「黒んぼ」と「黒人」
この間大学の演習で大江健三郎の「飼育」を取り上げたのだが、その時学生の指摘で、「飼育」の本文が、最新の新潮文庫と、以前の新潮文庫とで異なっていることが分かった。私が持っているのは平成元年47刷の文庫本だが、そこでは子供たちの会話の中で「黒んぼ」という言葉が何度も出てくる。それが平成25年に刷られた文庫本(76刷改版)では「黒人」になっていた。たとえば「あいつ黒んぼだなあ」が「あいつ黒人だなあ」に変ったわけだ。去年のことだが、既に誰かが指摘しているのだろうか。
「黒んぼ」は現在の日本においては「差別語」であるらしい。「飼育」において 「黒んぼ」が「黒人」に変えられたのは、この意味でポリティカル・コレクトネスに則った行為ということになる。しかしそれは誰の意思によるのか。大江が承認しているのは確かだろうが、大江が申し出たのか、それとも新潮社が言い出したのか。新しい文庫本に情報は全くない。本文が変化したのだから、そのことを読者に向けてアナウンスすることは必要ではないか。いつの間にか本文が変えられているのは気持ちが悪い。歴史の偽造であり改竄である。
戦時中の日本の田舎の子供たちが発する言葉として、「黒んぼ」と「黒人」のどちらが自然かと言えば、明らかに前者だろう。元の作品の中では、地の文の「僕」の語りにおける「黒人」という言葉と、回想される過去の会話で語られる「黒んぼ」という言葉は多声的にぶつかり合っていたとも言えるが、「黒人」に統一されることで、少なくともその分だけ文学的効果は薄くなり、平板なモノローグ性を強めた気がする。もっとも「飼育」はリアリズム小説ではないので、戦時中の田舎の子供たちに「黒人」という「政治的に正しい」言葉遣いをさせたいと言うならそれは作者の自由であるが、言葉を変えるのであるから、そのことについての応答責任も作者にあるはずだ。いずれにしても、「黒んぼ」を「黒人」に書き換えたからと言って「飼育」の「黒人」差別性(それが本当にあるのかどうかは慎重な読みが必要だろうが、言葉の書き換えという行為そのものが、少なくとも作者や出版社がそこに「差別」があると考え、それを消去したいと欲望したという事実を示している)はいささかも減少したわけではなく、かえって隠蔽しようとした分だけ増したとは言えるだろう。
大江の近作『晩年様式集』では「私は生き直すことができない。しかし/私らは生き直すことができる」という詩句が作品の中心的な祈りであり主題であるように語られていたが、私はその詩句に空疎で釈然としない印象を持ち続けて来た。その印象の理由の一部が、今回の発見で少し解けた気がする。すなわち、「黒んぼ」という一つの言葉は現代日本社会では「生き直すことができない」、しかし「飼育」という作品を形作る他の言葉たちは、「黒んぼ」を「黒人」に取り換えれば現代日本社会でも「生き直すことができる」、大江が「飼育」を改版して言葉を改めたのは、そういう判断が働いたのではないか。
生き直せない言葉と、生き直せる言葉たち。私はどうしても後者より前者に気持ちが引かれる。生き直せない(あるいは生きることを許されない)言葉は消去され、なかったことにされるのではなく、別の扱い方があるはずだと思う。それを見つけるのが文学ではないかと言ったら、文学を評価し過ぎなのだろうか。
「黒んぼ」は現在の日本においては「差別語」であるらしい。「飼育」において 「黒んぼ」が「黒人」に変えられたのは、この意味でポリティカル・コレクトネスに則った行為ということになる。しかしそれは誰の意思によるのか。大江が承認しているのは確かだろうが、大江が申し出たのか、それとも新潮社が言い出したのか。新しい文庫本に情報は全くない。本文が変化したのだから、そのことを読者に向けてアナウンスすることは必要ではないか。いつの間にか本文が変えられているのは気持ちが悪い。歴史の偽造であり改竄である。
戦時中の日本の田舎の子供たちが発する言葉として、「黒んぼ」と「黒人」のどちらが自然かと言えば、明らかに前者だろう。元の作品の中では、地の文の「僕」の語りにおける「黒人」という言葉と、回想される過去の会話で語られる「黒んぼ」という言葉は多声的にぶつかり合っていたとも言えるが、「黒人」に統一されることで、少なくともその分だけ文学的効果は薄くなり、平板なモノローグ性を強めた気がする。もっとも「飼育」はリアリズム小説ではないので、戦時中の田舎の子供たちに「黒人」という「政治的に正しい」言葉遣いをさせたいと言うならそれは作者の自由であるが、言葉を変えるのであるから、そのことについての応答責任も作者にあるはずだ。いずれにしても、「黒んぼ」を「黒人」に書き換えたからと言って「飼育」の「黒人」差別性(それが本当にあるのかどうかは慎重な読みが必要だろうが、言葉の書き換えという行為そのものが、少なくとも作者や出版社がそこに「差別」があると考え、それを消去したいと欲望したという事実を示している)はいささかも減少したわけではなく、かえって隠蔽しようとした分だけ増したとは言えるだろう。
大江の近作『晩年様式集』では「私は生き直すことができない。しかし/私らは生き直すことができる」という詩句が作品の中心的な祈りであり主題であるように語られていたが、私はその詩句に空疎で釈然としない印象を持ち続けて来た。その印象の理由の一部が、今回の発見で少し解けた気がする。すなわち、「黒んぼ」という一つの言葉は現代日本社会では「生き直すことができない」、しかし「飼育」という作品を形作る他の言葉たちは、「黒んぼ」を「黒人」に取り換えれば現代日本社会でも「生き直すことができる」、大江が「飼育」を改版して言葉を改めたのは、そういう判断が働いたのではないか。
生き直せない言葉と、生き直せる言葉たち。私はどうしても後者より前者に気持ちが引かれる。生き直せない(あるいは生きることを許されない)言葉は消去され、なかったことにされるのではなく、別の扱い方があるはずだと思う。それを見つけるのが文学ではないかと言ったら、文学を評価し過ぎなのだろうか。