■セックスをしても名字にさんを付けて呼ぶ男が好きだ
いつものようにさよならのキスを交わした彼は、私のことを名字にさんを付けて呼ぶ。
月に一度は会うことがもう1年を超えていて、たまになんとなくセックスをする。半年に一度ぐらい。
そんな彼が発する私の名前は、なんだか自分のことのように思えなくて、例えば「タナカサン」みたいな、ん?なんかの山の名前?みたいな。
意味を離れた5文字の音声は、キスと一緒に真夜中の交差点に放たれて消えた。
10年前からそうだった。
妻子がある人とよからぬ関係になり(この彼みたいに)
何度会っても彼は私を名字で呼んだし、私も名字で呼び続けた。
そんなところが好きだった。
幸せになるのは少し難しいかもしれない。
でもやはり私はこの奇妙な距離感を愛するのだ。
