討議資料
全日本教職員組台(全教)

「同和教育」を終結させ憲法・教育基本法と子どもの権利条約が生きる教育を
 
 
 索引
 ・同和教育の始まりと終わり  
  ※子どもの目から見た「同和教育」
 ・「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」の制定をめぐる動きと問題点
 ・中教審路線に組み込まれた解放教育
 ・同和教育を終結させるためのQ&A
  ・同和教育を続けることの問題点
  ・「同和教育から人権教育へ」
  ・同和「ワクチン」論批判・差別意識の虚構
  ・ゆがんだ部落問題の認識
  ・政治起源論批判
 ・高校生の自主活動と部落問題
 ・「解同」などによる教育介入とどうたたかうか
  ・「解同」問題をめぐる各地の動向
  ・「解同」などによる教育介入とのたたかいの歴史と成果
  ・「解同」などの教育介入とどうたたかうか
 ・同和教育・行政の終結を求める各地のとりくみ
  ・滋賀県
  ・和歌山県
  ・兵庫県
  ・広島県
  ・高知県
 ・子どもの人権を守る今日の課題

 (1)同和教育の始まりと終わり
 一九五〇年代から始まった同和教育は、「生活と教育の結合」、教育条件の整備と就学権の確保、低学力の克服・学力保障、授業の改善、友情と連帯を育む生活指導、進路保障を課題とし、子どもの現実と地域に根ざした教育として広がってきました。
 しかし、一九七〇年代には「部落解放同盟」の運動を公教育に持ち込む「解放教育」が、従来の自主的・民主的な同和教育を排除し教育行政を屈服させて学校現場に押しつけられてきました。
 そして今日、「解同」の暴力的な学校教育介入への批判と部落問題の解決がすすむ中で「解放教育」はその基盤を失い、一九九〇年代には「同和教育」の生き残りと教育行政の「同和利用」によって新たな役割をもった御用教育運動としての「同和教育」がすすめられてきています。それは、子どもと教育への父母・国民の願いに反する基本的矛盾をはらんだ自民党・財界の「教育改革」路線を教職員の中から推進するものとなっています。しかし、政府の人権擁護推進審議会は二〇〇〇年七月に答申を出し、人権教育の名で同和延命と中教審路線の補完を図るという問題点をもちつつ、法的対応を拒否して、人権教育・啓発を行財政措置をもって行うことを明らかにしました。また、広島県が解放同盟などと結んだ八者合意が破棄され、和歌山県同和教育研究協議会に続き広島市同協も自主的に解散するなど、同和教育の解消は全国的潮流となっています。
 このような全国的なとりくみと国民的な合意にもかかわらず、二〇〇〇年秋の臨時国会で与党は、民主党・社民党の賛成を得て「人権教育・啓発に関する法律」を成立させました。この法律は、すべての国民に対して政府が決めた「人権尊重の理念・精神」を上から行政的に教化し、多様な意見を封じ込める言論抑圧・統制法の性格を持っています。また「同和教育・同和啓発」に継続・拡大の根拠を与えるものです。文部省は第七次教職員定数改善計画で引き続き「同和加配」を配置することを決め、中断していた「同和地区児童・生徒実態調査」を再開しており、逆流と言えるような状況もつくられてきています。
 逆流を押し止め、政府・文科省による同和利用をやめさせ、子どもたちを傷つける同和教育をなくすことは焦眉の課題です。子どもの意見表明権に立った父母(保護者)・教職員・住民による共同の学校作りの中で、子どもたちが主人公の教育をとりもどすことが求められています。なぜ同和教育をやめなければならないか、なぜ同和教育は続けられているのか、どうすれば同和教育をやめさせることができるのか、をごいっしよに考えてみましよう。
 
  ※ 子どもの目から見た「同和教育」
 ◎「なくそう差別、守ろう人権」などというスローガンから生じる「人権」というものの理解・認識は「差別があるから人権を大切に」「人権を守れば差別はなくなる」というような内容のない、薄っぺらなものになってしまいます。こういう認識だけにとどまると、「人権」は自分のためにあるのではなく、差別される者のためにだけあるとさえ受けとめられてしまうことになります。
 現にある高校で生徒に話をする機会があったので、「人権とは何だろう」と問いかけました。すると、「それは(人権は)、オレらのた゚にある」と答えた生徒がいたのです。この答えの中のオレは同和地区から通学する生徒でした。(埼玉高)

  ※子どもの目から見た「同和教育」
 ◎中学3年生に、「はじめて『同和教育』『部落差別』ということばを聞いたのはだれからですか」と聞いてみました。(京都市内の中学3年生7クラス、1997年12月調査)。
 小学校の先生13.2%、中学校の先生50.3%、親11.3%、祖父1.3%、祖母3.1%、兄1.3%、友人1.3%、その他18.2%
 「先生」と回答する生徒が63%をこしています。子どもたちの生活のなかに「部落差別」の実態があった頃には、先生から教えられなくても家族の誰かから聞いたり、自分で気づいたりしていたのではないでしようか。
 ◎同じ中学3年生に、「小学校で『同和問題』「部落差別』について学習しましたか?」と聞いてみました。
 学習したと思う12.6%、学習しなかったと思う30.2%、どちらかよく覚えていない57.7%
 この中学校には校区にA校とB校の二つの小学校があります。どちらにしても、6年生では「同和問題の関係単元学習」をしてきているにもかかわらず、「したと思う」とこたえた生徒が12.6%にすぎません。3年前の記憶がうすれているということも一因でしょうが、それにしてもこんなに低いのはなせでしようか。先生方はどのクラスも力を入れて指導されているのに、子どもたちの方はよくわかっていなかったのではないでしようか。同和問題は子どもの目前の問題ではなくなってきていることとあわせて、小学校6年生には難しすぎて、発達段階にあっていない問題であることのあらわれではないでしようか。
 また、この設問の回答を生徒の出身小学校別に分けて集計してみても、上記の数字とほとんど差異がありませんでした。特にA校の方は「同対審答申」や「同和施策」について解説を行ったり、識字学級のビデオ教材を見せたり、さまざまな工夫をされていましたので、「したと思う」とこたえる生徒が多いだろうと予想していましたが、B校と比べてどの項目も1%以内の違いしかありませんでした。子ども自身の生活から見えなくなった「問題」や「差別」を理解させようとすることに無理がでてきているのではないでしようか。教えられたけれど、何を習ったかよくわからないし、数年たつと教えらられたこと自体も忘れてしまうということになっていると思われます。

