外部刺激でも体細胞を幹細胞化できる! ブックマーク
Acid bath offers easy path to stem cells
Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2014.140302
原文:Nature (2014-01-30) | doi: 10.1038/505596a | 英語の原文
強く圧迫したり、酸性溶液に浸けたりするだけの手軽な方法で、 体細胞を受精卵に近い状態へとリセットできることが明らかになった。
2006年に山中伸弥ら(京都大学)が、哺乳類の体にあるほぼ全ての細胞種に分化可能な「分化多能性」を持った細胞を作製する手法を報告した1。この細胞は人工多能性幹(iPS)細胞として、現在ではすっかりおなじみである。ところが今回、理化学研究所の発生・再生科学総合研究センター(兵庫県神戸市)の研究チームが、驚くほど簡単な方法で多能性細胞を作製できること、またその細胞は胎盤にまで分化可能なことを実証し、2編の論文としてNature 1月30日号に発表した2,3。細胞を低pH環境などのストレスにさらすこの方法では、より短時間に高効率で多能性細胞を作り出すことが可能な上、その細胞はiPS細胞よりも幅広い分化多能性を持つ。
「素晴らしい成果です。私自身、外部からのストレスが細胞にこのような効果をもたらすとは思ってもみませんでした」と、同研究センターの幹細胞研究者で2つの論文の共著者である笹井芳樹は話す。
この研究の牽引役を務めたのは、若手の幹細胞生物学者である小保方晴子だ。彼女はこの手法を確立して笹井をはじめとする研究者たちを納得させるのに、5年を要した。「皆、実験上の人為的産物にすぎないと言うので、つらい日々を過ごしたこともあります」と小保方は回想する。
小保方によれば、細胞にストレスをかけると分化多能性を持つようになるというアイデアは、細胞の培養作業中に浮かんだという。細胞を実験用の毛細管に通すと、ぎゅっと圧迫された細胞の一部に、幹細胞と同程度の大きさに縮むものがあることに気付いた。そこで彼女は、細胞に熱や飢餓状態、高濃度カルシウム環境などのさまざまな種類のストレスを加えてみた。その結果、①細胞膜に穴を開ける細菌毒素、②低pH溶液に浸けること、③物理的な圧迫のいずれかによるストレスで、細胞が分化多能性を示すマーカーを発現するようになった。
しかし、細胞の名称に「多能性(pluripotent)」という言葉を入れるためには、これらの細胞が全ての細胞種に分化できることを示さなければならない。これを実証するために、作製した細胞に蛍光標識を付けてマウスの初期胚に注入し、それを仮親マウスの子宮に戻してマウスが生まれるのを待った。もし注入した細胞が多能性を持っていれば、生まれたマウスのあらゆる組織で、蛍光を発する細胞を見ることができるはずだ。そう考えた小保方は、マウス・クローン作製技術の先駆者である山梨大学の若山照彦の助けを借りて、数百匹のマウスを作った。しかし、観察できた蛍光はかすかで、注入した細胞が生き残っただけである可能性を否定できなかったため、戦略の見直しが必要になった。若山は当初、このプロジェクトは徒労に終わるだろうと考えていた。それでも彼は小保方に、成体マウスではなく、生まれたてのマウスに由来する完全に分化した細胞にストレスを与えることを提案した。この方法を試したところ、全身が緑色に光るマウス胎児が得られたのである。
小保方は、論文の掲載には蛍光マウスが誕生したことだけで十分だろうと期待したが、その考えは甘かった。とにかく、このアイデアそのものが生物学の常識から大きく外れていたため、論文は何度も掲載を拒否されたと彼女は話す。
懐疑派を納得させるには、得られた多能性細胞が「成熟細胞から変換されたもの」であり、かつ「すでに体内にあった多能性細胞ではないこと」を証明する必要があった。そこで小保方は、白血球の一種であるT細胞を使って多能性細胞を作り出した。T細胞は、発生の過程で遺伝子の再編成が起こるため、分化して成熟した細胞であることは塩基配列から明らかである。また彼女は、ビデオを使ってT細胞から多能性細胞への変換を捉えた。小保方はこの現象を「刺激惹起型の多能性獲得(stimulus-triggered acquisition of pluripotency;STAP)と名付け、この方法で再プログラム化された細胞をSTAP細胞と命名した。
この研究結果によって、長年続くある議論がさらに激しくなると考えられる。これまでさまざまな研究グループが、哺乳類の体内で多能性細胞を見つけたと報告していることと関係があるからだ。例えば、ミネソタ大学(米国ミネアポリス;論文発表当時の所属)の分子生物学者Catherine Verfaillieが報告した多能性成体前駆細胞(MAPC;multipotent adult progenitor cell)4などがそれに当たる※。ただ、MAPCにおいては、他のグループが再現しようとしてもなかなか成功しない。小保方は、ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の組織工学研究者Charles Vacantiの研究室に在籍中に、生体から多能性細胞と思われる細胞5を単離する実験を行っていた。今回のプロジェクトは、指導教官であるVacantiをはじめとする共同研究者らとともに立ち上げたものだ。最終的に彼女が示したのは、生体内の多能性細胞の存在を裏付けるものではなかった。つまり、物理的ストレスに耐え忍んだ体細胞が多能性細胞になり、外部からの刺激でも人為的に生み出せるというものだ。「こうした多能性細胞の生成は、母なる自然に本質的に備わっている、傷害に対処するための手段なのです」と、今回の論文2,3の共著者であるVacantiは説明する。
