日顕宗『ニセ宗門』の「妄説:36」を破折する(その三) 連載49回
妄説:36 学会には、「池田名誉会長が『世界の指導者』として世界各国から称賛されることが広宣流布につながる」という考えがありますが、これは正しい考えでしょうか。
広宣流布とは、正当な日蓮大聖人の仏法を弘めることです。
かつて日達上人は
「日蓮正宗の教義でないものが、一閻浮提に広がっても、それは、広宣流布とは言えないのであります」(達全 2-6-295頁)
と仰せられました。
たとえ池田大作氏が世界の要人から称賛されたとしても、その称賛する人たちは正法の護持者ではないのです。
大聖人は、『開目抄』に
「愚人にほめられたるは第一のはぢなり」(新編 577頁)
と仰せられております。
過去に戸田会長は『青年訓』において
「愚人にほむらるるは、智者の恥辱なり。大聖にほむらるるは、一生の名誉なり」(戸田城聖全集 一-六一頁)
と指導していたではありませんか。
『法門可被申様(もうさるべきよう)之事』の講義にも「社会的名誉を第一とする三位房(さんみぼう)の姿勢を、大聖人は
『旁(かたがた)せんずるところ日蓮をいやしみてかけるか』と厳しく叱責されているのである」(学講 二七-一〇五頁)
とあります。
このように、世間から誉められることが広宣流布につながるとの考えは、大聖人の教えにはありません。
大聖人は『持妙法華問答抄』に
「名聞名利は今生(こんじょう)のかざり(中略)嗚呼(ああ)、恥づべし恥づべし」(新編 296頁)
と厳しく戒められています。
破折
7.アメリカSGIメンバーと識者との対話(前篇)
学会員の中にも、「池田名誉会長が『世界の指導者』として世界各国から称賛される」との意義を、正しく理解していない者がいるであろう。
だが、囲碁では〝岡目八目〟と言う。かえって第三者のほうが、物事の実体を正確に見ることがある。その好例を、識者による著作から紹介する。
著者のクラーク・ストランド(Clark Strand)氏は一九五七年、アメリカ・ミズーリ州生まれ。仏教研究家、現代宗教ジャーナリスト。アメリカの仏教誌「トライシクル」元編集長である。
◇
「ある婦人からの質問」
アンチSGIの人々が、よく「池田は信者に絶対忠誠を要求している」「対談などを通して国際舞台で勢力拡大を目論んでいる」「海外の大学に取り入って名誉学位をもらっている」などと言って「池田教だ」と批判している。私が創価学会やSGIの中で出会った人で、そのような批判に同調する人は、ほぼ皆無だった。ただ、これに対してメンバーが熱心に反論しているが、そうした反論が説得力を持ち、効果をあげるように努力することも、重大な課題なのかもしれない。しかし、それは私の仕事ではないと思う。それは、池田大作を人生の師匠と定めた弟子たちの仕事だ。だがここで、一つの答えの指標になるかもしれないエピソードを語っておきたい。
私はもう数年前から、アメリカSGIと親しく交流させてもらっている。親友と呼べるメンバーも数人いる。今では、一種の名誉会友的な立場をいただき、時にはいっしょに唱題したりもする仲間として遇(ぐう)してもらっている。――ただ、私の信仰は創価学会に限定されているわけではないのだが。だから、各地へ出張に行った時には、現地で会合に参加させてもらうこともある。今日アメリカでは、現地の幹部に連絡を取りさえすれば、大都市ならだいたいどこでも、また小さな町々であっても、座談会に参加することができるようになっており、すごいものだと思う。
ある日、メンバーに送ってもらうことになったのも、そのようないきさつからだった。初対面の婦人部員だった。SGIに出会って数年、入会したのは前年のことだという。組織には友だちがたくさんいるし、座談会や活動にもきちんと参加している。折伏にも挑戦した。しかし、一つだけ納得できないことがあるという。
運転しながら彼女が訊(き)いてきた。
「正直なところ、池田会長のことをどう思います? なぜかっていうと、みんながいつも先生、先生っていうもんだから、私たまに理解ができないんですよね。それに、たくさんの名誉学位を受けられていることを、どう捉えるべきなのか、自分でもわからないんです。何だかメンバーとして、これじゃいけないのかなって感じることもあって。どうしたらいいと思います?」
私はまず、自分は決して創価学会の権威ではなく、たんに強い関心を持っている人間に過ぎないと言った。たいていの学者やジャーナリストは、安全な距離を置いた外側から評論するが、私は組織の内側から学会の信心をきちんと理解したくて、実際に学会の信心を数年間、真剣に実践してみた。しかし、メンバーとまったく同じ形で信じていたわけではないし、その問題に関しては婦人部幹部に指導を受けるべきだと思う、と言った。指導を受けても納得するかどうかはわからないが、少なくとも、学会の中で師弟不二を体験し、それがどのように人生を変えたか、自らの言葉で語ってもらうことができるからだ。
ところが、彼女は引き下がらなかった。
「あなたがどう思うか、聞きたいんです。どうしても」と、あきらめてくれない。
そこで、私なりに最善を尽くしてみた。婦人部幹部に指導を受けたほうが、もっとよい答えが出たのかもしれない。しかしこれは、池田に関して、そして創価学会の「第三の創立者」としての池田の役割に関して、極めて重要なテーマだと思うので、ここに記しておきたい。
この婦人と出会う二、三週間前に、学会は日蓮正宗からの〝破門〟十七周年を祝ったばかりだった。それはある意味、新たな宗教パラダイムが誕生した日でもあった。
「一九九一年十一月二十八日が、創価学会にとっての魂の独立記念日なら、今、会員に下付(かふ)されている学会の本尊は、何と呼ぶべきだと思います?」
彼女は最初、不思議そうな顔をしていたが、すぐに笑顔になって「独立宣言ということになるかしら」と答えた。
「では、アメリカ合衆国の独立記念日といったら、まず誰の署名が思い浮かびます?」
彼女の表情が曇った。彼女が一番恐れていたことを、私が言ったのだ。
「ジョン・ハンコックね」。戸惑いの表情を浮かべながら、彼女が答えた。
(「SGIと世界宗教の誕生」クラーク・ストランド著 今井真理子訳 第三文明社刊)
8.アメリカSGIメンバーと識者との対話(後編)
ジョン・ハンコックとは、いかなる存在であったのか。
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画面はWikipediaより
◇
「命を懸けた署名」
アメリカ人ならほとんどそうなのだが、ジョン・ハンコックといえば、これでもかというほど大きな文字で独立宣言に署名した人物としか思われていない。彼だけが、他の署名よりも抜きん出て大きく目立っているのだ。署名が大きいということばかりが有名になってしまい、アメリカでは嘆願書や法的書類に署名をもらう時に、「ここにあなたのジョン・ハンコックをお願いします」と表現するくらいだ。ジョン・ハンコックは、巨大なエゴと同義語になっている。だから彼女は、池田について最も恐れていたことを私が口にしたと思ってしまったわけだ。しかし、私の話には続きがあった。
ジョン・ハンコックに関しては、「イギリス国王が眼鏡(めがね)をかけないでも読めるように」わざと大きく署名したという伝説が生まれた。つまりそれは、ずいぶんと向こう見ずな、大胆不敵な行為であったというわけだ。しかしこの話は、ずっと後年になるまで史料に登場しなかったので、出所が怪しい。じつは真実のほうが、それよりもずっと感銘を受ける内容なのだ。
現存しているアメリカ独立宣言は、原本ではない。印刷所に送られた原本は行方不明で、印刷する過程で破棄されてしまったのかもしれない。現存しているのは独立宣言を最初に印刷した「ダンラップ・ブローサイド」版で、これが植民地時代のアメリカ全土に配布された。イギリス軍の目にも留(と)まったことだろう。
独立宣言は、本国に対する反逆の書である。最初の半年間、出回っていたのはその第一稿のみであり、そこには大陸会議議長ジョン・ハンコックの名前が、唯一の署名者として印刷されているだけだった。他の署名は、今日、国立公文書館に保管されている手書き版に、後から追加されたものだ。なぜハンコックが、そこに一人だけ大きく署名したのか。あえて自ら危険を冒(おか)したという説がある。第一の署名者となったからには、もし革命が失敗に終わった場合、一番最初に絞首台に送られることになるからだ。
「では、本尊の第一の署名者は誰でしょうか?」私は訊いた。
「日蓮ですね」彼女が答えた。
私は、今晩うちに帰ったら、仏壇を開けて、本尊の南無妙法蓮華経のすぐ下に認(したた)められている日蓮の名前をよく見てほしいと言った。
「どれだけ大きく太い字で認められているか、よく見てください。そして、それが何を意味しているか、考えてみてほしいんです」
「日蓮は、広宣流布のために生涯、命を懸けて戦いました。生命の根本法として南無妙法蓮華経を初めて唱えた立宗宣言の時から、ずっとです。『立正安国論』だって、日蓮ただ一人が署名した多くの宣言書のうちの一つです。そして本尊を顕すのにも、日蓮ただ一人が署名し、以前にも増して大きく名前を認めています。究極の危険を冒した、究極の宣言だったんです」
「学会の組織とか、名誉学位とか、世界的な識者や指導者との対談などに、池田大作と大きく書かれていますよね。池田先生は自らの生命と血でもって、そのすべてに署名していることを認識しないといけませんよ。牧口先生が、軍部政府への批判を筆にした時も、戸田先生が原水爆禁止宣言を発表した時も同じことです。その後で、自分に簡単な質問をしてみてください。人間革命の理念に、自分の名を連ねる機会がやってきたら――信心や、折伏の戦いや、世界中の人々との友好を通して――人間革命という宣言書に自分の名を連ねるのに迷ったりするでしょうか? 迷わないのなら、なぜでしょう? それは、すでに模範があるからではないですか? 信念を曲げるよりは殉教を選んだ牧口常三郎の誇りとか、貧乏人と病人のために戦った戸田城聖の慈悲とか、全人類にこの思想を伝えようと二十一世紀へ先駆をきった池田大作の、何ものをも恐れぬ決意とか」
これに関しては、やはり彼女は婦人部幹部に指導を受けるべきだと思う、しかし、創価学会第三代会長でSGI会長である池田大作という人物に関して、どうしても私の意見を聞きたいというなら、これが正直な思いですよ、と彼女に言った。
(同「SGIと世界宗教の誕生」)
古今東西、「署名」にはその全人格がかかっている。
ストランド氏はアメリカ人なら誰でも教わる〝独立宣言書〟を例に取り、代表者として氏名を明記することは、一切の責任を負うことを意味するものであり、学会の三代の会長がその名において、命を懸けて行なってきたことと同じである、と回答したのである。
宗門なら「署名の話に、御本尊を引用したことは不敬である」と非難するであろう。もとより、氏は学会員ではないゆえに「回答するには適任ではない」といったんは断っている。しかし、物事を身近な譬えで分かりやすく説くことは、学会幹部が心すべきことであり、それに通ずる話である。
氏は生半可な学会員よりも、よっぽど学会員らしい会友なのである。
(了)
妄説:36 学会には、「池田名誉会長が『世界の指導者』として世界各国から称賛されることが広宣流布につながる」という考えがありますが、これは正しい考えでしょうか。
広宣流布とは、正当な日蓮大聖人の仏法を弘めることです。
かつて日達上人は
「日蓮正宗の教義でないものが、一閻浮提に広がっても、それは、広宣流布とは言えないのであります」(達全 2-6-295頁)
と仰せられました。
たとえ池田大作氏が世界の要人から称賛されたとしても、その称賛する人たちは正法の護持者ではないのです。
大聖人は、『開目抄』に
「愚人にほめられたるは第一のはぢなり」(新編 577頁)
と仰せられております。
過去に戸田会長は『青年訓』において
「愚人にほむらるるは、智者の恥辱なり。大聖にほむらるるは、一生の名誉なり」(戸田城聖全集 一-六一頁)
と指導していたではありませんか。
『法門可被申様(もうさるべきよう)之事』の講義にも「社会的名誉を第一とする三位房(さんみぼう)の姿勢を、大聖人は
『旁(かたがた)せんずるところ日蓮をいやしみてかけるか』と厳しく叱責されているのである」(学講 二七-一〇五頁)
とあります。
このように、世間から誉められることが広宣流布につながるとの考えは、大聖人の教えにはありません。
大聖人は『持妙法華問答抄』に
「名聞名利は今生(こんじょう)のかざり(中略)嗚呼(ああ)、恥づべし恥づべし」(新編 296頁)
と厳しく戒められています。
破折
7.アメリカSGIメンバーと識者との対話(前篇)
学会員の中にも、「池田名誉会長が『世界の指導者』として世界各国から称賛される」との意義を、正しく理解していない者がいるであろう。
だが、囲碁では〝岡目八目〟と言う。かえって第三者のほうが、物事の実体を正確に見ることがある。その好例を、識者による著作から紹介する。
著者のクラーク・ストランド(Clark Strand)氏は一九五七年、アメリカ・ミズーリ州生まれ。仏教研究家、現代宗教ジャーナリスト。アメリカの仏教誌「トライシクル」元編集長である。
◇
「ある婦人からの質問」
アンチSGIの人々が、よく「池田は信者に絶対忠誠を要求している」「対談などを通して国際舞台で勢力拡大を目論んでいる」「海外の大学に取り入って名誉学位をもらっている」などと言って「池田教だ」と批判している。私が創価学会やSGIの中で出会った人で、そのような批判に同調する人は、ほぼ皆無だった。ただ、これに対してメンバーが熱心に反論しているが、そうした反論が説得力を持ち、効果をあげるように努力することも、重大な課題なのかもしれない。しかし、それは私の仕事ではないと思う。それは、池田大作を人生の師匠と定めた弟子たちの仕事だ。だがここで、一つの答えの指標になるかもしれないエピソードを語っておきたい。