 (2)「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」の制定をめぐる動きと問題点
 「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」は、自由民主党、公明党、保守党の与党三党の議員立法として国会に上程され、二〇〇〇年十一月十六日に衆議院本会議、十一月二十九日に参議院本会議でそれぞれ可決され、成立しました。
 この法律は、大きく三つの問題点を持っています。
 第一は、これまでのように直接、「同和」や「地域」という言葉を使用していませんが成立過程の中で、利権や特権を維持するための新たな口実にする「法律」制定を要求していた部落解放同盟や、自・公・保の与党三党、民主・社民各党の動きをみれば、明らかに部落問題を利用して、憲法の保障する基本的人権を歪めるものとなっています。
 第二に、法律成立前まで政府は、人権教育・啓発のあり方について「人権擁護推進審議会」を設置し(一九九七年五月)、検討を重ねてきました。審議会はその中で、人権教育・人権啓発推進のためには、行財政的措置の必要性は認めたものの、法的措置については「措置をとらずとも実現できる」(一九九九年六月八日、第26回審議会)としました。また、審議会会長も談話で「行財政措置で十分対応が可能」と見解を示しました。ところが成立した法律は、この見解をまったく無視するものとなっています。
 第三は、法律の中身についてです。
 問題点の第一は、国民の人権に対する理解だけを問題にしていることです。法律は、「基本概念」(第三条)で、「国民が、その発達段階に応じ、人権尊重の理念に対する理解を深め、これを体得する事がで出来るよう(略)行わなければならない」とし、さらに、「国民の義務」(第六条)で、「国民は人権尊重の精神の涵養に努めるとともに、人権が尊重される社会の実現に寄与するよう努めなければならない」としているところにあります。第二に、教育や啓発を行う主体は、「国や地方公共団体の責務」(第五条)であるとして、人権問題の内容に介入し、憲法が定める基本的人権の保障という行政本来の責務を放棄するものとなっています。そして第三に法律は、「人権」の看板を掲げながら国民に自由にものを言わさず、「内心の自由」にまで踏み込み、「思想・信条の自由」に制約を加えるものとなっています。
 こうした、いくつかの問題点を持つ法律の成立に対し、全教や自由法曹団、自治労連、全解連、婦団連は、人権擁護推進審議会対策懇談会をひらき、自民党に「法案の撤回」(二〇〇〇年十月)を緊急に申し入れたのをはじめ、石川元也・梅田修・杉之原寿一・鈴木良・成澤栄寿・長谷川正安・峯岸賢太郎・村下博・山口啓二の九氏がよびかけ人となり「「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律案」に反対する声明」(同年十一月)を発表、国民融合全国会議も法案反対とぁわせ、日本国憲法・教育基本法を擁護していく決議をあげました。
 また全教は、先の四団体と「国民の心の管理強化と『偏向教育』の拡大につながる『人権教育及び人権啓発の推進に関する法律案』に反対する請願」の署名運動にとりくみ、全国規模での運動に発展させてきました。

 (3)中教審路線に組み込まれた解放教育
 大阪市や大阪府下の各市では、「同和」から「人権」への機構改革がすすんでいます。「同和対策室」を「人権平和室」などへと再編する動きは、同和行政終結が時代の流れであることを一面では反映しています。しかし、その本質は「教育・啓発」の強調による内心の自由の侵害であり、「同和」を「人権」と衣替えして同和行政をも永続化させようとするものです

 大阪府「教育改革プログラム」の一環としての『人権教育基本方針』

 大阪府は、こうしたねらいのもとに、一九九九年三月、『人権教育のための国連10年大阪府行動計画』『人権教育基本方針・推進プラン』を策定しています。
 また、九九年四月策定の大阪府「教育改革プログラム」でも「人権教育」を「教育内容と教育方法の改善」の項の十一の柱の三番目に位置づけています。第一の柱は「個に応じた教育教育の推進」であり、内容は「総合的な学習の時間の推進」、中学校における「選択学習」の拡大です。第二の柱は、「道徳教育の推進」であり、「生命に対する畏敬の念」の強調など、新学習指導要領で「総則」に格上げされた道徳教育そのままの推進です。第三の柱は「国際理解教育」の推進であり、その中に「在日外国人教育の充実」として「すべての児童・生徒に対して「在日韓国・朝鮮人問題に関する指針」に基づく教育を推進する」とのべ、「総合的な学習の時間」がのべる四領域の一つとして「国際理解」に含みこんで、被差別統一戦線論にもとづく「在日外国人教育」の推進を行おうとしています。
 こうした柱だてでの位置づけからも、「人権教育」が中教審・新学習指導要領路線の一環であることは明らかです。「人権教育」という看板を掲げながら、その内容は、つめこみの学習内容と、特に「総合的な学習の時間」を通じて、教科から科学と真実を抜き去る攻撃を強化しようとする新学習指導要領を押しつけようとするものです。
 「人権教育」の項では、「あらゆる教育活動を通じて『人権教育基本方針』及び『人権推進教育プラン』に基づく人権教育を推進する」とのべ、「具体的とりくみ」においては、「各学校において人権教育推進計画を作成し、発達段階に即した体系的な人権教育を推進する」「あらゆる教育活動を通じて人権教育を推進するため、学校の運営体制を確立する」と述べています。これは、「人権教育」を「あらゆる教育活動」に肥大化させ、学校の教育活動のもっとも上位に位置づけることによって、『人権教育基本方針』『推進プラン』で学校教育を拘束する方向を示すものであり、それを「各学校において」とまで述べ、学校の教育課程編成権に対する重大侵害をすすめることを公言するものです。
 まだ、これにとどまらず、「人権教育を推進するための学校運営体制を確立する」と述べることは、学校が自主的に決定すべき公務分掌にまで介入するものです。

 「人権教育」は中教審・反動教育路線への屈服を迫るもの

 このように、大阪における「人権教育」は、中教審・新学習指導要領にもとづく反動教育路線の推進と、「解放教育」路線の延命・助長という二つの役割をもって、教育内容を変質させるという重大な問題をもつものです。
 さらに重大なことは、これを教職員と学校に対する管理・統制・支配の強化と一体のものとして推進させられようとしていることです。

 『人権教育基本方針・推進プラン』は、「各学校における人権教育推進計画の策定」の項で「人権学習計画の策定にあたっては「プログラム」に準じて人権及び人権問題学習が実施できるよう」と述べ、重大な問題をもつ『人権学習プログラム』をそのまま学校に押しつけようとしています。そして、「学校運営体制」の項では「教育課程の編成や学校行事等あらゆる教育活動が、人権尊重の視点に立って実践されているか…点検・調整する体制が必要」として、府教委の「人権教育」路線にそって教育活動を点検強化する体制をつくることを公然と述べています。
 大阪では、中教審路線の先取りとしての、『学校教育自己診断活動』(教育行政は作成した「診断票」にもとづいて、名学校の教育活動が教育行政のすすめる方向で行われているかどうかを点検させるもの)が九八年度に施行され、「教育改革プログラム」でこれの「全校実施」が打ち出されていますが、この「人権教育」の点検体制の強化は、この運動と連動し、教育行政による教育活動への介入・干渉、教職員への管理・統制・支配を強化しようとするものです。
 また、「地域ぐるみ」の学校支配とのかかわりも重大です。『推進プラン』は「家庭・地域社会との連携を目指した学校運営」として「人権教育を、より実効あるものとするためには、学校だけでなく家庭・地域社会との連携をすすめていく必要がある」と述べて、「地域社会とのネットワークづくり」を打ち出しています。大阪では、すでに同和校を含む中学校区を中心に、『ふれあい教育推進事業』なるものが実施され、この校区には「地域教育協議会」が置かれ、一部地域では、ここに「解同」が参加しています。
 一方、中教審は「今後の地方教育行政の在り方について」の答申の中で、「学校評議員制度」を打ち出しており、大阪府「教育改革プログラム」では、これと酷似した「学校協議会」構想が打ち出され、府立高校などにおいて試行実施されています。
 これらの流れの中で、この「地域社会とのネットワークづくり」をみるならば、この「ネットワーク」に「解同」などを参入させて、外部から学校を監視するにとどまらず、必要に応じて学校教育への介入・干渉をすすめ、学校教育を変質させるという重大な危険をもつおそれがあります。

