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~日韓古代の海の道をたどる~
カラムシ会 2
(H25年1月~)


豊島先生からのメール 25.03.12掲載
   
3月12日(火)晴れ
7日から丸木舟航海について韓国と打ち合わせ、交渉等々
に出かけてもらっていた豊島先生から
メールが来ましたので会員の皆様にお知らせします。
 自費で行ったり来たりをしておられるので本当に
ありがたいという言葉しか出ませんが、申し訳ない
気持ちでいっぱいです。
 でもやっぱり韓国語が出来て韓国に沢山の知り合いがあり、
関係する役所や団体と連絡できる方がいるからこそ
 ここまでこぎつけられたのです。
浦項市と話し合っている「浦項からの航海、」釜山からの
対馬まで航海」いずれも今年の夏の話で実際、時間的にも
資金的にも可能か否かかなり大変だと思いますがやるしかなさそうです。
         

3月12日、豊島先生からのメールです

 おはようございます。豊島です。
12
日夜8時釜山下関のフェーリーで帰国します。
 まず、浦項市の方、課長(女)、部下の金(男)さん、慶北日報(社長。いんてさん)では議会(8日午後2時~5時)に予算を提出する為の資料の提供はしました。浦項市からの連絡待ちです。僅か3時間の会議で釜山に帰りました。
 送り迎えは浦項市からの公用車で片道2時間ちょいでした。
 土日は官公庁はお休みなので、船首の柳さんと金さんと話し合いをしました。
出港地を長承浦港に変更しますと又、色々な問題点がでてきますがなんとか変更してほしいと伝えてあります。
 11
日は愛光園に行き金任順園長さんとお会いしました。2時間くらお話をして給食を呼ばれて、2時半過ぎには釜山に戻り、韓日文化交流協会行き担当の呉さんとお会いして話しました。あすまた、事務局長か会長に会って帰りたいのでもう一度行くつもりですが会えるかどうかわかりません。
  今日(12日)は、日本領事館。韓日文化交流協会に行くつもりです。
   課題点
   1、搬送ルート及び料金(浜田港運再確認総料金浜田釜山間)松江浜田釜山長承浦(のどこか)
   2、日韓漕ぎ手の輸送
     マイクロバスか観光バス(チャーター料金)
     釜山長承浦港(のどこかまで)
     夏期は長承浦港近くでの宿泊は難しい
     愛光園からの協力は出港前23時間くらいの休憩は可能
   3、炎天下の熱中症の対策
     天候しだいで漕ぎ手の交代時間は?
    4、釜山での後援団体
     日本領事館。韓日文化交流協会。愛光園に何を望むか?
   5、巨済市、長承浦港(漁協、水上警察)根回しが必要
     竹島の問題で難色が予想される
     会議を開いて対策を練りましょう。

 




                        対馬訪問 25.03.12掲載
   
2月22日(金)朝、6:00ホテル出発、タクシーで釜山港へ
なんと対馬行きは満員、韓国の学校は今は冬休みなので一番近い外国対馬への旅行が人気なのだそうです。
10:00発、高速船で13:30分ごろ到着。湿気なし、天気ですが風は冷たく前回訪問した時とよく似た天気です。
 役場に行き面会を申し込んだ方はどうも留守。釜山から同行して下さった柳さん(?)のお知り合いの椿さんの奥さんが車で迎えに来てくださいました。 目の前がすぐ海岸、素晴らしい景色、海に面したベランダ、広い応接室の
椿さん宅で昼食をごちそうになりました。
 午後、椿さんのご配慮で車をチャーター、対馬先端の鰐浦港へ向かいました。対馬は山また山、海又海の細長い島です。2時間ぐらいかかったのでしょうか? 鰐浦港、比田勝の海上保安部、漁協関係のかたを訪問。
前回、お邪魔した立花さん(民宿兼船主兼韓国との交流関係)の案内で釜山の見える展望台見学、夕方、近くの温泉に行き、立花さん宅で宿泊。 海の幸に堪能しました。
夕食時、23日の朝食時にも丸木舟のコースについていろいろ経験談をお聞きした結果、釜山よりかなり下の長承浦(チャンスンポ)付近から出港することになりました。 豊島さんの全力のご尽力で伴走船も2隻確保、対馬での丸木舟の管理などもすべて完了、13:30?発の博多行きの高速船に無事乗ることが出来ました。
 博多到着後、柳さんは福岡で仕事、豊島先生は汽車で広島経由で浜田市へ。
我々、錦織、森は大宰府などで時間をつぶし、夜、21:50分?の夜行バスで松江市に向かいました。
 以上、20日間近くの経って思い出しながら記録しました。
 くたびれましたが有意義な旅でした。 竹島の日と重なりましたが、何のトラブルもありませんでした。
       