私はもう数年前から、アメリカSGIと親しく交流させてもらっている。親友と呼べるメンバーも数人いる。今では、一種の名誉会友的な立場をいただき、時にはいっしょに唱題したりもする仲間として遇(ぐう)してもらっている。――ただ、私の信仰は創価学会に限定されているわけではないのだが。だから、各地へ出張に行った時には、現地で会合に参加させてもらうこともある。今日アメリカでは、現地の幹部に連絡を取りさえすれば、大都市ならだいたいどこでも、また小さな町々であっても、座談会に参加することができるようになっており、すごいものだと思う。
ある日、メンバーに送ってもらうことになったのも、そのようないきさつからだった。初対面の婦人部員だった。SGIに出会って数年、入会したのは前年のことだという。組織には友だちがたくさんいるし、座談会や活動にもきちんと参加している。折伏にも挑戦した。しかし、一つだけ納得できないことがあるという。
運転しながら彼女が訊(き)いてきた。
「正直なところ、池田会長のことをどう思います? なぜかっていうと、みんながいつも先生、先生っていうもんだから、私たまに理解ができないんですよね。それに、たくさんの名誉学位を受けられていることを、どう捉えるべきなのか、自分でもわからないんです。何だかメンバーとして、これじゃいけないのかなって感じることもあって。どうしたらいいと思います?」
私はまず、自分は決して創価学会の権威ではなく、たんに強い関心を持っている人間に過ぎないと言った。たいていの学者やジャーナリストは、安全な距離を置いた外側から評論するが、私は組織の内側から学会の信心をきちんと理解したくて、実際に学会の信心を数年間、真剣に実践してみた。しかし、メンバーとまったく同じ形で信じていたわけではないし、その問題に関しては婦人部幹部に指導を受けるべきだと思う、と言った。指導を受けても納得するかどうかはわからないが、少なくとも、学会の中で師弟不二を体験し、それがどのように人生を変えたか、自らの言葉で語ってもらうことができるからだ。
ところが、彼女は引き下がらなかった。
「あなたがどう思うか、聞きたいんです。どうしても」と、あきらめてくれない。
そこで、私なりに最善を尽くしてみた。婦人部幹部に指導を受けたほうが、もっとよい答えが出たのかもしれない。しかしこれは、池田に関して、そして創価学会の「第三の創立者」としての池田の役割に関して、極めて重要なテーマだと思うので、ここに記しておきたい。
この婦人と出会う二、三週間前に、学会は日蓮正宗からの〝破門〟十七周年を祝ったばかりだった。それはある意味、新たな宗教パラダイムが誕生した日でもあった。
「一九九一年十一月二十八日が、創価学会にとっての魂の独立記念日なら、今、会員に下付(かふ)されている学会の本尊は、何と呼ぶべきだと思います?」
彼女は最初、不思議そうな顔をしていたが、すぐに笑顔になって「独立宣言ということになるかしら」と答えた。
「では、アメリカ合衆国の独立記念日といったら、まず誰の署名が思い浮かびます?」
彼女の表情が曇った。彼女が一番恐れていたことを、私が言ったのだ。
「ジョン・ハンコックね」。戸惑いの表情を浮かべながら、彼女が答えた。
(「SGIと世界宗教の誕生」クラーク・ストランド著 今井真理子訳 第三文明社刊)
8.アメリカSGIメンバーと識者との対話(後編)
ジョン・ハンコックとは、いかなる存在であったのか。
画面はWikipediaより
◇
「命を懸けた署名」
アメリカ人ならほとんどそうなのだが、ジョン・ハンコックといえば、これでもかというほど大きな文字で独立宣言に署名した人物としか思われていない。彼だけが、他の署名よりも抜きん出て大きく目立っているのだ。署名が大きいということばかりが有名になってしまい、アメリカでは嘆願書や法的書類に署名をもらう時に、「ここにあなたのジョン・ハンコックをお願いします」と表現するくらいだ。ジョン・ハンコックは、巨大なエゴと同義語になっている。だから彼女は、池田について最も恐れていたことを私が口にしたと思ってしまったわけだ。しかし、私の話には続きがあった。
ジョン・ハンコックに関しては、「イギリス国王が眼鏡(めがね)をかけないでも読めるように」わざと大きく署名したという伝説が生まれた。つまりそれは、ずいぶんと向こう見ずな、大胆不敵な行為であったというわけだ。しかしこの話は、ずっと後年になるまで史料に登場しなかったので、出所が怪しい。じつは真実のほうが、それよりもずっと感銘を受ける内容なのだ。
現存しているアメリカ独立宣言は、原本ではない。印刷所に送られた原本は行方不明で、印刷する過程で破棄されてしまったのかもしれない。現存しているのは独立宣言を最初に印刷した「ダンラップ・ブローサイド」版で、これが植民地時代のアメリカ全土に配布された。イギリス軍の目にも留(と)まったことだろう。
独立宣言は、本国に対する反逆の書である。最初の半年間、出回っていたのはその第一稿のみであり、そこには大陸会議議長ジョン・ハンコックの名前が、唯一の署名者として印刷されているだけだった。他の署名は、今日、国立公文書館に保管されている手書き版に、後から追加されたものだ。なぜハンコックが、そこに一人だけ大きく署名したのか。あえて自ら危険を冒(おか)したという説がある。第一の署名者となったからには、もし革命が失敗に終わった場合、一番最初に絞首台に送られることになるからだ。
「では、本尊の第一の署名者は誰でしょうか?」私は訊いた。
「日蓮ですね」彼女が答えた。
私は、今晩うちに帰ったら、仏壇を開けて、本尊の南無妙法蓮華経のすぐ下に認(したた)められている日蓮の名前をよく見てほしいと言った。
「どれだけ大きく太い字で認められているか、よく見てください。そして、それが何を意味しているか、考えてみてほしいんです」
「日蓮は、広宣流布のために生涯、命を懸けて戦いました。生命の根本法として南無妙法蓮華経を初めて唱えた立宗宣言の時から、ずっとです。『立正安国論』だって、日蓮ただ一人が署名した多くの宣言書のうちの一つです。そして本尊を顕すのにも、日蓮ただ一人が署名し、以前にも増して大きく名前を認めています。究極の危険を冒した、究極の宣言だったんです」
「学会の組織とか、名誉学位とか、世界的な識者や指導者との対談などに、池田大作と大きく書かれていますよね。池田先生は自らの生命と血でもって、そのすべてに署名していることを認識しないといけませんよ。牧口先生が、軍部政府への批判を筆にした時も、戸田先生が原水爆禁止宣言を発表した時も同じことです。その後で、自分に簡単な質問をしてみてください。人間革命の理念に、自分の名を連ねる機会がやってきたら――信心や、折伏の戦いや、世界中の人々との友好を通して――人間革命という宣言書に自分の名を連ねるのに迷ったりするでしょうか? 迷わないのなら、なぜでしょう? それは、すでに模範があるからではないですか? 信念を曲げるよりは殉教を選んだ牧口常三郎の誇りとか、貧乏人と病人のために戦った戸田城聖の慈悲とか、全人類にこの思想を伝えようと二十一世紀へ先駆をきった池田大作の、何ものをも恐れぬ決意とか」
これに関しては、やはり彼女は婦人部幹部に指導を受けるべきだと思う、しかし、創価学会第三代会長でSGI会長である池田大作という人物に関して、どうしても私の意見を聞きたいというなら、これが正直な思いですよ、と彼女に言った。
(同「SGIと世界宗教の誕生」)
古今東西、「署名」にはその全人格がかかっている。
ストランド氏はアメリカ人なら誰でも教わる〝独立宣言書〟を例に取り、代表者として氏名を明記することは、一切の責任を負うことを意味するものであり、学会の三代の会長がその名において、命を懸けて行なってきたことと同じである、と回答したのである。
宗門なら「署名の話に、御本尊を引用したことは不敬である」と非難するであろう。もとより、氏は学会員ではないゆえに「回答するには適任ではない」といったんは断っている。しかし、物事を身近な譬えで分かりやすく説くことは、学会幹部が心すべきことであり、それに通ずる話である。
氏は生半可な学会員よりも、よっぽど学会員らしい会友なのである。
(了)
- このエントリーのカテゴリ : 日顕宗破折 №31~40
日顕宗『ニセ宗門』の「妄説:36」を破折する(その二) 連載48回
妄説:36 学会には、「池田名誉会長が『世界の指導者』として世界各国から称賛されることが広宣流布につながる」という考えがありますが、これは正しい考えでしょうか。
広宣流布とは、正当な日蓮大聖人の仏法を弘めることです。
かつて日達上人は
「日蓮正宗の教義でないものが、一閻浮提に広がっても、それは、広宣流布とは言えないのであります」(達全 2-6-295頁)
と仰せられました。
たとえ池田大作氏が世界の要人から称賛されたとしても、その称賛する人たちは正法の護持者ではないのです。
大聖人は、『開目抄』に
「愚人にほめられたるは第一のはぢなり」(新編 577頁)
と仰せられております。
過去に戸田会長は『青年訓』において
「愚人にほむらるるは、智者の恥辱なり。大聖にほむらるるは、一生の名誉なり」(戸田城聖全集 一-六一頁)
と指導していたではありませんか。
『法門可被申様(もうさるべきよう)之事』の講義にも「社会的名誉を第一とする三位房(さんみぼう)の姿勢を、大聖人は
『旁(かたがた)せんずるところ日蓮をいやしみてかけるか』と厳しく叱責されているのである」(学講 二七-一〇五頁)
とあります。
このように、世間から誉められることが広宣流布につながるとの考えは、大聖人の教えにはありません。
大聖人は『持妙法華問答抄』に
「名聞名利は今生(こんじょう)のかざり(中略)嗚呼(ああ)、恥づべし恥づべし」(新編 296頁)
と厳しく戒められています。
破折
4.「魔」を「諸天」に変える信心
「愚人」とは、御書によってその意味を大きく変えるのであり、前回にはその例を示した。しかし真の意味で「愚人」とは、宗門を指すのである。
宗門が「愚人」である理由の第一。「世界の要人」を「正法の護持者ではない」との理由で「愚人」呼ばわりすること、これだけで十分に愚人である。
どれだけ増上慢であることか。これでは世の真面(まとも)な人達から宗門が信頼されるわけも無く、ましてや法主が尊敬されようもない。
「正法の護持者ではない」人であろうと、我らの心根次第で、諸天の働きとすることができるのである。それが法華経の法理である。
◇
戸田先生の指導を拝したい。
「あなたの信心が強いと、信心していない者でも、あなたを助けます。『魔及び魔民有りと雖(いえど)も皆仏法を護(まも)る』。これは仏法の方程式です」
法華経にある通りだ。信心強盛の人は、周囲の動きをすべて味方にしていけるのである。
(『聖教新聞』2012.5.31「本部幹部会で紹介された名誉会長の指針」)
道妙禅門御書(一二四二㌻)にいわく、
「只(ただ)肝要は此の経の信心を致し給い候はば、現当の所願満足有る可く候。法華第三に云く『魔及び魔民有りと雖も皆仏法を護(まも)る』」
(ただ肝要なことは、この法華経の信心をされるならば、現在及び未来の所願が満足されるであろう。法華経第三の巻・授記品には「魔および魔民があったとしても、ことごとく仏法を守護する」とある)
法華経授記品第六の文には、〝魔および魔民があったとしても、妙法への信心が強ければ仏法守護の働きに変えていくことができる〟とある。強盛な信心があるならば、我々の信心を妨げ、幸福を奪おうとする魔の力も冥伏してしまい、逆に仏法を守護し、我々の幸福を守る諸天の働きになっていくのである。
常忍抄(九八一㌻)にいわく、
「魔の習いは善を障(ささ)えて悪を造らしむるをば悦ぶ事に候、強いて悪を造らざる者をば力及ばずして善を造らしむ」
(魔の習癖は、善事を妨げて悪事をさせるのを悦ぶことにある。どうしても悪をなさない者には、力が及ばずに善事をさせるのである)
また信心こそしていないが、広宣流布に賛同し、応援し、顕彰してくれる人々は、〝迹化の菩薩〟の働きであると言える。
妙音菩薩は三十四身、観音菩薩は三十三身をもって、世を救うと説かれ、「あらゆる姿で」我らを守るのである。池田名誉会長は、次の通り述べている。
◇
だから、どんな立場の人でも、尊敬していかねばならない。その人が仏菩薩の現れかもしれない。仏菩薩の働きをする場合がある。立場や職業や見かけで、人を判断しては絶対にならない。
(「法華経の智慧」第六巻「『広宣流布』こそ究極の人生」)
要するに「正法の護持者ではない」人々は、〝本化地涌の菩薩〟ではなくとも、我らが信心を強く持ち、かつ尊敬の心と誠意とをもって処すれば、相手は〝諸天〟とも、〝迹化の菩薩〟ともなるのである。
宗門が、世間の人々に「正法の護持者ではない」との念をもって相対するゆえに、人々との間に親和が生ずる道理もなく、何百年経っても世に受け入れられなかったのである。この救われない閉鎖集団は、益々環境に融けこめず、異常な人間となっていく。
人情の機微に触れて互いに啓発し合うことが、仏法者としての土台である。その最低限の心を喪失した坊主にあっては、法華経を読誦しようと御書を拝読しようと、仏の慈悲、人の誠意などを汲み取ることはできない。
もっとも、日顕宗にあっては何より当職の法主の一言がすべてに優先されるのであり、根拠薄弱・依処不明のいわゆる相伝が御書よりも大事であろうから、言うまでも無いことであった。
宗門に人を見下す〝増上慢〟が存在する限り、世間はそれを鋭敏に見抜き、彼等のために諸天と変化することはない。ゆえに宗門を「愚人」と言うのである。
5.正法護持者への誹謗
宗門が「愚人」である理由の第二。〝正法を信受し弘める人〟を誹謗中傷する者を「愚人」と言うのである。
開目抄下(二三七㌻)にいわく、
「教主釈尊の一切の外道に大悪人と罵詈(めり)せられさせ給い天台大師の南北・並びに得一に三寸の舌もって五尺の身をた(絶)つと伝教大師の南京の諸人に『最澄未だ唐都を見ず』等といはれさせ給いし皆法華経のゆへなればはぢならず愚人にほめられたるは第一のはぢなり、日蓮が御勘気を・かほれば天台・真言の法師等・悦ばしくや・をもうらんかつはむざん(無慚)なり・かつはきくわいなり」
