原因不明「化学物質過敏症」

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治療法も分からず・・・対応できる医師わずか

カーテンなどを徹底的に水洗いし、揮発性の化学物質が出る可能性のある物をできるだけ排除した藤井さんの寝室。活性炭入り空気清浄器は欠かせない=名古屋市内で
カーテンなどを徹底的に水洗いし、揮発性の化学物質が出る可能性のある物をできるだけ排除した藤井さんの寝室。活性炭入り空気清浄器は欠かせない=名古屋市内で

 微量の化学物質に触れただけで、めまいや全身の痛み、動悸(どうき)など多様で激しい症状が出る化学物質過敏症に苦しむ人がいる。生活用品の香りも患者には凶器に変わる。原因不明で治療法が分からないため、対応する医療機関はごくわずか。診療を受けるには数カ月先の予約を取り、「悲壮な覚悟」で移動しなければならない。(林勝)

 5月下旬、愛知県瀬戸市に住む女性(59)は、7年ぶりに乗る新幹線に恐怖を感じた。30年以上前からさまざまな化学物質に悩まされ、症状は次第に悪化。化学物質過敏症が専門の「そよ風クリニック」(東京都杉並区)で、医師の宮田幹夫さん(78)の診察を受けることになった。

 活性炭入りのマスクや業務用防毒マスク、防護用衣類、つえなど大量の荷物を夫が持って付き添った。香り付き柔軟剤を使った衣類を着た人が車両内に1人いるだけで、耐えられなくなるという。車両の内装に含まれる化学物質の影響も大きい。途中駅の停車回数の多い「ひかり」に乗り、停車駅ごとにホームへ出て、できる限り新鮮な空気に触れるよう努めた。

 車両内は会社員らでほぼ満席。活性炭で分厚くなったマスクを5枚重ねたが、それでもめまいと頭痛が襲う。酸素不足もあり、東京駅に着くころには体に力が入らず、つえで歩くのも困難なほどふらふらに。人混みからの除菌消臭剤や洗剤の臭いで気絶寸前になりながら、クリニックにたどり着いた。

 「これまで危険を勘で察知し、生きてきたようなもの」と女性は言う。臭気がなくても、突然のめまいが危険を知らせてくれることも。自宅は落ち着いた農村風景の中にあるが農薬や野焼きの煙のほか、草刈りの臭いも体は受け付けない。

 無農薬野菜や抗生物質無使用の肉など、食材は厳選し、水道水もカルキ臭がだめで、知人から地下水を調達している。車に乗るにも中古車を何年も空気にさらし、使えるトイレットペーパーを探すのも苦労する。

 生活に大変なエネルギーがかかるが、症状を理解してもらえないことにも苦しむ。アレルギー科の医師からさじを投げられ、別の医師にはパニック障害や統合失調症の症状とされた。今回、覚悟を決めてクリニックを受診したのは、きちんとした診断を受けたいという願いから。「この病気を知らない医師に信用してもらうため」。この女性に限らず、多くの化学物質過敏症の患者が抱えている深刻な問題だ。

 「死なない病気だから」「神経質だよ」−。化学物質過敏症になり、患者支援組織「あいちReの会」をつくった藤井淑枝さん(57)は、医師らからこう言われた経験がある。藤井さんは薬剤師で、夫が内分泌専門医のため、数カ月で化学物質過敏症と分かったが、それでも10以上の病院を回った。「会に寄せられる相談には、10年以上も自分の病気が分からず、苦しんできた患者もいる」と話す。

 この病気は患者と接する人の「普通の生活」を営む価値観を揺るがす。状況を受け入れられない家族とのトラブルが起こりやすい。生活費がかさみ、金銭的な負担も大きい。藤井さんは社会の理解を少しでも広げるため、病気をPRするちらしにこう表記した。

 「あなたが快適でも わたしは苦しい」

 原因がはっきりせず、治療法もない化学物質過敏症を診る医師はごくわずか。患者は体の異常を記録したり、別の患者の知恵を得たりして、試行錯誤で生きるすべをつくりあげている。全国の患者数も把握できていない。環境省や厚生労働省の研究費で10年以上、調査研究をする東海大学医学部(神奈川県伊勢原市)の坂部貢教授は「症状などに個人差があり、客観的に判別しにくい」と話す。精神疾患の不安障害の人も混在しやすく、いっそう診療を難しくさせているという。

 患者が医療を受けられるよう厚労省は2009年、診療報酬の病名リストに登録。だが「現状認識はまだ生活環境レベル。積極的な疾病対策に至っていない」と坂部さん。このため、同省研究班による診断基準に基づいて診察し、診断書を書いてくれる医師は少ない。障害年金の受給にも関わるため、金銭で苦しむ患者にとって切実だ。

 そよ風クリニックの宮田さんは北里大を退官後、自費で設備を整え、今も設備費のローンを抱えながら患者を見続ける。クリニックには新規の患者が年間約500人訪れるという。「患者は基本的に体に悪い物質に反応している。医療は習ったことを患者に当てはめるのではない。常に先を行く患者から学ぶ姿勢がなければ、医学は発展しない」と警鐘を鳴らす。

(2014年6月10日)

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