以前本ブログでも紹介したことがあり僕のお気に入りの1冊でもある「影響力の武器[第二版]―なぜ、人は動かされるのか」ですが、第三版が出るという情報を聞きつけました。そこで、第三版が出る前に復習がてら手元の第二版を7回に分けて読み解いて行こうと思います。本文中の引用はすべてロバート・B・チャルディーニ著、社会行動研究会訳「影響力の武器(第二版)」誠信書房からです。
目次
第2回 返報性
第3回 一貫性
第4回 社会的証明
第5回 好意
第6回 権威
第7回 希少性
前回の復習
返報性の話に入る前に前回の設問の答え合わせをしてみましょう。
設問
あなたが、デパートで骨折した婦人の代理人として、デパートを相手取って二百万円の慰謝料を請求すると仮定する。知覚のコントラストに関する知識だけを使うとしたら、裁判で陪審員に二百万円が妥当な額、あるいは少なすぎる額だと思わせるために、どのようなことを行えばよいだろうか(30頁)。
200万円といったら一般人には高額に感じられる額です。この金額を安いと思わせるには、まずは高額な慰謝料が認められた判例・和解事例を陪審員に示すことが有効でしょう。その後に本件の慰謝料として200万円の請求額を示すことで200万円が実態より安く感じられる効果が期待できます。
また、設問の趣旨からは若干それますが、骨折という被害結果がより悲痛なものに感じられるように、より軽傷のデパートでの事故事例を示してから、今回の骨折の被害結果を示すことも有効です。「なんてひどい事故だ、慰謝料はたくさん認められるべきだ。」と陪審員が思ってくれるかもしれません。
私の回答案は参考程度で、他にもいろんな考え方がありうるとは思います。みなさんもぜひ頭を使って考えてみてください。
ちなみに回答案をブコメに書いてくれた方もいたようです。その回答案を失礼して引用させていただきます。
回答:高い賠償額にする。幾らかは妥当額からどれくらい乖離しても不利にならないか分かりませんσ^_^;。気持ち的には2倍の400万円(笑)。
最初に高額な請求額をふっかけるやり方も、知覚のコントラストを利用することで本来の請求額の200万円を安く感じさせることができます。この回答者さんは承諾誘導の見識が深いようで、回答案では知覚のコントラストをより効果的に使うためにある強力な原理を併用しています。それが、今回読み進める返報性のルールのところのドア・イン・ザ・フェイス・テクニックです。早速第2回の返報性のルールを読み進めていきましょう。
返報性のルール
第2回のテーマは返報性のルールです。返報性のルールとは、
「他人がこちらに何らかの恩恵を施したら、似たような形でそのお返しをしなくてはならない」(35頁)
という原理です。
返報性のルールは広く社会に浸透しており、私たちは歴史的にこのルールから大きな利益を受けているので、受けた恩は返すということが当然のこととなっています。だからこそ、人から恩を受けても返さない人は恩知らずなどと非難の対象になります。「鶴の恩返し」という童話を知らない人がいないように私たち日本人も小さいころから恩返しというものを徹底的に頭に叩き込まれています。
ホリエモンも「ギブアンドテイクなんか考えずに、とにかくギブをしろ。」といったことをしばしば発言しています。これは、ホリエモンがとにかくギブを振りまくことが自分にとって最終的に大きな利益になることを経験的に知っているからなのでしょう。ギブをするというのは一見利他的にみえますが、実は利己主義的な考え方なのです。
私たちの社会に根っこから染みついている返報性のルールはあまりにも強力なため、自分が嫌悪感を持っている相手にまで働いてしまいます。誰もが嫌う悪徳セールスマンやネットワークビジネスなどにひっかかってしまうのは彼らが返報性のルールを巧みに使っているからです。この威力の強力さが返報性のルールの大きな特徴です。
返報性のルールにはさらに次の2つの特徴があります。
1つは、私たちは意図せずに相手から恩義を感じてしまうことです。返報性のルールは受けた恩は返すというものですが、受けた恩というのは自分が望むものでなくてもかまいません。頼んでもない押し付けの好意にすら、私たちは恩義を感じてしまうのです。さらにやっかいなのは、私たちは相手の好意を断ってはならないという義務感を感じてしまうことです。相手の好意を最初から拒否するのは気まずくてなかなかできませんよね。