(教主釈尊はいっさいの外道に大悪人であると罵詈(めり)された。天台大師は南三北七の十派から怨嫉され、得一からも「拙(つたな)いかな智公(天台)よ、汝はだれの弟子か。三寸に足らない舌をもって釈迦の諸説を謗(ぼう)じ、五尺の仏身を断つものである」といわれ、伝教大師は奈良六宗の学者連中に「最澄はいまだ唐の都を見ていない。仏教の中心地を知らないくらいだからたいしたことはない」等と悪口をいわれているが、これらはすべて法華経のゆえに受けた怨嫉であるから、一向に個人的な恥ではない。それよりも愚人にほめられることが第一の恥である。日蓮が幕府のご勘気を蒙(こうむ)り、流罪されれば天台・真言の法師等は悦んでいるだろう。じつにかれらの心は無慚であり奇怪である)
釈尊、天台大師、伝教大師そして日蓮大聖人は、正法を弘めるゆえ謗法の徒から誹謗中傷された、と仰せである。現代においては創価学会のみが「正当な日蓮大聖人の仏法」を弘めるゆえに、謗法に堕ちた邪宗門から罵詈雑言の限りを尽くされるのである。
牧口会長は「愚人に憎まれたるは第一の光栄なり」と断じた。「愚人」たる宗門に憎まれることは、我ら学会員の正しさを証明しているのである。
6.謗法と捏造の教義
宗門が「愚人」である理由の第三。「正当な日蓮大聖人の仏法」とは「日蓮正宗の教義」であると主張することが、「愚人」たるゆえんである。
「日蓮正宗の教義」には、大聖人、日興上人の正統教義以外に、後世の異流儀が混入されている。富士の清流と言っても、澱(よど)めば澱(おり)がたまり、腐敗臭が漂う。言わば「思想の中に生じた垢(あか)」である。
垢は臭いけれども、特段の害は無い。ところがそこに〝人間の劣情〟(権力欲・増上慢等)が入り込むと、たちまち反応して害毒が発生し、清流のすべてを汚してしまう。
最も顕著な害毒が「法主本尊論」(法主本仏論)である。大石寺では当時、稚児(少年)貫主である十二世日鎮を擁護するため、世話係であった左京日教(他門からの流入僧)が、以下の指令を出したとされる。
「当代の法主の所に御本尊の躰有るべきなり。此の法主に値ひ奉るは聖人の生れ代りて出世したまう故に、生身の聖人に値遇結縁し師弟相対の題目を同声に唱え……当代の聖人の信心無二の所こそ生身の御本尊なれ」
邪義「法主本尊論」(本仏論)の始まりである。貫首(法主)自身が尊敬を受けるに値する徳性を有し、また学問等があれば、かかる愚論など必要としない。だが年少の法主、また日顕の如き劣悪な者にとって、無くてはならかったのである。
この妄説は、いかなる者であろうと貫首(かんず)という地位に登った上は、その身は大聖人の生まれ変わりであり、御本尊であるとする「好都合この上無い」「結構ずくめ」の論理である。
勿論、外部から見れば「身勝手この上無い」「欺瞞ずくめ」の言い草である。しかし体制を維持する側としては、有用な理屈であった。
日顕は登座前の教学部長時代、次の通り語っていた。
「左京日教の文献は本宗では正式に用いてはならない」
「この文を使うと貫主本仏論になってしまう」
「法主といえども御本尊書写がその役目である」
しかし、当の日顕は自分が「盗座」すると「相承を受けた法主は生身の釈迦日蓮」等と、正反対のことを言い出す、身勝手坊主である。この悩乱法主が勝手に紡(つむ)ぎ出す「日蓮正宗の教義」なる〝似非物(えせもの)〟を世に弘めては、大聖人の正法正義は破壊されてしまう。しかし、絶対にそうさせてはならない。
江戸時代の貫首、十七世日精は、御開山日興上人が厳しく戒めた異流儀たる「造仏義」を宣揚した、謗法法主である。ところが、〝代々の法主は無謬(むびゅう)(=誤りが無い)であり、今後も無謬である、ゆえに日顕の言うことに誤りはない〟との妄論を押し通す上から、日顕はこの日精を再評価するのである。
混濁しきった「日蓮正宗の教義」から「法主本尊論(本仏論)」を抜き去り、また「造仏義」を抜き去り、数多ある謗法を次々と拭(ぬぐ)い去って、純粋に抽出されたものが大聖人の正統教義である。これほど宗門には、謗法が充満している。
この正統教義のみを信受し、実践するのが創価学会である。「池田名誉会長が『世界の指導者』として世界各国から称賛される」のは、大聖人の正しい仏法を実践する上から、至極当然の結果であると言えよう。
(参考)
法主本尊論(本仏論)の邪義につき、下記の論文を参考とさせていただいた。
「法主信仰」の打破――日寛上人の言論闘争」
著者:松岡幹夫氏 掲載誌:『大白蓮華』(発行日 平成十七年九月一日)
(続く)
妄説:36 学会には、「池田名誉会長が『世界の指導者』として世界各国から称賛されることが広宣流布につながる」という考えがありますが、これは正しい考えでしょうか。
広宣流布とは、正当な日蓮大聖人の仏法を弘めることです。
かつて日達上人は
「日蓮正宗の教義でないものが、一閻浮提に広がっても、それは、広宣流布とは言えないのであります」(達全 2-6-295頁)
と仰せられました。
たとえ池田大作氏が世界の要人から称賛されたとしても、その称賛する人たちは正法の護持者ではないのです。
大聖人は、『開目抄』に
「愚人にほめられたるは第一のはぢなり」(新編 577頁)
と仰せられております。
過去に戸田会長は『青年訓』において
「愚人にほむらるるは、智者の恥辱なり。大聖にほむらるるは、一生の名誉なり」(戸田城聖全集 一-六一頁)
と指導していたではありませんか。
『法門可被申様(もうさるべきよう)之事』の講義にも「社会的名誉を第一とする三位房(さんみぼう)の姿勢を、大聖人は
『旁(かたがた)せんずるところ日蓮をいやしみてかけるか』と厳しく叱責されているのである」(学講 二七-一〇五頁)
とあります。
このように、世間から誉められることが広宣流布につながるとの考えは、大聖人の教えにはありません。
大聖人は『持妙法華問答抄』に
「名聞名利は今生(こんじょう)のかざり(中略)嗚呼(ああ)、恥づべし恥づべし」(新編 296頁)
と厳しく戒められています。
破折
4.「魔」を「諸天」に変える信心
「愚人」とは、御書によってその意味を大きく変えるのであり、前回にはその例を示した。しかし真の意味で「愚人」とは、宗門を指すのである。
宗門が「愚人」である理由の第一。「世界の要人」を「正法の護持者ではない」との理由で「愚人」呼ばわりすること、これだけで十分に愚人である。
どれだけ増上慢であることか。これでは世の真面(まとも)な人達から宗門が信頼されるわけも無く、ましてや法主が尊敬されようもない。
「正法の護持者ではない」人であろうと、我らの心根次第で、諸天の働きとすることができるのである。それが法華経の法理である。
◇
戸田先生の指導を拝したい。
「あなたの信心が強いと、信心していない者でも、あなたを助けます。『魔及び魔民有りと雖(いえど)も皆仏法を護(まも)る』。これは仏法の方程式です」
法華経にある通りだ。信心強盛の人は、周囲の動きをすべて味方にしていけるのである。
(『聖教新聞』2012.5.31「本部幹部会で紹介された名誉会長の指針」)
道妙禅門御書(一二四二㌻)にいわく、
「只(ただ)肝要は此の経の信心を致し給い候はば、現当の所願満足有る可く候。法華第三に云く『魔及び魔民有りと雖も皆仏法を護(まも)る』」
(ただ肝要なことは、この法華経の信心をされるならば、現在及び未来の所願が満足されるであろう。法華経第三の巻・授記品には「魔および魔民があったとしても、ことごとく仏法を守護する」とある)
法華経授記品第六の文には、〝魔および魔民があったとしても、妙法への信心が強ければ仏法守護の働きに変えていくことができる〟とある。強盛な信心があるならば、我々の信心を妨げ、幸福を奪おうとする魔の力も冥伏してしまい、逆に仏法を守護し、我々の幸福を守る諸天の働きになっていくのである。
常忍抄(九八一㌻)にいわく、
「魔の習いは善を障(ささ)えて悪を造らしむるをば悦ぶ事に候、強いて悪を造らざる者をば力及ばずして善を造らしむ」
(魔の習癖は、善事を妨げて悪事をさせるのを悦ぶことにある。どうしても悪をなさない者には、力が及ばずに善事をさせるのである)
また信心こそしていないが、広宣流布に賛同し、応援し、顕彰してくれる人々は、〝迹化の菩薩〟の働きであると言える。
妙音菩薩は三十四身、観音菩薩は三十三身をもって、世を救うと説かれ、「あらゆる姿で」我らを守るのである。池田名誉会長は、次の通り述べている。
◇
だから、どんな立場の人でも、尊敬していかねばならない。その人が仏菩薩の現れかもしれない。仏菩薩の働きをする場合がある。立場や職業や見かけで、人を判断しては絶対にならない。
(「法華経の智慧」第六巻「『広宣流布』こそ究極の人生」)
要するに「正法の護持者ではない」人々は、〝本化地涌の菩薩〟ではなくとも、我らが信心を強く持ち、かつ尊敬の心と誠意とをもって処すれば、相手は〝諸天〟とも、〝迹化の菩薩〟ともなるのである。
宗門が、世間の人々に「正法の護持者ではない」との念をもって相対するゆえに、人々との間に親和が生ずる道理もなく、何百年経っても世に受け入れられなかったのである。この救われない閉鎖集団は、益々環境に融けこめず、異常な人間となっていく。
人情の機微に触れて互いに啓発し合うことが、仏法者としての土台である。その最低限の心を喪失した坊主にあっては、法華経を読誦しようと御書を拝読しようと、仏の慈悲、人の誠意などを汲み取ることはできない。
もっとも、日顕宗にあっては何より当職の法主の一言がすべてに優先されるのであり、根拠薄弱・依処不明のいわゆる相伝が御書よりも大事であろうから、言うまでも無いことであった。
宗門に人を見下す〝増上慢〟が存在する限り、世間はそれを鋭敏に見抜き、彼等のために諸天と変化することはない。ゆえに宗門を「愚人」と言うのである。
5.正法護持者への誹謗
宗門が「愚人」である理由の第二。〝正法を信受し弘める人〟を誹謗中傷する者を「愚人」と言うのである。
開目抄下(二三七㌻)にいわく、
「教主釈尊の一切の外道に大悪人と罵詈(めり)せられさせ給い天台大師の南北・並びに得一に三寸の舌もって五尺の身をた(絶)つと伝教大師の南京の諸人に『最澄未だ唐都を見ず』等といはれさせ給いし皆法華経のゆへなればはぢならず愚人にほめられたるは第一のはぢなり、日蓮が御勘気を・かほれば天台・真言の法師等・悦ばしくや・をもうらんかつはむざん(無慚)なり・かつはきくわいなり」
(教主釈尊はいっさいの外道に大悪人であると罵詈(めり)された。天台大師は南三北七の十派から怨嫉され、得一からも「拙(つたな)いかな智公(天台)よ、汝はだれの弟子か。三寸に足らない舌をもって釈迦の諸説を謗(ぼう)じ、五尺の仏身を断つものである」といわれ、伝教大師は奈良六宗の学者連中に「最澄はいまだ唐の都を見ていない。仏教の中心地を知らないくらいだからたいしたことはない」等と悪口をいわれているが、これらはすべて法華経のゆえに受けた怨嫉であるから、一向に個人的な恥ではない。それよりも愚人にほめられることが第一の恥である。日蓮が幕府のご勘気を蒙(こうむ)り、流罪されれば天台・真言の法師等は悦んでいるだろう。じつにかれらの心は無慚であり奇怪である)
釈尊、天台大師、伝教大師そして日蓮大聖人は、正法を弘めるゆえ謗法の徒から誹謗中傷された、と仰せである。現代においては創価学会のみが「正当な日蓮大聖人の仏法」を弘めるゆえに、謗法に堕ちた邪宗門から罵詈雑言の限りを尽くされるのである。
牧口会長は「愚人に憎まれたるは第一の光栄なり」と断じた。「愚人」たる宗門に憎まれることは、我ら学会員の正しさを証明しているのである。
6.謗法と捏造の教義
宗門が「愚人」である理由の第三。「正当な日蓮大聖人の仏法」とは「日蓮正宗の教義」であると主張することが、「愚人」たるゆえんである。
「日蓮正宗の教義」には、大聖人、日興上人の正統教義以外に、後世の異流儀が混入されている。富士の清流と言っても、澱(よど)めば澱(おり)がたまり、腐敗臭が漂う。言わば「思想の中に生じた垢(あか)」である。
垢は臭いけれども、特段の害は無い。ところがそこに〝人間の劣情〟(権力欲・増上慢等)が入り込むと、たちまち反応して害毒が発生し、清流のすべてを汚してしまう。
最も顕著な害毒が「法主本尊論」(法主本仏論)である。大石寺では当時、稚児(少年)貫主である十二世日鎮を擁護するため、世話係であった左京日教(他門からの流入僧)が、以下の指令を出したとされる。
「当代の法主の所に御本尊の躰有るべきなり。此の法主に値ひ奉るは聖人の生れ代りて出世したまう故に、生身の聖人に値遇結縁し師弟相対の題目を同声に唱え……当代の聖人の信心無二の所こそ生身の御本尊なれ」
邪義「法主本尊論」(本仏論)の始まりである。貫首(法主)自身が尊敬を受けるに値する徳性を有し、また学問等があれば、かかる愚論など必要としない。だが年少の法主、また日顕の如き劣悪な者にとって、無くてはならかったのである。
この妄説は、いかなる者であろうと貫首(かんず)という地位に登った上は、その身は大聖人の生まれ変わりであり、御本尊であるとする「好都合この上無い」「結構ずくめ」の論理である。
勿論、外部から見れば「身勝手この上無い」「欺瞞ずくめ」の言い草である。しかし体制を維持する側としては、有用な理屈であった。
日顕は登座前の教学部長時代、次の通り語っていた。
「左京日教の文献は本宗では正式に用いてはならない」
「この文を使うと貫主本仏論になってしまう」
「法主といえども御本尊書写がその役目である」
しかし、当の日顕は自分が「盗座」すると「相承を受けた法主は生身の釈迦日蓮」等と、正反対のことを言い出す、身勝手坊主である。この悩乱法主が勝手に紡(つむ)ぎ出す「日蓮正宗の教義」なる〝似非物(えせもの)〟を世に弘めては、大聖人の正法正義は破壊されてしまう。しかし、絶対にそうさせてはならない。
江戸時代の貫首、十七世日精は、御開山日興上人が厳しく戒めた異流儀たる「造仏義」を宣揚した、謗法法主である。ところが、〝代々の法主は無謬(むびゅう)(=誤りが無い)であり、今後も無謬である、ゆえに日顕の言うことに誤りはない〟との妄論を押し通す上から、日顕はこの日精を再評価するのである。
混濁しきった「日蓮正宗の教義」から「法主本尊論(本仏論)」を抜き去り、また「造仏義」を抜き去り、数多ある謗法を次々と拭(ぬぐ)い去って、純粋に抽出されたものが大聖人の正統教義である。これほど宗門には、謗法が充満している。