(4)同和教育を終結させるためのQ&A
 @同和教育を続けることの問題点
  今、同和教育を続けることには、どのような問題があるのですか。

 《法的措置がなくなったのでやめるのは当然》
 同和教育は、同和対策事業特別措置法以来の法的措置に裏付けられるかたちですすめられてきました。二〇〇一年度をもって地対財特法を根拠とする財政的措置も完了し、同和対策の特別事業が終了します。このような状況の中で、同和教育という名の特別な教育を続ける根拠はなくなっています。

 《同和地区の固定化─誤った認識の固定化を促す》
 同和地区の住環境の改善が大きくすすみ、進学率の格差もなくなり、地域内外の結婚もすすんで混在化もすすんでいる今日、差別の結果として同和地区が低位におかれているかのような教育は、子どもたちに誤った現状認識を持たせます。同和教育の一環として、高校生が隣保館に行き館長から話を聞いたあとの感想に、「館長さんが黒板に字を書いたので驚いた。同和地区の人は字が書けないと思っていた」などという感想を書くような同和教育は百害あって一利なしです。

 《誤った教育観、発達観をうえつける》
 同和教育は、同和地区への差別があることを前提とした教育です。しかし、今日、同和地区に住む人たちでも日常的に差別を感じることはほとんどありません。ましてや、子どもたちの間では皆無に等しい状況です。時々、中学校の歴史の授業で江戸時代の身分制について学習したあとに、子どもたちが「えた・非人遊び」等をして問題になることがあります。これは、歴史用語としてではなく、差別的な意味のある用語として「えた・非人」という用語を授業でわざわざ取り上げて教えるからです。「えた・非人」という用語を差別的な意味のあることばとして学習した子どもたちは、部落差別と関係のない遊びや喧嘩の中で相手をさげすむことばとして使います。しかし、それは部落をさげすんでいるのではなく、相手をさげすんでいるのであって、部落差別とはいえません。また、そのことを取り上げて差別事件として社会問題化することで、当事者の子どもは犯罪者扱いされ、まわりの子どもたちは「えた・非人」ということばを使えば、まわりの大人が騒ぐことを学習し、まわりの大人を騒ぎに巻き込むために「えた・非人」を使ったという子どももいます。
 また、一方で同和地区に住む子どもたちは、日常生活では実感できない差別を学習の中で教えられることにより不必要な不信感を持たされています。
 このように、同和教育を続けることは、子どもたちの同和問題に対する認識を歪めるものであり、子どもたちを傷つけるものです。

 A「同和教育から人権教育へ」
  今、各地で「同和教育を中心とする人権教育」「同和教育を重要な柱とする人権教育」「人権(同和)教育」「人権・同和教育」など、さまざまな言い方で「同和教育」から「人権教育」への動きが活発になっていますが、これにはどのような問題があるのですか。

 「同和教育」から「人権教育」へと名称を変更し、同和教育の継続化を企んでいることに重大な問題があります。
 そもそも同和教育とはどういう教育だったのでしよう。
 同和教育とは、「部落問題が提起する教育課題にとりくむ教育的営み」であり、民主教育を竓ョする教育としてすすめられてきたものです。ですから、「部落問題が提起する教育課題」が今どうなっているのかを正しくみる必要があります。
 総務庁の調査(一九九三年)や各地の現状では、かつてあった学力や高校進学率の格差が解消し、部落問題を持ち出しても受け入れられない民主的な考え方がすすみ、二十代の人では七割以上の方が地区外の人と結婚しています。このように、かつて同和教育の課題だと言われていた教育課題はなくなりました。そして、子どもたちの生活に部落問題が見え隠れする実態はありません。今あるのは、「誤った認識」や「賎称語発言」など、間違った「同和教育」、行き過ぎた「同和行政」によってもたらされている課題です。
 同和教育の課題がなくなり、民主教育を補完する必要がなくなったのですから、同和教育を終結するのが当然です。「差別意識」や「格差」を強調し、同和教育を続けようとすると、「人権教育」とならざるを得ないということです。なぜ、あえて「人権教育」という特別な教育が必要なのでしようか。憲法・教育基本法・子どもの権利条約にもとづく教育を実践することこそが、大切なことです。
 同和教育を、永続化する「人権教育」、同和教育を中心とする「人権教育」は、必要ありません

B「同和ワクチン」論批判・差別意識の虚構
  同和教育をすすめなければならない根拠として、「部落に対する差別意識が根強く残っている」「将来、同和問題に出会うかもしれないから、同和教育が必要だ」とよく聞きます。本当にそうなのでしようか。

 これは、事実を否定するまったくのこじつけとしか言いようがありません。
 まず、「差別意識が根強い」といわれますが、何をもって「差別意識がある」と判断するのでしようか。
 和歌山県の場合、「厳しい差別」として「結婚」「就職」「差別発言」「差別落書き」「差別文書」をあげていますが、一九九九年(平成十一年)の差別事件件数を調べると八件となっています(和歌山県同和委員会調べ)。内容をみると、「電話」「投書」など、言葉の問題であって差別とはいえないものばかりです。「差別意識」でよく問題にされる「結婚差別」は同委員会でさえ確認できません。
 また、「将釆、同和問題に出会うかもしれないための同和教育」が必要だというのなら、同和問題だけでなく、すべての社会問題に出会うかもしれないのですから、そのための特別な教育が必要だということになりかねません。社会問題を特別に扱う教育は必要ありません。大切なのは、どんな社会問題に出会ってもしっかり考え正しく判断できる力を持つ主権者を育てることではないでしようか。
 すでに、同和問題だけを特別に扱わなければならない現実が、三十数年の特別対策によって解消しているのですから、同和教育をすすめる根拠がなくなっています。「部落差別を取り除く子どもたちの成長」と、よく言われていますが、その取り除くべき「部落差別」の事実がなくなっているのです。「将来出会うための同和教育」の必要性はまったくありません。「もし出会ったら」などというのは同和教育を続けるためだけの口実にすぎません。

Cゆがんだ部落問題の認識
 部落問題をめぐるゆがんだ認識とはどういうものですか。

 「解同」などは、自らの主張を正当化するために、科学的・客観的根拠のない主張や見解をもって、自治体や学校などに揺さぶりをかけています。その主張や見解の特徴は、・心の中の差別はなお根強く存在している、・部落民としての誇りを獲得することが部落の解放に不司欠である、・部落問題の解決とは部落民が部落民として解放される、・部落民とは部落差別を受ける可能性のある人をいう、・歴史的に部落差別を残したのは「ケガレ意識」である、・部落差別事象には「法規制」で対応すればよい、・部落差別が存在する限り同和対策は必要である、・人権問題が存在する要因は人権に対する国民の理解が不十分だから、・人権教育・啓発により「差別意識」は解消される、・将来部落差別に出会ったときのために部落問題を学習する必要がある、・同和教育は人権教育そのものである、・国連が決議したいじょう「国連人権教育十年」に取り組む必要があるなど、多岐にわたっています。

