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Patrick Chan:「人種カード」というパンドラの箱(3)

The Globe and Mailは公に謝罪はしていないようだが、1216日付けでフォローとなる記事を掲載した。
 
The truth behind Patrick Chan's China crisis
 
記事の大まかな内容は以下のとおり。
 
・彼の父は4歳の時に香港からカナダに移住してモントリオールで育った。職業は弁護士。息子とはフランス語で会話する。彼の母は21歳の時に留学でカナダに来た。息子とは広東語で話す。ちなみに彼は一人っ子のようだ。
 
Chan選手は幼少時より元全カナダチャンピオンであり名コーチとしても知られたOsborne Colson氏に支持したが、彼は2006年に高齢の為に他界した。現在Chan選手は米国のコロラド州コロラド・スプリングスで有名な技術コーチのChristy Krall氏についている。現在の彼のチームは、コーチのKrall氏および振付師のLori Nichol氏を含め全部で8名、北米でトップクラスの人材が多い。Krall氏曰く「サラブレッドを育てるには金がかかる」。
 
・マクドナルドと長年のスポンサー契約を結んでいるが、経済的には苦しく、新たなスポンサーを見つけるのは難しい。4月には資金集めの中華料理のディナーパーティーが開かれた。参加費は一人130カナダドル(約1万円)で、大多数は中国系カナダ人だった。
 
Chan夫妻は現在トロントの900 ft²= 83.6127 m² = 25.29坪)の分譲マンション(condo)に住み、息子が帰ってきても彼のための寝室はない。コロラド・スプリングスに所有するマンションはもう少し広く、彼自身のベッドルームとバスルームがある。
 
一見この記事は、「Patrickはこんなに経済的に大変なんです。フィギュアスケートってこんなにお金がかかるんです」とChan選手を弁護しているように見えながら、実は読者に「Chanの問題は金持ちの贅沢な悩みだ」と思わせんばかりの内容になっていないだろうか?
 
Figure Skating UniverseGolden Skate Universeでも、「北米の郊外ならまだしも、トロントのもともと住むには安くないエリア(North York)で900 ft²のマンションに夫婦が住んでいるのを貧乏とは呼ばないし、しかもコロラド・スプリングスに別宅を購入できるだけの安定した収入がある」、「幼少時から最高のコーチについたのは彼の両親の選択」、「学費の高い名門私立学校に通わせたのも選択」、「彼のトレーニング費用は他の選手の4倍くらいかかるからといって、そこに湯水の様に税金をつぎ込むわけにはいかないし、もし税金を投入するのであれば本当にそれだけの資金が必要なのか審査する必要がある」、「資金繰りが苦しいなら、なぜStars on Iceなどのショーに出演するとか、GPS3試合目も出場して賞金を稼ぐとかしないのか」などと、厳しい声が多く上がっている。(もちろんChan選手のすることならなんでも擁護する狂信的なファンも、少数派ながらいる。)
 
 
興味深いのは、Chan選手が――おそらくはそれとは気づかずに――「人種」というカードを切ってしまったことだ。「中国系以外からの支援が少ない」「自分はカナダよりも韓国で有名人」――これはつまり、「もし自分がアジア人ではなく白人だったら、もっと多くの支援を多く得ることができてもっと人気も高かっただろう」と仄めかしていることにはならないか?
 
しかし彼にとって皮肉なことに、「世界中で最も人気のあるスケーターの一人」が、日本人、つまり同じくアジア人である高橋大輔選手なのだ。Golden Skate Forumで、今年のSkate Canadaの会場で高橋選手と鈴木明子選手に偶然遭遇し、サインを貰い写真を一緒に撮ったと投稿していたユーザーがいた。「私はカナダ人だけどPatrickよりもDaisukeの方が好き」と書いていたそのユーザーは白人だった。YouTubeのコメント欄を読む限り、高橋選手のファンは世界中に沢山いるし、今季は羽生結弦選手がその後を追いかけ始めたようだ。(今季アメリカでNBCGPSを放送したこととも多少影響しているのかもしれない。)一昔前とは異なり、魅力的な演技をする選手であれば、アジア人男子でもスターになれるのだ。
 
Chan選手の演技はジャッジのため、得点を稼ぐためだけに構成されたプログラムだ。「Take Five」、「Concierto de Aranjuez」など、さんざん使い古された皆もお馴染みの曲を使用すれば、ジャッジもどんな演技になるか予想しやすいのでその分採点しやすい。高橋選手の「Blues for Klook」やJeremy Abbott選手の「Exogenesis Symphony」の場合、ジャッジはまず馴染みのない音楽を理解するところから始めなくてはならない。TESPCSの点数を同時につけるだけでも忙しいというのに、だ。Chan選手の様なプログラムの方が、ジャッジにしてみればずっと仕事が楽だろう。
 
しかもCode of Pointsに従って最大限に得点を引き出すべくLori Nichol氏によって音楽の流れとは無関係にぎっしりとステップやターンを詰め込まれたプログラムを、Chan選手はすばらしいスピードで、だが無表情で滑る一方で、観る側には音楽を感じる隙も感情移入する間も与えない。彼の演技に観客は存在しないし、観る側にしてみればどのプログラムもBGMが変わるだけでどれも似たり寄ったりに見えて、芸術的な個性には乏しい。
 
だが、事の発端となったロイターのインタビューで、当のChan選手は実に突っ込みがいのあるコメントをしている。
 
"We have much more complexity in our programmes than the skaters in the 80s but the skating in the 80s was much more epic and much more memorable. There was a lot more uniqueness between each skater whereas nowadays it's almost become a production line," said Chan, who plans to introduce a quadruple-Salchow to his free skate by next month.
 
"Everyone's doing the same thing, just maybe in a different order. So I hope I can be somewhat of a throw back skater in the fact that I can bring excitement back. I can be like the black sheep ofthe herd, be different and be unique and be someone people will remember out of the 50 skaters at the world championships."
 
要約すると「旧採点時代に比べて現在のプログラムはもっと複雑だけれど、1980年代の演技は今よりももっと壮大で人々の記憶に残るものだった。今のプログラムは個性に乏しく、皆同じような内容だ。自分は他のスケーターと違う演技をして、古き良き時代の興奮を再びこのスポーツにもたらし、人々の記憶に残りたい」みたいなことを言っている。
 
現在の採点方法(Code of Points)では何が直接点につながり何が点にならないか詳細に決められていて、独創性の入る余地が非常に小さく、ほとんどの選手のプログラムが「クッキーの型で抜いたような」同じようなものになってしまう。そしてChan選手はそのクッキー型を作った張本人であるLori Nichol氏によるプログラムを滑る。その彼が「自分は誰よりも個性的でありたい」というのだから、失笑を禁じ得ないのは私だけではないだろう。
 
「そんなに経済的に苦しいなら振付師を変えればいいのに。(Nichol氏の料金はトップクラス。)他の振付師の方がもっと安い料金でもっと面白いプログラムを作ってくれるだろう」というコメントもあった。ただし、Nichol氏以上に点の稼ぎ方に精通している振付師は他にはいないだろうが。
 
彼の古き良き時代に対するノスタルジアは、単に昔はフィギュアスケート自体がもっと人気があって、選手がスターとして扱われたことに対する羨望からきたものだろう。だが、何故自分自身の演技がフィギュアスケートのルールを理解しない一般人を魅了できないのか、なぜ世界チャンピオンである自分がこのスポーツの人気向上に貢献できないのか、彼は考えたことはあるのだろうか?

(もう一回つづく。)

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