この正統教義のみを信受し、実践するのが創価学会である。「池田名誉会長が『世界の指導者』として世界各国から称賛される」のは、大聖人の正しい仏法を実践する上から、至極当然の結果であると言えよう。
(参考)
法主本尊論(本仏論)の邪義につき、下記の論文を参考とさせていただいた。
「法主信仰」の打破――日寛上人の言論闘争」
著者:松岡幹夫氏 掲載誌:『大白蓮華』(発行日 平成十七年九月一日)
(続く)
- このエントリーのカテゴリ : 日顕宗破折 №31~40
日顕宗『ニセ宗門』の「妄説:36」を破折する(その一) 連載47回
妄説:36 学会には、「池田名誉会長が『世界の指導者』として世界各国から称賛されることが広宣流布につながる」という考えがありますが、これは正しい考えでしょうか。
広宣流布とは、正当な日蓮大聖人の仏法を弘めることです。
かつて日達上人は
「日蓮正宗の教義でないものが、一閻浮提に広がっても、それは、広宣流布とは言えないのであります」(達全 2-6-295頁)
と仰せられました。
たとえ池田大作氏が世界の要人から称賛されたとしても、その称賛する人たちは正法の護持者ではないのです。
大聖人は、『開目抄』に
「愚人にほめられたるは第一のはぢなり」(新編 577頁)
と仰せられております。
過去に戸田会長は『青年訓』において
「愚人にほむらるるは、智者の恥辱なり。大聖にほむらるるは、一生の名誉なり」(戸田城聖全集 一-六一頁)
と指導していたではありませんか。
『法門可被申様(もうさるべきよう)之事』の講義にも「社会的名誉を第一とする三位房(さんみぼう)の姿勢を、大聖人は
『旁(かたがた)せんずるところ日蓮をいやしみてかけるか』と厳しく叱責されているのである」(学講 二七-一〇五頁)
とあります。
このように、世間から誉められることが広宣流布につながるとの考えは、大聖人の教えにはありません。
大聖人は『持妙法華問答抄』に
「名聞名利は今生(こんじょう)のかざり(中略)嗚呼(ああ)、恥づべし恥づべし」(新編 296頁)
と厳しく戒められています。
破折
1. 大聖人の真意を曲解
池田名誉会長と対談する「世界の要人」が、〝正法の護持者ではない〟ことは然りである。だからと言って、世間で言う「愚人」であるはずが無い、はなはだしい誑惑である。
1.大聖人の真意を曲解し、御書の仰せを捻じ曲げるものである。
2.世界で名声を博した人を見下そうとする、思い上がりである。
3.僧俗差別に起因する、在家の名誉会長への坊主の嫉妬である。
御書に「愚人」とあっても内容は様々であり、次の通りの意味がある。
① 他宗の僧侶・学者等、法華経誹謗の者
開目抄下(二三七㌻)にいわく、
「伝教大師の南京の諸人に『最澄未だ唐都を見ず』等といはれさせ給いし皆法華経のゆへなればはぢならず愚人にほめられたるは第一のはぢなり」
(伝教大師は奈良六宗の学者連中に「最澄はいまだ唐の都を見ていない。仏教の中心地を知らないくらいだからたいしたことはない」等と悪口をいわれているが、これらはすべて法華経のゆえに受けた怨嫉(おんしつ)であるから、一向に個人的な恥ではない。それよりも愚人にほめられることが第一の恥である)
この「愚人」とは法華経の偉大さを理解できず、〝法華経の行者を軽賤する者〟である。
② 真実を希求して諸宗に迷うが、最後に正法に巡り合う者
聖愚問答抄下(五〇〇㌻)にいわく、
「愚人頭(こうべ)を低(た)れ手を挙げて云く我れ今よりは一実の経王を受持し三界の独尊を本師として今身自(よ)り仏身に至るまで此の信心敢て退転無けん」
(愚人は頭をたれ掌(たなごころ)を合わせていう。私は今から一乗真実の法華経を受持し、三界独尊の釈尊を本師として、今の凡身から仏身を成就するまで怠りなく信心を続け、必ず退転することはない)
この御抄の主人公たる「愚人」は、諸宗の教説を遍歴し、邪師の説くところに迷ったが、「聖人」に巡り合って学び、一切の疑いが晴れて後、遂に不退転の信心を貫くことを決意する。愚人とは言いながら、真摯に求道する者である。
この「愚人」とは〝諸宗に迷い、最後に正法を護持する者〟である。
③ 三毒強盛の凡夫であるが、愚直の信心によって成仏する者
四条金吾許御文(一一九七㌻)にいわく、
「浄(きよ)き水なれども濁りぬれば月やどる事なし。糞(ふん)水なれどもすめば影を惜しみ給はず。濁(じょく)水は清けれども月やどらず。糞水はきたなけれどもすめば影ををしまず。濁水は智者・学匠(がくしょう)の持戒なるが法華経に背(そむ)くが如し。糞水は愚人の無戒なるが、貪欲(とんよく)ふかく瞋恚(しんに)強盛(ごうじょう)なれども、法華経計(ばか)りを無二無三に信じまいらせて有るが如し」
(浄い水でも、濁れば月がうつらない。糞水でも澄(す)めば月は影をうつすのである。濁った水は清くても月は宿らないし、糞水は汚いが澄めば月影はおしまず宿るのである。
ちょうど、濁水は智者や学匠の、戒を持っている人が法華経に背いているようなものである。これに対し糞水は、愚人で戒律をもたない人が、貪欲ふかくいかりの心が強くても、法華経だけを唯一と信じているようなものである)
濁水とは、不信・謗法の泥が混じったゆえに、法性の月は影を映すことはない。つまり日顕の邪法に従う者を言うのである。
一方、糞水は三毒強盛の生命を言うのであるが、信心によって澄み、月を映して仏界を顕わすことができる。糞水とは「愚人」、すなわち〝愚直な信心を持(たも)つ者〟である。
2.「愚人」の成仏
前項で明らかにした通り、「愚人にほめられたるは第一のはぢなり」(『開目抄』)と仰せある「愚人」とは、①の「法華経の行者を軽賤する、他宗の僧侶・学者」の意である。「世界の要人」が、どうしてこれに該当しようか。
御書の真意を曲げてまでして、学会への世間的心象を貶めることは、奸佞邪知(かんねいじゃち)を旨とする宗門の手口である。御書を正しく拝読すればすぐに露顕することであり、腐りきった宗門の妄言・邪説には、正智を以て下していくしかない。
②と③の「愚人」ならば、我ら学会員はあえてその名を申し受けよう。
②の愚人、〝諸宗に迷い、最後に正法を護持する者〟は、御抄(『聖愚問答抄』)の設定においては日ごろ外典を学び、風月に心を寄せる教養ある身分であるが、仏教には無知である。
これに対し③の愚人、〝愚直な信心を持(たも)つ者〟は「糞水」と形容される通り(『四条金吾許御文』)、いわゆる大衆に属し、教養はさて措き、師匠の教えを誠実に守り、成仏への道をひたすら歩む者である。
学会員としては、③の愚人こそが真骨頂であり、我らの面目である。愚直の信心こそは、成仏得道への〝最短の道〟である。
ただし、いくつかの宗教を経巡って、ようやく真実の教えの有難さを知る〝遠回りの道〟を選ぶ人(②の愚人)もいる。それは環境にもよろうが、なまじ教養があるだけに「分かったらやる」、知識を得て納得して後に、信仰に入ろうとする人である。
正法に巡り合うまでは、人さまざまである。共々に成仏得道を目指したい。
3.「世界の要人」の意義
減劫御書(一四六六㌻)にいわく、
「法華経に云く『皆実相と相違背せず』等云云、天台之を承(う)けて云く『一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず』等云云、智者とは世間の法より外に仏法を行(おこなわ)ず、世間の治世の法を能(よ)く能く心へて候を智者とは申すなり。
殷(いん)の代の濁りて民のわづらいしを大公望出世して殷の紂(ちゅう)が頚を切りて民のなげ(歎)きをや(止)め、二世王が民の口ににが(苦)かりし張良出でて代ををさめ民の口をあま(甘)くせし、此等は仏法已前なれども教主釈尊の御使として民をたすけしなり、外経の人人は・しらざりしかども彼等の人人の智慧は内心には仏法の智慧をさしはさみたりしなり」
(法華経法師功徳品第十九には「諸の法はみな実相と違背しない」等とあり、天台大師はこれを承けて「すべて世間の政治・経済は、みな実相と違背しない」等と言っている。智者とは世間の法以外において仏法を行ずることはない。世間の治世の法を十分に心得ているのを智者とはいうのである。
殷の世が濁乱して民衆が苦しんでいた時に太公望が世に出て殷の紂王の頚を切って民の歎きを止(とど)め、二世王が民衆の生活を苦しめたときには、張良が出て世の中を治め、民の生活を豊かにした。これらは、仏法以前であるけれども教主釈尊の御使いとして民衆を助けたのである。外道の経書を持った人々は意識しなかったけれども、それらの人々の智慧は実際には仏法の智慧を含みもっていたのである)
大聖人は「世間の法より外に仏法を行(おこなわ)ず」、仏法と言っても、世間法、すなわち社会より外にあるものではない、「世間の治世の法を能(よ)く能く心へて候」、仏法の智慧は現実社会の中で発揮され、顕現し証明していくべきものであると仰せである。
仏法の真実の相は、世間法のただ中に顕われる。その意義から、人々が何を求め、いかにして幸福となるかを弁えることが、仏法を知っていることになる。
御書には例として、殷の紂王の非道を止めた太公望と、秦の二世皇帝に反旗を翻した張良を挙げられ、暴政を除き社会に安定をもたらした彼等は、仏教者ではなかったが、「内心には仏法の智慧をさしはさみたりしなり」と言われている。
白米一俵御書(一五九七㌻)にいわく、
「まことの・みち(道)は世間の事法にて候……やがて世間の法が仏法の全体と釈せられて候」
(真実は、世間の事法がそのまま仏道である。(中略)世間の法がそのまま仏法の全体である、と解釈されている)
この御文にも、世間即仏法の道理を明かされる。結論すれば、「世界の要人」とは「内心には仏法の智慧をさしはさみたりし」「智者」(『減劫御書』)なり、と意義付けられる。「愚人」どころではない。
少なくとも名誉会長が対談する「世界の要人」は、各分野での先覚者であり、改革者である。その行動の目的は、人々の幸福と平和に寄与するためであり、創価学会の理念と一致するものである。
彼等「智者」は御本尊を信受する者では無いゆえに、「正法の護持者」そのものではない。しかし「智者」であるゆえに、仏法の平和理念にも適い、「正法の護持者」を守護する諸天善神の役割を担う存在ともなるのである。
学会が去り、御書一つ読めない宗門には、何らの将来性も無い。目標はただ、法華講を無為な登山に駆り立て、御供養を収奪することのみである。これが邪法に堕ちた宗教の、成れの果ての姿である。
(続く)
妄説:36 学会には、「池田名誉会長が『世界の指導者』として世界各国から称賛されることが広宣流布につながる」という考えがありますが、これは正しい考えでしょうか。
広宣流布とは、正当な日蓮大聖人の仏法を弘めることです。
かつて日達上人は
「日蓮正宗の教義でないものが、一閻浮提に広がっても、それは、広宣流布とは言えないのであります」(達全 2-6-295頁)
と仰せられました。
たとえ池田大作氏が世界の要人から称賛されたとしても、その称賛する人たちは正法の護持者ではないのです。
大聖人は、『開目抄』に
「愚人にほめられたるは第一のはぢなり」(新編 577頁)
と仰せられております。
過去に戸田会長は『青年訓』において
「愚人にほむらるるは、智者の恥辱なり。大聖にほむらるるは、一生の名誉なり」(戸田城聖全集 一-六一頁)
と指導していたではありませんか。
『法門可被申様(もうさるべきよう)之事』の講義にも「社会的名誉を第一とする三位房(さんみぼう)の姿勢を、大聖人は
『旁(かたがた)せんずるところ日蓮をいやしみてかけるか』と厳しく叱責されているのである」(学講 二七-一〇五頁)
とあります。
このように、世間から誉められることが広宣流布につながるとの考えは、大聖人の教えにはありません。
大聖人は『持妙法華問答抄』に
「名聞名利は今生(こんじょう)のかざり(中略)嗚呼(ああ)、恥づべし恥づべし」(新編 296頁)
と厳しく戒められています。
破折
1. 大聖人の真意を曲解
池田名誉会長と対談する「世界の要人」が、〝正法の護持者ではない〟ことは然りである。だからと言って、世間で言う「愚人」であるはずが無い、はなはだしい誑惑である。
1.大聖人の真意を曲解し、御書の仰せを捻じ曲げるものである。
2.世界で名声を博した人を見下そうとする、思い上がりである。
3.僧俗差別に起因する、在家の名誉会長への坊主の嫉妬である。
御書に「愚人」とあっても内容は様々であり、次の通りの意味がある。
① 他宗の僧侶・学者等、法華経誹謗の者
開目抄下(二三七㌻)にいわく、
「伝教大師の南京の諸人に『最澄未だ唐都を見ず』等といはれさせ給いし皆法華経のゆへなればはぢならず愚人にほめられたるは第一のはぢなり」
(伝教大師は奈良六宗の学者連中に「最澄はいまだ唐の都を見ていない。仏教の中心地を知らないくらいだからたいしたことはない」等と悪口をいわれているが、これらはすべて法華経のゆえに受けた怨嫉(おんしつ)であるから、一向に個人的な恥ではない。それよりも愚人にほめられることが第一の恥である)
この「愚人」とは法華経の偉大さを理解できず、〝法華経の行者を軽賤する者〟である。
② 真実を希求して諸宗に迷うが、最後に正法に巡り合う者
聖愚問答抄下(五〇〇㌻)にいわく、
「愚人頭(こうべ)を低(た)れ手を挙げて云く我れ今よりは一実の経王を受持し三界の独尊を本師として今身自(よ)り仏身に至るまで此の信心敢て退転無けん」
(愚人は頭をたれ掌(たなごころ)を合わせていう。私は今から一乗真実の法華経を受持し、三界独尊の釈尊を本師として、今の凡身から仏身を成就するまで怠りなく信心を続け、必ず退転することはない)
この御抄の主人公たる「愚人」は、諸宗の教説を遍歴し、邪師の説くところに迷ったが、「聖人」に巡り合って学び、一切の疑いが晴れて後、遂に不退転の信心を貫くことを決意する。愚人とは言いながら、真摯に求道する者である。
この「愚人」とは〝諸宗に迷い、最後に正法を護持する者〟である。
③ 三毒強盛の凡夫であるが、愚直の信心によって成仏する者
四条金吾許御文(一一九七㌻)にいわく、
