(cache) NHK 特報首都圏 | 【 毎週金曜日 午後7時30分放送 [総合テレビ 首都圏ローカル]】

2014年1月10日(金)

発見 幻のドラマ
山田洋次が語る“戦争”

11万本のフィルムが眠る、アーカイブスの保管庫。
去年夏、1本の貴重な番組が見つかりました。
53年前に制作されたドラマ「遺族」。
太平洋戦争で出撃した特攻隊員と、その家族を描き、戦争の悲惨さを伝えています。

録画テープがまだ高価だった当時のドラマが残っていたのは、極めて珍しいことです。

日本大学 上滝徹也名誉教授
「1960年代には記録保存する意識がなかった。見つかったこと自体が大きな意味がある。」

半世紀ぶりによみがえる“幻のドラマ”。
その脚本を書いたのは、意外な人物でした。

映画「男はつらいよ」など家族をテーマに、数々の名作を生み出した山田洋次さんです。
ドラマ「遺族」は、映画監督デビュー前に手がけたテレビ初作品でした。
今回私たちは山田さんに、そのドラマを見てもらいました。

戦争のさなかに少年時代を過ごした山田さん。
その記憶は今も脳裏に焼き付いています。

山田洋次監督
「戦争というものが、まるでキャタピラで踏みつぶすようにしてね、破壊していくんだけども、恐怖感と言うものが、窓の向こうにあったような時代ですよね。」

それから53年。
山田さんは今月公開される最新作「小さいおうち」でも、戦争を描きました。
そして、若者たちに戦争の記憶を伝えようとしています。

山田洋次監督
「子どものころに戦争を体験した、この国でね。
世代も、もうすぐいなくなるわけだよね。
とすれば、僕たちはその体験をいま一生懸命語り残さなきゃいけないんじゃないか。」

映画監督、山田洋次。
胸に抱えてきた戦争への思いとは。


斉藤孝信キャスター
「今日はよろしくお願いします。特報首都圏の斉藤です。
今日昔のことを思い出していただいて。」

山田洋次監督
「大昔。」

斉藤キャスター
「昭和36年に脚本を書いたドラマがNHKで発見されまして。」

山田洋次監督
「よく残ってたですね。」

斉藤キャスター
「ドラマ「遺族」をご覧いただきます。」

山田洋次監督
「いや、楽しみだ。」


番組は若者へのインタビューから始まります。

「特攻隊ってきいたことあるでしょ。」
「えぇあります。」
「どう思います?」
「どうってわかんないです、ぜんぜん。」

「特攻隊で亡くなった人たちについてはどう思います?」
「どう思うって、あまり利口じゃないと思います。」

主人公は陸軍の報道班に所属していた高田俊夫。
彼は特攻隊の青年から出撃前夜に日記を預かります。

「日記なんですが、母へ届けてもらいたいんです。
もう検閲もないでしょうけど。
遺品とは別に直接高田さんの手から送っていただければ。」

高田
「きっとお母さんに届けます。」

高田
「そこにあるのは、古い友達のように、過去の生活と思考と愛情を打ち明けてくれた青年の顔であり、そして3時間の後に、みずからの生命を絶とうとしている人間の顔である。」

戦後、高田は、遺族を見つけられず日記を届けられないまま15年がたちます。

時代は高度経済成長期。
戦争の記憶は薄れつつありました。
ようやく遺族を捜しだした高田。

しかし、母親は、息子が生きているのではないかとあきらめられずにいました。

遺族にとって戦争はまだ過去の物になっていませんでした。

(母親が持っていたのは息子と同姓同名の男の記事)

高田
「これが息子さんではないかとお考えになるんですか。」
「はい、もしかしたら・・・」
高田
「もし正己さんが生きていらっしゃれば、今までお母さんに連絡がないと言うことは、僕はあり得ないと思うんですが。」
「でも、いろいろの事情が世の中にはございますから・・・」

