(2014年6月3日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
サッカー・ワールドカップ(W杯)に関する最近の電話会見で、ブラジルのルイス・フェルナンデス・スポーツ副大臣は、来週開幕する大会に向けた同国の準備を批判する人々に反論した。
先進国には、発展途上国と発展途上国が大きなイベント、特にスポーツ大会を開催する能力に偏見を抱く世論が一部存在すると述べ、昨年ブラジル南部のナイトクラブで火災が発生し、飲んで騒ぐ若者約240人が死んだ悲劇的な事件を引き合いに出した。この一件はメディアの一部によって、W杯と2016年のオリンピックを開催するブラジルの能力に疑問を投げかけるために不当に利用された、とフェルナンデス副大臣は語った。
先進国の一部世論に「偏見」
W杯ブラジル大会は、一部施設が未完成のまま開幕する〔AFPBB News〕
「大きな世界的イベントを開催する前に英国、フランス、ロシア、中国で似たような事故が起きた時には、同じ疑問や同じ懐疑論がこれらの国に向けられることはなかった。だから、我々から見ると、これは偏見を持った考え方だ」。副大臣は外国からの批判に対するブラジルの苛立ちを表して、こう述べた。
その主張は完全に意味が通るものではなかったが――結局のところ、ロシアと中国も発展途上国だ――、副大臣は興味深い問題を提起した。
発展途上国は、公共サービスを向上させるためにほかにやることが山ほどある時に、高くつく国際スポーツイベントを主催し、費用負担に手を貸す仕事を手がけるべきなのか? また、そうした国の準備を疑問視したり批判したりする権利が他国にあるのだろうか? それとも、そうした批判は南北を分かつ優越主義や醜い新植民地主義の偏見を意味するのか?
最初の問いに対する答えは、豊かな国であれ貧しい国であれ、主催国の国民が心からイベント主催を支持しているかどうかによって決まるべきだ。結局、納税者のお金をどう使うかは、彼らの選択であるべきだからだ。ブラジルの場合、同国が2007年にW杯を開催する権利を勝ち取った時には、多くの有権者が開催を支持していたように見える。
だが、2007年にはブラジルが好況期の絶頂にあったのに対し、現在は低成長が4年目に入っている。調査会社ダッタフォーリャが4月に実施した世論調査は、ブラジル人が経済見通しについてより悲観的になっていることを示していた。
一方、新たな低位中間層が出現し、より良いサービスを要求し始めた。人々が病院と学校への支出増加を求めている時に、特に汚職の形でW杯にお金が浪費されているという認識がある。
この反感に対抗するために、政府はもっとうまくイベント開催の恩恵を売り込む必要がある。想定されている利点の1つはインフラだ。ブラジルはW杯開催と重なるよう、2つの大きな空港ターミナルとリオデジャネイロの新高速バス専用道路を含むいくつかの旗艦プロジェクトを発表した。