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 明治の文豪・夏目漱石が、ちょっとしたブームになっている。代表作「こころ」が本紙朝刊で100年ぶりに連載されたのを機に、文庫の売り上げが倍増。古典再読の機運に加え、作品に「萌(も)え」る人もいる。名作は世紀を超え、読者を広げている。

 「夏目漱石が、今年ブームです」。東京・神保町の三省堂書店神保町本店は5月末から、文庫売り場の入り口にあるメーンの陳列棚にパネルを掲げている。パネルを仕掛けたのは新潮社で、全国の書店に配った。

 「こころ」は元々、新潮文庫の累計部数1位を誇る。毎年3万部、計184刷697万部が発行されてきた。安定して売れていた作品の販売部数が、本紙での連載が始まった4月20日すぎから、前週の2・5倍に伸びた。広報担当者は「実に意外。さらに読まれるようになる余地があるとは考えなかった」と驚く。

 ブームを盛り上げようと、漱石作品の文庫を出す出版各社も力を入れる。

 新潮社は「漱石こころ100年」の帯を文庫に巻き、表紙も変えた。集英社も今夏までに、漱石と親交のあった画家、津田青楓の絵を文庫の表紙に。岩波書店は装丁の第一人者、祖父江慎さんが「こころ」などの新装丁に取り組む。

 ブームを支えるのは、連載をきっかけに再読する中高年だ。過去1年の新潮文庫「こころ」の購入者は50代が19・3%。だが5月は31・7%に跳ね上がった。都内の書店で「こころ」を探していた会社員の関根正俊さん(42)は「10代の頃に読んで、重いなと思った。大人になって読んだらどうなのか、興味がある」と話す。

 岩波文庫編集長の入谷芳孝さん(51)は「お札にもなった知名度に比べれば、実際に読み通した人はまだ少ない。『100年』などのきっかけがあれば、手にしたいという人が多いのかも」と話す。

 知名度のある「定番」が突然売れ出す例は多い。ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」は、2006年に光文社から新訳が出たのを機にブームになり、5巻で計103万部を発行している。

 三省堂書店神保町本店の内田剛さん(45)は「新刊点数が増え続け、読者は本を選ぶのが大変になっている。失敗したくないので、一度読んだ名作の再読に安心感を求めているのかもしれません」。