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2010年2月5日
“拉致監禁”の連鎖(2)
プロローグ(2)

産経スクープを他紙は黙殺

捜査に「不作為」も

picture 24年ぶりに家族と再会し、記者会見で思いを語る拉致被害者の蓮池薫さん(中央)と妻の祐木子さん(左)=2002年10月15日、東京都千代田区の赤坂プリンスホテル
 後藤さんの12年半近い拉致監禁事件に入る前に、今しばらく北朝鮮による拉致監禁事件について考えてみたい。拉致監禁という犯罪が、法によって守られるべき国家の主権、人、国土を侵し法治国家の基本を揺るがす重大犯罪であることをはっきりさせるためである。

 先の久米さんの事件当時、日本国内では同様の拉致事件が相次いだ。昭和52年11月15日には横田めぐみ、翌年6月29日に田口八重子、7月7日に地村保志、浜本富貴恵(当時)、7月31日に蓮池薫、奥土祐木子(当時)、8月12日には曽我ひとみ、母親のミヨシの各氏が新潟県で失跡した。福井県の海岸では市川修一、増元るみ子両氏が突然、行方不明になった。そしてこの年の8月15日には富山県高岡市でアベック拉致未遂事件も起きていた。拉致事件の証人となれる被害者も出ていたのだ。

 横田めぐみさんの失跡の時も、<一週間がたとうとしていたが、警察は公開捜査に踏み切らない。各社とも迷う中、毎日新聞と新潟日報が新聞社の責任として制服姿の全身写真を載せた。「輪転機を止めろ、万が一の場合はおまえたちの責任だ、と警察幹部には随分ののしられました」>(東京新聞・2002年9月12日付の「こちら特報部 二十数年追い続けた記者たち “拉致報道”の原点」)と、新潟日報の担当記者(当時)が述べているように、捜査に「不作為」があった疑いが残る。

 これら1977、78年に頻発していた拉致事件についての報道はほとんどなかった。

 ところが、1980(昭和55)年の正月明け間もない1月7日に、産経新聞が第1面で「アベック3組ナゾの蒸発−外国情報機関が関与?」という大見出しを掲げ、一連の事件を大々的に報じた。大スクープだった。

 <裏日本の海岸部、福井、新潟、鹿児島の各地でナゾの連続アベック蒸発事件があり、男女六人が失跡していることが警察庁の調べで判明した。事件は、富山でのアベック誘拐未遂事件を端緒にあきらかになったもので、発生は五十三年夏の四十日間に限られており、同庁は六日、この連続蒸発および誘拐未遂事件が同一犯人によるものと断定した。犯行はきわめて計画的で広域にわたるが、富山の現場に残された犯人グループの遺留品が、国内では入手不可能なことや、失跡当時、現場に近い沿岸でスパイ連絡用とみられる怪電波の交信が集中して傍受されていることなどから、外国情報機関が関与している疑いも強く出ている>

 リード文に続いて記事は、北朝鮮の犯行と特定はしていないが、犯人の意図や手口についてはかなり詳しく言及していて、的を突いた衝撃的な拉致事件の内容を伝えている。

 だが、他の大手紙をはじめとするマスコミは、この記事を一切黙殺した。事件の追及は、後追いのない大スクープというほとんど例のない展開となった。


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