2つめは、私たちは受けた恩よりも大きなものを返しがちということです。人間社会では相互に助け合うシステムが組み込まれています。そのため、恩義を受けた人はそれを返さなけらばならないという心理的な負担を負います。さらに、恩を返さない人というレッテルを貼られることへの恐怖感も持つことになります。これらが生み出す心理的負担が、過大に恩義を返してしまう方向へ人を誘導してしまうのです。
譲歩のテクニック
返報性のルールがもたらす効果には受けた恩を返すというものの他に次の側面があります。すなわち、
自分に対して譲歩してくれた相手に対しては、こちらも譲歩する義務がある(66頁)
ということです。
私たちは、社会生活においてお互いが譲歩することで利害を調整し目的を達成していくということに慣れてしまっています。そのため、何かをしてもらったら同じような何かを返さなければならないと思うように、相手の譲歩に対してはこちらも譲歩で返さなければならないと思ってしまうのです。
あなたから承諾を得たい相手は、まず自分から譲歩をしてあなたの譲歩を引き出そうとします。そしてこのときにあるテクニックを使います。まず、相手はあなたが確実に拒否するだろう過大な要求をします。そして、予想通りあなたが拒否をしたら、譲歩をして本来の要求をします。俗にドア・イン・ザ・フェイス・テクニックと呼ばれる手法です。この場合、相手が最初に譲歩をしている体裁ができているので、次はあなたが譲歩をする番だという心理的圧力がかけれらます。
さらに、このテクニックを使う際は、第1回で説明した知覚のコントラストの原理が併用されます。最初に過大な要求がされているので、拒否した後にくる本来の要求が実際よりも小さなものに感じられてしまうのです。
裁判などで最初に請求する慰謝料の額を判例で認められる相場よりも高めに設定しておくのもこのテクニックに基づいています。第1回の設問の回答者さんの回答案もこのテクニックを使っているのです。
ドア・イン・ザ・フェイス・テクニックの驚くべき効果
著者のロバートは、拒否させてから譲歩するこのテクニックの驚くべき効果を説明しています。
まず、この手法の場合、意図せずに最初の過大な要求を飲んでくれたらラッキーな上に、それを拒否させたらまさに術中にはめることができます。どっちに転んでも要求する側が有利という二段構えの手法は飛天御剣流ばりにスキがありません。
さらに、この手法には驚くべき効果があります。それは、いったん拒否してから譲歩された承諾をした人は、その承諾に対し責任感や満足感を感じてしまうのです。そのため承諾した事項の実行率も高くなります。
なぜ、まんまと騙された人たちは合意した内容に責任感や満足感を持ってしまうのでしょうか。
譲歩された承諾をする場合、被害者はあたかも自分が相手の譲歩を引き出したと誤解をしてしまうようです。そのため、最初から仕組まれたていたものであるにもかかわらず、自分が交渉を主体的にまとめたとして承諾の内容に責任を感じるようになります。
さらに、相手の譲歩を引き出したと勘違いをしているので承諾の内容に満足感も得てしまいます。
このように、この拒否させてから譲歩するテクニックは、ノーリスクな上に承諾事項の実行率も上げる効果までもっているのです。
これらの効果の具体的な調査結果は本書で確認してみましょう。
防衛法
強力すぎる返報性のルールから身を守るにはどうすればよいのでしょうか。
この点についてロバートは、次のようにまとめています。
返報性のルールを使って私たちの承諾を得ようとする人に対する最善の防衛法は、他者の最初の申し出を常に拒否してしまうことではない。むしろ、最初の好意や譲歩は誠意をもって受け入れ、あとでトリックだとわかった時点で、それをトリックと再定義できるようにしておくことである(93頁)。
返報性のルールの心理的圧力を恐れるあまり、あらゆる人の好意を拒絶していては円滑な人間関係は作れません。そのため最初の好意は思い切って受けてしまえばいいというのがロバートの見解です。そして、相手が自分から搾取をしようとしていることがわかったら、相手の好意は搾取の手段だと見直すことで、搾取をしかけてきた相手には搾取(最初の好意の顔をしたエサをもらい逃げする)で返すというものです。もはや、相手の好意は好意ではなく搾取の手段なので、こちらが恩義を感じる必要がないということを認識することが重要です。
以上、返報性のルールについてみてきましたが、きわめて効果がある手法であることがわかります。みなさんもついつい返報性のルールから逃れられずに不本意な承諾をした経験はないでしょうか。
次回は一貫性の原理について読んでいきましょう。よく聞く「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」と関係する原理です。