「浄(きよ)き水なれども濁りぬれば月やどる事なし。糞(ふん)水なれどもすめば影を惜しみ給はず。濁(じょく)水は清けれども月やどらず。糞水はきたなけれどもすめば影ををしまず。濁水は智者・学匠(がくしょう)の持戒なるが法華経に背(そむ)くが如し。糞水は愚人の無戒なるが、貪欲(とんよく)ふかく瞋恚(しんに)強盛(ごうじょう)なれども、法華経計(ばか)りを無二無三に信じまいらせて有るが如し」
(浄い水でも、濁れば月がうつらない。糞水でも澄(す)めば月は影をうつすのである。濁った水は清くても月は宿らないし、糞水は汚いが澄めば月影はおしまず宿るのである。
ちょうど、濁水は智者や学匠の、戒を持っている人が法華経に背いているようなものである。これに対し糞水は、愚人で戒律をもたない人が、貪欲ふかくいかりの心が強くても、法華経だけを唯一と信じているようなものである)
濁水とは、不信・謗法の泥が混じったゆえに、法性の月は影を映すことはない。つまり日顕の邪法に従う者を言うのである。
一方、糞水は三毒強盛の生命を言うのであるが、信心によって澄み、月を映して仏界を顕わすことができる。糞水とは「愚人」、すなわち〝愚直な信心を持(たも)つ者〟である。
2.「愚人」の成仏
前項で明らかにした通り、「愚人にほめられたるは第一のはぢなり」(『開目抄』)と仰せある「愚人」とは、①の「法華経の行者を軽賤する、他宗の僧侶・学者」の意である。「世界の要人」が、どうしてこれに該当しようか。
御書の真意を曲げてまでして、学会への世間的心象を貶めることは、奸佞邪知(かんねいじゃち)を旨とする宗門の手口である。御書を正しく拝読すればすぐに露顕することであり、腐りきった宗門の妄言・邪説には、正智を以て下していくしかない。
②と③の「愚人」ならば、我ら学会員はあえてその名を申し受けよう。
②の愚人、〝諸宗に迷い、最後に正法を護持する者〟は、御抄(『聖愚問答抄』)の設定においては日ごろ外典を学び、風月に心を寄せる教養ある身分であるが、仏教には無知である。
これに対し③の愚人、〝愚直な信心を持(たも)つ者〟は「糞水」と形容される通り(『四条金吾許御文』)、いわゆる大衆に属し、教養はさて措き、師匠の教えを誠実に守り、成仏への道をひたすら歩む者である。
学会員としては、③の愚人こそが真骨頂であり、我らの面目である。愚直の信心こそは、成仏得道への〝最短の道〟である。
ただし、いくつかの宗教を経巡って、ようやく真実の教えの有難さを知る〝遠回りの道〟を選ぶ人(②の愚人)もいる。それは環境にもよろうが、なまじ教養があるだけに「分かったらやる」、知識を得て納得して後に、信仰に入ろうとする人である。
正法に巡り合うまでは、人さまざまである。共々に成仏得道を目指したい。
3.「世界の要人」の意義
減劫御書(一四六六㌻)にいわく、
「法華経に云く『皆実相と相違背せず』等云云、天台之を承(う)けて云く『一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず』等云云、智者とは世間の法より外に仏法を行(おこなわ)ず、世間の治世の法を能(よ)く能く心へて候を智者とは申すなり。
殷(いん)の代の濁りて民のわづらいしを大公望出世して殷の紂(ちゅう)が頚を切りて民のなげ(歎)きをや(止)め、二世王が民の口ににが(苦)かりし張良出でて代ををさめ民の口をあま(甘)くせし、此等は仏法已前なれども教主釈尊の御使として民をたすけしなり、外経の人人は・しらざりしかども彼等の人人の智慧は内心には仏法の智慧をさしはさみたりしなり」
(法華経法師功徳品第十九には「諸の法はみな実相と違背しない」等とあり、天台大師はこれを承けて「すべて世間の政治・経済は、みな実相と違背しない」等と言っている。智者とは世間の法以外において仏法を行ずることはない。世間の治世の法を十分に心得ているのを智者とはいうのである。
殷の世が濁乱して民衆が苦しんでいた時に太公望が世に出て殷の紂王の頚を切って民の歎きを止(とど)め、二世王が民衆の生活を苦しめたときには、張良が出て世の中を治め、民の生活を豊かにした。これらは、仏法以前であるけれども教主釈尊の御使いとして民衆を助けたのである。外道の経書を持った人々は意識しなかったけれども、それらの人々の智慧は実際には仏法の智慧を含みもっていたのである)
大聖人は「世間の法より外に仏法を行(おこなわ)ず」、仏法と言っても、世間法、すなわち社会より外にあるものではない、「世間の治世の法を能(よ)く能く心へて候」、仏法の智慧は現実社会の中で発揮され、顕現し証明していくべきものであると仰せである。
仏法の真実の相は、世間法のただ中に顕われる。その意義から、人々が何を求め、いかにして幸福となるかを弁えることが、仏法を知っていることになる。
御書には例として、殷の紂王の非道を止めた太公望と、秦の二世皇帝に反旗を翻した張良を挙げられ、暴政を除き社会に安定をもたらした彼等は、仏教者ではなかったが、「内心には仏法の智慧をさしはさみたりしなり」と言われている。
白米一俵御書(一五九七㌻)にいわく、
「まことの・みち(道)は世間の事法にて候……やがて世間の法が仏法の全体と釈せられて候」
(真実は、世間の事法がそのまま仏道である。(中略)世間の法がそのまま仏法の全体である、と解釈されている)
この御文にも、世間即仏法の道理を明かされる。結論すれば、「世界の要人」とは「内心には仏法の智慧をさしはさみたりし」「智者」(『減劫御書』)なり、と意義付けられる。「愚人」どころではない。
少なくとも名誉会長が対談する「世界の要人」は、各分野での先覚者であり、改革者である。その行動の目的は、人々の幸福と平和に寄与するためであり、創価学会の理念と一致するものである。
彼等「智者」は御本尊を信受する者では無いゆえに、「正法の護持者」そのものではない。しかし「智者」であるゆえに、仏法の平和理念にも適い、「正法の護持者」を守護する諸天善神の役割を担う存在ともなるのである。
学会が去り、御書一つ読めない宗門には、何らの将来性も無い。目標はただ、法華講を無為な登山に駆り立て、御供養を収奪することのみである。これが邪法に堕ちた宗教の、成れの果ての姿である。
(続く)
- このエントリーのカテゴリ : 日顕宗破折 №31~40
日顕宗『ニセ宗門』の「妄説:35」を破折する 連載46回
妄説:35 学会では「現在の宗門は狂っているから、宗門に従っても功徳はない」といっていますが本当でしょうか。
これが今まで日蓮正宗の信仰をしていた人の言葉なのでしょうか。
日蓮正宗の総本山には本門戒壇の大御本尊が厳護されており、昔も今も七百年の間、戒壇の大御本尊を根本として、僧俗和合のもとに広宣流布に邁進(まいしん)しています。
ところが、創価学会はことごとく変わってしまいました。
例えば「総本山へ参詣するな」「寺院に行くな」「学会に本尊下付の資格がある」「授戒は牧口先生時代から始めたもので不要だ」「葬儀は檀家制度の弊風である」等々、実に枚挙(まいきょ)にいとまがないほどの変貌ぶりです。学会は今回の問題が起きるや、今まで自分たちが行なってきたことを、百八十度変えてしまったのです。
一体どちらが狂っているのでしょうか。
酔った眼で山を見れば、自分は不動で山が動いているように見えるように、狂った人が宗門を見れば宗門が狂ったように見えるのでしょう。仏法の正邪を決するのは人の数や世法の力ではありません。あくまでも御本仏のお心、すなわち法体と相伝をもって判断すべきなのです。
富士大石寺から離れた創価学会には、もはや宗祖大聖人の法体はもちろん、唯授一人の相伝もないのです。そのような創価学会に従っても、罰こそあれ、決して功徳はありません。
破折:
1.「自科を顧みざる者」とは
宗門は〝法主の放言〟を至高とし、〝大聖人の御書〟を等閑(なおざり)にする。御書には日顕宗の迷妄が言い当てられているから、繙くのが嫌なのであろう。
実相寺御書(一四五三㌻)にいわく、
「而るに彼の阿闍梨等は・自科を顧みざる者にして嫉妬するの間自眼を回転して大山を眩(めぐ)ると観るか」
(しかるに尾張阿闍梨等は自分の誤りを顧みない者であり、他人を嫉妬したあまり、ちょうど自分が眩(めま)いしているのを知らずに、大山が回っていると思うようなものである)
まさしく「尾張阿闍梨」とは日顕を言うのであり、「自科を顧みざる者」とは、大聖人に違背して謗法を積み重ねた宗門のことである。学会を嫉妬した挙句、「自眼を回転して」悩乱し、学会を悪に仕立て罪を被せたのである。
「自科を顧みざる者」とする証拠は、戦時中の軍部政府に強大な天子魔が降ったとき、宗門は魂を魔に売り渡して謗法を重ね、大聖人に違背した歴然たる事実を指す。
神札を甘受する等、仏法を腐(くた)したのは宗門である。大聖人の正義を最後まで守り、殉教したのが牧口会長である。退転者たる宗門が正法護持の学会を嫉妬するのは、分かりやすい構図である。
昭和二十年六月十七日、本山に大火災が発生、管長は生きながらにして阿鼻の焔に身を焦がしたことは、厳しい因果律の結果と言えよう。このことを当時の管長代務者は「大聖人大慈の御誡(いましめ)」と謗法の故であることを認め、ある高僧は「宗門全体に對する御罰」と言及し悔恨したのである。
しかるに宗門は、これらは「個人の感想」でしかないとして、未だに宗門全体の謗法による厳罰であることを認めない。「自科を顧みざる者」とはまさしく宗門を指しているのである。
よって、言葉は適切でなければいけない。「宗門が狂ったように見える」のではなく、「宗門は狂っている」が正解である。
2.大山は不動であり、不変
池田名誉会長は、前述の実相寺御書に仰せある〝嫉妬〟につき、次の通り論じている。
◇
〝正しき道〟を進んでいる人は妬まれる。日蓮大聖人もそうであられた。日興上人もそうであられた。創価学会の歩みも同様である。そのほか歴史上の実例は無数にある。
嫉妬は、いわば人間の病である。病気のようなものである。
シェークスピアは、嫉妬の悲劇『オセロ』の中で、ジェラシー(嫉妬)のことを、「緑色の眼をした怪物」と呼んだ。この怪物に魂を奪われると、病のごとく、自分で自分をどうしようもなくなる。
ギリシャの哲人アンティステネスは、「嫉妬は錆のごとし。錆が鉄をむしばむがごとく、嫉妬は汝自身をむしばむ」と。
そのとおりであろう。提婆達多も、釈尊への妬心(ねたみごころ)から、身を滅ぼした。これは〝男の焼きもち〟である。また女性の嫉妬は、悪鬼としての鬼子母神、十羅刹女の生命に通じるといえるかもしれない。
現代の広布の前進においても、自身の嫉妬心に信心をむしばまれ、みずから堕ちていった人間がいたことは、ご承知のとおりである。
大聖人は、次のように明確に仰せである。
「彼の阿闍梨等は・自科を顧みざる者にして嫉妬するの間自眼を回転して大山を眩ると観るか」(御書一四五三頁)
――かの阿闍梨(大聖人を誹謗して、本末転倒の法門を唱えていた悪僧・尾張阿闍梨)らは、自分の誤りを顧みない者であり、(正法の行者であられる大聖人を)嫉妬するあまり、自分の目が回転しているのを大山が回っていると見ているようなものである――。
たしかに、自分の目が回っていれば、見るものすべてが回って見えるだろう(爆笑)。しかも自分では、その転倒に、まったく気づかない。こうなっては、もう正常な話し合いも不可能である。――大きくうなずいておられる方は、奥さまの〝焼きもち〟に苦しんだ経験がおありの方かもしれない。(爆笑)
ある人が言っていた。「まったく、焼きもち焼きの女房ほど、手に負えないものはない」(爆笑)。「ヒステリックになって(笑い)、何を言っても話が通じない」(笑い)。「私はほとほとこりました」(笑い)。「こうなったら、もう放っておく以外ありません」(爆笑)
率直な体験談であって(笑い)、決して女性を批判しているのではない(爆笑)。むしろ、男性の嫉妬のほうが、被害も大きく(爆笑)、こわい場合が多い。
ぐるぐる目が回転している人に、どう見えようと(笑い)、大山は大山である。どっしりとして不動であり、不変である。
富士のごとき、また浅間のごとき、大いなる山も、目が回っている人間には、ぐらついて見える。動かざる大地も、雲を浮かべた大空も、回って見えるのである。
ゆえに、そうした人間の言うことを信ずるほうが愚かである。決してだまされてはならないということを、大聖人は教えてくださっていると拝される。
嫉妬の人間の悪口はつねに、自分自身の〝悪〟と〝動揺〟を語っているにすぎない。
妬み深い人間は、つねに動揺している。他の人の動向に一喜一憂しながら、いつも胸中で、あれこれ策をめぐらしている。本当の自信がなく、不安定に、ぐらついている。心の休まる暇がない。その意味で、彼らは不幸である。
そのうえ、他人の幸福や成功を見るたびに、黒い炎に胸をこがして苦しむ。だから、彼らは二重に不幸である。
さらに、目が回って、物事の正しい姿が映らない。ゆえに、必ず道を誤る。頭に血がのぼって(笑い)、常識も礼儀も人間性も、どこかに消し飛んでしまう。自分を守ってくれている味方をも敵にし、本当の敵を見失う。
その結果、自分で自分を傷つけ、自滅していく。また、時代と民衆の進歩にとり残される。ゆえに、ますますあせる。こうした意味で、彼らは三重に不幸である。
そして、彼らのまわりからは、正しき人間は遠ざかる。妬みの人、野心の人、策謀の人が集まってくる。悪人のみに囲まれて、本当の友情も知らない。心通う同志愛のすばらしさも味わえない。この意味でも、さらに彼らは不幸である。
(池田名誉会長スピーチ 第一回長野県総会 平成2年8月12日)
3.〝一体どちらが狂っているのでしょうか〟
(1)「仏法の正邪」の基準
「仏法の正邪を決する」ことは、日蓮大聖人、日興上人の御指導に照らして判断されるべきである。ところが日顕宗は、「御書」と「日興遺誡置文」とにことごとく違背するのであり、これらを依文とすることができない。
そこで「法体と相伝をもって判断すべき」と言うのである。それはいかなる内容か。
「法体」…「法体相承」…「後世の造語・作り話」…「胡散臭い」
「相伝」…「後加筆文」…「後世の書き込み・落書き」「擬い物」
「胡散(うさん)臭い」「擬(まが)い物」では判断の基準とならない。宗門とは能天気なものである。「仏法の正邪を決する」とは笑止! 〝法論〟の名にも値しない。
(2)猿に御供養は不要
