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プロ野球:カープファン、関東に増殖中

23日前

「Capital」の編集仲間と一緒に応援する若山優里奈さん(左から2人目)=小国綾子撮影
「Capital」の編集仲間と一緒に応援する若山優里奈さん(左から2人目)=小国綾子撮影

 赤い。熱い。そして若い。神宮球場の広島カープ戦で左翼スタンドを見て驚いた。ホームチームかと思わせるほど、隅から隅まで赤、赤、赤! なぜ今、関東で「鯉(こい)」に恋するファンが増えているのか。【小国綾子】

 赤いユニホーム姿のファンがメガホンを鳴らす。選手名を連呼し、交互に立ったり座ったり。体力勝負の「スクワット応援」が始まると、左翼スタンド全体が赤い生き物みたいにうごめいて見える。

 ここ数年、在京カープファンが増殖中だという。ゴールデンウイーク最終日の6日もビジター側外野自由席は立ち見エリアまで満員。ヤクルト球団によると「神宮球場の広島戦の観客動員数はこの5年で三塁側を中心に倍近くまでふくれあがった」。東京ドームでも、昨シーズンの平均観客動員数は広島戦が4万5530人。因縁の阪神戦の4万3848人を上回った。

 外野席で応援する大学生4人組は在京カープファン向けフリーペーパー「Capital」の編集部員。5年前、たった2人の女子大生が始め、発行部数1000部で創刊した。今では5000部、次の秋号は7000部に増やす予定。編集部員も20人を超えた。代表の若山優里奈さん(20)は「カープって一番人間味あふれる球団に見える。ファン同士の一体感、ファンと球団との近さが好き。今年は優勝への足取りを見つめたい。球場通いのため必死でバイトしてます」。

 応援席にはコイのぼり。昨季、16年ぶりにAクラス入りし、初のクライマックスシリーズ(CS)に進出。今季は20勝に全球団で一番乗りした。「カープはコイのぼりの季節まで」とささやかれながら、単独首位をひた走る。

 カープの魅力を、長蛇の列のできた女子トイレ前で聞いた。若い女性ファンの急増で昨年は「カープ女子」なる言葉も流行した。「イケメン狙いの『顔ファン』」なんて冷笑する向きもあるけれど。「そう言われるの、嫌なんですよね」。見れば20代の女性、ユニホームの背中に「1」とある。昨季引退した「最後のV戦士」前田智徳さんのファンらしい。「2度のアキレスけん断裂、そこからの復活劇と2000本安打。彼を大事に思う気持ちに男女は関係ないと思うんです」

 別の女性(30)は「ミーハーなイケメン狙いが入り口でも大歓迎。応援歌を覚え、野球を語れるようになったら『カープ女子』ではなく立派なカープファンです」。

 一方、外野自由席では「一斉応援が楽しくて!」と誰もが言う。男子大学生(21)は「球場は仲間に会える場所。小学生以来、カープがボロ負けするたび学校でばかにされてきた。僕らは東京にいて周囲にカープファンが少ないからこそ球場が必要なんです」。「カープ愛」を共有できる聖地、というわけだ。

 「カープファン漫画」として話題の「球場ラヴァーズ」シリーズの漫画家、石田敦子さん(50)は自身も広島県出身。「カープは設立当初から市民の重い期待を背負っていたと思います」と語る。

 原爆が投下されてわずか4年後、戦後復興を願って親会社を持たない市民球団として設立された。しかし25年間、1年の例外を除きBクラスに沈んだ。遠征する金にも苦しむ貧乏球団。球場に四斗だるを置いて市民に寄付を求めた「たる募金」は伝説だ。

 26年目の1975年、悲願の初優勝を果たした。「スポーツ応援文化の社会学」という著書のある高橋豪仁(ひでさと)・奈良教育大教授(スポーツ社会学)は「スポーツファンは、チームに自分なりの『物語』を見いだし、自分をそこに重ねて応援することが多い。75年のV1への道のりは、地元ファンには『原爆からの復興』、東京や大阪にいる広島出身のファンにとっては『生きるために故郷を出て働くこと』に重なる、切実な物語だった」と語る。

 思えば昨季、楽天の優勝が日本中を感動させたのは、東日本大震災からの復興という大きな物語があったからだ。「物語の最も原初的な形が、特定の土地への意味づけなんです」と高橋教授は言う。

 ではなぜ、関東の人が縁のない広島の市民球団に心ひかれるのか。石田さんも理由を知りたいと思った。「広島出身でない人に聞いたら、選手を大事に育てる堅実さがいい、と。実際、今のチームの勢いは若手がうまく伸びた証拠ですよね」

 取材中、似た言葉を何度も聞いた。「お金がない球団が補強できず、コツコツ選手を育てている」「『使えないと思う選手がいたらカープにくれ、一流にしてやるから』って巨人や阪神に言いたい。今季だって、大竹(寛投手)をフリーエージェントで巨人に取られても交換で来た一岡(竜司投手)の力を引き出したでしょ」など。

 年俸総額は巨人より25億円も少ない16億3419万円(12球団中11位、日本プロ野球選手会調べ)。赤字を補ってくれる親会社もなく、エース級や4番を何度も引き抜かれたカープにとって「育てる」「伸ばす」は生き残りの絶対条件だ。

 さらに一人一人の物語に耳を傾けてみると……。

 「弱いチームが好きでね。学生時代は阪神ファン。優勝した年、道頓堀に飛び込みました。カープに入れ込むようになったのは社会人になってから。重ねてしまうんですよ。俺だって懐が寂しい。だからカープも俺も、頑張れ、みたいな」(会社員男性、31歳)

 「弱いカープしか知らない。でも鳴かず飛ばずの若手やケガから復帰したベテランが力を合わせて強い球団をやっつける成功物語が見たい。『カープ』という名の一人の人間の成長を応援している気分。自分もああなりたいって」(フリーランス女性、30歳)

 「カープは誰もが好きになれる球団。『アンチ巨人』って聞くけど、アンチカープって聞かないでしょ。お金もないのに頑張ってるの、嫌いな人っていない。世知辛い世の中なのに、うれしいじゃないですか」(会社員女性、43歳)

 いつの間にか試合は2点差を追う最終回。1点を返し2死一、三塁のチャンスにスタンドは最高潮。しかし「広島のプリンス」堂林翔太選手の三振でゲームセット。歓声は悲鳴に。その瞬間、後方から女性ファンの甲高い声が。「お疲れ。また明日!」

 振り返ると、まぶしいほどの笑顔。「1度や2度の負けにへこたれたらカープファンはできません。負けるたび自分に言い聞かせるの。『全部勝てるチームはない。明日こそ』って」。人生はその繰り返しでしょ、と言われた気がして思わず胸が熱くなる。

 ファンの数だけ、その人だけの物語がある。<はるかに高く、はるかに高く>。ファンは「それ行けカープ」を歌い、思いを重ね、そして祈るのだ。栄光の旗を立てる日を夢見て。

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