       




                 釜山会議から浦項へ 25.03.05掲載
  
2月21日(木)晴れ 10:00~釜山市内で航海の会議、かなりの人数が集まる。
ダイバーズクラブの方はすでに漕ぎ手10人の名簿用意。 
昼食を市内の食堂でとり、浦項からの迎えの車(慶北日報社)に乗せてもらい浦項へ。
快晴 浦項には4時過ぎ到着、携帯電話を忘れたことなどあり焦る。
 チョンジョンハ社長さんとの会談、あと市役所へ 朴市長と30分懇談。
釜山の前に浦項航海をしてほしいとのこと。 
夕食の接待を受ける。夜、8時 浦項から釜山へ送って頂く。
浦項市の車?2時間20分の高速道路の帰り道、 さすがに疲労、
あくる日は6時出発、対馬に渡るハードなスケジュールです。





釜山港にて伴走船見学 25.03.05掲載
  
2月20日(水)晴れ 2月19日、錦織・森の2名は福岡行き夜行バス。
朝福岡着高速船ビートルで釜山着、豊島先生の出迎え 
休む暇なく入国関係?にお役所へその足で金さんの車で釜山のヨットハーバーへ、
金さんのヨットを見学、昼食をごちそうになる。 
25人程度は乗れるのでは?
またもう1隻の伴走船の船長さんの船を見学(白) レース用のヨットとか・・・。
これらの船なら安心ということで市内へ。
夜、伽耶大学の櫛部先生夫妻と夕食! さすがにくたびれました。ホテルいつもの場所でした。
   




丸木舟船底塗装 25.02.13掲載
   
2月11日(月)寒風すさぶ日の朝、9:00から丸木舟の船底、舷側の塗装作業をしました。
内藤さん、澤さん、三島さん、錦織さんが参加、手がしびれるほどの寒さでしたが、丸木舟を横にするのもなんとか成功、
カラムシ丸のプロペラも塗りました。 あとは海に下ろす作業ですが3月になってからでしょう。
     
     



   カラムシ丸塗装 25.02.12掲載

2月9日(土)ポカポカ、穏やかな一日の午後、カラムシ丸の船底塗装作業をしました。
榊原・山内・錦織さんの作業でした。きれいに塗れたのでは?と思いますがいかがでしょうか。      
     



                           えびす様の伝説 25.02.05掲載

 2月4日(月)雨の中、揖屋公民館長さんの案内で揖屋神社を見学しました。 えびす様の恋人といわれたミゾクイ姫を祭ったのではないか?という祠?を案内してもらいました。
 錦織さんは紙芝居の作成の関係で何回か来ていると思いますが私は揖屋神社の中に入ったのは初めてです。 韓国に関係する建物(やしろ?)もあり驚きました。ミゾクイ姫の祭られているところのすぐ近くまで海岸が来ていたということです。
韓国に関係するおやしろ?があるということはやはり海との交通が便利であったかも知れません。揖屋神社の歴史やいわれ等々 詳しいことをまた教えてもらえるといいなあと思いました。
   