「総本山へ参詣するな」「寺院に行くな」とは、宗門の謗法に与同罪とならぬよう、戒めていることである。
新池御書(一四四一㌻)にいわく、
「在家の俗男・俗女等よりも邪智心の法師ばらは殊の外の御敵なり、智慧に於ても正智あり邪智あり智慧ありとも其の邪義には随ふべからず、貴僧・高僧には依るべからず、賎き者なりとも此の経の謂(いわ)れを知りたらんものをば生身の如来のごとくに礼拝供養すべし是れ経文なり」
(在家の俗男・俗女等よりも邪智心の僧達はとくに御敵である。智慧にも正智があり、邪智がある。智慧があっても、その邪義には随ってはならない。貴い僧とか高名な僧であるからということに依ってはならない。賎しい者であっても、この経の意味を知っている者を生身の仏のように礼拝供養すべきである。これは経文に説かれていることである)
どれだけ宗門が権威をふりかざそうと、彼らは大聖人の正統なる仏法に背いて「邪義」を説く者である。「邪智心の法師ばら」に随うほど、我らは愚かではない。
同じく新池御書(一四四二㌻)にいわく、
「建長寺・円覚寺の僧共の作法戒文を破る事は大山の頽(くず)れたるが如く・威儀の放埒(ほうらつ)なることは猿に似たり、是を供養して後世を助からんと思ふは・はかなし・はかなし」
(建長寺や円覚寺の僧達が作法・戒文を破っていることは大山が崩れたようなものであり、威儀のふしだらなことは猿と変わらない。これを供養して後世を助かろうと思うのは、はかないことである、はかないことである)
宗開両祖の御誡めを破った宗門は、〝建長寺・円覚寺の猿〟にも及ばない。
撰時抄(二七四㌻)にいわく、
「わづかにのこれる叡山・東寺等の諸僧は俗男俗女にあなづらるること猿猴の人にわらはれ俘囚が童子に蔑如せらるるがごとし」
猿は人に笑われる対象であるから、猿以下の宗門に親近したところで、こちらの恥になろうとも名誉にはならない。ましてや猿に御供養する話など、ありえない。
高橋殿御返事(一四六七㌻)にいわく、
「謗法の者をやしなうは仏種をたつ」
(3)本尊下付の資格
「学会に本尊下付の資格がある」理由とは、「宗門が本尊下付の資格を喪失した」ことによる。それゆえ学会が令法久住と広宣流布との、どちらも担わなければならないのである。
六十六世日達法主が相承することなく急死し、大石寺の正当なる法脈は途絶した。相承を詐称した日顕宗のもとでは功徳は一切期待できず、しかも日顕の謗法により与同罪となるのである。
学会は昭和の代に、日寛上人の御形木御本尊を以て広宣流布を拡大した実績がある。宗門が事実上途絶した現在、正しい御本尊を授与すべき主体は、創価学会の他にいない。
◇
日興上人も「志(こころざし)有る者には本尊を授与し給ふに時を選ばず」とされた。要は、「信心の志」があるかないかである。御本尊を信受していこう、生涯広宣流布のために尽くしていこうという、志のある人に対しては、当然、御本尊を授与すべきなのである。
日顕が御本尊を下付しない魂胆は、信徒を自分に隷属させようとするところにあり、これは、一切衆生を救済されようとした大聖人の大慈悲の御心に反することは明らかであった。大聖人、日興上人に背くこんな無慈悲、師敵対が許されるはずはない。
(「日蓮正宗〝落日の真因〟」渡辺慈済著 発行所:第三文明社)
報恩抄(三二八㌻)にいわく、
「日本・乃至漢土・月氏・一閻浮提に人ごとに有智無智をきらはず一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし、此の事いまだ・ひろまらず一閻浮提の内に仏滅後・二千二百二十五年が間一人も唱えず日蓮一人・南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経等と声もをしまず唱うるなり」
大聖人の御遺命を実現する者は、創価学会のみである。
(4)授戒の儀式
「授戒は牧口先生時代から始めたもので不要だ」とは、「当時は必要であった」ということである。
◇
御授戒は、大法弘通の時を感じた牧口常三郎創価学会初代会長が、昭和十二年頃、入信の儀式として宗門側に提案し、おこなわれはじめたものである。
このとき、宗門の大勢は御授戒に反対であった。牧口会長の発案を諒とされ、用いられたのは、当初、歓喜寮(中野区)と砂町教会(江東区)に過ぎず、あとから常在寺(豊島区)が追っておこなった経過がある。
このことについて、和泉創価学会最高指導会議議長は、
「当時の新入信者は、いくつもの邪宗を遍歴したうえで入信するケースが多かったので、正しい信心への〝けじめ〟をつけさせ、信心のくさびを打って退転させないために、授戒の儀式をうけさせたのである」(『聖教新聞』平成三年十二月二十五日付より引用)
と懐古されている。
(「地涌」第434号 1992年6月9日)
宗門は御授戒に反対していたのであり、学会を破門した後となっては、御授戒も不要のはずである。今さら「御授戒は大聖人御在世当時から行なわれていました」(「妄説:81」)などと、嘘をつく必要がどこにあるのか。
(5)僧侶による葬儀・戒名・塔婆
「葬儀は檀家制度の弊風である」とは、そもそも僧侶が葬儀の導師を勤めることは、江戸幕府が民衆支配を諸宗寺院に肩代わりさせた檀家制度において、寺院が民衆に君臨した位置づけをもって、否応なく行われたことによる。
僧侶による葬儀のみならず、戒名・塔婆なども、寺院が檀徒から御供養を収奪する手段であった。
これらは本来の葬儀のあり方から全く外れたものであり、堕落坊主の導師など一切不要、我らは大聖人の当時の作法に帰るのである。
(了)
妄説:35 学会では「現在の宗門は狂っているから、宗門に従っても功徳はない」といっていますが本当でしょうか。
これが今まで日蓮正宗の信仰をしていた人の言葉なのでしょうか。
日蓮正宗の総本山には本門戒壇の大御本尊が厳護されており、昔も今も七百年の間、戒壇の大御本尊を根本として、僧俗和合のもとに広宣流布に邁進(まいしん)しています。
ところが、創価学会はことごとく変わってしまいました。
例えば「総本山へ参詣するな」「寺院に行くな」「学会に本尊下付の資格がある」「授戒は牧口先生時代から始めたもので不要だ」「葬儀は檀家制度の弊風である」等々、実に枚挙(まいきょ)にいとまがないほどの変貌ぶりです。学会は今回の問題が起きるや、今まで自分たちが行なってきたことを、百八十度変えてしまったのです。
一体どちらが狂っているのでしょうか。
酔った眼で山を見れば、自分は不動で山が動いているように見えるように、狂った人が宗門を見れば宗門が狂ったように見えるのでしょう。仏法の正邪を決するのは人の数や世法の力ではありません。あくまでも御本仏のお心、すなわち法体と相伝をもって判断すべきなのです。
富士大石寺から離れた創価学会には、もはや宗祖大聖人の法体はもちろん、唯授一人の相伝もないのです。そのような創価学会に従っても、罰こそあれ、決して功徳はありません。
破折:
1.「自科を顧みざる者」とは
宗門は〝法主の放言〟を至高とし、〝大聖人の御書〟を等閑(なおざり)にする。御書には日顕宗の迷妄が言い当てられているから、繙くのが嫌なのであろう。
実相寺御書(一四五三㌻)にいわく、
「而るに彼の阿闍梨等は・自科を顧みざる者にして嫉妬するの間自眼を回転して大山を眩(めぐ)ると観るか」
(しかるに尾張阿闍梨等は自分の誤りを顧みない者であり、他人を嫉妬したあまり、ちょうど自分が眩(めま)いしているのを知らずに、大山が回っていると思うようなものである)
まさしく「尾張阿闍梨」とは日顕を言うのであり、「自科を顧みざる者」とは、大聖人に違背して謗法を積み重ねた宗門のことである。学会を嫉妬した挙句、「自眼を回転して」悩乱し、学会を悪に仕立て罪を被せたのである。
「自科を顧みざる者」とする証拠は、戦時中の軍部政府に強大な天子魔が降ったとき、宗門は魂を魔に売り渡して謗法を重ね、大聖人に違背した歴然たる事実を指す。
神札を甘受する等、仏法を腐(くた)したのは宗門である。大聖人の正義を最後まで守り、殉教したのが牧口会長である。退転者たる宗門が正法護持の学会を嫉妬するのは、分かりやすい構図である。
昭和二十年六月十七日、本山に大火災が発生、管長は生きながらにして阿鼻の焔に身を焦がしたことは、厳しい因果律の結果と言えよう。このことを当時の管長代務者は「大聖人大慈の御誡(いましめ)」と謗法の故であることを認め、ある高僧は「宗門全体に對する御罰」と言及し悔恨したのである。
しかるに宗門は、これらは「個人の感想」でしかないとして、未だに宗門全体の謗法による厳罰であることを認めない。「自科を顧みざる者」とはまさしく宗門を指しているのである。
よって、言葉は適切でなければいけない。「宗門が狂ったように見える」のではなく、「宗門は狂っている」が正解である。
2.大山は不動であり、不変
池田名誉会長は、前述の実相寺御書に仰せある〝嫉妬〟につき、次の通り論じている。
◇
〝正しき道〟を進んでいる人は妬まれる。日蓮大聖人もそうであられた。日興上人もそうであられた。創価学会の歩みも同様である。そのほか歴史上の実例は無数にある。
嫉妬は、いわば人間の病である。病気のようなものである。
シェークスピアは、嫉妬の悲劇『オセロ』の中で、ジェラシー(嫉妬)のことを、「緑色の眼をした怪物」と呼んだ。この怪物に魂を奪われると、病のごとく、自分で自分をどうしようもなくなる。
ギリシャの哲人アンティステネスは、「嫉妬は錆のごとし。錆が鉄をむしばむがごとく、嫉妬は汝自身をむしばむ」と。
そのとおりであろう。提婆達多も、釈尊への妬心(ねたみごころ)から、身を滅ぼした。これは〝男の焼きもち〟である。また女性の嫉妬は、悪鬼としての鬼子母神、十羅刹女の生命に通じるといえるかもしれない。
現代の広布の前進においても、自身の嫉妬心に信心をむしばまれ、みずから堕ちていった人間がいたことは、ご承知のとおりである。
大聖人は、次のように明確に仰せである。
「彼の阿闍梨等は・自科を顧みざる者にして嫉妬するの間自眼を回転して大山を眩ると観るか」(御書一四五三頁)
――かの阿闍梨(大聖人を誹謗して、本末転倒の法門を唱えていた悪僧・尾張阿闍梨)らは、自分の誤りを顧みない者であり、(正法の行者であられる大聖人を)嫉妬するあまり、自分の目が回転しているのを大山が回っていると見ているようなものである――。
たしかに、自分の目が回っていれば、見るものすべてが回って見えるだろう(爆笑)。しかも自分では、その転倒に、まったく気づかない。こうなっては、もう正常な話し合いも不可能である。――大きくうなずいておられる方は、奥さまの〝焼きもち〟に苦しんだ経験がおありの方かもしれない。(爆笑)
ある人が言っていた。「まったく、焼きもち焼きの女房ほど、手に負えないものはない」(爆笑)。「ヒステリックになって(笑い)、何を言っても話が通じない」(笑い)。「私はほとほとこりました」(笑い)。「こうなったら、もう放っておく以外ありません」(爆笑)
率直な体験談であって(笑い)、決して女性を批判しているのではない(爆笑)。むしろ、男性の嫉妬のほうが、被害も大きく(爆笑)、こわい場合が多い。
ぐるぐる目が回転している人に、どう見えようと(笑い)、大山は大山である。どっしりとして不動であり、不変である。
富士のごとき、また浅間のごとき、大いなる山も、目が回っている人間には、ぐらついて見える。動かざる大地も、雲を浮かべた大空も、回って見えるのである。
ゆえに、そうした人間の言うことを信ずるほうが愚かである。決してだまされてはならないということを、大聖人は教えてくださっていると拝される。
嫉妬の人間の悪口はつねに、自分自身の〝悪〟と〝動揺〟を語っているにすぎない。
妬み深い人間は、つねに動揺している。他の人の動向に一喜一憂しながら、いつも胸中で、あれこれ策をめぐらしている。本当の自信がなく、不安定に、ぐらついている。心の休まる暇がない。その意味で、彼らは不幸である。
そのうえ、他人の幸福や成功を見るたびに、黒い炎に胸をこがして苦しむ。だから、彼らは二重に不幸である。
さらに、目が回って、物事の正しい姿が映らない。ゆえに、必ず道を誤る。頭に血がのぼって(笑い)、常識も礼儀も人間性も、どこかに消し飛んでしまう。自分を守ってくれている味方をも敵にし、本当の敵を見失う。
その結果、自分で自分を傷つけ、自滅していく。また、時代と民衆の進歩にとり残される。ゆえに、ますますあせる。こうした意味で、彼らは三重に不幸である。
そして、彼らのまわりからは、正しき人間は遠ざかる。妬みの人、野心の人、策謀の人が集まってくる。悪人のみに囲まれて、本当の友情も知らない。心通う同志愛のすばらしさも味わえない。この意味でも、さらに彼らは不幸である。
(池田名誉会長スピーチ 第一回長野県総会 平成2年8月12日)
3.〝一体どちらが狂っているのでしょうか〟
(1)「仏法の正邪」の基準
「仏法の正邪を決する」ことは、日蓮大聖人、日興上人の御指導に照らして判断されるべきである。ところが日顕宗は、「御書」と「日興遺誡置文」とにことごとく違背するのであり、これらを依文とすることができない。
そこで「法体と相伝をもって判断すべき」と言うのである。それはいかなる内容か。
「法体」…「法体相承」…「後世の造語・作り話」…「胡散臭い」
「相伝」…「後加筆文」…「後世の書き込み・落書き」「擬い物」
「胡散(うさん)臭い」「擬(まが)い物」では判断の基準とならない。宗門とは能天気なものである。「仏法の正邪を決する」とは笑止! 〝法論〟の名にも値しない。
(2)猿に御供養は不要
「総本山へ参詣するな」「寺院に行くな」とは、宗門の謗法に与同罪とならぬよう、戒めていることである。
新池御書(一四四一㌻)にいわく、
「在家の俗男・俗女等よりも邪智心の法師ばらは殊の外の御敵なり、智慧に於ても正智あり邪智あり智慧ありとも其の邪義には随ふべからず、貴僧・高僧には依るべからず、賎き者なりとも此の経の謂(いわ)れを知りたらんものをば生身の如来のごとくに礼拝供養すべし是れ経文なり」
(在家の俗男・俗女等よりも邪智心の僧達はとくに御敵である。智慧にも正智があり、邪智がある。智慧があっても、その邪義には随ってはならない。貴い僧とか高名な僧であるからということに依ってはならない。賎しい者であっても、この経の意味を知っている者を生身の仏のように礼拝供養すべきである。これは経文に説かれていることである)