高田
「私は、それが特攻隊の遺族の人々に、いや、遠く南や北の国で骨を埋めた何十万の兵士の遺族の人々に通じる気持ちなのだろうと考えた。」

番組では、実際に遺族へのインタビューも行っていました。

遺族(息子が出撃)
「戦争でお亡くなりになったのは息子さんでいらっしゃいますか。」
「そうです。」
「終戦になって16年たってしまいましたね。いかがでございますか。最近の気持ちは。」
「あきらめきると言うことはできませんけど。」

遺族(夫が出撃)
「悲しみというのは薄ら身をはぐように薄らいでいくものだそうですけど、なにか傷跡の方はいっそう深くなるような気がしましてね。
印象とか、そういうものはなかなか忘れられないものです。」

番組は、遺族と向き合った主人公・高田の言葉で結ばれていました。

高田
「死んだ人はもう物を言わない。
生き残ったわれわれは、年とともに戦争の苦しかった記憶から遠ざかろうとしている。
しかし、戦争の傷跡は、日本人一人一人の胸に奥深く消えることなく刻み込まれている。
この物語はそのほんの一例にすぎない。
いま、私はこう考えている。
私たちが2度と戦争を繰り返さないための努力を続けることだけが、この傷跡を癒す方法なのではないだろうかと。」


山田洋次監督
「いやぁびっくりしましたね。
いま見るとね、そりゃ、映像的にも音声的にもとっても貧弱だけども、しかし、なんか真剣にやってるな。
俳優も、演出家も、スタッフもね。
あそこに登場している俳優さんたちは、ほとんどがみんな、戦争を知ってる人たちよね。
戦争の時代をね。
だからそんなものが反映してるから、なんだか、そういうにおいがちゃんとするのよね。」

斉藤キャスター
「あの当時の皆さんの戦争の受けとめ方の幅といいますか、やっぱり遺族の方はずっと引きずっているけれども、一方で、インタビューですごくクールに突き放して見る若者がいたり、山田監督がその時代に持っていた何か危惧みたいなものも表れているのかなっていう気もしましたがね。」

山田洋次監督
「この国がもう一回、戦前に戻っていこうとする空気が立ち込めだしたころでもあるわけですよね。
朝鮮戦争なんて経てね。
そういうだんだん日本にも再び軍隊ができて、だんだん軍隊が膨らんでいくみたいな危機感、そういうことについての危機感みたいなのは当然あったんじゃないのかな。
それでいいのだろうかっていうね。」

当時脚本を書きながら、山田さんは戦争について深く考えたと言います。

山田洋次監督
「特攻隊というものがあって、その人たちが死んだ。
そのときの気持ちはどうだったんだろう。
本当ににっこり笑って突っ込んで行ったのだろうか。
そうじゃないんじゃないか。ずいぶん苦しんだんじゃないか。
出撃の前の晩なぞはね。
誰だって、納得のいくことじゃないんだからね。

「僕はお国のために、いつでも命を投げ出します」と言ったものよ。
また、言わなきゃいけなかったんだよね。

その「お国」って、一体何なんだろう。
何の意味があるんだろう、その死についてね。
一人の生命を失うということだからね。

世の中には、命を失ってもいいことって、そんなあるわけないじゃないの。」


戦後69年 今の若者たちは・・・

「特攻隊は知ってますか?」
17歳
「しらない。」
「聞いたこともない?」
「ない。」

20歳
「自分が行って、誰かのためになるなら、考えちゃうかもしれない。」
「まぁでも、自分の意志がしっかりしてても、絶対上には逆らえないんで、自分はいやですけど、行きます。」

