【井口裕右の取材後記】
2013年末、「めでたし、めでたし?」というタイトルのある広告コピーが広告業界を騒然とさせた。
このコピーは、日本新聞協会広告委員会が開催した「2013年新聞広告クリエーティブコンテスト」で最優秀賞に選ばれ、東京コピーライターズクラブの2014年TCC賞最高新人賞を受賞した作品である。このコピーのテーマは、「しあわせ」。しかし、このコピーは誰が読んでも悲劇であり、人の心に何かを残す強いインパクトを持っている。なぜこのようなコピーを生み出そうと思ったのか。作者であるTBWA\HAKUHODOの山﨑博司氏とお話をする機会があったので、作品に込めた思いを聞いてみた。
● 幸せや正義の定義は、ひとつではない
「桃太郎」と言えば、桃から生まれた桃太郎がサルやキジを従えて鬼を退治しにいくお話で、子供のころにその絵本を読んだ僕たちは、鬼をやっつけた桃太郎を"ヒーロー"だと思ったに違いない。しかし、山﨑氏はこの桃太郎の話を全く違う視点で表現しようと思ったのだという。
桃太郎は正義であり、鬼を退治することでハッピーエンドというのが、『桃太郎』のお話。でも、「鬼は悪い奴だ」と言われても、お話は桃太郎の視点で描かれているので、本当に悪いヤツかどうかはわからないですよね。そして、桃太郎の視点で描かれたハッピーエンドは、退治された鬼の子どもにとってはとても悲しい結末。ある人にとっての正義や幸せといった価値観は、他の人の視点では全く違うかもしれない。それをこのコピーで表現したかったのです。
山﨑氏がこのような視点でこのコピーを考案したきっかけは、シリア内戦に対するアメリカの軍事介入問題だったのだという。「内戦状態で混乱するシリアに介入しようとするアメリカは、世界にとって"正義"であると世の中は思っていたのかもしれない。しかし、限られた情報の中で、ものごとを一方的に決めつけてしまうことが本当に正しいのか。それを桃太郎の話に重ね合わせて世に問いたかった」と山﨑氏は語る。
しかし、山﨑氏はこのコピーで政治的なアピールをしたかったわけでも、反戦運動をしたかったわけでもない。伝えたかったのは、ものごとを様々な側面から考えることの大切さ、私たちの社会生活で"相手の立場に立って考える"こととの大切さだ。自分の価値観で見えている世界と、ほかの人の立場で見えている世界は全く異なる。それをひとつの側面からだけで判断してしまっては、誰かの幸せの裏で誰かが不幸になるかもしれないということに気が付いて欲しかったのだ。「物語は、"めでたし、めでたし"で終わってはいけない。本当にそれがめでたいのかを考える必要があるはずだ」(山﨑氏)。
● コピーライティングとは何か、改めて考える
早稲田大学大学院で建築学を学んだ山﨑氏は、建築とコミュニケーションデザインは似ていると語る。「社会や時代に合わせてどのようなデザインをすることが施主=広告主にとって価値があるのか。そして、その価値が社会や世の中の多くの人をもハッピーにできるのか。それを考えるのがコミュニケーションデザインだ」。コピーライティングも、それは決してアートではなくコミュニケーションデザインのひとつ。アートとはアプローチの仕方が全く異なるのだという。
コピーライティングの本質は、世の中の常識と言われていることを違った視点から見ることで、新たな気づきを世の中に発信すること。そして、その気付きによって依頼主=広告主の課題を解決することです。作り手の一方的な自己満足になってはならず、社会の状況、読み手である生活者の意識、依頼主の課題を踏まえた表現を考える必要があると考えています。コピーライティングのゴールは、ただ美しい言葉を考えることなのではなく、読んだ人たちがどういう気持ちになってくれるかということに尽きるのではないでしょうか。
山﨑氏は広告のコピーライティングに携わるようになってから、先輩の元で何百本もコピーを書いてはダメ出しされてきたそうだが、その度に「読む人たちはどういう気持ちでそのコピーを読むかを考えろ」と言われてきたのだという。そのために、コピーライターは世の中の多くの人の心の中にある固定観念を理解している必要があり、社会の状況を理解している必要がある。その上でどのような言葉を投げることが人々にどのような発見をもたらし、態度変容に繋がるかをデザインするのが、コピーライターの仕事なのだ。
最近、広告業界では「コピーがポエム化している」という意見が議論を巻き起こしている。つまり、広告コピーは"ふんわりとした、内容があるのかないのか分からないような言葉"だという意見だ。しかし、山﨑氏はコピーライティングの本質を踏まえた上で、広告コピーがこのように評価されることは、作り手がその本質を忘れて自己満足に陥ってしまった結果ではないかと指摘する。「コピーが"ポエムだ"と評されるのは、読み手のキモチ、世の中の価値観を考えたコピーを考えることが大事だというコピーライターへのテーゼだと受け止めるべきだ」。コピーライターは、作品を作ることではなく、消費者の心に何かを残すことが使命なのである。「コピーライティングの役割は、生活者のインサイトに迫って、新たな気づきや発見のきっかけになること。情報のタッチポイントやものごとの価値観が多様化しても、生活者の心の奥にある本質的なものは今も昔も変わらないはずだ」。
話を終えて街に出ると、世の中には本当に多くの広告コピーが溢れていることに気付かされる。しかし、残念ながら心に響くような秀逸な広告コピーに出会う機会は決して多いとは言えない。商品やサービスの売り込みしかしない安っぽいコピー、広告主の優位性ばかりを訴えるような独りよがりなコピー、何を伝えたいのかわからない広告コピー。広告主やコピーライターの一方通行になってしまっているような、それこそ"ポエム"のような広告ばかりが目に飛び込んでくる。広告コミュニケーションは広告主が一方的にメッセージを発信するものではなく、受け取った消費者が心に何かを生み出し応える双方向のものでなくてはならない。消費者を知り、どうすれば消費者の心に届くかを考えるという意味では、コピーライティングの世界は短い言葉にコンテンツマーケティングのエッセンスを詰め込んだものだと言えるのではないだろうか。
■井口裕右の取材後記■
「取材後記」では、フリーライターという立場で情報メディアなどへの寄稿を目的として取材した様々な発表会、インタビュー、展示会、セミナー、イベントなどで感じた、ここでしか書けない意見や感想、そして筆者が撮影した写真の一部をハフポストのブログでご紹介しています。
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