世界の中でも日本は、長生きする企業、いわゆる老舗が多い国だ。老舗とは、「先祖代々から続いて繁昌している店。また、それによって得た顧客の信用・愛顧」(広辞苑第二版より)だという。サステナブルという言葉がもてはやされる随分と前から、日本には「継続を前提とした経営」を行ってきた企業が、数え切れないほど存在してきた。
ただ「先祖代々から続いて繁昌すること」は簡単でない。古いものを固持するだけでは取り残されてしまう。時代の先を読み、半歩なり一歩先の手を打ってきたからこそ、長きにわたって存続してきた。
そこにどんな知恵があるのか。老舗のトップは、今という時代の中で、何を大事にしてどこに進もうとしているのか。本稿では、老舗と呼ばれる企業の経営トップに話を聞いていく。
初回は、約480年の歴史を持つ和菓子の老舗、虎屋の代表取締役社長を務める黒川光博さんのお話をうかがった。伝統ある企業だけに、ともすると保守的ととらえられがちだがそうではない。「変えてはいけないものはない」という考えのもと、固定概念を破るような試みに挑戦してきた。
何が時代に合う価値観かを問い直さなければならない
川島:仕事柄、さまざまな街や店を見て回っていると、全体的にデパートの元気がなくなっているのが気になります。地下の食品売り場はともかく、婦人・紳士服売り場に上がって行くと、人が少なくてびっくりすることがあるほど。代わってエキナカやエキウエの複合商業施設や大型GMS、コンビニなどの動きが目につきます。「とらや」は直営店をはじめ、デパートでたくさんのお店を展開していますが、こういった市場の変化について、どう見ていらっしゃいますか?
黒川:私どもの店の多くはデパートに出ていますし、売り上げとしても圧倒的に多いと言えます。でも10年くらい前のことでしょうか。ふと「デパートという業態は、今と同じ状況では続いていかないのではないか」と思い、周囲と話したのを覚えています。
川島:どんなことから、そう思われたのですか?
黒川:何となく感じたことなので、明快な理由があったわけではありません。ただ、その頃から、デパートに同じようなブランドが入るようになって、全体に似てきていると感じていました。
川島:バブル景気下でラグジュアリーブランドが脚光を浴びて以来、どのデパートにも、大きなブランドブティックが軒を連ねるようになりました。かつては「あのデパートならこのブランドがある」みたいな感覚があったのですが―――。デパートの個性は、バブル以前の方が際立っていましたね。