今回の研究成果にはさらに驚くことがある。STAP細胞は胎盤組織も形成できるのだ。この能力は、iPS細胞にも胚性幹(ES)細胞にもない。この胎盤形成能力によって、クローン作製が劇的に容易になる可能性があると若山は言う。現在、クローン個体を作製するには、未受精卵の採取、卵へのドナーとなる細胞核の移植、体外条件下での胚の培養、胚の代理母子宮内への着床という手順を踏む必要がある。もしSTAP細胞それ自身が胎盤を形成できるのであれば、この細胞を直接、代理母の体内に入れる方法でもクローンを作製できるかもしれない。しかし若山は、この考え方は現時点では「夢の段階」だと話し、あくまで慎重だ。
小保方はすでに、十数種類の細胞種を対象として再プログラム化に成功しており、その中には脳、皮膚、肺、肝臓などに由来する細胞が含まれている。さらに、この手法が体内のほとんどの細胞種に使えることも示唆している。彼女の説明によれば、平均して、処理した細胞の25%がストレスに耐えて生き残り、そのうちの30%が多能性細胞になるという。この変換効率はiPS細胞が約1%であることに比べはるかに高い。
小保方は現在、体内での細胞の再プログラム化が、幹細胞の活動にどう関係しているかを調べたいと考えている。また、マウス成体やヒト成人から採取した細胞でもSTAP細胞への変換を成功させようと、研究を重ねているところだ。
今回の成果について山中は、「細胞核の再プログラム化を解明するためにとても重要です。臨床応用を見据えた実用的な観点から、私は今回の成果を、iPS細胞に類似した細胞を得るための新たな方法と考えています」と話す。
生命の奥深さ
産業技術総合研究所 幹細胞工学研究センター長 浅島 誠
今回の発見は、生命(細胞)というものは奥深く、色々な方法で分化多能性細胞になり得ることを示した大発見である。
生物(植物から動物まで)の持っている分化細胞が物理的、化学的刺激や処理によって脱分化することはこれまでも知られていた。例えば、イモリの肢を切断したときや、骨や筋肉が一時脱分化したときに、組織中に「小型で大きな核を持った細胞」が観察される。今回の発見でもそれとよく似た現象が観察されており、小保方博士らはその細胞を見事に選別し、培養に成功した。 さらに、そうした細胞の脱分化の程度を分化多能性細胞(全能性)にまで持っていった点は極めて重要で、分化多能性細胞の作製方法としては、受精卵、胚盤胞からのES細胞、iPS細胞、核移植法によるES細胞に次ぐ5番目の方法と言える。
いずれも、多能性を引き出すために細胞の性質をうまく利用している。O. S. スミシーズ博士らは胚発生の途中の内部細胞からES細胞を作り、J. ガードン博士は未分化細胞の細胞質を利用して核移植によりクローン細胞を作り、山中伸弥博士らは、核の中の遺伝子を操作してiPS細胞を作った。小保方博士は細胞の外部から強い刺激を与えることによってSTAP細胞を作った。それぞれ、細胞を構成する細胞自身、核(遺伝子)、細胞質、細胞外からの刺激の操作で再プログラム化し、未分化性を分化多能性まで戻しているのです。つまり、細胞そのものを操作し、細胞の持っている分化能力を脱分化させて分化多能性細胞へと変化させているのです。
今後、次の事柄も検討しておくことが望まれる。①胎児と成体では、同じ組織からSTAP細胞ができる割合に違いはあるのか。成体で低下するとしたらなぜか。②1975年にはB. MintzとK. Illmenseeがマウスのテラトーマ細胞(腫瘍細胞の一種で分化多能性細胞)を胚盤胞に注入して胎仔を得ることに成功しており、また、刺激耐性のMuse細胞(多分化能細胞)が見いだされているが、これらとの違いは何か。③ヒトも含めた動物の体には、体性幹細胞と呼ばれる未分化な幹細胞が成体になっても存在する。それらは外部刺激により分化多能性細胞となり得るのか、④種によりSTAP細胞のでき方に差があるとしたらその原因は何か、である。
さらに再生医療への応用は、安全性、確実性、再現性、利便性、メカニズムの解明、倫理性をしっかり検討した上で進めることが大切だ。
幹細胞や分化細胞の活性化と脱分化、および分化多能性獲得メカニズムの解明がヒト細胞を含めてどこまで進むか、さらなる発展が大いに期待される。
(翻訳:船田晶子)
※ 編集部訳註:2010年、東北大学(宮城県仙台市)の出澤 真理らも、ストレス耐性のある成体内の多能性細胞としてuse(Multilineage-differentiating Stress Enduring)細胞を報告している。
参考文献
- Takahashi, K. & Yamanaka, S. Cell 126, 663–676 (2006).
- Obokata, H. et al. Nature 505, 641–647 (2014).
- Obokata, H. et al. Nature 505, 676–680 (2014).
- Jiang, Y. et al. Nature 418, 41–49 (2002).
- Obokata, H. et al. Tissue Eng. Part A 17, 607–615 (2011).