   
 2月4日(月)午後、丸木舟と伴走船・カラムシ丸の汚れ落としがありました。 汚れ落としというより高圧の洗浄機で徹底的に船体、船底、プロペラなどの金具に付着している貝の残りを吹き飛ばし、塗料をきれいに塗るための作業です。 雨の中榊原さんの活躍で無事作業終了。
 漁師の中島さんに船体に食い込んでいたカキについて尋ねますと昔はカキの養殖をする人が何人もおられたそうです。
 今はある程度成長すると死んでしまうとか・・・水の汚れ?でも場所によっては大きく育つところもあり、専門でする方もまだおられるとか・・本庄でカキの養殖がおこなわれていたなんて。 船体ですが何日か乾燥させたのち塗料を塗るそうです。紙やすりでこすってから塗るのかどうか専門の会員の指導で行うことになります。
 皆さん、9・10(土)(日)しか都合がつく日がないので天候が心配です。
     



                               丸木舟・伴走船 引揚げ作業 25.02.05掲載

 2月2日(土)おだやかに晴れた一日 朝、8:30から本庄港で丸木舟と伴走船・カラムシ丸を引き上げる作業がありました。 10人近くの皆さんが集合、9:45 八雲からクレーンをつけたトラックが到着。
 なれた会員の皆さんの協力で丸木舟は無事陸上に設置。 心配された船底のカキなどの付着はありませんでした。
伴走船の吊り上げ作業は、かなり慎重に行われました。 船の重さとトラックのクレーンの吊り上げ能力が心配されたのです。補助の燃料タンク等々、重いものを外して吊り下げ作業が始まりました。
 ところが船を据え付ける台車がありません。 プロペラやプロペラのガードなどが船底より下に取り付けてあります。 急きょ、宮ざこさんの持ってきた杉の丸太をチンソーで加工し、発泡スチロールのフェンダー(船体が岸壁や岩などに直接あたらないよう保護するもの) を船底において無事伴走船は陸の上に設置されました。
 とにかく鉄に食い込む、プラスチック(FRP)の船体に食い込むふじつぼやカキです。びっしり、すごいほど船底、プロペラなど、少しのすきまもなく食い込んでいました。
 用意したスクレ―パー(鋼鉄のヘラ)でフジツボ等を削り落とし、そぎ落とす作業をしましたがバケツがいくらあっても足らないぐらいの量です。
 プロペラなどの腐食を防止する亜鉛?のかたまりも溶けたのかきれいになくなっていました。普通、1年に1回は掃除をし、船底塗料を塗る作業が必要とのことですが、吊り上げる、海面に下ろすだけでもかなりの費用です。塗料も高価ですのでなかなかうまくいきません。
 ということで老人グループの今日の作業は終了しました。
 11:30 まさにボランティアぎりぎりのトラックさまにお礼をいって帰って頂きました。 あとは船体、船底を磨いて塗料ですが、下塗りなし、直接塗ることになります。
   



   
丸木舟航海についての韓国の様子 25.02.01掲載

カラムシ会の皆様にお知らせします。
①豊島先生からの連絡あり
②伽耶大学の櫛部先生からメールあり
 KBSも関心を持っているということです。釜山で会うことが
あるかもしれません。

129日 夜
こんばんは森館長!
韓国のKBSから返事が来ました。

전화통화했던 이창준 피디입니다.
가라무시 통나무배 프로젝트는 KBS 말씀드렸더니 반응이 좋습니다. 추진해보자는 의견입니다.
담달에 부산에 오신다고 하셨는데
그때 만나뵈었으면합니다.
그럼 부산에서 뵙겠습니다.
일정이 잡히면 연락주십시요.

