June 6, 2014
2010年春、スペインの養豚農場を不可解な悲劇が襲った。各800~3000頭のブタを飼育する41農場で、多くのメスが急に不妊になったという。すべてのメスに影響が及ぶ場合や、妊娠しても新生児の数が減少するケースが頻発した。
メスブタと人工授精に使われた精液を調べたが、不都合な点は見当たらない。種付け用の複数のオスから集めて冷凍保存された精液も、精子細胞には異常はなかった。メスの体調も悪くなく、エサや水から病原菌や真菌毒素も検出されていない。
調査の課程で、全農場とオスブタに共通の要因が1点だけ浮上した。精液保存用の袋の入手先がすべて同じだったのだ。
プラスチック製の袋の成分分析を主導したのは、パッケージ材料を研究するスペイン、サラゴサ大学の分析化学者クリスティーナ・ネリン(Cristina Nerin)氏。プラスチックに含まれる複数の化合物を不妊原因として特定し・・・
メスブタと人工授精に使われた精液を調べたが、不都合な点は見当たらない。種付け用の複数のオスから集めて冷凍保存された精液も、精子細胞には異常はなかった。メスの体調も悪くなく、エサや水から病原菌や真菌毒素も検出されていない。
調査の課程で、全農場とオスブタに共通の要因が1点だけ浮上した。精液保存用の袋の入手先がすべて同じだったのだ。
プラスチック製の袋の成分分析を主導したのは、パッケージ材料を研究するスペイン、サラゴサ大学の分析化学者クリスティーナ・ネリン(Cristina Nerin)氏。プラスチックに含まれる複数の化合物を不妊原因として特定し、このたび調査結果を発表した。
「生殖障害とプラスチック材料から移行した化合物の相関関係は、これまで誰も注目していなかった」とネリン氏は語る。
この初めての研究発表の影響は、養豚業をはるかに超えて広がる可能性があるという。
ブタの精液の保存袋に含まれていた化学物質の中には、食品パッケージで日常的に使用されている成分もあり、食品に移行することが確認されている。「スペインのブタの事例は、私たち人間が直面しているリアルなリスクを明らかにした」とネリン氏。
◆影響は人間の食品にも
例えば、ポテトチップスの袋や精肉のパッケージには、接着剤の一般的な副産物、環状ラクトンが含まれている。不妊の発生率が特に高い農場で使用されていた精液の袋から、高水準で見つかった化学物質の1つだ。
また、毒性のあるビスフェノールA(BPA)の派生物、「BADGE」化合物も多く見つかっている。エポキシ樹脂の構成要素で、アメリカでは食品の缶詰や飲料缶の内層の95%に使用されている。
BADGEはハウスダストにも含まれており、オールバニにあるニューヨーク州保健局の分析化学者クルンサチャラム・カンナン(Kurunthachalam Kannan)氏が率いた最近の研究によると、アメリカと中国で127人から採集した尿サンプルすべてから検出されたという。
BADGEの前駆体BPAは、環境ホルモン(内分泌かく乱物質)として知られており、ヒトのホルモン(エストロゲン)と似た作用を誘発しその働きを妨げる。BADGEの加水分解体「BADGE-2H2O」は、エストロゲンを阻害する性質がさらに強い。
環境ホルモンは、疫学や実験動物、臨床などの多数の研究で、精巣の発達異常や早熟、前立腺癌(がん)、乳癌、肥満など、健康にさまざまな悪影響を及ぼすと指摘されている。
◆対照実験で原因究明
精液の袋は、材料の多層プラスチックを貼り合わせて製造されている。サラゴサ大学のネリン氏は、問題の化学物質はその工程で使われた接着剤に由来すると推測。しかし、化学物質自体は通常、その目的には使用されていない。袋から検出された理由は、何らかの異常な汚染があったからではないだろうか。
袋を納入したマガポル(Magapor)社は、ネリン氏の専門知識を頼って連絡してきたという。「生殖が失敗した理由がわからないため、彼らは必死になっていた」。
ネリン氏は、高水準の環状ラクトンとBADGEが原因だという推論を次のような方法で確認した。メス50頭の2つのグループに対し、一方は通常の新しい精液、もう一方には同化学物質の混合剤を混ぜた精液を人工授精した。前者のグループでは84%が妊娠したが、後者のグループでは58%に落ち込んだという。
販売元のマガポル社は、精液保存袋の調達先を中国のメーカーから他社に切り替えたところ、スペインのブタの妊娠は正常に戻ったという。
今回の研究結果は、「Scientific Reports」誌オンライン版に5月9日付けで発表された。
PHOTOGRAPH BY JON NAZCA / REUTERS