フォーチュン

ⅩⅩⅤ

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ⅩⅩⅤ
驚きで口をパクパクさせているマダム・ルッソを、真ん中に立つユーリスは冷ややかに一瞥すると、「なぜ俺は、いまだにおまえの顔を見る事ができている」と言った。

ハッとしたマダム・ルッソは、すぐさま頭を下げると「申し訳ございませんっ!ユーリス王子様!」と謝罪をした。

「おまえが館の主人か」
「は、はい、然様でございます」
「ならばここに住む者全員を広間に集めよ」
「は・・・」

「今すぐだ」

ユーリスの端的なその命令口調に、ハッキリと苛立ちを感じたマダム・ルッソは、「かしこまりました!」と返事をすると、頭を下げたまま回れ右をしてダッと駆け出した。
それと同時に、ユーリスは護衛の者たちにあごをしゃくって命ずると、ツカツカと中へ入っていった。

「今からここの“業務”は中止!客はすぐ退せよ!」
「館の住人は広間へ集まれ!」

ユーリスの護衛2名は口々にそう叫びながら、娼館内を練り歩く。
残り2名は、それぞれ2つの出入口に立ち、客に紛れて館の住人が出ないように見張っていた。

その間、ユーリスは広間とおぼしき部屋へ行き、ハニーブロンドの長い髪を後ろひとつに結い上げ直し、銀縁のダテめがねをかけた。


ここにアンジェリークがいる。
俺のアンが。


逸る心を静めるように、ユーリスが深呼吸をひとつし終えたとき、娼館の住人がぞろぞろとその部屋へ入ってきた。





「館の住人は広間へ集まれ!」という声が、アンジェリークがいた部屋にも聞こえてきた。

「今の声は一体・・」
「館の住人ってことは、あたしたちもだよね?」
「どうやら“仕事”は中断みたいだよ」と娼婦たちが言ったとき、部屋のドアが開いた。

「あんたたち!今すぐ広間へ行きな!ほら、ぐずぐずするんじゃないよ!」というマダム・ルッソの急かす声で、アンジェリークたちは広間へ歩いていった。




「マダム・ルッソ。一体何事?」と問いかけた娼婦の一人を、マダム・ルッソはキッと睨みながら、醜い唇に人差し指を当てて、「黙れ」というジェスチャーをした。
そして「シーッ。あんたたち!この御方を誰だと思ってるんだい!サッサと頭を下げな。失礼だろ!」と、ユーリスに聞こえないよう囁くと、自らもすぐ頭を下げた。

マダム・ルッソに倣った者、そして正面に立つ男が、この国の王子であると認識した娼婦たちは、慌てながら次々と頭を下げた。

だが、アンジェリークは頭を下げることを忘れ、ただユーリスを見ていた。


・・・黒い詰襟の上着と黒いズボン。
上着の肩から腕についている金色のラインは、ドラーク王国の国王になる王家の御方だけが着ることを許される正装着。
ということは、今ここに立っていらっしゃる御方は、ドラーク王国のユーリス王子に間違いない。
あぁ、ここで王女時代に身につけた雑学が役に立つなんて!
でもあの髪、そして青灰色の瞳と眼鏡は・・・。


「コンラッ・・ド?」
「ルーシー!何ボーっと突っ立ってるんだい!」
「あっ、すみませ・・・」

運悪く、隣にいたマダム・ルッソにどやされたアンジェリークは、マダム・ルッソの手で強引に頭を下げさせられた。

そのとき、ユーリスの眉間に深い皺が寄ったのを、頭を下げている娼婦たちは知らない。
しかし、後ろに控え立っている護衛の4名は、「やばい」と思わずにはいられなかった。


だからマダム!
知らないとはいえ、王子のレディにそういう態度を取る、イコール、自分で自分の首を絞めてるってことだから!
あぁ勘弁してほしい・・・。


早くも雷が落ちる予感に、護衛の4名は密かにため息をついた。

が、気を取り直して正面を見た護衛4名は、頭を下げている「ルーシー」ことアンジェリークの姿に釘付けになってしまった。

赤いドレスの胸元と背中の部分は、ただでさえ布地が少ない。
そのため、頭を下げているアンジェリークの豊かな胸が、今にも全て見えそうになっていたからだ。
加えて、アンジェリークの豊かな赤茶色の髪は、頭を下げていることで両サイドに流れ落ちているため、背中の滑らかな肌も丸見え状態。
それは何も、アンジェリークに限ったことではなく、他の娼婦全員にも言えることだが、彼らがここに来た真の目的は、アンジェリーク奪還だ。
だからか、護衛の4名は皆、自然とアンジェリークに目が行ってしまい・・・離せなくなってしまった。

ハッと息を呑んでしまった護衛のローデワイクのわき腹を、隣にいた護衛のロキがドンと小突く。
どうにか気を取り直した護衛長のコンラッドは、二人に向かって「やめろ!」と視線で訴えた。

頼むから、これ以上王子を怒らせるな!

