ウイルス付きメールなどで企業や官公庁・自治体に侵入し、機密情報を盗み出す「標的型サイバー攻撃」。専門家は「組織の９割は標的型のウイルスに感染している」と語り、人ごとではない大きな問題で、手口は悪質化する一方だ。2012年、攻撃を受けた広島県庁は、知恵を絞って技術と人の両面から防壁を再構築していった。標的型サイバー攻撃との闘いの軌跡を追った。

■出口対策を加え多層化

　「ウイルスが侵入しています！」。12年４月９日、登庁したばかりの西田寛史は部下からの報告に青ざめた。職員向けシステムの情報ネットワークやサーバーを管理する広島県総務局業務プロセス改革課情報基盤グループで主査を務める西田は「まさかうちが」という思いにとらわれた。

　調査すると同５日に県教育委員会の職員２人が標的型メールを開封して感染したことがわかった。何者かが内閣府に実在した人物をかたり中国から送信。「対北朝鮮措置の延長について」という件名で、同名の添付ファイルが付いていた。これが実はウイルスで、外部から遠隔操作できてしまう。

　西田らメンバー５人は感染パソコンを回収、通信記録も調べた。すると中国のサーバーに１度接続した痕跡があった。「通信量は数メガバイトと少ないが情報が流出した可能性がある」。県は夜に記者会見を開き、事実を公表した。

　原因究明のため、西田はセキュリティー大手に解析を依頼した。費用は100万円超とみられる。県はもともとセキュリティー侵害の復旧予算を取っていなかったため、ネットワーク運用費用をやりくりして捻出した。

　結果が出るまでの約１週間、西田は祈るような気持ちだった。結果はシロ。「具体的な情報漏洩はなかった」（西田）。ほっとしたのもつかの間、「追加対策がやはり必要だ」との思いを新たにした。それまでの防御は侵入を防ぐ「入り口対策」。パソコンに対策ソフトを導入しネットワークとインターネットの接点には不必要な通信を通さない「ファイアウオール」、攻撃とおぼしき通信を遮断する「不正侵入阻止装置（ＩＰＳ）」を設置していた。しかし未知のウイルスで攻撃してくる標的型には機能しないことを証明してしまった。

　そこで西田は13年３月稼働予定の５年ぶりのネットワーク刷新に、急きょ追加対策を盛り込むことにした。キーワードは「多層」。入ってこないようにする入り口対策だけでなく、ウイルスが侵入してしまっても、試みる外部との通信を遮断して情報漏洩を防ぐ出口対策などを加えるのだ。

　ここでも予算が問題となった。追加対策費用を捻出するため、サーバー１台をあたかも複数台のように使う「仮想化技術」を使ったほか、ネットワークの構築業者と運用外部委託業者を一本化するなど工夫した。