이창준올림. 010-6290-5202

(豊島訳)
電話をしましたイチャンジュンPDです.
カラムシ丸木船プロジェクトは KBSに申し上げたところ、非常に反応が良いです. 推進して見ようという意見です.
来月、釜山へいらっしゃるとのことですが
その時お会い出来ましたらと思います.
それでは釜山でお目にかかります.
日程が決まれば連絡ください.
イチャンジュンより. 010-6290-5202


130日 夜  伽耶大学の櫛
 城西公民館 森館長様

お久しぶりでございます。お元気でご活躍のこと大変嬉しく存じます。以下のメール送ってくださり誠にありがとうございました。

豊島先生も大変積極的に活動されていらっしゃるようですね。
釜山日報のホームページで確認しましたところ、23日と24日にからむし会の活動内容の記事が出ていました。
7
月の航海に向けて、着々と準備が進んでいるようですね。私も楽しみにしております。松江に一緒に行きました李東鎮教授には今日伝えさせていただきました。くれぐれもお体に気をつけて、今年もどうぞよろしくお願いいたします。 櫛部栄次




      
1月27日(日)
昨日(土)は原子力発電所の事故を想定した遠距離避難訓練に
ひどい吹雪の中、朝から夕方まで大田市にバスで行き夕方まで参加
 本日は「城西公民館子ども冬のフェステバル」でもちつき、コマ回し大会、
アートバルーン、ペットボトルのフタ芸術等々で公民館にいます。
 空いている時間を見つけて豊島先生からのメール(韓国の新聞記事)
を編集しました。・・・何回かに分けてきているので
 紹介します。釜山50数キロの航海により、2国間で航海をするのにお互いに何を
準備しなければならないかを実証することにもなります。

丸木舟会員・応援団の皆様へ

126日(土)浜田の豊島先生から丸木舟に関する韓国の新聞記事についてのメールがきましたので紹介します。

豊島先生と電話でお話ししましたが、少し韓国側の方の熱気が強すぎるようです。

結論的には今回、歴史とか伝説とかを再現する航海ではなくあくまで「準構造船が使用される前の朝鮮半島と日本本土間の丸木舟の航海を確かめたいという実験考古学的な取り組みである」ということを韓国側に理解してもらう必要があるということを話し合いましたので皆さん、ご了解ください。

 以下、釜山日報による記事を豊島先生が日本語に翻訳されたものです


釜山日報(日本語訳:豊島)
  「日本の古代文明は海向こう朝鮮半島から伝わった.

韓国と日本の市民が一緒に力を合わせて歴史的真実を検証する.当時の造船技術や航海技術を利用して丸木船を作り, 韓日のボランティアたちが釜山から日本対馬島まで直接航海する.
 23 '(仮称)「釜山対馬古代航路探査プロジェクト推進委会'」によれば今年7月末頃にこの'大韓海峡横断プロジェクト'が進行される。このプロジェクトは韓 日ボランティア
20人が交代で長さ 9.7m 80㎝の丸木船 'カラムシ4世号'に乗って釜山 松島海水浴場を出発して日本 対馬島まで1213時間で総52㎞を航海する。
 カラムシ4世号は 'カラムシ会' 所属の日本ボランティアたちが古代の航海技術を持って朝鮮半島と日本との文化交流が可能なのかを検証するために作った船だ。

今度立ち上がった『大韓海峡横断韓・日合同プロジェクト」は韓日歴史に対する日本人の純粋に知りたいという気持ちから始まった。カラムシ会所属の日本のボランティアの人たちは '大韓海峡横断プロジェクト'のために20余年の歳月をついやした。

1982年カラムシ2世号を製作して日本海の隠岐島~島根半島56㎞を実験検証航海をしたことに始まり、日本国内で様々な予備航海を行っている。

今年はカラムシ4世号を実際に釜山~対馬島横断に投入する事になった。

カラムシ4世号は今年6月末頃釜山に入港する予定で航海予定日は728日頃だ. カラムシ4世号の安全のために釜山所属のシーカー号'などヨット二艇がカラムシ4世号を伴走しながら航海することになる。