どれだけ宗門が権威をふりかざそうと、彼らは大聖人の正統なる仏法に背いて「邪義」を説く者である。「邪智心の法師ばら」に随うほど、我らは愚かではない。
同じく新池御書(一四四二㌻)にいわく、
「建長寺・円覚寺の僧共の作法戒文を破る事は大山の頽(くず)れたるが如く・威儀の放埒(ほうらつ)なることは猿に似たり、是を供養して後世を助からんと思ふは・はかなし・はかなし」
(建長寺や円覚寺の僧達が作法・戒文を破っていることは大山が崩れたようなものであり、威儀のふしだらなことは猿と変わらない。これを供養して後世を助かろうと思うのは、はかないことである、はかないことである)
宗開両祖の御誡めを破った宗門は、〝建長寺・円覚寺の猿〟にも及ばない。
撰時抄(二七四㌻)にいわく、
「わづかにのこれる叡山・東寺等の諸僧は俗男俗女にあなづらるること猿猴の人にわらはれ俘囚が童子に蔑如せらるるがごとし」
猿は人に笑われる対象であるから、猿以下の宗門に親近したところで、こちらの恥になろうとも名誉にはならない。ましてや猿に御供養する話など、ありえない。
高橋殿御返事(一四六七㌻)にいわく、
「謗法の者をやしなうは仏種をたつ」
(3)本尊下付の資格
「学会に本尊下付の資格がある」理由とは、「宗門が本尊下付の資格を喪失した」ことによる。それゆえ学会が令法久住と広宣流布との、どちらも担わなければならないのである。
六十六世日達法主が相承することなく急死し、大石寺の正当なる法脈は途絶した。相承を詐称した日顕宗のもとでは功徳は一切期待できず、しかも日顕の謗法により与同罪となるのである。
学会は昭和の代に、日寛上人の御形木御本尊を以て広宣流布を拡大した実績がある。宗門が事実上途絶した現在、正しい御本尊を授与すべき主体は、創価学会の他にいない。
◇
日興上人も「志(こころざし)有る者には本尊を授与し給ふに時を選ばず」とされた。要は、「信心の志」があるかないかである。御本尊を信受していこう、生涯広宣流布のために尽くしていこうという、志のある人に対しては、当然、御本尊を授与すべきなのである。
日顕が御本尊を下付しない魂胆は、信徒を自分に隷属させようとするところにあり、これは、一切衆生を救済されようとした大聖人の大慈悲の御心に反することは明らかであった。大聖人、日興上人に背くこんな無慈悲、師敵対が許されるはずはない。
(「日蓮正宗〝落日の真因〟」渡辺慈済著 発行所:第三文明社)
報恩抄(三二八㌻)にいわく、
「日本・乃至漢土・月氏・一閻浮提に人ごとに有智無智をきらはず一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし、此の事いまだ・ひろまらず一閻浮提の内に仏滅後・二千二百二十五年が間一人も唱えず日蓮一人・南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経等と声もをしまず唱うるなり」
大聖人の御遺命を実現する者は、創価学会のみである。
(4)授戒の儀式
「授戒は牧口先生時代から始めたもので不要だ」とは、「当時は必要であった」ということである。
◇
御授戒は、大法弘通の時を感じた牧口常三郎創価学会初代会長が、昭和十二年頃、入信の儀式として宗門側に提案し、おこなわれはじめたものである。
このとき、宗門の大勢は御授戒に反対であった。牧口会長の発案を諒とされ、用いられたのは、当初、歓喜寮(中野区)と砂町教会(江東区)に過ぎず、あとから常在寺(豊島区)が追っておこなった経過がある。
このことについて、和泉創価学会最高指導会議議長は、
「当時の新入信者は、いくつもの邪宗を遍歴したうえで入信するケースが多かったので、正しい信心への〝けじめ〟をつけさせ、信心のくさびを打って退転させないために、授戒の儀式をうけさせたのである」(『聖教新聞』平成三年十二月二十五日付より引用)
と懐古されている。
(「地涌」第434号 1992年6月9日)
宗門は御授戒に反対していたのであり、学会を破門した後となっては、御授戒も不要のはずである。今さら「御授戒は大聖人御在世当時から行なわれていました」(「妄説:81」)などと、嘘をつく必要がどこにあるのか。
(5)僧侶による葬儀・戒名・塔婆
「葬儀は檀家制度の弊風である」とは、そもそも僧侶が葬儀の導師を勤めることは、江戸幕府が民衆支配を諸宗寺院に肩代わりさせた檀家制度において、寺院が民衆に君臨した位置づけをもって、否応なく行われたことによる。
僧侶による葬儀のみならず、戒名・塔婆なども、寺院が檀徒から御供養を収奪する手段であった。
これらは本来の葬儀のあり方から全く外れたものであり、堕落坊主の導師など一切不要、我らは大聖人の当時の作法に帰るのである。
(了)
- このエントリーのカテゴリ : 日顕宗破折 №31~40
日顕宗『ニセ宗門』の「妄説:34」を破折する 連載45回
妄説:34 「信心の血脈さえあればよい」という学会の指導は正しいのですか。
創価学会は、『生死一大事血脈抄』の講義の中で、
「血脈には別しての法体の血脈と、総じての信心の血脈とがあり、明確に立て分けなければならないことである」(学講 三〇上-五八頁)
「したがって、総じての信心の血脈は御法主上人の御指南のもと、御本尊を唯一無二に信ずる衆生の信心の一念にこそ流れる」(同書 六一頁)と述べていました。
日蓮大聖人は『曾谷殿御返事』に、
「総別の二義少しも相そむけば成仏思ひもよらず、輪廻生死(りんねしょうじ)のもとゐたらん」(新編 1039頁)
と仰せですが、本宗においては血脈にも総別の立て分けがあり、そこには厳とした筋目があるのです。
現在の創価学会のように、別しての「法体の血脈」を否定し、総じての「信心の血脈」だけを強調することは、成仏どころか、堕地獄の業因となります。
破折:
1 大聖人の仏法は「信心の血脈」あるのみ
生死一大事血脈抄(一三三七㌻~)にいわく、
「総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思(おもい)を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり……日本国の一切衆生に法華経を信ぜしめて仏に成る血脈を継(つ)がしめん……信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり」
「生死一大事の血脈」とは、「日本国の一切衆生」に継がせる「仏に成る血脈」であり、「信心の血脈」とも仰せである。しかし「別しての法体の血脈」は、御書のどこにも記されていない。
日顕宗においては「御書は大聖人が説かれた法門の〝部分〟にすぎず、すべての法義は法主だけが知る」とする「御書部分論」がまかり通っている。〝歴代上人はすべての法義を知悉する〟と言うならば、日寛上人はいかに述べられたのか。
当体義抄文段(「日寛上人文段集」六八三㌻)にいわく、
「法の本尊を証得(しょうとく)して、我が身全く本門戒壇の本尊と顕(あらわ)るるなり(中略)題目の力用に由るなり」
「本尊を証得」することは、御本尊を信受し題目を唱える者であれば、万人に開かれることを明かされた御文である。すべては大聖人が仰せの「信心の血脈」に帰結するものである。
法主一人が本尊証得を独占する(「法体の血脈」)との妄論は、日寛上人の法理にあっては全く通用しない。「法体の血脈」との主張には裏付けの文証が存在せず、有るのは日顕の意向を受けて小僧共が量産した捏造文書の数々である。
「別しての『法体の血脈』を否定し、総じての『信心の血脈』だけを強調することは、成仏どころか、堕地獄の業因となります」と言うが、もう少し言葉を慎んだほうが良かろう。それはまさに、自分達の後生を言い当てているのだから。
真言見聞(一四八㌻)にいわく、
「文証無き者は悉く是れ邪偽・彼の外道に同じ」
持妙法華問答抄(四六三㌻)にいわく、
「現在の麤食者は偽章数巻を作りて、法を謗じ人を謗ず何ぞ地獄に堕せざらんや」
文証が無ければことごとく邪義であり、外道と等しい。偽文を作って正法を貶し人々を誹謗する者が、どうして地獄に堕ちないわけがあろうか――。日顕宗の迷妄は、すでに大聖人が破折されている。この通り、「堕地獄の業因」を造ったのは日顕宗のほうであった。
顕謗法抄(四四八㌻)にいわく、
「法華経の行者を悪口し及び杖を以て打擲せるもの其の後に懺悔せりといえども罪いまだ滅せずして千劫・阿鼻地獄に堕ちたりと見えぬ、懺悔せる謗法の罪すら五逆罪に千倍せり況や懺悔せざらん謗法にをいては阿鼻地獄を出ずる期かたかるべし」
日顕宗に身を置いた者にとって、恐ろしい果報が待ち受ける。
2.「法体の血脈」は日顕宗の捏造
宗門が引用する御書講義録(昭和62年11月3日発行。絶版)を読み返せば、該当箇所のみが、前後の講義文から遊離した文言となっている。「法体の血脈」の語彙の説明は無く、根拠も依処も付されていないため、何の解説もできないからである。もとより文証が無いゆえに、日顕の〝独り言〟を収載したと同じことであった。
松岡幹夫氏の論文(注記参照)によれば、明治期の五十六世日応(在位1889年~1908年)が著した書(「弁惑観心抄」)には、似通った語として「法体相承」の文字が見られる。これは日応自作の語である。
日応によると、法主の相承(「唯授一人嫡々血脈相承」)には二義あるとする。
「唯授一人嫡々血脈相承にも別付・総付の二箇あり其の別付とは則ち法体相承にして総付とは法門相承なり、而して法体別付を受け玉ひたる師を真の唯授一人正嫡血脈付法の大導師と云ふべし」(「弁惑観心抄」)
① 「別付」……「法体相承」
② 「総付」……「法門相承」
「法体とは則ち吾山に秘蔵する本門戒壇の大御本尊是れなり(中略)此の法体相承を受くるに付き、尚唯授一人金口嫡々相承なるものあり。此の金口嫡々相承を受けざれば、決して本尊の書写をなすこと能はず」(同)
③ 「法体」……「本門戒壇の大御本尊」
④ 「唯授一人金口嫡々相承」……「本尊の書写」(秘伝)
以上は、日応が宗門法主の独自的権威を示す根拠として挙げたものである。ただしそれは宗門の管理者たるに必須の〝役割〟をまとめたものであり、法主により代々受け継がれるべき〝一山の最重要事項〟との意義づけとして、〝血脈〟の語を借用したに過ぎない。すなわち「別付・総付」の語は、〝法主の相承内容〟を分類する上での概念である。
日顕宗の邪教たるゆえんは、仏法の本来の意義を「換骨奪胎」することにある。〝法主の相承内容〟を表わす「別付・総付」の語に、全ての信者に流れ通う「信心の血脈」を含めることは、原典の意味を完全に入れ替えた、大誑惑である(〝誑惑〟とは人をだまし惑わすこと。世間では〝詐欺〟と言うのである)。
「信心の血脈」とは、大聖人が定められた万人成仏の方程式である。御本尊から衆生に直接に流れる成仏の因であり、〝法主の相承内容〟ではない。
「信心の血脈」と「法体の血脈」とを〝総別〟の関係に含めようとする宗門の意図は、大聖人の仏法を貶め、かつは信徒を隷属するための、欺瞞以外の何物でもない。
(注記)
「法体相承」の解説につき、松岡幹夫氏(青年僧侶改革同盟)の論文から引用させていただいた。氏に感謝申し上げる。
(「現代の大石寺門流における唯授一人相承の信仰上の意義 三大秘法義の理論的公開過程に関する考察を踏まえて」 該当箇所は「7.法体相承について」)
3.「総別」の意義を攪乱
宗門が引用する「総別の二義」(『曾谷殿御返事』より)の真義は、法華経の説法で釈尊が滅後の広布を弟子に託すにあたり、別付嘱と総付嘱の儀式が各々行われたことを言う。
総付嘱とは、法華経嘱累品第二十二で説かれる摩頂付嘱のことであり、全ての菩薩達に付嘱された法体は「文上の法華経のみならず前後の一切経」にわたるのであって、流布すべき時代も釈尊滅後、正像二千年の衆生の機根のためであった。
これに対し別付嘱とは、法華経如来神力品第二十一で説かれた結要付嘱(けっちょうふぞく)のことであり、付嘱の法体は「法華経寿量文底の南無妙法蓮華経の五字七字」であり、弘通されるべき時代も末法である。
ゆえに末法の時代に生を受けた衆生は、あくまで上行菩薩等に結要付嘱された南無妙法蓮華経によって成仏する機根なのであり、この点を混同して取り違えてはならない、と大聖人が強調された御文である。
総付嘱された迹化の菩薩達や、阿弥陀仏・大日如来等の仏を信仰すると、時も機も教もことごとく異なるゆえ「輪廻生死のもといたらん」と仰せなのであり、成仏はおろか、かえって六道を生死生死と輪廻する災いを、自ら招くことになると述べられる。
要するに「曾谷殿御返事」(別名「成仏用心抄」)には、総付嘱と別付嘱とでは付嘱の法体と弘通すべき時代とが各々異なることを強調されているのであるが、それは決して「信心の血脈」を言われていることではない。
宗門はあえて本項と関係の無い御書を引き合いに出し、「総別」の意味を攪乱させておき、「総別の立て分け」の語に〝脅迫〟の意味を込めるのである。つまりは〝目くらまし〟であり、日顕宗らしい姑息なやり口である。
4.宗門の詐術と詭弁
さて日応の「弁惑観心抄」には次の文言がある。
「この金口の血脈こそ、宗祖の法魂を写し本尊の極意を伝ふるものなり。これを真の唯授一人と云ふ」
ここの「法魂」もまた、日応の自作語である。日応はここで、大石寺法主により〝本尊書写の極意〟を伝えることを「宗祖の法魂を写し」と称する。これが日顕宗の手にかかると次の通り、論理が雲散霧消してしまう。
「ここで仰せの開眼の意義は、大聖人の御内証たる唯授一人血脈相承の御境界よりなされる開眼の御祈念によって、允可された一切の御本尊に時間・空間を超えて御法魂が具わることを仰せになられている(後略)」
(「松岡幹夫の傲慢不遜なる10項目の愚問を弁駁す」H17.8.24)
上記は日顕が所持するはずも無い「通力」を騙るものであり、精神疾患において出現する誇大妄想の特徴を示した表現となっている。
真言師なら呪法を用い、陰陽師は生霊と交信するであろうが、法華経の行者に「通力」は無用である。