「特攻隊の兵士についてはどう思われますか。」
32歳
「非常に尊敬します。
ただまぁ、それが自分ができるかというと、また別ですよね。」

「旦那さん、彼氏が兵隊に取られるかもしれない。」
22歳
「絶対やだ。
現実受け入れられないよね。」


ドラマ「遺族」から53年。
山田さんはいま再び戦争と向き合うことの大切さを強く感じています。

今月公開される新作「小さいおうち」。
物語は主人公のタキが戦前戦中の暮らしを回想しながら進みます。

昭和10年代、「タキ」は東京郊外のある豊かな家庭に、住み込みで働き始めます。
その家で起きる恋愛事件に巻き込まれていくタキ。

背景には、戦争に向かっていく時代が描かれています。

平和だった家庭の日常は、徐々に戦争の暗い影に蝕まれていきます。


山田洋次監督
「昭和10年代からという、10年をはさんで前後というかな。
とても穏やかな、いい暮らしというものが東京の郊外にあったんだよというということを、一つは言いたかったということですね。
だけど、そういう穏やかな暮らしを、最終的には戦争というものが、まるでキャタピラで踏みつぶすようにしてね、破壊していくんだけども。」

斉藤キャスター
「戦争の飛行機の映像がたくさん出てくると思ったら、戦闘シーンはほとんどなくて、家庭の中のシーンでしたね。
あそこは、どんなこだわりがあるんでしょうか。家族で戦争を描くのは。」

山田洋次監督
「その家庭を描きながら、その家庭の暮らしの中に、その時代というものがちゃんと反映されているわけだからね。
つまり戦場で飛行機がバンバン飛んだり、戦車が走ったり、爆弾が爆発するような映画を撮りたいという気持ちは、あまりないのね。
僕の場合は、要するに茶の間でお茶を飲みながら、親子がしみじみと話をしてるみたいな世界がいちばんいいなと思ってるわけ。
しかし、そこにもちゃんと戦争は描けるはずなの。
というのは、そのお父さんがある日、召集令状が来て戦争に行くということがあったわけだしね。
その人たちの悲しみを、心配や、気づかいや、喜びを描くことが、僕にとっては戦争を描くことになるわけだから。」

斉藤キャスター
「監督ご自身も、第二次大戦のころは少年時代を過ごされていたと。
あの『小さいおうち』で描いた家庭と相通ずるものがありましたか。」

山田洋次監督
「そうです。
かなり近いんじゃないかな。
僕の少年時代の思い出に近いような気がしますね。」

山田さんは父親の仕事の関係で、幼少期の大半を旧満州、現在の中国東北部ですごします。
しかし豊かな暮らしは、戦争で一変。
家や財産を失うことになります。

斉藤キャスター
「山田監督のご家庭にも忍び寄る戦争の影というようなものは子ども心に感じていましたか。」

山田洋次監督
「うん。
まあ、子どもだからね、
暗い影というふうには思わないね。

やっぱり子どもはみんな、日本が戦争に勝てればいいと思うし、必ず勝つと思ってるし、俺もそのうち、兵隊、軍人になるんだ、海軍の将校になって軍艦に乗るんだ、みたいなことをみんな考えてるわけ。
ただ小学校2年か3年のときに、「海軍の学校に行くんだ」と言ったら、おふくろがちょっと悲しそうな顔をしてね、「おまえ、外交官のほうがいいよ」なんてね。

変なことを言うおふくろだなと、そんとき思ったけども。
でもね、「おまえ、軍人にだけはなっちゃいけないよ」っていうことは言えなかった。そういう雰囲気が、あの時代の日本にはありましたね。
もしそう言ってさ・・・・・・おふくろは、そう思っていたに違いない。
「軍人なんかなっちゃいけない」と思っていた。

だけど、僕が学校に行ってさ、「おふくろがさ、『軍人なんかなっちゃいけない』って言われたぜ」って言ったら、たちまちみんなに伝わって、「山田のうちのおふくろは、戦争に反対してんだ」ということになる。
それがへたすりゃ、警察に伝わると、おふくろが逮捕される。

