参加閣僚に「はるかに霧が晴れてきた」といくらその成果を強調されても、いまひとつ進捗状況がつかめないTPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉。具体的な情報が公開されるわけではなく、よくわからないというのが実感ではないだろうか。
それはさておき、21に及ぶTPPの交渉分野のうち、農産品の関税撤廃とならび「参加国間に大きな隔たりがある」とされていたのが知的財産の分野だ。アメリカのNGOによって流出した内部資料は、アメリカが同分野を最重要課題と位置づけており、なかでも著作権の保護期間を、他国もアメリカ並みの「著作者の死後70年」へと延長することが譲れない最低ラインであることを明らかにした。
その知財分野において「交渉国間の溝が埋まった」とする見方が増えている。5月中旬には「著作権保護期間は死後70年に統一の方向で調整中」とする一部報道もあった。併せて、日本がアメリカに戦時加算――著作権の保護期間に戦争状態にあった時期(真珠湾攻撃からサンフランシスコ講和条約締結日までの約10年間)を加算する条項――の撤廃を求めていることを、そのバーターと見る向きもある。
交渉の先行きは不透明だが、知財分野のなかでも最大の争点とされる「著作権保護期間の延長問題」を整理してみよう。
著作権に関する国際規約であるベルヌ条約は、著作権の保護期間を「著作者の生存期間+死後50年以上」と定めており、2013年時点の加盟国では死後50年を採っているのが日本*など93ヵ国、アメリカやEU各国など71ヵ国が70年以上としている(ちなみに、TPP参加国では50年が日本やカナダなど6ヵ国。アメリカ、オーストラリアなど6ヵ国が70年と互角)。
ベルヌ条約は併せて
(1)外国人の著作物にも自国民のそれと同様の保護を与えること(内国民待遇。例外として、自国より保護期間の短い国の著作物は、その国の保護期間だけ保護される――相互主義)
(2)著作権は作品をつくった時点で自動的に発生し保護される(無方式主義)
(3)保護期間内であれば、条約発効前に創作された著作物にも適用される(遡及効)
を原則としている。
ベルヌ条約に従えば、現在、日本におけるアメリカの著作物の権利保護期間は著作者の死後50年(1952年4月以前に著作権が発生した作品は戦時加算により+10年)。アメリカ国内での日本の著作物の保護期間も、相互主義的条項により同50年となる。
アメリカが他国にも「死後70年」を求めるのは、同国が強大な著作権輸出国だからだ。
ミッキーマウスやスーパーマン、その他数多くの外貨獲得ツールを擁し、2011年度は日本円にして約12兆円を稼ぎ出している。
一方、国際的に人気のマンガやアニメを抱えるクール日本は約6000億円の入超、つまり赤字だ。
著作権保護期間の延長については、日本国内でも意見が分かれているが、その議論は現在に始まったことではない。2006年には日本文芸家協会や日本音楽著作権協会(JASRAC)など16団体が共同で、文化庁に「死後70年」への延長を求める要望書を提出している。当時の賛成派・反対派の各論調はそのまま現在にもあてはまる。
賛成派の論拠は、まず保護期間延長が創作者のインセンティブになること。もちろん著作権者やその遺族、さらに管理団体にとって著作権料を受け取れる期間が延びることは大きなメリットだ。また、欧米主要国が死後70年を採用している以上それが世界標準であり、歩調を合わせない限り著作物の国際的な流通に齟齬をきたすともいう。
対して反対派は、保護期間が70年に延長されても、その恩恵を被るのはごく一部の有力コンテンツのみと主張する。刊行物の98%は著作者の生存中に絶版になっており、それらの再利用、ネット上でのアーカイブスや電子図書館の運営にも支障をきたすとの見方だ。保護期間が長くなるほど相続関係が複雑になるため、交渉にかかる手間やコストなど有形無形の負担増から大多数の作品は死蔵される可能性が高い。視聴覚に障害を持つ人向けや研究目的での利用にも制約を受けかねないとしている。
その著作権交渉複雑化について、賛成派は、一括して許諾を取りやすくするシステムやデータベースの整備によって円滑化できると主張する。
著作権の保護期間が「死後70年」に延長された場合、それ以降の20年間は新たに著作権切れの作品(パブリックドメイン)となる作品がなくなる可能性がある。
たとえば、1970年11月に没した三島由紀夫の作品は、現状では2020年12月31日に著作権が消滅するが、20年延長となった場合、氏の作品を自由に舞台化・映画化できるのは2041年1月1日以降。手塚治虫(1989年没)作品の保護期間は、現在の2039年12月31日から2059年の12月31日に延びる。作品の二次利用にも前述のような負担増が発生するわけで、停滞が懸念されるのはそのためだ。
ちなみに、白雪姫やオーロラ姫、シンデレラやアリエルなどディズニーアニメのプリンセスたちは、みな二次利用の産物だ。
すでに保護期間を過ぎた作品については、「法の不遡及」の原則から、著作権が復活する可能性は少ないとみられるが、1998年の著作権延長法により、アメリカやオーストラリアでパブリックドメインをネット上のライブラリーに公開する試みが滞った例もある。
インターネット上の無料電子図書館・青空文庫も、「改正された法律が過去に溯って適用されないのが原則であることを十分承知したうえで、遡及延長がありえる事態」として警戒を強めている。
前述のように著作権保護は「相互主義」を原則としているため、日本が「死後50年」と定めていれば、他国での日本のマンガ作品の保護期間も50年に限られる。
20年延びれば、その著作権料で外貨獲得の機会が増えるとするのが延長賛成派の論。一方、反対派は、延長になってもアニメの保護期間が切れるのは先であり、輸入超過による赤字は累積し続けると主張する。国際標準に関しては、米国の著作権も70年で統一されているわけではなく、該当するのは1978年以降に発表された作品のみ。異なる期限が混在することによる現実的な齟齬はない、との見解だ。
もうひとつ、争点と考えられているのが「著作権侵害の非親告罪化」だ。
現在、日本では著作権者の申し立てがなければ、警察や検察は著作権の侵害を取り締まれない。非親告罪となれば、著作権者の告訴なしに、警察や検察独自の判断、あるいは第三者による告発だけで摘発されるようになる。
日本の場合、同人誌やコミックマーケットなどの二次創作に対する著作権者の「お目こぼし」や、版元の戦略的な事情からそれらを見逃すケースは少なくない。そうした阿吽の呼吸が難しくなりかねないし、コスプレなど趣味の領域が侵される可能性もある。国旗国歌法や個人情報保護法に対する過剰反応の前例があるだけに、こちらも杞憂とは言い切れない。
2006年の論争時は、旧作品の流通や二次創作の障害になるとの理由から保護期間の延長は見送られたが、包括的協定であるTPPの交渉は農産物その他との「抱き合わせ」だ。
振り返れば、70年代の繊維やオレンジ、80年代の自動車や半導体、90年代の包括協議などなど日米の経済交渉は「日本の譲歩の歴史」でもある。日本が「聖域」と位置づけるコメや牛・豚肉など5品目をはじめ農産品については「断固譲れない」として、関税を維持する方向で交渉が進むかもしれない。そのとき、知的財産、とりわけ著作権の保護期間延長が取引材料となる可能性は否定できない。
*無名・変名の著作物や団体名義の著作物は公表から50年、映画やアニメは公開から70年。
(文責・武蔵インターナショナル)
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