プロジェクトすべての参加者数は伴走船乗務員を含めて韓日ボランティア 20人内外だ。 韓国では韓日歴史問題研究所長である釜山外大金文吉名誉教授,(金ホングフィ)、ドキュメンタリー写真作家などが参加する。

今度プロジェクトの動機は'ヨンオランセオニョ' 説話から出た. 新羅第8代アダルラワン 4(157) 東海海辺に住んでいたヨンオと·セオニョ夫婦が突然岩に積まれて日本に渡って日本の王になった, そして、日本に鉄器文化はもちろん農業技術や機を織る技術などを伝えたという記録だ。ヨンオは製鉄技術者であった,セオニョは絹織物を編む技術を持って '日本に渡り(渡来人)'日本に文化を伝えたということ. 日本の島根県にも似ている内容の伝説が残っているそうだ。
 伴走ヨットである 'シーカー号' ユヒョンウン船主は「歴史を歪曲しようとする日本人もいるがこんなに歴史を正しく見ようとする日本市民もいる」また「今度のプロジェクトが成功して韓日交流や歴史を正しく理解する足しになる事を期待する」と述べた.
金白桑記者 k103@busan.com



     



                               釜山 聯合ニュース 25.01.28掲載

こんにちは、豊島です
釜山連合ニュースの記事の内容

          丸木船乗って釜山~対馬島  52 古代波路挑戦
               記事入力(釜山=連合ニュース) チョ・ジョンホ記者 =


丸木船に乗って釜山から対馬島を横切る航海が民間主導で推進される.
'
丸木船大韓海峡横断'は日本の古代文明が海向こう朝鮮半島で伝わったという歴史を考証するためとのことだ.
 釜山ヨットであるユヒョンウング(51)さんはできる限り · ボランティア 20~30人余りが来る 728日頃、長さ 9.7m 80 大きさの丸木船に乗って松島海水浴場を出発,
対馬島まで 52㎞を航海すると 23日明らかにした.
 日本の民間歴史研究の集まりであるカラムシ会は 1982年カラムシ 2世号を作って隠岐島から島根半島 56㎞を実験航海した.2010年にはカラムシ4世号を製作して浦項を出発 対馬まで 340㎞を航海しようと思ったが、時間や支援船舶と費用の問題で断念した.

 カラムシ会と縁のあったユさんに去年、釜山-対馬島横断の伴走船の申し入れがあった.日本にあるこの丸木船は、今年 6月末頃コンテナ船舶に積まれて釜山に移される.復元力など安全機能が補強されたカラムシ4世号は ボランティア 7人ずつ乗って交替しながら櫓を漕ぐ方式で時速 4ノット強の速力が出せるそうである.

航海時間は1213時間 3~4日の準備が必要となることと予想された. ユさん所有のシーカー号等、2艇のヨットがカラムシ4世号を護衛しながら支援する事にした。

今度の航海は新羅時代(157) ヨンオラングセオニョ説話を再現する意味もある. ヨンオランが日本に渡って王になった。また、奥さんセオニョも岩に積まれて日本に渡って鉄器文化と機を織る技術などを伝えたという話だ。

ユさんは "日本人が古代日本と韓国の関係と歴史を考証すると純粋な民間団体を結成して船を作って古代波路を航海をするという事にを接して感動を受けた"と今度プロジェクトに参加するようになった理由を説明した。

彼は "2月に両国のボランティアたちが釜山に集まって実務協議をするようになって 4月には航海チームが最終確定されること"と伝えた.



丸木舟航海について応援のメッセージがきましたのでお知らせします。
 また本日、カヌーをしておられる方からできれば参加したいという電話を受けました。
25.01.26掲載 
 

①浜田の豊島先生からメールが届きましたので紹介します。

おはようございます。森 館長!
韓国のKBSテレビ局から
横断プロジェクトについて問い合わせがありました。
以下内容です。

こんにちは.

先程に電話したイチァンスンです.