D政治起源論批判
 「江戸幕府が「土・農・工・商・えた・非人」という身分をつくった」という政治起源説はどうして誤りなのですか。

 「身分」というのは、近代以前の社会における人間の結びつきの基本的なあり方です。それは、社会的分業の中で生まれたものです。従って「身分」は、権力者が人為的につくるものではなく、社会の発展の中で生まれたものです。
 これに対して「身分制度」は、権力者が身分を政治的に編成したものです。江戸幕府はそれまであった身分を、「侍・百姓・町人」、その下に賎民として「えた・非人」と上下関係を制度化しました。近代以前の賎民は、「えた・非人」以外に「河原者、夙の者、散所者(声間師)、かわや、餌取、藤内、はちや、はちたたき」等、地域によって色々な名前で呼ばれていました。
 「士・農・工・商」というのは、中国で「王のもとでの四民」という社会の中の分業、つまりヨコの関係も含んだ考え方でした。身分制度のゆらぎを防ぐため、江戸時代の儒学者が、これをタテの関係として強調したもので、身分制度そのものではありません。
 高知県などでは、「同和問題に対する基本認識6項目」として、部落は、いつ、だれが、どのようにつくったのか──などの六講座が教育、啓発で取り組まれてきました。
 このような学習が、教科書や住民啓発で強調されてきた背景には、「解同」勢力の強力な後押しがありました。
 今日、部落史学習といって、このような政治起源説を取り上げるのは、歴史的に誤っているだけでなく、そのような学習をいくらすすめても、今日の部落問題解決の阻害要因が何かということは明らかになりません。生徒に歴史認識の混乱を与えるとともに、阻害要因が個々の差別心にあるかのような結論に向かわせ、展望を失わせます。
 ちなみに、一九八六年の地域改善対策協議会の意見具申は、「今日、差別意識の解消を阻害し、また、新しい差別意識を生む様々な新しい要因が存在している」として、次の四つの要因をあげています。この中には国民の「差別心」は入れられていません。「解同」がこの意見具申に批判的なため、教育委員会はこの阻害要因についてまったく無視しています。そのため、教育、啓発で取り上げられる余地がないのが実情です。
・行政の主体性の欠如
・同和関係者の自立、向上の精神のかん養の視点の軽視
・えせ同和行為の横行
・同和問題についての自由な意見の潜在化傾向

(5)高校生の自主活動と部落問題
 一九八六年六月、国連子どもの権利委員会は、日本の教育について、極度に競争的で身体的、精神的に否定的な影響を与えている。環境面でも、暴力描写、ポルノがあふれ好ましくない。「意見表明権」や「子どもの最前の利益」が保障されていないことを指摘し、改善を求めています。学級崩壊、いじめ、不登校、中途退学など深刻な事態が依然として進行しています。父母・教職員が力を合わせてこれらの事態を克服することは欠くことのできないとりくみですが、同時に子どもたち自身で自らの自治能力や自主活動の水準を引き上げていく活動の発展が求められています。

《クラス・学年の活動》
──学級・学年集団づくり──
 生徒集団づくりの基本は学級です。役割分担と協力体制を確立し、発言の自由と学習権が保障される学級づくりは当然の目標です。しかし現実には、実現しにくい課題となっている面があります。クラスメイトが「極度に競争的」な関係であったり、互いにうまく意思疎通ができないことなどから信頼関係を築くことが困難となっている状況があります。ともすれば、しらけ、無関心、いじめや暴力などが横行しかねない危険性を内包しています。
 クラスづくりのためにはクラス担任と生徒による原則的で地道なとりくみとあわせて、学年の担任団が団結し、学年づくりの指導にあたることが重要です。各クラスの生徒代表者を組織し、学年行事(各種学年集会、講演会、遠足、海山行事、文化祭、修学旅行等)
を意識的に仕組み、生徒が主体となった行事を創造していくことで責任感や自信、仲間意識、友情・連帯が育まれます。行事を1つひとつ成功させる中で、教師集団と生徒集団の信頼関係も生まれます。また、教師集団の協力する姿も生徒集団に反映されます。

──学級・学年PTA(PTSA)──
 学級や学年のPTA活動は、家庭と学校の連携をはかる上で不可欠ですが、一歩すすめて学級行事や学年行事へ保護者の参加を得てPTSAが開催できればさらに効果的です。子どもたちにとって自分の親以外の大人を知ることができますし、また保護者にとっても同様の機会となります。保護者、生徒、教師それぞれがなんでも言い合える会をもち、多様な考えを知ることは、子どもたちの発達にとって有効です。
 さらに全校規模での三者協議会への準備ともなります。

《生徒会活動》
 生徒会活動が、真に生徒による自治活動となるよう教師による最大限の指導と援助が必要です。その基本は「自分たちの問題は自分たちで考え、解決のためにとりくむ」ところにあります。生徒会は学校当局の代弁機関ではなく、「生徒の要求を実現」するための機関として機能しなくてはなりません。生徒総会が生徒の要求が結集する場となるよう十分な準備が必要です。各種委員会やクラブ活動の要求とともに、全校規模のアンケートの実施や投書箱などを通じて生徒のさまざまな要求をくみ上げて整理します。施設設備、学校生活、行事のあり方、授業や教師への注文など多様な要求が出されます。生徒会の努力で解決司能なことは自分たちで、困難な課題は教師や校長との話し合い、あるいは生徒会、学校、PTAによる三者協議会などでとりあげ実現にむけてとりくみます。
 しかし現実には、学校によって教職員の生徒に対する姿勢や対応に差異があり、場合によれば生徒のこのような活動を押さえつける傾向のあることも否めません。教職員集団によるねばり強い討論を積み重ね、生徒の自治・自主活動を保障し、支援する態勢づくりも同時に前進させなければなりません。
 教師集団と生徒集団の信頼関係も生まれてきせん。
 特に、「高校生と進路」「日の丸・君が代」「卒業式や入学式」「十八歳選挙権」「平和・憲法」「地球環境」など、青年の未来と生き方にかかわる問題なども積極的にとりあげることのできる環境整備は急務となっています。

《全県、全国規模の活動》
──全県の高校生集会──
 生徒会活動を中心にした生徒の自治・自主活動の全県的交流は、「友情と連帯」の広がりをはかり、お互いの経験を学びあう上で大きな力を発揮します。誰にも気兼ねなく話し合えることがお互いを急速に成長させる原動力であることを体験できます。実行委員会の組織から運営の実務まで経験することで、生徒の民主的力量が大きく飛躍する舞台となります。この経験がさらに各学校における自治・自主活動の発展に還元されていきます。

