前回の「クルッグマンのインフレ療法は加速しない」に関して「人口動態、長期金利、定常不況」と言うエントリーで反論が来た。曰く、期待インフレ率を引き上げて均衡実質金利を達成しても維持する事が困難で不安定だし、資産バブルが発生する可能性高いそうだ。様々な経験則から考えてこの二つを危惧することは不自然ではないが、少なくともクルッグマンが提示している前提からは導き出せない結論なので、問題点を指摘したい。
1.(名目)長期金利決定式がおかしい
まずは、教科書的なお話から。
一般に長期金利は
長期金利 = 期待潜在成長率 + 期待インフレ率 + リスクプレミアム
であらわされる水準に落ち着くとされる。 そして長期では通常「期待潜在成長率 ≒ 均衡実質金利」となるため、この水準では完全雇用下でかつインフレ率が上がりも下がりもしない状態が持続することが期待できる(もちろん常にではないが)。
ここに問題がある。技術進歩が生じれば均衡実質金利が上昇するので誤解したと思うのだが、完全競争を仮定した教科書的なモデルでは実質金利は資本の限界生産物と一致するので、経済成長率がゼロでも通常は正の値を取る(例えばここの(5.2)式を参照)。
つまり潜在成長率 1%, 均衡実質金利 -2%の時に、金融緩和で期待インフレ率を高めに誘導して長期金利 1%, 期待インフレ率3%の状態を 一時的に達成したとしても、その時の長期金利は「期待潜在成長率 + 期待インフレ率 + リスクプレミアム」を大きく下回っており、金融政策が中立的となれば、長期金利は「期待潜在成長率 + 期待インフレ率 + リスクプレミアム」に向けて上昇していくことになる。
上述の理由で長期金利を決定する方程式がおかしい上に、その後の議論では『長期では通常「期待潜在成長率 ≒ 均衡実質金利」となる』と言うブログ主の仮定が維持されていないので、論理的に齟齬が見られる。潜在成長率1%≠均衡実質金利-2%だって。
一般に均衡状態は、需給が一致していて、安定的な事を意味する。不安定なケースもあるが、不安定な均衡状態を描写するには囚人のジレンマのように抜け駆けすると得になるような仕組みが必要なので、ブログ主の主張を通すにはもっと複雑な仕掛けが必要になるであろう。
2. クルッグマン流の期待インフレ率押し上げ方法
本題とは外れるが、「リフレ政策による期待インフレ率の押し上げ自体がどのような経路によるものか不明」とあるのだが、It's ba+k!論文を見ると、(a)将来インフレになったときに中央銀行が金融引締するケースと、(b)将来インフレになっても中央銀行が金融引締しないケースを比較すると、(b)の方が期待インフレ率が高くなると言う議論になっている。さらに(b)の場合は投資量が増えるので、実際にインフレ率が高まると言う議論。りふれ派が言うリフレ政策とは異なる面があるので、論文を良く読んでみて欲しい。
3. 実質金利が均衡値なのにバブル発生?
バブルを議論するのは意外に難しい。
もう一つの大きな懸念は、実質金利を均衡実質金利(<潜在成長率)まで引き下げる過程において、名目成長率>長期金利となることである。 以下のリンク先の記事にもあるように、この状況は財政再建などには非常に都合がよい側面もあるが、過去の似た局面では資産バブルにつながった例が多い。
モデルを超えた所で懸念としては残るものの、実質金利を均衡実質金利に一致させると言う議論は、資産市場を将来予測を反映した価格で安定させると言う事になっているので、非定常過程であるバブル状態にはならない。だからクルッグマンの前提では、バブルは発生しない。
そもそも合理的な人々を前提にすると、なかなか資本収益率などを無視した資産高であるバブルを引き起こす事は難しい。理論的には横断条件が無くなって将来の事を考えなくなったり、情報の非対称性があって、さらに裁定取引が制限されたりしないと発生しない(Brunnermeier(2007))。
そう人々は合理的ではないよ!と言う批判はあり得る*2が、急激な人口減少により土地の需要が急激に無くなる事が予想されており、消費需要も労働供給も減るので国内産業規模の縮小が予想されているときに、将来を楽観視する人がどの程度でてくるかは疑問として残る(関連記事:アベノミクスでバブルは起きるか? ─ たぶん、起きない)。少なくとも異次元緩和では、多くの投資家は冷静さを保っているようだ。
この場合、実質金利の引き下げが投資需要を刺激して完全雇用を達成する水準に至る前に、資産バブルが発生して「雇用なき景気回復」という事になるわけである。
なお平成バブルしかり、リーマン・ショック前しかり、資産バブルでも雇用は増加するケースが多いと思われる。弾けて結果的に悪化するから困るわけでして。
*2歴史的には金融当局が注意しないと、10年に1度程度、バブル発生と金融危機を繰り返すようだ(関連記事:金融危機と金融行政の歴史)。
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