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別品の祈り「感動を呼び起こすために」
5月30日 9時38分

別品の祈り「感動を呼び起こすために」

「五感をいかに刺激するか。そして、いかに感動を呼び起こすのか。それが大切だと思うんです」。
東京芸術大学の宮廻正明教授は、目を輝かせて話しました。
芸大で行われている「別品の祈り」という展示。
焼損した法隆寺金堂壁画を現代によみがえらせるだけでなく、香りや音を動員して、古代の奈良・斑鳩の世界を体感してもらおうと企画されました。
さらに、その先に見据えているのは、芸術文化を通じた外交による平和的な国際交流・貢献の実現です。

「別品の祈り」に込めた思い

東京・上野の東京芸術大学の校門をくぐると、左側に赤レンガの建物があります。
2階に上がると目に飛び込んでくるのは、「東アジアの仏教絵画の至宝」とも言われる12面の法隆寺金堂壁画(再現)です。
壁画について宮廻教授は、「モナリザを超える美しさがある」と話します。
この「特別によい品物」=「別品」のすばらしさをじっくりと感じてほしい。
今回の展示に、「別品の祈り」というタイトルを付けました。

焼損した至宝=法隆寺金堂壁画

焼損した至宝=法隆寺金堂壁画

法隆寺金堂壁画は、7世紀の末ごろの飛鳥時代に描かれたと考えられています。
明治期に日本美術の保護に取り組んだ岡倉天心は、インド・中国の影響を受けたとみられる釈迦や阿弥陀、そして菩薩たちの厳かな姿を永遠に保存することの重要性を訴えます。
それ以降、多くの専門家によって壁画の劣化を防ぐための取り組みが続けられました。
しかし、昭和24年1月26日の早朝に火災が発生。
12面の壁画は焼損し、色彩のほとんどが失われました。
黒く焼け焦げた壁画は、法隆寺の収蔵庫に保管されました。

高度な“複製技術”の確立に向けて

「日本文化の成り立ちは、他国から文化を受容し、それをまねながら変容させ、最終的には独自のものを創造することの繰り返しだった」。
そのように語る宮廻教授は、去年4月、大学が設立した「アートイノベーションセンター」のセンター長に就任しました。
センターが掲げる重要な目的の1つが、文化財の高度な“複製技術”の確立です。
課題として取り組んだのは、みずからも愛してやまない法隆寺金堂壁画の「再現」でした。

法隆寺の金堂壁画については、カラー写真が普及する以前の昭和10年に撮影されたガラス乾板の「写真」(ガラス板に感光剤が入ったゼラチンを塗り感光させる)が残されていました。
また、明治以降、多くの画家が模写を行っています。
アートイノベーションセンターでは、これらのデータをパソコンに取り込み、1枚の画像に統合する作業を行いました。
▽「写真」の場合、すべてを均一に写し取ってしまうため、背景の傷などが、実物を見た印象よりも強調される可能性があるといいます。作業では違和感のない範囲で背景の傷を消し、壁画本来の線を浮かび上がらせました。
▽一方の「模写」については、失われた色彩が記録された貴重なものですが、それぞれの画家の「癖」が出ているおそれがあります。複数の模写を照らし合わせながら共通する特徴を抽出し、違和感のない仕上がりを意識しました。

出来上がった画像は、プリンターで和紙に印刷します。
これによって、再現にかかる作業時間は大幅に短縮されました。
しかし、そのままでは壁画の持つ「質感」を表現することができません。
このため、センターでは、和紙の表面に炭酸カルシウム(漆喰の成分)や、陶磁器などの原料としても使われる白土(はくど)を塗って下地を作り、そのうえで印刷にかけました。
これらの材料は実際に壁画に使われていて、微妙な凹凸のある、実物に近い質感が表現されました。
さらにプリンターが表現しにくいとされる緑などを中心に、手作業で顔料を緻密に塗り重ねる作業が行われました。

作業を始めてから6か月。
黒く焼けた壁画に色彩がよみがえりました。
通常、模写を制作しようとすれば、数年はかかるといいます。
センターでは、「パソコンを使ったデジタルの手法と、従来の美術作品の制作手法を組み合わせることによって、オリジナルの文化財が持つ質感や芸術性を迅速に再現することが可能となった。本物の壁画などを長期間にわたって一般公開するのは、保存の問題もあって難しいかもしれないが、今回のような高度な“複製技術”を用いれば、誰にでも間近でその魅力を感じてもらうことができる」と話しています。

香りや音も連動させて斑鳩の再現を

香りや音も連動させて斑鳩の再現を

「別品の祈り」で伝えようとしていることは、実は、それだけではありません。
会場に入ると、寺院に参拝したときのような特別に調合された香りをほんのりと感じることができます。
また、入り口で配布されるチラシには、実際にお香がたきしめられています。
さらに、1階の会場では、法隆寺金堂壁画の再現作業の過程などを映像で紹介するとともに、古代を思わせるような静かな音楽を流しました。
その意図について、宮廻教授は次のように話しています。
「嗅覚、聴覚、視覚などを連動させ、化学反応のように増幅させることによって、訪れた人たちに聖徳太子が愛した斑鳩そのものを感じてほしいのです。できれば、古代の食べ物を再現して味わってもらう場を設けたり、実際に触ったりすることのできる展示も考えていきたいと思っています」。

見据える未来の形は

アートイノベーションセンターでは、さらに未来を見据えています。
法隆寺金堂壁画の再現で制作されたような「緻密な複製品」は、海外に運び出して展示することが可能です。
その展示と同時に、日本に伝わっている香りや音、味などについて体感してもらえれば、長い歴史の中で培われた日本文化の多様性を、海外の人たちにも分かりやすく伝えることができるのではないかとセンターでは考えています。
その一方で、破壊されてしまったアフガニスタンのバーミヤン壁画をはじめ、海外の貴重な文化財の再現を担うことができれば、双方向での新たな文化交流や芸術ビジネスの創出につながるかもしれません。
「芸術文化を通じた外交によって、経済・宗教・政治の問題に左右されることのない平和的な国際交流、国際貢献を実現したい」。
これがセンターの掲げる目標です。

「感動」を呼び起こすために

「感動」を呼び起こすために

法隆寺金堂の壁画について、センターでは、科学的な分析、そして学術的な知識を投入して、飛鳥時代の描かれた当初の色彩を復元する研究を進めています。
例えば、仏教の規則によれば、仏の髪の毛は、実は青色だったりします。
こうした研究によって、ひょっとすると、今とは全く印象の違った壁画の姿が描き出されるのかもしれません。
そのほか、3Dプリンターなどの最新技術を用いた複製技術の追求も進める予定です。
「新たな感動を呼び起こすため」の取り組みは、これからも続いていきます。

「別品の祈り-法隆寺金堂壁画-」

会期:4月26日~6月22日(月曜日休館)。
会場:東京芸術大学大学美術館・陳列館1階および2階。
観覧料:無料。

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