──全国高校生部落問題研究集会の成果と今後の発展方向──
 かつて部落問題が高校生にとって、就職や結婚などで大きな障害となっていた時代がありました。この重大な人権問題に部落出身の高校生だけでなく多くの生徒が自らの問題としてとりくんだのが部落研活動でした。自分や仲間の人間としての尊厳を侵しているものは何か?各学校、各県のとりくみが全国規模の集会に発展したのが全国高校生部落問題研究集会でした。この集会の成果が全国に還元され、多くの高校生に友情と連帯のすばらしさ、生命の尊厳、自由や平和の大切さを伝え、育んできました。同和教育の終結が求められている現在、さまざまな課題でのとりくみが全国規模で交流・討論される場が求められています。全国高校生部落問題研究交流集会の貴重な経験と成果が関係者の努力によりさらに飛躍発展する可能性と必然性が現在生まれつつあります。
 フランスでは、高校生組合が活躍しています。自らの要求で全国の高校生を組織し、デモや集会を行って要求実現のための活発な活動を展開しています。
 日本でも、「超氷河期」と形容される若者の「就職難」をはじめ、「よりよい学校生活」「十八歳選挙権」「平和」など、高校生が抱えている諸問題で、自らが要求行動に立ち上がる権利と自由が保障されなくてはなりません。一部の教職員や父母たちは「権利ばかり主張して」「権利の前に義務を果たせ」との批判が起こりがちです。しかし、「子どもの権利」行使にともなう義務は法律上存在しません。義務を問うのではなく「権利を行使した結果に対する責任」を問うことが必要です。要求の妥当性について、子どもたち自身に判断させるよう指導することで理解が得られるでしょう。
 今、「子どもの権利」獲得の運動が学校現場で広くとりくまれ、全県、全国での交流が前進するよう援助し励ますことが求められています。

(6)「解同」などによる教育介入とどうたたかうか
@「解同」問題をめぐる各地の動向
 「解同」がこの十数年来制定要求をすすめている「部落解放基本法」は、三つの部分から構成されています。一つは、「事業法」的な部分で、それは全国の自治体へ要求運動している「部落差別撤廃条例」(「人権条例」もその一環)によるものか、それができないときは一般事業での「同和枠」事業での実施です。二つは、「啓発法」的な部分で、これは既述の「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」などがまさにそれで、「解同」の確認・糾弾運動に根拠を与えかねないものです。最後は、「差別規制法」的な部分で、これは、現在、国の人権擁護推進審議会で検討中の「人権侵害救済」の「人権救済機関」の設置などです。
 「部落解放基本法」としての成立は無理ですので、このように分野ごとに分離して(必ずしも「解同」の思惑通りにはなっていませんが)実現しつつあります。そのために「解同」は、一九九七年の大会で、部落差別を支えているのは、「イエ意識や貴賎・ケガレ意識」などとする綱領改定と政党への助成を行い、日本共産党を除くすべての政党とも連携を図る方策をとってきました。つまり、国民の「差別意識」こそ差別の元凶とする国民敵視と国民の人権抑圧に立ったものです。
 全国に三二二五の市町村がありますが、「人権条例」は六二七の自治体で、「人権宣言」は九三九の自治体ですでに行われています(二〇〇〇年九月現在)。「人権条例」が制定された全国の五分の一の自治体でヘ、「解同」の利権あさりと確認・糾弾の暴力行為が行われる基盤があるということです。
 次の・で述べるように、「解同」の確認・糾弾行為は人権侵害・私的制裁行為で、法律にてらしても許されない行為であること、その排外主義の運動は部落問題解決に逆行することを、一貫して法廷内外で明らかにしてきました。
 しかし、部落問題解決の障害となる「解同」の策動は、全国どの地域においても行政と一体となって行われており、いまだにその影響力を克服できておりません。
 一九九七年春に、高知県土佐山田町の町立山田小学校の二十二名の子どもが新学期を前に転校し、新入学児十名が入学を拒否するという異常な事態が起こりました。それは、「立場宣言」(「部落民宣言」など)やフィールドワーク(同和地区に小学生全員を連れて行く)など、学校ぐるみの「解放教育」が原因でした。「子どもを守り、教育をよくする土佐山田連絡会」が結成され、活動することで、そのような「解放教育」は現在では基本的に是正されました。
 徳島県川島町では、「解同」の不当な町政への介入を批判した議員が、「差別を助長した」などとして一九九八年一月に議員を除名されました。民主団体等の支援を受けるとともに、「除名処分に反対し、議会制民主主義を守る会」が結成され、議員も「除名処分取り消し」を求める訴訟を起こしました。高松高裁は、一九九九年九月、除名処分取り消しを命じた徳島地裁の一審を支持し、「「解放同盟」とは、部落解放の名のもとに町への不当な人事介入を行う森本寛をはじめとする森本一族を指すものと解するのが自然であり、その後、明らかになった森本一族の行状は、まさにエセ同和行為とされてもやむを得ない」と断じ、「解同」と癒着した町議会側の控訴を棄却しました。
 徳島県ではすべての市町村で「解同条例」が制定されているという段階で、九六年十一月に「「部落差別撤廃条例」に反対し、人権と民主主義を守る県民連絡会議」(24団体、四万人という大組織)が結成され、「解同」の利権あさり・暴力に立ち向かっています。
 広島県では、「解同」、高教組・県同教、県行政が三位一体となり、保守県政を支えてきました。県行政は、一見すれば「解同」に従うポーズをとりなから、運動資金である補助金を支給し、部落問題を利用しながら教育と住民支配の構図をつくりあげてきました。
 九九年春、「日の丸・君が代」の実施をめぐり、広島県立世羅高校の校長が自殺する事件が起こりました。全解連、国民融合全国会議と中央人権共闘などの民主団体が、「『解放教育』糾明全国調査団」を編成し、その原因を明らかにしました。つまり、・県教委の責任所在を明確にすること・卒業式・入学式などへの「日の丸・君が代」の権力的な強要を中止すること・学校の主体性を奪う「八者合意」を破棄すること・自由に意見交換できる教育現場を樹立し、学校への違法な確認・糾弾行為を一切排除すること・政治運動・社会運動と学校教育を明確に分離し、いかなる偏向・強制も学校に持ち込まない体制を確立すること──などです。
 九九年十二月の三重県・松坂商業高校の校長の自殺は、一教員の居住地での発言を利用して、「解同」が教育現場に介入し、五ヶ月以上にわたり確認・糾弾が行われたことによります。本来、学校とは全く無縁の問題でした。民主団体が「松坂商業高校校長自殺の真相を明らかにする県民の会」を結成し、その一教員への行政の不当な処分や「解同」の人権侵害を告発するたたかいをおこしています。
 全国的に、「部落解放基本法制定要求」などを掲げ、「解同」の別働隊になり、研究団体とは無縁な「同和教育研究協議会」(「全同教」につながる府県レベル組織)にほとんどの府県は指導主事を派遣しています。部落排外主義を基調としており、部落問題解決の障害となるばかりか、住民の人権意識を歪め、住民の人権行使を抑圧する役割を果たすという害毒をたれ流しています。「同和教育研究協議会」に対して福岡県では、全解連(全国部落解故運動連合会)の会員や住民が「派遣教諭の人件費の返還を求める」住民訴訟をおこしてたたかっています。前述の・の・で述べられています「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」は、人権問題を差別問題に矮小化し、その原因を国民相互の問題に転化し、国民の心の在り方を問題にして、国民の人権抑圧に道を開いております。このような国の動向を先取り実施して、「人権教育・人権啓発」を住民支配や住民の人権概念を歪めて人権行使の抑圧に利用しているのが、兵庫県や大阪府です。
 兵庫県では、一九九八年に「人権教育基本方針」「人権教育推進資料」を、大阪府では、一九九九年に「人権教育基本方針」「人権教育推進プラン」を、すでに策定しました。国の動向からすれば、全国の都道府県に波及する危険があります。