そこまでの恐怖感というのが、実際、窓の向こうにあったような時代ですよね。」


先月。
若者たちを集めて、山田さんの新作映画の試写会が行われました。

招かれたのは都内の大学生や中学生など、およそ50人。
映画をきっかけに、戦争について考えてほしいという思いからでした。

生徒
「今後こういうことがあってはいけないなと思った。」
「時代が厳しくなっていく中での人の気持ちの変化をすごくかんじました。」

試写会のあと、山田さんは自分の思いを直接伝えたいと、彼女たちのもとを訪ねました。

山田洋次監督
「彼女たちの柔らかな感性で映画を見てもらってドキドキするね。
緊張しちゃうね。」

若い世代と戦争について語りあうのは、初めてのことです。
映画のあるシーンについて、学生の一人から意見が出ました。

学生
「おばあちゃん、嘘を言っちゃいけないよ、過去を美化しちゃいけないよと、戦争についての思い出を語る、手記を見ながら語るところがあるんですが、そこが印象に残っています。」


映画
「おばあちゃん間違ってるよ!昭和11年に日本人がうきうきしてるわけないじゃないか。」

当時の暮らしを巡って交わされる「タキ」と、親戚の子、「健史(たけし)」のやりとりです。

映画
「軍国主義の嵐が吹き始めてる頃だろ。昭和11年といえば。」
「嵐なんて吹いてないよ。いい天気だったよ。私楽しかった。」
「あまりにも主観的だよその言い方は。もっと客観的にならなくちゃ。」


学生
「私たちの立場はどちらかというと、健史の立場なんですが、頭の中で私たちは戦争を知ったつもりになっていたのではないだろうか。」

本当の意味で戦争を知るためには何が必要なのか、山田さんは語り始めました。

山田洋次監督
「タキばあちゃんは実感をしゃべっている。
自分が感じたこと。
楽しかったと。
それに対して健史は知識として、教養としてといってもいいかもしれない。
知識としてのあの時代のイメージを描いている。
両方が必要なんですね。
事実と、その時代にあった目に見えない人間の思いみたいなもの、両方が相まって、歴史的なイメージが浮かぶんじゃないかなっていつも思ってるんだよね。」

そして、いまを生きる若者たちに大切なメッセージを伝えました。

山田洋次監督
「本当のことをちゃんと知るすべがあるし、だったらどうしなきゃいけないかってことを考えたり行動したりすることも可能だと思うんですよね。聞くことが大事だ、態度が大事だ。
で、それをもう一度考えることがあるんじゃないかな。
過去と同じことを繰り返さないためには、君たちは、僕もだけど、賢くあらねばならないということじゃないかな。」

映画の中でも、戦争に行くことになった青年が、こう語ります。

映画
「恭一君、しっかり勉強して、賢い人間になれよ。」

山田洋次監督
「おまえは、俺のように愚かな時代に生きてはダメだぞと。
おまえの時代は、もっと市民は賢くならなきゃいけないんだよと、そういうメッセージを込めた。」


「賢くあれ」という山田さんのメッセージ。
学生たちは戦争で家族を亡くした女性を訪ねました。

学生
「戦争でどういうところが変わった?」

94歳女性
「何もかもが・・・突然じゃないけども
家が焼けて死んだ人もいるわよね、いっぱいね。」

学生
「かしこくあれ、っていうメッセージは、いろいろなモノを考えるいいきっかけになったと思います。」

学生たちは今後も聞き取り活動を続けていきます。


山田洋次監督
「きょうの『遺族』もそうだけども、こういう形で戦争を生々しく、体験した人たち、兵隊だった、軍人だった人たちは、もう今いないわね。
ほとんどね。

今きっと、僕たちの番なんだろうね。
それが最後で、この国から戦争というものが消えていくことになるんだろうね。

とすればだよ。
とすれば、僕たちはその体験をいま一生懸命語り残さなきゃいけないんじゃないかという気持ちにかられることは、そりゃあるね。
そりゃ、もちろん僕だけじゃなくて、僕の世代の誰もが思ってることじゃないのかね。
語り残しておかなきゃいけないなということをね。」

出演:山田洋次さん(映画監督)