私は KBS 水曜企画と KBSスペシャルなどドキュメンタリーを専門製作する独立製作社『春を超えて』というメディアの演出者です.
まず今度大韓海峡横断プロジェクトに関心を持っていますし
機会になれば KBSに企画案をあげてプロジェクトを放送しようとします.
まずからむし会のホームページ住所と柳氏の連絡先をお願い致します.
と言うことでしたのでお伝えします。

②日本国際理解教育研究会長をしておられる目白学園の多田孝志先生からもメールを頂きました。参考までに紹介します。

 

やはり心躍る大変な活動であり、注目を集めるのですね。森先生の生き方にいつも啓発されています。是非記録をとっておいてください。

日本学校教育学会や学習院、立教、青山、そして目白の学生たちにも知らせます。多田

 


埼玉県の方の会社からカラムシの航海についての激励のメールが来ましたので
皆さんに紹介いたします。  25.01.23掲載

松江市城西公民館様

お世話になります。私、(株)歴史探求社の喜多と申します。
当社で発行しております、メールマガジン上で「からむし会」様を紹介させていただきました。
お手数ですが、ご参考迄に本メールをお渡しいただければ助かります。

丸木舟で今度、朝鮮海峡を渡られるとお聞きしました。
非常に大きなチャレンジですが、大きな意義のあることであると考えております。
今夏に実施されると聞いておりますが、8月は朝鮮海峡の波は以外と高いため、6月か7月前半の
無風の晴天の日を選んでいただければと考えます。

対馬のどの地を目指されるのかも、当方としては気になるところです。朝鮮通信使と同様の佐須
奈の港を目指されるのか、それとも古代の痕跡を残す浅茅湾の中に入って行かれるのか。いづれ
にしても興味はつきません。注目してご活動を追いかけさせていただきます。


ご健康に留意いただき、大きな成果を残されますことを祈念しております。

株式会社歴史探求社
代表取締役 喜多 暢之


******************************
株式会社 歴史探求社
喜多 暢之

333-0844
埼玉県川口市上青木3-12-63
ビジュアルプラザ702
048-261-6000
e-mail: nobuyuki.kita@rekitan.co.jp
HP: www.rekitan.co.jp
******************************
-----Original Message-----
From:
歴史探求社 mag2 0001587982
Sent: Tuesday, January 22, 2013 8:30 PM
To: nobuyuki.kita@rekitan.co.jp
Subject:
頑張れ「からむし号」!

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古代史探究レポート 2013年1月23日号
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アルジェリアのニュースは、ショッキングな結果で終わってしまい残念です。
テロには一切の交渉をしないという、アルジェリア政府のコメントも理解でき
るだけに、いたたまれない気持ちです。
天然ガスを求めて遥か海を越え活躍される皆様に、くれぐれもご自愛いただき
たいと敬意をもってお願いしたいと思います。
さて、日本人が資源や交易のために、海の向こうを目指し航海したのは有史以
前にはじまります。縄文時代には非常に活発に交易のための航海をくり拡げて
いたことが証明されています。
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「からむし号」釜山ー対馬間を渡る