A「解同」などによる教育介入とのたたかいの歴史と成果
@部落解放運動と戦後の民主的な運動や国民の民主的な認識の広がりにより「同和対策事業」が国家レベルで実施される状況が生み出される(一九六五年の「同和対策審議会答申」前後から一九六九年の「同和対策事業特別措置法」)におよび、部落解放同盟の一部幹部による部落排外主義と部落第一主義(「朝田理論」)が、政府の育成策にのりながら台頭してきました。
 部落排外主義と部落第一主義による最初の顕著な現れが、一九六九年に大阪でおこされた「矢田事件」です。部落問題を利用して、教職員の管理体制と自主的民主的な教育への攻撃が行政の手により全国的にすすめられようとしていた時期において、教職員組合運動の原則にたった運動(勤務条件の改善など)を提起したところ「解同」から暴力による人権侵害と教育現場への介入をうけた事件です。その後、行政と権力により泳がされ・利用された「解同」が糾弾闘争を武器に次々と教育現場への介入と民主勢力への攻撃を公然と行うようになりました。その反社会的な暴力的糾弾の頂点が、一九七四年十一月二十二日に兵庫県で引き起こされた「八鹿高校事件」です。県教委・解同・警察の三位一体の中で、十三時間にもわたる「解同」による集団リンチによって瀕死の重症者を含む四八人にも上る教職員の負傷者を出すという日本の教育史上未曾有の事件です。八鹿高校の民主教育と民主的な地域を「解同」を利用して一気に押しつぶそうとした事件です。
 その日、氷雨が降る八木川原で八鹿高校の八五〇名の生徒達は、「解同」丸尾良昭らと数時間にわたり対峙し、「暴力反対!」「先生返せ!」と叫び続けました。生徒の勇気ある行動は長きにわたって築き上げられてきた八鹿高校のすばらしい民主教育の原点であり、成果です。八鹿高校の生徒達のこの行動が、教職員、父母、地域住民の勇気ある行動を呼び起こし、「解同」の無法を裁く裁判闘争に発展していきました。兵庫県は一九八二年、民事訴訟「八鹿国賠訴訟等」で、「解同」との共同正犯として賠償金を原告に支払いました。一九八三年には、刑事公判「朝来・八鹿高校事件」で被告「解同」同盟員一三名に有罪判決が下りました。全国的支援をも受けて二十二年間もかかりましたが、「解同」の蛮行はすべて断罪され、最高裁は一九九六年二月、民事訴訟「八鹿国賠訴訟等」で、「原告八鹿高校教職員の側に非難されるべき落ち度は全く認められない」と明快に認定し、完全勝利が確定し、すべての裁判が結審しました。これらの裁判闘争を通じて、全国的に「解同」による暴力行為の無法はほとんどすべて裁判で裁くことができました。
 その後、一九八八年に起こされた高知県の「一ツ橋小事件」では「解同」によるプライバシーと内心の自由の侵害(「部落民宣言」の強要)を告発し、人権侵害であることを明らかにして、「解同」裁判への新たな地平を開きました(一九九七年、最高裁で小笠原政子氏が全面勝訴)。

B「解同」などの教育介入とどうたたかうか
 「解同」などによる学校教育への介入は、矢田事件、八鹿高校事件を経て急速に全国に広がりました。「解同」とそれに屈服し利用する行政という歪んだ構図は、全国的に共通しています。
 「解同」は、学校教育の中で生じた子どもたちの未熟な言動をとらえて「差別事件」と規定し、教育に介入するという手法をくり返してきました。年間二〇〇件以上の「差別事件」が起こり(文科省調査)、そのほとんどが「解同」の影響力の強い地域で発生しているという事実が、彼らの意図を如実に示しています。
 こうした教育介入とたたかう上でまず第一に重要なことは、「第一ボタンをかけまちがえない」ということです。
 子どもたちの成長過程での言動を「事件」としてとらえてしまうと、そこには教育が成立する条件が失われてしまいます。ましてや特定の運動団体との連携の名のもとに一方的な点検や総括が行われるとなると、事は一層重大です。
 学校で起こる諸問題については、むやみに外部に持ち出したりせず、あくまでも学校の権利と責任において教育的に解決する姿勢を堅持する、これが〃第一ボタン〃です。
 第二に、しかし、一方的に「事件」化され、「連携」にふみきってしまった場合には、この問題を学校現場だけにとどめず、大胆に世論に訴え、真実を広め、正しい教育的な解決方法を示していくことが重要です。
 かつて「解同」の無法をあばいた法廷闘争(矢田事件、八鹿高校事件、戸手商高事件、八次小事件、一ツ橋事件など)では、教育の正常化を願う父母や地域の民主的な世論に支えられながら、次々と勝利判決を勝ち取っていきました。こうした父母・地域との共同の広がりは、今日の子どもたちと教育をめぐる困難を打開する視点としても重要な意味をもっています。
 第三に、最近では「解同」が直接学校教育に介入するという形ではなく、地域の同研組織を通して支配するという形が一般的です。これらの同研組織は、それぞれの地域性はもちながらも、行政と学校とが一体になって同和教育を推進してきたという点では共通した性格をもっています。学校の教員であれば自動的に会員にならされ、会費も行政が全額負担している組織もめずらしくなく、そのことが同和教育の終結をむずかしくしてきたというのも事実です。
 こうした中で、二〇〇〇年六月に和歌山県同教が、二〇〇一年二月に広島市同教が相次いで解散を決定し、大きな反響を呼んでいます。部落問題解決の到達点をみるときに、これ以上同研組織を継続させることが本来の目的に反する段階まできていることを重視して、各地の同研組織の解散が急務の課題になっています。
 最後に、今日、私たちが直面している困難は部落問題ではなく、「解同」問題であるということを改めて確認しておく必要があります。そして、その立場から積極的に発言し、理解者を増やしていくことが大切です。
 いまだに解放教育が盛んな地域や職場、あるいは少数分会での発言には確かに勇気が必要です。しかし、客観的な情勢は大きく変化してきています。そのことに確信をもって勇気あるたたかいを展開したいものです。

(7)同和教育・行政の終結を求める各地のとりくみ
 滋賀県
 《滋賀県同和教育研究会(滋同教)解散に向けて》
 部落問題か解決に向けて大きく前進し、同和教育が終結の時を迎えました。滋賀県においても、同和教育の終結を明確に打ち出している地域があります。また、事実上終結しているところがほとんどです。県教育委員会においても二〇〇一年度から同和教育指導課が人権教育課に改変されましたが、同和教育終結の流れが抗いようのないものと県教育委員会が認めたことの現れといえるでしょう。
 県下のほとんどの教職員を組織してきた滋賀県同和教育研究会(滋同教)についても、この数年間解散を求める動きが本格化してきました。九八年に滋同教会員の有志が「解散を求める会」を結成し、滋同教の解散を求めるとともに、県下の教職員に加入しないことを広く呼びかけました。同時に、同和教育を考える学習会や討論会が全県的にもたれました。こうした動きを反映して、二年間で大幅に会員が減少しています。
 この間の特徴的なことをあげると、・この取り組みが滋同教活動の中核を担ってきた会員を中心に進められていることです。現場で同和教育に深く関わってきた者の実感として、同和教育の終結と滋同教の解散を求めていることの意味は大きい。・滋同教が実態のない組織であることが明らかになったことです。多くの会員が自覚なく加入し、ほとんど活動に参加していません。これは部落問題の現状の反映であり、同和教育が現場ではそれこそ実態のないもの、必要のないものとなっているのです。・事務局を中心に人権教育へ移行しながら組織を存続させようとする動きが一方にあり、滋同教の解散が人権教育への再編成かが争点になってきていることです。
 「解散を求める会」が活動をはじめてから三年目を迎えます。おそらく今年、滋同教は人権教育への移行をはかるでしよう。滋同教が、知らぬ間に国が進める「人権教育」の舞台にされることがあってはなりません。