唱法華題目抄(一六㌻)にいわく、
「但し法門をもて邪正をただすべし利根と通力とにはよるべからず」
通力を依処とすれば、すなわち邪法である。日顕はなまじ〝自分には通力がある〟と信じ込んでいるゆえに救われない。これを幼稚と形容するには、可愛げが無さすぎて妥当ではない。
「秋谷 幼稚といえば、数年前、日顕に目通りした時、得意満面で、しゃべっていたことがある。なんと日顕は、テレビで相撲を見ていて、自分が好きな力士が土俵に上がると、〝題目を送ると勝つんです〟と言うんです。
辻 ということは、日顕にとってテレビが御本尊で、それに祈っていたということになる。それじゃ、日顕が祈ったら、その力士は、全勝優勝できるのか。負けたら、どうするんだ。あまりにも子供じみている。幼児以下だね」
(発言者:秋谷会長、辻参議会議長 『聖教新聞』1993.10.14)
〝幼稚〟の語には、〝拙い者なりの真実〟が込められることもある。日顕は「幼稚以前」である。
5.大聖人詐称は「魔の所為」
宗門によって意味を転化された「法魂」の語は「魂魄」と差し替えられ、さらに論理のすり替えが行なわれる。
「唯授一人のご相承を法体相承ともいいますが、この法体相承を受けられるがゆえに、御法主上人のご内証には、日蓮大聖人のご魂魄たる『本尊の体』が具わっているのです」
(日蓮正宗法義研鑽委員会編『創価学会のいうことはこんなに間違っている』大石寺、2000年、18頁)
日顕は大慢の果てに、禅宗の説く「謂己均仏(いこきんぶつ)」(己れを仏と均しいとする謂(いい))に行き着いたのである。そうでなければ、禅寺に先祖の墓を建立する大謗法を犯すわけが無い。
古来、仏に化けて僧俗を幻惑させることは、狐狸の類にあるとされた(畜生界)。しかし日蓮大聖人を詐称することは、魔の所為である(第六天の魔王)。
守護国家論(七六㌻)にいわく、
「此の仏は涅槃経に出す所の滅後の魔仏なり之を信用す可からず」
魔の首領は天子魔・第六天の魔王である。濳聖増上慢の身に入り、法華経の行者を迫害する。
「三障四魔のうち死魔までは勝てるが、本当に恐ろしいのは最後の天子魔である。……この第六天の魔王を破るのは信心の利剣しかないんだ」(戸田会長)
日顕は魔の権化であるゆえに、正法たる大御本尊を誹謗し、地涌の菩薩たる学会を放逐したのである。しかし我らには「信心の利剣」、〝学会魂〟がある。巨大な魔であるほど、相手にとって不足なしである。
(了)
妄説:34 「信心の血脈さえあればよい」という学会の指導は正しいのですか。
創価学会は、『生死一大事血脈抄』の講義の中で、
「血脈には別しての法体の血脈と、総じての信心の血脈とがあり、明確に立て分けなければならないことである」(学講 三〇上-五八頁)
「したがって、総じての信心の血脈は御法主上人の御指南のもと、御本尊を唯一無二に信ずる衆生の信心の一念にこそ流れる」(同書 六一頁)と述べていました。
日蓮大聖人は『曾谷殿御返事』に、
「総別の二義少しも相そむけば成仏思ひもよらず、輪廻生死(りんねしょうじ)のもとゐたらん」(新編 1039頁)
と仰せですが、本宗においては血脈にも総別の立て分けがあり、そこには厳とした筋目があるのです。
現在の創価学会のように、別しての「法体の血脈」を否定し、総じての「信心の血脈」だけを強調することは、成仏どころか、堕地獄の業因となります。
破折:
1 大聖人の仏法は「信心の血脈」あるのみ
生死一大事血脈抄(一三三七㌻~)にいわく、
「総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思(おもい)を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり……日本国の一切衆生に法華経を信ぜしめて仏に成る血脈を継(つ)がしめん……信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり」
「生死一大事の血脈」とは、「日本国の一切衆生」に継がせる「仏に成る血脈」であり、「信心の血脈」とも仰せである。しかし「別しての法体の血脈」は、御書のどこにも記されていない。
日顕宗においては「御書は大聖人が説かれた法門の〝部分〟にすぎず、すべての法義は法主だけが知る」とする「御書部分論」がまかり通っている。〝歴代上人はすべての法義を知悉する〟と言うならば、日寛上人はいかに述べられたのか。
当体義抄文段(「日寛上人文段集」六八三㌻)にいわく、
「法の本尊を証得(しょうとく)して、我が身全く本門戒壇の本尊と顕(あらわ)るるなり(中略)題目の力用に由るなり」
「本尊を証得」することは、御本尊を信受し題目を唱える者であれば、万人に開かれることを明かされた御文である。すべては大聖人が仰せの「信心の血脈」に帰結するものである。
法主一人が本尊証得を独占する(「法体の血脈」)との妄論は、日寛上人の法理にあっては全く通用しない。「法体の血脈」との主張には裏付けの文証が存在せず、有るのは日顕の意向を受けて小僧共が量産した捏造文書の数々である。
「別しての『法体の血脈』を否定し、総じての『信心の血脈』だけを強調することは、成仏どころか、堕地獄の業因となります」と言うが、もう少し言葉を慎んだほうが良かろう。それはまさに、自分達の後生を言い当てているのだから。
真言見聞(一四八㌻)にいわく、
「文証無き者は悉く是れ邪偽・彼の外道に同じ」
持妙法華問答抄(四六三㌻)にいわく、
「現在の麤食者は偽章数巻を作りて、法を謗じ人を謗ず何ぞ地獄に堕せざらんや」
文証が無ければことごとく邪義であり、外道と等しい。偽文を作って正法を貶し人々を誹謗する者が、どうして地獄に堕ちないわけがあろうか――。日顕宗の迷妄は、すでに大聖人が破折されている。この通り、「堕地獄の業因」を造ったのは日顕宗のほうであった。
顕謗法抄(四四八㌻)にいわく、
「法華経の行者を悪口し及び杖を以て打擲せるもの其の後に懺悔せりといえども罪いまだ滅せずして千劫・阿鼻地獄に堕ちたりと見えぬ、懺悔せる謗法の罪すら五逆罪に千倍せり況や懺悔せざらん謗法にをいては阿鼻地獄を出ずる期かたかるべし」
日顕宗に身を置いた者にとって、恐ろしい果報が待ち受ける。
2.「法体の血脈」は日顕宗の捏造
宗門が引用する御書講義録(昭和62年11月3日発行。絶版)を読み返せば、該当箇所のみが、前後の講義文から遊離した文言となっている。「法体の血脈」の語彙の説明は無く、根拠も依処も付されていないため、何の解説もできないからである。もとより文証が無いゆえに、日顕の〝独り言〟を収載したと同じことであった。
松岡幹夫氏の論文(注記参照)によれば、明治期の五十六世日応(在位1889年~1908年)が著した書(「弁惑観心抄」)には、似通った語として「法体相承」の文字が見られる。これは日応自作の語である。
日応によると、法主の相承(「唯授一人嫡々血脈相承」)には二義あるとする。
「唯授一人嫡々血脈相承にも別付・総付の二箇あり其の別付とは則ち法体相承にして総付とは法門相承なり、而して法体別付を受け玉ひたる師を真の唯授一人正嫡血脈付法の大導師と云ふべし」(「弁惑観心抄」)
① 「別付」……「法体相承」
② 「総付」……「法門相承」
「法体とは則ち吾山に秘蔵する本門戒壇の大御本尊是れなり(中略)此の法体相承を受くるに付き、尚唯授一人金口嫡々相承なるものあり。此の金口嫡々相承を受けざれば、決して本尊の書写をなすこと能はず」(同)
③ 「法体」……「本門戒壇の大御本尊」
④ 「唯授一人金口嫡々相承」……「本尊の書写」(秘伝)
以上は、日応が宗門法主の独自的権威を示す根拠として挙げたものである。ただしそれは宗門の管理者たるに必須の〝役割〟をまとめたものであり、法主により代々受け継がれるべき〝一山の最重要事項〟との意義づけとして、〝血脈〟の語を借用したに過ぎない。すなわち「別付・総付」の語は、〝法主の相承内容〟を分類する上での概念である。
日顕宗の邪教たるゆえんは、仏法の本来の意義を「換骨奪胎」することにある。〝法主の相承内容〟を表わす「別付・総付」の語に、全ての信者に流れ通う「信心の血脈」を含めることは、原典の意味を完全に入れ替えた、大誑惑である(〝誑惑〟とは人をだまし惑わすこと。世間では〝詐欺〟と言うのである)。
「信心の血脈」とは、大聖人が定められた万人成仏の方程式である。御本尊から衆生に直接に流れる成仏の因であり、〝法主の相承内容〟ではない。
「信心の血脈」と「法体の血脈」とを〝総別〟の関係に含めようとする宗門の意図は、大聖人の仏法を貶め、かつは信徒を隷属するための、欺瞞以外の何物でもない。
(注記)
「法体相承」の解説につき、松岡幹夫氏(青年僧侶改革同盟)の論文から引用させていただいた。氏に感謝申し上げる。
(「現代の大石寺門流における唯授一人相承の信仰上の意義 三大秘法義の理論的公開過程に関する考察を踏まえて」 該当箇所は「7.法体相承について」)
3.「総別」の意義を攪乱
宗門が引用する「総別の二義」(『曾谷殿御返事』より)の真義は、法華経の説法で釈尊が滅後の広布を弟子に託すにあたり、別付嘱と総付嘱の儀式が各々行われたことを言う。
総付嘱とは、法華経嘱累品第二十二で説かれる摩頂付嘱のことであり、全ての菩薩達に付嘱された法体は「文上の法華経のみならず前後の一切経」にわたるのであって、流布すべき時代も釈尊滅後、正像二千年の衆生の機根のためであった。
これに対し別付嘱とは、法華経如来神力品第二十一で説かれた結要付嘱(けっちょうふぞく)のことであり、付嘱の法体は「法華経寿量文底の南無妙法蓮華経の五字七字」であり、弘通されるべき時代も末法である。
ゆえに末法の時代に生を受けた衆生は、あくまで上行菩薩等に結要付嘱された南無妙法蓮華経によって成仏する機根なのであり、この点を混同して取り違えてはならない、と大聖人が強調された御文である。
総付嘱された迹化の菩薩達や、阿弥陀仏・大日如来等の仏を信仰すると、時も機も教もことごとく異なるゆえ「輪廻生死のもといたらん」と仰せなのであり、成仏はおろか、かえって六道を生死生死と輪廻する災いを、自ら招くことになると述べられる。
要するに「曾谷殿御返事」(別名「成仏用心抄」)には、総付嘱と別付嘱とでは付嘱の法体と弘通すべき時代とが各々異なることを強調されているのであるが、それは決して「信心の血脈」を言われていることではない。
宗門はあえて本項と関係の無い御書を引き合いに出し、「総別」の意味を攪乱させておき、「総別の立て分け」の語に〝脅迫〟の意味を込めるのである。つまりは〝目くらまし〟であり、日顕宗らしい姑息なやり口である。
4.宗門の詐術と詭弁
さて日応の「弁惑観心抄」には次の文言がある。
「この金口の血脈こそ、宗祖の法魂を写し本尊の極意を伝ふるものなり。これを真の唯授一人と云ふ」
ここの「法魂」もまた、日応の自作語である。日応はここで、大石寺法主により〝本尊書写の極意〟を伝えることを「宗祖の法魂を写し」と称する。これが日顕宗の手にかかると次の通り、論理が雲散霧消してしまう。
「ここで仰せの開眼の意義は、大聖人の御内証たる唯授一人血脈相承の御境界よりなされる開眼の御祈念によって、允可された一切の御本尊に時間・空間を超えて御法魂が具わることを仰せになられている(後略)」
(「松岡幹夫の傲慢不遜なる10項目の愚問を弁駁す」H17.8.24)
上記は日顕が所持するはずも無い「通力」を騙るものであり、精神疾患において出現する誇大妄想の特徴を示した表現となっている。
真言師なら呪法を用い、陰陽師は生霊と交信するであろうが、法華経の行者に「通力」は無用である。
唱法華題目抄(一六㌻)にいわく、
「但し法門をもて邪正をただすべし利根と通力とにはよるべからず」
通力を依処とすれば、すなわち邪法である。日顕はなまじ〝自分には通力がある〟と信じ込んでいるゆえに救われない。これを幼稚と形容するには、可愛げが無さすぎて妥当ではない。
「秋谷 幼稚といえば、数年前、日顕に目通りした時、得意満面で、しゃべっていたことがある。なんと日顕は、テレビで相撲を見ていて、自分が好きな力士が土俵に上がると、〝題目を送ると勝つんです〟と言うんです。
辻 ということは、日顕にとってテレビが御本尊で、それに祈っていたということになる。それじゃ、日顕が祈ったら、その力士は、全勝優勝できるのか。負けたら、どうするんだ。あまりにも子供じみている。幼児以下だね」
(発言者:秋谷会長、辻参議会議長 『聖教新聞』1993.10.14)
〝幼稚〟の語には、〝拙い者なりの真実〟が込められることもある。日顕は「幼稚以前」である。
5.大聖人詐称は「魔の所為」
宗門によって意味を転化された「法魂」の語は「魂魄」と差し替えられ、さらに論理のすり替えが行なわれる。
「唯授一人のご相承を法体相承ともいいますが、この法体相承を受けられるがゆえに、御法主上人のご内証には、日蓮大聖人のご魂魄たる『本尊の体』が具わっているのです」
(日蓮正宗法義研鑽委員会編『創価学会のいうことはこんなに間違っている』大石寺、2000年、18頁)
日顕は大慢の果てに、禅宗の説く「謂己均仏(いこきんぶつ)」(己れを仏と均しいとする謂(いい))に行き着いたのである。そうでなければ、禅寺に先祖の墓を建立する大謗法を犯すわけが無い。
古来、仏に化けて僧俗を幻惑させることは、狐狸の類にあるとされた(畜生界)。しかし日蓮大聖人を詐称することは、魔の所為である(第六天の魔王)。
守護国家論(七六㌻)にいわく、
「此の仏は涅槃経に出す所の滅後の魔仏なり之を信用す可からず」
魔の首領は天子魔・第六天の魔王である。濳聖増上慢の身に入り、法華経の行者を迫害する。
「三障四魔のうち死魔までは勝てるが、本当に恐ろしいのは最後の天子魔である。……この第六天の魔王を破るのは信心の利剣しかないんだ」(戸田会長)
日顕は魔の権化であるゆえに、正法たる大御本尊を誹謗し、地涌の菩薩たる学会を放逐したのである。しかし我らには「信心の利剣」、〝学会魂〟がある。巨大な魔であるほど、相手にとって不足なしである。
(了)
- このエントリーのカテゴリ : 日顕宗破折 №31~40
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