松江市の元教員らで作る「からむし会」という「日韓古代の道をたどる会」
があります。丸木舟を作って、古代人が本当に航海して交易をおこなったのか
を、実験されているようです。Facebookにも、ページをもっておられ、私も
楽しみながら拝見しました。1982年には、隠岐から黒曜石を島根半島まで運
び、近年は松江から米子までメノウの原石を運んだり、昨年は古事記1300
記念古代航路再現プロジェクトを行われたりされているようです。
「からむし会」は隠岐からの黒曜石を運ぶ実験をされたようですが、この黒曜
石は非常に驚異的な分布をしています。日本で黒曜石の産地は、佐賀県の伊万
里市、島根県の隠岐、伊豆の神津島、北海道の白滝などですが、成分を調べる
ことで、どこで産出された黒曜石かを見分けることができるようになっていま
す。韓国は釜山にある新石器時代の遺跡「東三洞貝塚」では、伊万里産の黒曜
石が使われていました。隠岐の黒曜石は、ソビエトの沿海州の遺跡から出てき
ました。ここには、隠岐だけでなく、北海道の白滝のものもありました。つま
り、縄文時代では実験に使われたような丸木舟で航海したのでしょうが、日本
海をぐるっと回る交易が行われていたことがわかったわけです。
縄文時代から様々な交易が既に実証されていますが、弥生時代における日本海
航路は驚くべき発達をしていたようです。今から、15年ぐらい前になるでしょ
うか。隠岐の沖合から北九州で作られたと思われる弥生土器が引き上げられた
という報告がありました。これなどは、交易をしていた大きな証拠のひとつで
す。北海道の伊達市ででてきた弥生時代の腕輪は、南海産の貝殻で作られたも
のでした。弥生人の行動範囲はとてつもなく広いのです。
弥生時代の代表的な日本海航路での交易は、「魏志倭人伝を探る」でも紹介さ
せていただいた、伊都国の潤地頭給(うるうじとうきゅう)遺跡や、奴国の
箱崎遺跡の工房に運ばこまれていた、島根県松江市の花仙山(かせんざん)の
メノウや、碧玉の原石と、逆の航路で運ばれていた青銅器です。出雲が大きく
なる原因は奴国との交易にありました。この時使われていた船は、丸木舟に
簡単な波よけをつけた、準構造船と呼ばれる船です。船の大きさも、性能も
「からむし号」とは大差ありませんが、後部の先は尖っておらず、物を運ぶの
に適するように、少し安定した形状がとられていました。
釜山と対馬の間の朝鮮海峡渡航実験は、これまでも何度かおこなわれました。
角川春樹氏は、古代船「野生号」を使い航海を成功させましたし、大阪市が行
った市制100周年のイベントでは、「なみはや号」が挑戦しました。こちらは、
惨憺たる結果で途中別の船にひっぱってもらっていましたが。これらの船は、
古代船と言えど、古墳時代の船ですから丸木舟からはかなり進化した構造をし
ていました。純粋な丸木舟の挑戦ははじめてのこととなります。
「からむし」というのは、今では雑草ですが、昔は茎の皮を使って衣類や、網
などを作る材料として重用されました。日本書紀にも、持統天皇が栽培を奨励
したという記録が書かれています。どうして、この名前を付けているのかはわ
かりませんが、「雑草だけども使いようによっては有益なんだ」という意味で
あるとするなら、「からむし号」の挑戦も、そのものズバリなのかもしれませ
ん。大きな意義があるものと思います。
写真や映像では、お年を召した方々が必死に丸木舟を漕いでいる姿が写ってい
ますが、是非共無理はなさらないようにと祈るばかりです。それ以上に、
「松江には手を挙げる若者がいないのか!」と、憤慨したくもなります。古代
だって、海を駆け回ったのは老人ではなく若者であったはずなのですから。
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<<編集後記>>

私がこのニュースを知ったのは、山陰中央新報の年初の報道でした。そこで
は、入出国手続き、伴走船の確保とともに、資金的にも苦しいと報じられてい
ました。「意気に感ず」と思われる方は、是非、手伝って上げてください。そ
して、もし可能であるなら、私は磁石を使わずに航海できるかどうかを確認し
ていただきたいと思います。海にできる太陽の道を直角に進むと、対馬に到着
するはずというのが、私の推論なのです。実際の航海は、今年の夏に行われる
予定だそうです。

iPad&iPhone
用のアプリ、「魏志倭人伝を探る」は、無料でダウンロードでき
ます。是非、ご一読ください。楽天KOBOKindleでも販売しています。

<<メールマガジン 古代史探究レポート>>
<発行者> 株式会社歴史探求社
<公式サイト> www.rekitan.co.jp
<問い合わせ> web@rekitan.co,jp
<登録・解除> http://www.mag2.com/m/0001587982.html