 和歌山県
 《和歌山県同和教育研究協議会が解散》
 二〇〇〇年六月十五日、和同教は、「同和教育は、同和地区・同和地区関係者・地区の子どもなどと旧身分を特定することによって成り立つものであり、今日では存在しない旧身分を前提にしたとりくみは、解決を阻害する。」「同和教育を終結することは、同和に関わる一切の特別手だてや同和につながる教育研究・実践を終えることであり、そのことが同和残しの人権教育への痛烈な批判となります。」と述べ、和同教の解散を決定しま
 和同教の解散は、同和教育を終結するだけでなく、今後の同和を冠するすべての教育施策、教育内容を廃止すること、「同和教育を重要な柱とする人権教育」も必要のないことを示すものです。和同教の解散をうけて、和歌山市、那賀地方、有田地方、海草地方の各地方同協は、今日の同和教育の課題を討議し、あい次いで解散を決定しました。県内八地方のうち、四地方の同和教育研究協議会がニ〇〇〇年度で解散しました。
 《県同和教育推進教員連絡協議会が解散》
 同和教育推進教員で組織する「和歌山県同和教育推進教員連絡協議会」が、設立趣旨、今日の課題、その役割を明らかにし、一部の「人権教育」を主張する勢力の反対もありましたが、圧倒的多数の賛成で解散を決定しました。和同教につづく和歌山の同和教育を椎進してきた組織の解散は、同和教育の終結を大きく前進させています。
 「同和の特別施策は、平成十三年度をもって一般施策に移行したい」と、県当局は基本的見解を発表しました。同和室をはじめ各部局ではそのための作業に入っているといわれています。また、「同和教育子ども会」の補助金のヤ上が相次ぎ、子ども会・子どもクラブへと統合しています。吉備町や白浜町、かつらぎ町では、同和の特別施策は、問題が解決しているのだから「エセ同和行為だ」と問題提起を行い、同推教員をはじめとする同和の特別加配教員を返上しました。

 兵庫県
 《「住民が主人公の町づくり」をめざす多司郡黒田庄町》
 一九九四年に解同が中心になって「部落差別撤廃条例」をつくろうという動きがおこりました。それに対して、「同和地区」の有志七名が、この条例が出来ると部落問題についての自由な意見交換がますます出来なくなり、子どもの代まで部落差別を残すことになるという思いから、「黒田庄に部落差別撤廃条例は必要ですか」というビラを新聞に折り込みました。
 今まで解同に抑圧されていた住民から大きな反響が寄せられ、地域に「部落差別撤廃条例を危惧する会」がつくられていきました。そして、住民の中に条例という特別な法律は必要ないという声が多数をしめるようになりました。やがて、部落問題だけでなく、黒田庄の将来の町づくりについても自由な討議が行われ、「ゆうゆう21黒田庄内」という会に発展改組されました。部落問題解決の道筋を示す住民への自主的な学習会が開催され、また、民主的な議会に変えていく取り組みも発展していきました。
 その間に、下水道工事など補助金をめぐり解同と町当局の密約が発覚するにおよび町長を変えなくてはならないという声か日増しに強くなり、「町民が主人公、開かれた黒田庄をつくる会」という組織が個人や民主団体で結成されました。その会の推薦を受けて、全解連の会員でもある東野敏弘氏が町長選挙に立候補され、現職を大差で破り当選しました。
 一年目には、不公正な同和の個人施策を廃止し、一般施策を充実させました(すべての住民を対象にした、保育料減額、給付の高校奨学金の創設、公民館のバリアフリー化への補助、下水道工事の利子の一部の利子補給など)。二年目には、「解放学級」を公的には廃止しました。「部落差別に会うだろう、部落問題にぶつかるだろう」などの「解放教育」が子どもの成長をおおきくゆがめている現実を踏まえたものでした。解同と日教組傘下の兵教組支部などの妨害は続いていますが、現在は「同和の垣根のない、同じ町民として苦楽を共にする町づくり」にむけて、さらなる取り組みかすすめられています。
 《神戸市の同和対策完了記念集会を民主団体が開催》
 兵庫県では、一九八〇年代半ばから行政区単位の県下六ブロックで、地域の民主団体が実行委員会をつくり、自主的な「国民融合をめざす研究集会」が開催されています。
 その一つの神戸地域での十四回研究集会が「同和対策完了記念市民集会」として位置づけて、九九年に開催されました。神戸市が一九七三年に策定した「同和対策事業長期計画」が、この年をもって、改良住宅をはじめとする基本的事業の完了を迎えたことを踏まえ、市民自らが「同和」という垣根を取り払い、部落問題を最終的に解決するという決意を示すためでした。全国の都道府県や政令都市レベルでは例外的に、神戸市は不公正や乱脈な同和行政が導入されることなく、相対的に公正・民主的に行われてきました。それは、全解連神戸市協の運動、同和対策協議会の民主的な構成と運営に基づく行政施策、当時の宮崎辰雄市長の行政の主体性を明確にした「同和四原則」によるものでした。

 広島県
 広島県の教育は、三十有余年におよぶ解放教育体制のもとに進められてきたといっても過言ではありません。とりわけ一九八五年九月の県・県教委・解同・県教組・高教組などの「八者合意」以後は、「解同」に支配された教育現場には数々の混迷がもたらされてきました。
 文部省による「是正指導」以後も、「八者合意」に対してあいまいな態度をとりつづけてきた県当局は、二〇〇〇年九月、「(八者合意)文書はあくまで過去のものであり、今日においてはこれに拘束されるものではない。」と、事実上の破棄を表明しました。
 今後は、不公正・乱脈な同和行政・教育を積極的に推進してきた県当局の責任を問いつづけると同時に、この変化を同和教育終結へ向けての自由な討議へと結びつけていかなくてはなりません。
 また、広島市同和教育研究協議会(市同協)は、二〇〇一年二月の総会において、「同和地区やその子どもたちの現状は、着実に解消の方向に向かっている」「市同協はその歴史的な使命を終えなければならない時期にきている」とし、「これまでの取り組みによる成果や今日の到達点をみたときに、これ以上同和教育を進めることや、そのための研究組織を継続させることは旧身分による垣根を取り除くという部落問題解決の目的の達成を遅らせることになりかねません」と解散を提案し、圧倒的多数で決定しました
 解散後は、「憲法・教育基本法に基づいた教育をいっそう充実していこう」と呼びかけています。
 さらに、これらの動きと前後して二〇〇〇年九月には、広範な民主勢力の願いを結集して「同和行政を終結させ、解放教育の廃止を求める広島県連絡会」が結成され、その地域組織も生まれつつあります。
 同和教育の終結という県民の大きな期待が、いよいよ現実のものとなる日が近づいています。

