非会議のBIL、アムステルダムのピクニックフェスティバルなどに定期的に顔を出している。
(18)口先だけがうまい連中には注意。かれらが何を説明しているかではなく、どう判断しているかだけを見るのがいい。
(19)おもしろい社員をつくりたいのなら、おもしろい質問ができなければいけない。答えは正解がなくていい。かれらがどのような回路で答えようとしたかを観察することだ。
(20)もしもめずらしい才能が見つかったら、その才能にぴったりの役職をつくるのだ。
(21)ときどきはパーティなどで息抜きをさせなさい。
(22)組織はフラットがいい。コンプライアンスなど何の役にも立たない。「統制された無秩序」をつくるのが経営者の役割だ。
(23)ときに「いたずら」が名案を生む。
(24)会社は分割すべきではない。分室をつくりなさい。ロッキードのスカンクワークス、グーグルのグーグルXなど。
(25)手柄は独り占めさせないこと。どんな成功もチームを褒めたい。アップルストアの店員は安い賃金だが、3カ月で75万ドルを売上げる。
(26)どんな社員たちも3日間ほど旅先に連れていけば、取り繕えなくなっていく。そこから新たなチームづくりが始まる。隔離と繁栄とは隣りあっている。
(27)最良のアイディアもいいが、最悪のアイディアもいい。
(28)失敗から学ぶことが大きい。失敗をこわがる組織は新しい着想を膨らませられない。ヘンリー・フォードは最初の会社二つを失敗し、アップルは「リサ」の失敗があったからこそ、あんなに成長できた。
(29)リスクこそ資源だ。音楽のオンラインサービスのパンドラ社は50人全員が2年にわたって給料の遅配に耐え、ダイソン社は新しい掃除機のプロトタイプ5000種類に失敗した。ただしリスクにも生態系がある。これを理解しなければいけない。
(30)一つのことに賭けてはいけない。幾つもの試みを併走させたい。そのうちの一つが失敗するなら、万々歳なのだ。
(31)クリエイティブな者にはメンターが必要である。メンターは社外にいてもいい。ジョブズのメンターはブッシュネルで、ブッシュネルのメンターはボブ・ノイスだった。ボブはこう教えた。「他人の仕事がたやすいように見えるのは、君の知識が足りなすぎるからだ」。
(32)管理者はクリエイティブな人材を子供扱いする。大人として扱いたい。
(33)本当のクリエイティブには分析や解析が生きている。制作者がそのようになるためには、オーダーに指揮系統をもたせるべきなのである。
(34)仕事のスペースを創造的にしなさい。ブッシュネルが起業した18番目の会社「ユーウィンク」はロスの建物を仕事場に選んだのだが、その建物はあまりに小割りになっていて、改装する資金もなかった。そこで壁のすべてに黒板塗料を塗り、3メートルおきにチョーク箱を置いた。すばらしい連中が活躍することになった。
(35)プロジェクトが低迷するのは、ブレストとプレゼンばかりで、仮想のデモンストレーション(最終製品発表)がないからだ。実はジョブズはこれがうまかった。
(36)クリエイティブな連中には、いつも大量の仕事を投下しつづけることである。
(37)仕事がうまくいくには、先行の企画物や制作物を予告しておくことだ。人は「次から次へ」という連鎖のなかでアイディアが湧く。
(38)期待している社員とは話しこめなくてはならない。
(39)ときどき会議のテーブルにおもちゃや変なものを置いておきなさい。
(40)サルトルは「地獄とは“ほかの連中”のことだ」と言った。社内で“ほかの連中”はいないだろうか。会社にチビ地獄ができていることになる。
Macとその他のPCを擬人化して表現した。
(41)すぐに文句を言う奴、反論がくどい奴には、それを文書で提出させるのがよろしい。
(42)アイディアが詰まったらブレストはやめること。散歩を促す、身だしなみを整える、髭をそる、テレビを見る。転換が必要なのだ。
(43)アイディアに限界があるのは、コストに見合わないもの、高価なものを発想できないからである。
(44)フランク・ザッパは自分の創造力に枯渇を感じたとき、生活のリズムの節目を変えた。起床を変え、前後を入れ替え、朝食と夕食をひっくりかえした。ブッシュネルはふだん使わない「新しい言葉」を使うことを勧める。
(45)あまりに調子がよくないなら、自分で次のことを決めないで、隣のスタッフに決めてもらうといい。ブッシュネルはそういうときには20面体のサイコロを振った。
(46)組織の成長を妨げる最大の要因は「社内手続き」が気になってしまうときである。
(47)スピードをあげたいときは、ウィキペディアを見るスピードも上げてみることだ。
(48)会計や財務は専門でないのだから、教えてもらえばいい。
(49)ときどきはトップが「即席の休日」をつくってあげる。そのほうが社員に大局観が生まれやすい。すべての創造力は大きい問題と小さい問題の区別がつかなくなることなのだ。
(50)どうしてもぐずぐずしている制作部門の奴は、営業をさせるしかない。
(51)以上、すべてがうまくいかなくても、社員には必ず仮眠をとらせなさい。これがブッシュネルがジョブズに教えられたことだった。
⊕ ぼくがジョブズに教えたこと ⊕
∃ 著者:ノーラン・ブッシュネル&ジーン・ストーン
∃ 訳者:井口耕二
∃ 発行者:土井尚道
∃ 発行所:株式会社 飛鳥新社
∃ 印刷所:株式会社 廣済堂
∃ 製本所:大口製本印刷 株式会社
⊂ 2014年5月6日 第一刷発行
⊗ 目次情報 ⊗
∈ はじめに
∈∈ 第1部 次なるスティーブ・ジョブズをみつけて雇う方法
∈∈ 第2部 次なるスティーブ・ジョブズを育てる方法
∈ おわりに
∈ 謝辞
∈ 訳者あとがき
⊗ 著者略歴 ⊗
ノーラン・ブッシュネル(Nolan Bushnell)
1943年生まれ。娯楽産業史上「ビデオゲームの父」として世界的に讃えられる起業家・経営者。1972年、ゲーム会社「アタリ」を設立。同年発表のアーケードゲーム「ポン」は業界初の大ヒットを記録し、現在にいたるゲーム産業発展の基盤となった。無名時代のスティーブ・ジョブズの才覚を見抜き、アタリ40人目の社員として雇い入れ、才能を開花させたことでも知られる。アップル設立時にも支援をおこない、ジョブズから生涯、師と慕われた。屈指の「連続起業家」としても著名で、他に立ち上げたビジネスは北米の人気レストランチェーン「チャッキーチーズ」、テクノロジー・インキュベーターの先駆けである「キャタリストテクノロジーズ」など20社以上。近年も、脳科学に基づく教育ベンチャー「ブレインラッシュ」を立ち上げるなど、第一線で活躍中。
ジーン・ストーン(Gene Stone)
ロサンゼルスタイムス紙、エスクァイア誌などでエディターおよびライターをつとめる。