※登校電車で痴漢される猿比古の話。挿入・救い無し&嘔吐表現あり。
※以前pixivに上げて消した話の再出版。
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それは何の事も無い水曜日の朝だった。――美咲が「委員会の集まりがあるから」と早めに登校し、いつも通りの通勤ラッシュに揉みくちゃにされる俺の隣に誰も居ない事以外は。ただでさえ美咲が不足している状態では、普段耐えられている身体的・精神的苦痛さえも堪える。故に俺は幾度も舌打ちし、せめてもの楽をする為にドアに寄りかかって体重を預けていたのだ。駅に着く度、外に倒れない様には気を払って。まるで蟻の巣の入り口の様に出入りする乗客を眺めて、不意にきっちりと奴隷根性が染みこんだ現代の日本人の姿を憂いていた。
――「!?」。異変が起きたのは、電車が発車して20分が経った頃だった。
――尻を触られている。異常に粘着質な動きだったが、初めは「混んでいるからだ」と自分に言い聞かせた。だが。見知らぬ男のもう一方の手が下腹部に伸ばされた瞬間、俺は状況を把握して唇を噛んだ。…“痴漢されている”と。
俺の背中に密着して、痴漢ははぁはぁ、と気持ち悪く呼吸を荒げる。きつい体臭に吐き気を覚えずにはいられない。抵抗しない俺に気を良くしたのか、男の手がより大胆に俺の尻を鷲掴みにした。びくん、と震えながらも、さすがに我慢の限界だった俺は左足を浮かせて男を踏みつけようとする。だが。そんな動きを見透かしたように、不意に男は片膝を上げて俺の股間をぐりぐりと抉ってきて。瞬間カーブに差し掛かった列車が大きく揺れ、思いがけない強い刺激が俺の脳髄を貫く。全身を痺れさせる快感に悔しいが声を漏らしそうになり、咄嗟に右手で口を覆った。右足の支えがよろめき、倒れそうになるのを左足を下して堪える。
(――畜生。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!)
別に“怖くて声が出せない”なんてナイーブぶったりはしない。もし自分が女だったら、即座にこの変態の腕を掴んで、その罪状を声高に叫ぶだろう。…だが、俺は男だ。周囲に「この人痴漢です!」などと叫べば、俺は“男に痴漢された野郎”というある意味ホモ予備軍的な目で見られる羽目になる。ネットで悪趣味な笑い話として拡散する事も考えられたし、何より全く潔白と言い切れない俺はその思い切りが持てなかったのだ。
「はは。…やっぱ君、“処女”じゃないんだ。何時も一緒に居る彼氏はどうしたの?」
何とかこの男を撃退し、人知れずぶち殺す方法はないないものか。思考を巡らせる俺に、足を下し、また尻を弄り始めた痴漢が不意に囁く。その汚らわしい指はズボン越しに俺の窄まりを圧迫してきて、悔しいが最奥が僅かに蠢いた気がした。発された台詞の内容は屈辱的である事は勿論、遠回しに“ずっと君を見てたよ”と同意で。こんなに混みあってさえいなければ、俺は躊躇わずに振り返って、コイツに唾を吐きかけただろう。正直、嫌悪感は最高潮だ。
「あの子、可愛いよねぇ。ちっちゃな子犬みたいでさ。…何だか不器用そうで、あんまりセックス上手じゃないっぽいけど。そういう所も、そそられちゃったりするの?」
「は、っ…!!てめぇ、汚ねぇ舌で一人前に美咲について語ってんじゃねぇよ」
俺はともかく、美咲までもその欲望の掃き溜めに利用する男の態度に、とうとう俺は沈黙を破った。…だが。その声が少なからず色に潤んでいる事を、それで痴漢に知られてしまった。
「美咲ちゃん、って言うんだ?ふーん…」男の手が、俺の分身をズボン越しに握りこむ。「髪の毛は綺麗な赤色だよね?背は低めだから、手も小さいんだろうなぁ…。ほら、思い出してご覧?何時もどんな風に攻めてくれるの?あんな振りして、実は激しい?それとも、凄く優しく愛してくれるのかな?」
敏感な先端を、緩急を付けた大きな手に攻め立てられる。強烈な感覚に咄嗟に目を瞑るが、そうすると男の言葉に引きずられて美咲の顔が、手が思い出されて。ずぐん、と下腹部が熱くなる。違う。美咲はこんな手管に長けていない。殆ど童貞丸出しの、拙い行為。違う、違う!だが、それでも体は反応を示していく。どんどんと昂ぶり、熱を吐き出したいと浅ましく腰を揺らして――!!
――だが、瞬間。ベルが鳴り響き、ドアが音を立てて開く。
――そこは俺の目的地では無かった。それでも最後の力を振り絞り、男を振り払って弾かれるように外のホームへと逃げ出した。振り返ると、痴漢は少し物惜しそうに、けれどにやにやとした笑みは崩さずに「またね」と言った。
自由になった途端、俺は取り落とした鞄を拾い上げて駆け出した。次の電車に乗らなければ遅刻してしまうが、そんな事に頓着してはいられなかった。押し寄せる人並みに揉まれ、ぶつかって悪態をつかれて尚、足を止める事は出来ない。階段を下り、ようやく見つけた公衆便所に駆け込んで、個室に入って鍵をかけた。
「う、ぐっ…。げほっ、がはぁッ!!」
洋式便座に両腕を突き、朝食の食パンとブラックコーヒーが消化されかけたペーストを残らず吐き戻した。当然、痴漢に成された行為に伴う気持ち悪さもあった。だが、それ以上に美咲を思い出して凌辱をやり過ごし、あまつさえ快感を覚えた自分の浅ましさへの嫌悪感が抑えきれなかった。汚れているのは、あの男だけではないのだ。俺自身も、美咲を凌辱したような物だ。被害者面なんて、聞いて呆れる――。
「学校、行かなきゃ…」不衛生な便所の床にずるずると座り込んで、俺は身の程知らずに絞り出した。「美咲が、しんぱいする、から…っ!!」