 高知県
 県下ではじめて町同教を廃止したのは佐川町です。佐川町では、住環境の改善や、部落問題が提起する特別な教育課題が存在しないことや、同和教育の終結が問題の解決を促進する、等について学習と論議を重ね、九〇年八月に人権教育をスタートさせました。そして佐川町では、九六年三月に住民による同和行政終結宣言が、町内全戸配付の形で表明されました。宣言は、「偏見や無理解による曲折は、なおあっても、それはそれとして、自分たちはよりよい地域をつくり続けるという決意」を表明しています。
 続いて窪川町が、九七年六月に町同教を廃止し、高知市では九一年七月、全教の組合員か中心となり、高知市同教を脱退しています
 同和行政をめぐっては、二〇〇〇年の県議会に四七年ぶりの百条委員会が設置され、同和関係の縫製業協同組合に対する十四億円の不正融資、十二億円の県単独ヤミ融資問題解明がすすめられてきました。
 その中で、解同県連の竹下委員長、村越副委員長が偽証罪で刑事告発され、県連事務所が家宅捜索され、県連執行部は総辞職となりました。
 橋本知事は、二〇〇〇年十二月県議会で「これまでの同和対策は団体への対応、団体幹部への対応に偏りすぎていた」と、県当局と解同との癒着を認めました。また、二〇〇一年二月県議会では「行政の主体性と透明性が欠けていた」と反省を表明しました。
 こうした中で、二〇〇〇年度限りで同和団体補助金(解同と全自同で三三七五万円)の廃止、同和対策本部の廃止、県の同和対策課の廃止(人権課に統合)とともに、教育委員会の人権同和教育課を人権教育課に変更することになりました。また、同和対策事業は11事業を廃止、3事業は二〇〇一年度から縮小・削減することになりました。(これら14事業の廃止・削減額は九一九五万円)

(8)子どもの人権をまもる今日の課題
 今日、新ガイドライン法・盗聴法・中央省庁改革法・地方分権一括法で憲法体制を崩しながら、「この国のからち」を変えるための教育政策を推進してきています。
 国民の支持率が10%に満たない状況に陥っている自公保連立内閣は、「教育改革国民会議」を使って中教審路線を加速させるとともに通常国会を教育国会とし七月の参議院選挙で教育問題を争点にするために露骨な教育介入をすすめています。その手法は、子どもと教育に対する父母・国民の不安と願いにこたえるようにとりつくろい、その責任を憲法・教育基本法に基づく教育と教職員のあり方に向け、国家主義的に教育を再編成し、学校を「正常化」する旗ふり手として国民に印象づけようとする欺瞞的なものです。
 一月二十五日、教育改革国民会議の最終報告に基づき文部科学省は、「21世紀教育新生プラン〜レインボープラン〜(七つの重点戦略〉」を打ち出し、政府の教育政策の全体像を明らかにしました。しかし、この教育政策は、今日の子どもと教育をめぐる深刻な事態を解決する上でまったく無力であるばかりか、むしろ困難に拍車をかけるものです。
 このプランの中に、同和教育を「人権教育に構成替え」した内容が入り込んでいることをみなければなりません。
 プランは、「人間性豊かな日本人の育成」をめざすとして、子どもたちに奉仕活動を義務づけようとしています。提言の奉仕活動の目的は「日本人の育成」のための「国家への奉仕」活動(曽野綾子委員)です。これは「平和的な国家及び社会の形成書」(教育基本法第一条)、すなわち、主権者を育てるという教育目的に反するものです。
 また、同じ「人間性豊かな日本人の育成」として道徳教育を教科にするとしています。道徳を教科にし成績をつけることになると、学校生活の態度が成績にはねかえり学校生活が息苦しいものになることは必至です。
 子どもは安心して間違ったり、つまずいたりして人間的に成長します。今でさえ安心して間違え、つまづけない環境にさらされている子どもたちにいっそうの困難を強いるものです。
 さらにプランは、学校で子どもが「荒れ」ようものなら、義務教育段階でも学校から排除しようとしています。たしかに、問題行動を起こす子どもに対してあいまいな対応は許されません。しかし、子どもは荒れたくて荒れているわけではありません。
 私を人間として大切にしてほしい、分かるまでゆっくり教えてほしい、本当の友だちがほしい、将来の見通しを持ちたいなど山のような、しかし実現しそうにないと思ってしまっている子どもに寄り添い、その願い・発達要求をさがしあてることが何よりも大切です。教育行政の仕事は、すでに全国各地でとりくまれている教職員や父母の共同のとりくみを励ますことです。
 またプランは、「一律主義を改め、個性を伸ばす教育システムの導入」として、習熟度別学習を少人数授業で行い、小学校から選択授業をつくり、成績のよい子は学年上の授業も受けられる、高校通学区の廃止で県下どの高校でも受験できる、大学入試年齢制限の撤廃で十七歳で一律に大学入学を可能にするとしています。
 一見してわかるように、このシステムは、一部のエリートづくりのための整備が眼目であり、子どもたちは受験競争のいっそうの激化とともに、学校内でも激しい競争にさらされることになります。
 子どもにとって学ぶことは本来の要求であり、子どもは学ぶことによって人間的な誇りを育てていきます。この営みは、単に知る・分かる・できるということに止まらず、人間が成長する上で重要な意味をもつものです。提言は「学びからの逃走」「孤立する子どもたち」といわれる事態への洞察を欠いています。その理由は、「人間は生まれた瞬間から、平等ではない」(「国民会議」第1分科会中間報告)という歪んだ能力観がプランの基本にあるからです。
 このように教育改革国民会議のプランは、今日の子どもと教育をめぐる困難に拍車をかけるとんでもないものです。しかし、プランは、「わかる授業で基礎学力の向上を図ります」とか「楽しく安心できる学習環境を整備します」「父母や地域に信頼される学校づくりを行います」など、内容とは裏腹なキャッチフレーズで国民の期待にこたえるふりをしています。しかも、この教育政策に「人権教育」が位置づけられるのです。
 この欺瞞をはね返し、子どもの人権を蹂躙して学校を「強制と排除、競争の広場」にしようとするプランのねらいを明らかにし、「人権教育」の名で同和教育を延命させ子どもの人権を踏みにじる教育活動は一刻も早く止めさせなければなりません。
 そのために、今日の教育政策の中での「同和教育」の反教育的役割を学習するとともに、子どもの意見表明権・発達権、父母・国民の教育権、教職員の専門的権能、教育にあげる住民自治の原則にたった父母・教職員・住民の共同の教育運動として、同和教育を終結させ、憲法・教育基本法・子どもの権利条約が生きる学校づくりのとりくみが求められています。

 全教同和教育討議資料作成委員会
 大教組    古田 明徳
 京教組    別所 秀夫
 全教滋賀   近藤 恭司
 和教組    大川 克人
 兵高教組   村上 保
 長野高教組  阿藤 満政
 全教広島   小林 克己
 高知県教組  鎌田 伸一
 埼教組    新島 善弘
 事務局
 全教部落問題対策委員会
        工藤 毅
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