 新聞に掲載されました 25.01.16掲載

きょうの読売新聞島根版に大きく記事が掲載されていましたので紹介します。
 


                              ヨット見学 25.01.15掲載

1月14日(土)祝日 小雨
 午前中内藤さんの案内で先日のヨット見学をしました。今回はエンジンの見学です。
 ヨットは港の出入りの時にエンジンを使う程度ですのでクルマと違い古くても余り部品の摩耗や消耗などはないような
気がしました。 バッテリーが新品に変えてあり、エンジンは一発でかかりました。
諸経費(名義変更、クレーンでの船の上げ下げ、船底塗装、検査料)は15万円程度とかでした。
 本体は30年ぐらい使用したとのことですが、しっかりしています。 維持管理費はどの程度かかるか分かりません。
実際に乗る回数も老人には何回あるか分かりませんが、まあ老人の楽しみのおもちゃかなあ・・・という感じです。
 海は怖い、操船技術は0・・・でもやっぱり船って魅力的若い三島さんは乗るとしたらあと30年は大丈夫、かなり心が動いている感じでした。
   




                           内藤さんの記事 25.01.08掲載

     1月6日(日)内藤さんの情報で米子港へヨット見学に行く事になりました。
    出発前、内藤さんとお茶の時間、その時読売新聞の記事に気が付きました。ナント!内藤さんの記事です。
    ということで皆さんに紹介します。
     内藤さんは環境方面の活躍も大変熱心にしておられるということもあらためてわかりました。




                             ヨット見学 25.01.07掲載

 1月6日(日)曇り午前と午後の2回、米子の港に出かけました。
 1回目は内藤さん、午後は三島さんです。中古ヨットがあるが・・という話があったからです。 船の免許があっても宝の持ち腐れではさびしいので何人かでお金を出し合い、のんびり魚釣り・・・という・・・・またまた安物買いの銭失い・・・のおそれが出てきました。
 船体はしっかりしています。簡易キッチン、トイレもあり8人程度は寝れるとのこと、無線、8馬力のエンジン等々がついているということで、修理して使えば面白い感じです。 といってもまだ本庄にはカラムシ号もあり・・・余りの古さに怖くて一度も自分ひとりでは出かけたことがないのですが・・・難しいところです。
 でもぼろ舟をみんなで修理して海に乗り出すのもいいなということでかなり心は動いています。 値段?がんばればなんとかなる?かな?多分、修理、検査、廃船費用、維持管理にはくたびれる可能性は大。 行きはよいよい帰りはこわい・・という結果になるかもしれません。 
   




                          丸木舟・カラムシ手入れ 25.01.07掲載

  25年1月5日(土)晴れ間錦織・榊原・三島さんと丸木舟の水の掻きだしをしました。 半分近く水がたまっており、気にかかっていたのでこれで安心。
 カラムシ丸も榊原さんのお骨折りでメインエンジンも予備の船外機も息を吹き返しました。40年近く前のジーゼルエンジンなので寒い時はなかなかエンジンがかかりません。春になったら船底のカキを削り落として塗料を塗るなどの作業が待っています。腐食防止の部品も取り付けないといけません。
 強い南風が吹くと本庄の港の中も大きな波が来るので転覆のおそれ、さらに積雪が怖いです。2年前、船に積もった雪のため、カラムシ号が転覆、水浸しとなり、エンジンなどに致命的な痛手を負いましたがそういう恐れもあります。
 いずれにせよなかなか管理にはお金と汗がかかります。



               カラムシ航海記事  25.01.04掲載

 1月3日(木) 今日の山陰中央新報の「明窓欄」にカラムシ会の記事が出ていました。いよいよ朝鮮半島(釜山)~日本本土(対馬)航海決行です。課題は山積ですが、
「矢は放れた!」ということです。
 

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