(cache) 中杉　弘のブログ:＜土曜特別連載＞◎江戸知識人たちが見抜いた真実　３

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2014年02月15日

＜土曜特別連載＞◎江戸知識人たちが見抜いた真実　３

※江戸時代前期の御用儒学者・林羅山

「中杉　弘のブログ」のテーマソングです。

紀元は２６００年（キングレコードより）

＜土曜特別連載＞
成吉思汗＝源義経だったこれだけの理由
◎江戸知識人たちが見抜いた真実　３

　ここでいったん、鎌倉時代から江戸時代へ視点を移すことにします。どちらの時代も武家支配と封建制度が社会の基盤ではあったものの、約400年間もの時を経て中世から近世へ移行した江戸時代には、科学的・論理的思考のできる優れた学識者や知識人が続々と現れました。そして彼らは、当事すでに大衆芸能や娯楽読み物の人気登場人物となっていた義経にまつわる謎を解き明かそうと試みはじめました。その一人、江戸時代前期の御用儒学者・林羅山は、幕府事業として編纂・執筆を任された史書『本朝通鑑／本朝編年録』（1640年完成）の中で、義経自害説を真っ向から否定する次のような論評を述べています。
≪義経衣川で死せず、逃れて蝦夷に島に至り、その種存す≫
　この場合の蝦夷島とは、奥州からの逃亡先という事情に照らせば北海道とみて間違いないでしょう。ただし私は、後年にアイヌと呼ばれた人々や北方系先住民たちが居住していた樺太・千島・沿海州なども、広義の意味での蝦夷島・蝦夷地と理解すべきだと考えます。特に当書を読み進んでいただく上では、蝦夷島（地）をそうした地理感覚でとらえる必要があります。それはともかく、林羅山は公式史書として初めて、義経自害をきっぱりと否定したばかりか、蝦夷島へ逃げ延びて種存す＝子孫まで残したと言明したのです。
もう一人、江戸時代中期の大儒学者・新井白石もまた主君の第六代将軍・徳川家宣（とくがわいえのぶ）に献じた『読史余論』でこう論じています。
≪義経、手を束ねて死に就くべき人にあらず。不審の事なり。今も蝦夷の地に義経の家の跡あり。また夷人、飲食に必ず祀る。それのいわゆるオキクルミと云うは即ち義経の事にて、義経後には奥へ行きしなど云い伝えし≫
　やはり「判官贔屓（ほうがんびいき）」の日本人気質とは無関係に、多少でも見識のある人ならば、義経が衣川の高館（たかだち）でみすみす死を迎えたはずがないと疑問を抱くのは当然なのです。それは襲撃事件直後にも、数百年後の江戸時代にも、さらに時代が下った現代でも、まったく変わらない共通認識といえます。新井白石もまた義経が蝦夷地へ逃亡したと考え、その証拠に蝦夷地には義経ゆかりの居住地が残り、蝦夷の民たちは飲食の際に義経を神として祭ったと具体的な論証材料を挙げています。
　その義経を神格化したという「オキクルミ（カムイ）」とは、まさにアイヌ民族が信仰する農耕・狩猟・漁撈を司る主要神です。きわめて大切な生産手段を最初に伝授してくれた、創世神話の神様ともいえるでしょう。江戸時代に入って、本州と北海道との交易活動が活発化したなかで、在地アイヌ民族たちが「ホンカンサマ」を厚く信仰していることも知られるようになりました。このオキクルミ・カムイと性格が同じ神様の名前は、義経の別称「判官」に由来している可能性が非常に高いのです。その江戸時代中期における最先端の民俗学知識までを熟知した上で、新井白石は公式史書に前述の見解を記載したと考えられます。
　さらにもう一件、17世紀に御三家・水戸藩主の徳川光圀（とくがわみつくに）が編纂事業を開始した『大日本史』にも、確信をもって義経生存説が記されました。特に『吾妻鑑』の記述や伝聞として語り残された、討ち取られた義経の首実検についての矛盾点を次のように論理的に指摘しています。
≪世に伝う、義経衣川に死せずして逃れて蝦夷に至ると。今、『吾妻鑑』を考えるに閏四月己末（新暦5月30日）藤原泰衡（ふじわらやすひら）、義経を襲いてこれを殺す。五月辛己（新暦6月22日）報至り（頼朝へ）、まさに首を鎌倉へ致さん（届ける）とせしが、ときに源頼朝（中略）使いを遣わして（平泉へ）これ（首の鎌倉輸送）を止める。六月辛丑（新暦7月13日）、泰衡が使者、首を斎して腰越に至り、漆函をもて之（首）を盛り、侵すに美酒をもってす。頼朝、和田義盛と梶原景時をして之を検せしむ。己末より辛丑（かのとうし）に至るまで相距（あいへだた）ること四十三日。天時に暑熱なり。函にして酒に浸したりといえども、ついぞ壊爛腐敗（えらんふはい）せざることを得ん。よくその真偽を弁ぜんや。然らばすなわち義経は、偽り死して逃れ去りしか。今に至るも夷人、義経を崇奉し、祀りて之を神となせり。けだし、その故あらん≫
　平泉から鎌倉まで都合43日もかけて運んだことを筆頭に、自害後に泰衡の手に落ちたとされる義経の首にまつわる伝聞には謎と矛盾点が多すぎるのです。頼朝は、鶴岡八幡宮で亡母の供養塔を建てている最中だという理由から、不浄な生首の鎌倉搬入を禁じたといいます。
　結局、鎌倉手前の腰越で頼朝の家臣、和田義盛と梶原景時が首実検の任にあたりますが、酒漬けの効果にも限界があり腐敗が進みすぎ、梶原景時は「義経の首ではないかもしれない」と首を傾げ、かたや和田義盛は「そもそも焼けているので、生前とは違って見えるのも仕方なし」と語ったといいます。そして最終的に、おそらく頼朝本人は実検しないまま「義経の首に相違なし」と一件落着してしまった。つまりは首実検の判定だけが義経自害を裏付ける唯一最大の状況証拠なのです。そもそも、肝心の首については藤沢の首塚または白旗神社に埋葬されたという説もあれば、実検後すぐに由比ヶ浜にうち捨てられたともいわれ、今日では行方がわかりません。もし頭骸骨や脳組織の一部でも残っていれば、現代の科学解析技術で何か手がかりがつかめるでしょうが、もはやそれは望み薄でしょう。
　こうした、あまりにあやふやな義経の首をめぐる事実関係を知れば、平泉側、鎌倉側どちらかに義経の首実検を妨げたいという意図があったとしか考えられません。何よりも頼朝自身が首実検を故意に遅らせたフシがあるので、ますます推理作業をややこしくしています。とどのつまり、鎌倉に運ばれた義経の首は替え玉だったとみるのが現実的で、その替え玉になった人物についても後述します。

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