というコンラッドの悲痛な願いは、どうやら仲間たちに届いたようだ。
だてに皆、ユーリスの護衛を長年勤めているわけではない。
それこそ自分で自分の首を絞めていると気づくのは、おのずと早くなる。
我に返った護衛の4名は、正面に立つその場の中心の男、ユーリスを見て、またハッとした。

「王子・・・?」というコンラッドの囁きを完全に無視したユーリスは、黒い詰襟の正装上着のボタンを、右手でひとつずつ外していた。

「そこの赤毛」

低く轟くその声に、アンジェリークは頭を下げたまま、両肩をビクッとつり上げた。

「俺にもう一度言わせる気か」
「あ・・」
「ルーシーッ!」とマダム・ルッソは囁きながら、隣のアンジェリークをドンと小突く。


や、やっぱり私、よね?
他に赤っぽい色の髪をした人、いないし。


「はいっ」
「頭を上げよ」
「・・・え」とつぶやいたのは、アンジェリークとマダム・ルッソだった。

「聞こえないのか。頭を上げよ」
「は、はい」

おずおずと頭を上げたアンジェリークのグリーンの瞳と、ユーリスの青灰色の瞳の視線が嫌でも絡み合う。
問いかけるようなアンジェリークのグリーンの眼差しに対し、ユーリスの美麗な顔立ちには、感情が表出ていない。

「ここへ来い」
「は・・い」

アンジェリークは自分を励ますように両手を胸元で握りしめると、一歩ずつユーリスの元へ歩いていった。


夢にまで見たコンラッドとの再会が・・・。
コンラッドがユーリス王子・・・?
これが現実だなんて・・・。


自分のすぐ近くまで来て歩みを止めたアンジェリークに、ユーリスは自分の上着を羽織らせた。

「・・・これは・・・?」

ユーリスの上着がずり落ちないよう、胸元で両手をクロスしたアンジェリークは、ユーリスを仰ぎ見た。

「そのドレスはおまえに不似合いすぎる」
「あ・・・はぃ」

自分でもそう思うアンジェリークは、コクンとうなずいた。

「それを着ろ」
「・・はい」
「ボタンは全て留めて肌を露出するな」


そうそう。
そこが一番重要なんだよな、王子にとって・・いや、俺たちにとっても、だよな!



いそいそと上着に袖を通し、ボタンを留めているアンジェリークの姿を、ユーリスはチラッと一瞥した。
護衛の4名は、今のところユーリスが暴れていないことに、ホッと安堵の息をついた。


大柄で逞しい体型をしたユーリスに合わせて作られた正装の詰襟上着は、当然ながらアンジェリークにはブカブカだ。
袖を何度か折り曲げているアンジェリークは、上着を着ているというより、上着に着られている感がある。
そんなアンジェリークに、ユーリスは表情には出さなかったが微笑みを贈っていた。


確かに上着これを着たことで、肌の露出は格段に減ったけど。
これは、ドラークの国王になる御方だけが着ることを許されている上着。
そんな大事なものを借り着ても良いのかしら・・・。


その意味がまだ分からないアンジェリークは、正直戸惑っていた。
そして、これからどうしたらいいのかも分からない。


私、さっきの場所へ戻らなければならないのかしら。


さっき自分が頭を下げていた場所を、不安な眼差しで見たアンジェリークに、ユーリスは一言「ここにいろ」と言った。

「はい・・・ユーリス様」

ユーリスの体温を感じるほど近くに立っているアンジェリークだったが、ユーリスと目を合わせてはいけない気がして、ひたすら娼婦たちのほうを見ていた。


・・・どうやらユーリス王子は、私が王女だと気づいているみたい。
だからこの場から穏便に私を連れ出そうとしてくれて・・・いるのよね?


そんなアンジェリークの思考と、その場の雰囲気をぶち壊すように、マダム・ルッソの必要以上に甲高い声が、突如室内に響いた。

「まあユーリス王子様っ!今日はわざわざこちらの娼館を御利用されるためにお越し下さったのですか!恐れ入ります。王家の殿方は、いつも側室を御利用なさってますからねぇ。たまには街の娼館を御利用なさるのも、非常に良い気分転換になるかと、はい。その娘・ルーシーは、最近入ったばかりの新入りですが、それゆえに奥ゆかしさが・・・」
「おまえは誰と話をしている」
「はっ!も、申し訳ございませんっ、ユーリス王子様!」

自分の早とちりで大失態をしでかしたと悟ったマダム・ルッソは、頭を下げたまま、ひたすら謝っていた。


しまった!
・・・そうだよ。
ここを利用するなら、頭を下げる必要はないはず。
殿方は顔も選ぶ基準になさるから、側室では頭を下げることはないと聞いたことがある。

ということは、ユーリス王子は、一体何しにここへ来たの・・・?


「マダム・ルッソ」
「ひぃ!は、はいぃ!」

素朴な疑問が頭中をよぎったマダム・ルッソは、その声だけでビビり、全身で震え上がった。

「おまえは身分証を持たぬ若い娘や身寄りのない若い娘に目をつけ、ここに娼婦として囲っているな」
「そ、そんなことは・・・」
「あれこれと偽りの理由を作り上げて娘どもを追い詰め、騙し、心理的自由を奪っている。違うか」とユーリスが問いかけたとき、周囲の娼婦たちは頭を下げたまま、ユーリスに賛同するようにうなずいていた。

中には肩を震わせて泣いている者もいる。
その実状が、マダム・ルッソは有罪だと物語っていた。



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~ Comment ~

生吹です(^o^)

見つけた~!!
「フォーチュン」を読む場があって良かった~。
場所が変われど、私はどこへでもついていきます(*^_^*)

まずは、ゆっくりしてくださいな(^o^)/
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